侯爵令息ルードルフの慌ただしい1日
3作目です!よろしくお願いします!
『子爵令嬢ココの白い結婚』と続いています!
この話だけでも読めるよう頑張ってみましたが、よろしければ前作もあわせてご覧下さい!
俺は、彼女…ココにひどいことをしてしまった。
ちょうど1年前、契約上の妻であったココと別れた。
俺に『真に想う人』がいて、その人と結婚したいからという理由で彼女の時間を3年も奪ってしまった。
両親は自分を見限り、弟を後継者とした。
今になると、あの頃の自分の愚かさがよくわかる。
手芸屋で働く平民である『想い人』の気持ちや事情も考えず、ひとりで突っ走って周りを巻き込んで掻き乱した。
1番の被害者は間違いなくココだ。
彼女に病気の弟がいることを知り、「これは使える」と思った。弟の病気を治すため、金を渡せば彼女は逆らわないと思った。
結婚してから、彼女とはほとんど顔を合わせていなかった。両親とは上手くやっているようだったが、社交界での立ち位置や侯爵夫人としての仕事など、困っていることはなかっただろうか。それすら全く知らない。本当に俺は最低な人間だ。
そして今、そのココが目の前にいる。
これだけ時間が経っても『想い人』を諦めきれず、町へ出た先で彼女を見た。
化粧で雰囲気がだいぶ違うが、あれば間違いなくココだ。軽やかなワンピースを着て、幸せそうに笑っている。隣にいるのは、元々侯爵家に勤めていた男だ。
そして、気がついた。今のココの雰囲気は俺の『想い人』に似ている。もし、彼女の髪がローズブロンドではなく栗毛だったら?彼女がドレスではなく、あの手芸屋の制服を着ていたら?
俺の中で、全ての事情が繋がった。俺の『想い人』はココで、俺は自らその手を離した。いや、この手は元々重なってすらいなかった。
その事実に、しばらく呆然として立ち止まってしまった。
「わあ!すっごいイケメン発見!!」
真横から聞こえた大きな声に驚き、そちらを見た。
「うわ!正面から見てもイケメン!後光がさしてみえる!」
いや、それは逆光だからじゃないか?
そもそも彼女は誰だ?知り合いでは無いと思う。貴族は髪色や目の色が薄い傾向にあるが、彼女の髪と目はダークブラウンだから、きっと貴族ではないだろう。
「イケメンさん、今暇ですか?」
「暇、ではあるが…」
とっさに答えてしまったが、怪しい。いくらなんでも怪しすぎる。
「じゃあ、私のお店に来て!」
彼女は俺の手をとり走った。
振り払おうと思えば、いつでも出来た。
貴族である俺に許可なく触れただけでも罪に問える。
だが、そうする気にはならなかった。
今までならこんな行動はとらないが、愚かな言動で家族からも見限られ、自己嫌悪に陥っていたこともあり手を引かれるまま素直について行った。
今になって思えば、俺はこの時からこの天真爛漫な女性に惹かれていたのかもしれない。
「ここが私のお店!」
店に行くと聞いたときはあの手芸屋のような小さな店を想像していたが、ここは貴族が住む地区に近い大きな店だ。入口には、オベール商会と書いてある。彼女は俺の手を離さず、ずんずんと中へ進んで行った。
「君は…」
オベール商会で働いているのか、と続けようとしたが、女性はそれに被せるようにこう言った。
「お父さん、お母さん!私この人と結婚したい!!」
……ん?
俺だけではない。周りがみんな静かになった。そしてピタリと止まってこちらを見ている。いたたまれない。俺が一体何をしたっていうんだ。いや、確かに色々やらかしたしたけども。それとこれとは話が別だ。
「「「「え〜〜〜〜!?!?!」」」」
そして周囲からあがる大絶叫。芝居を見ているようだ、なんて現実逃避をしたくてもできない。
「ちょっと!こんなイケメンどこで見つけたの!?」
「道!」
「どこの道よ!」
「恰幅のいいおばさんがいるあの手芸屋さんの前!」
「彼は結婚の挨拶に来たの!?」
「違うよ??道で見つけたの」
「いつから付き合っていたの??」
「だから今道で見つけたんだってば。付き合ってないよ」
……また静かになった。
「えーっと…どういう状況なの…??」
彼女とよく似た風貌で、おそらく姉妹であろう女性が恐る恐る聞いてきた。俺にもわからないから彼女の方を見る。
「さっき歩いていたら道でイケメンを見つけたから連れてきた!もうほんっとに理想の顔面!今のその不思議なものを見るような顔も素敵!」
「…バカ妹が大変な失礼をしたようで申し訳ありませんでした。私、オベール商会長の娘、ミランダ・オベールと申します。貴方様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?その容貌、もしかして貴族の方では…」
顔色を悪くして話すミランダがかわいそうになり、彼女が安心出来るよう笑顔を作って名乗ることにした。
「私は…」
「きゃー!!笑った!!笑ったわよお姉様!やっぱりかっこい…うわっ痛っ!!」
今日はよく話を遮られるな…と思いつつ彼女が大人しくなるのを待っていると、目の前でげんこつがおちた。もちろん、ミランダから騒がしい彼女に。
「あんたはいっつも人の話を遮って!まずあんたはちゃんと名乗ったの!?」
「名乗ったような、ないような…?わ、まってもう1発は勘弁して!ちゃんと名乗るし大人しくするから!」
ようやく周囲も落ち着きを取り戻し始め、私は道で出会った彼女とミランダ嬢、そして彼女達の両親であろう男女と共に部屋を移った。
「私はオベール商会長の次女、ミチ・オベールです。」
道で出会った彼女の名前はまさかのミチだった。
「この度は娘が大変な失礼を致しまして申し訳ございません。私はオベール商会長、バーレントと申します。隣は妻のユライダです。失礼ですが、貴方様はウェイン侯爵家のルードルフ様ではございませんか?」
ミチが目をまん丸にして驚き、バッとこちらを向いた。
まさか自分が連れてきた男が貴族だとは思わなかったのだろうか。髪色で気が付きそうなものだが…。
「お貴族様だったんですね!ごめんなさい!」
「ごめんなさいで済ませるんじゃないの!ウェイン様から見たらこっちは格下も格下、吹けば飛ぶような商会よ!」
ミチはしょんぼりと肩を下げた。彼女の喜怒哀楽の表現ははっきりしていて、今まで接したどの令嬢とも違い、みていてつい笑ってしまいそうになった。
「気にする事はない。私は以前、人を物のように扱って傷つけるひどい失敗をしてな。社交界でも完全に浮いている。今はまだ家においてもらってはいるが、そこまで偉い存在じゃない。家の名前ではなく、ルードルフと呼んでくれ」
先程ココたちを見かけ、色々なことを考えたせいかひどく自虐的な言い方になってしまった。気を使わせてしまうかもしれない。そう気がついたが、言ってしまったことは取り消せない。なんとか空気を変えようと思ったけれど、上手く言葉がでてこない。
「それって、私にもチャンスがあるってことですか?」
必死に考えていると、ミチが口を開いた。
「ルードルフ様が社交界で浮いているというなら、結婚を視野に入れているご令嬢はいないということでしょうか」
「あ、ああ。そうだ」
「姉は、他の家に嫁ぐことが決まっているので、私がこの商会を継ぎます。そしてこの商会は功績を認めて頂いていて、もうじき我が家は男爵位を賜る予定なんです。だから…」
「ミチ、やめなさい」
ミチの父、 バーレントは強く言った。
「ルードルフ様の事情はわからない。だが、我が家が爵位を賜るからといってそれを振りかざし、婚姻を迫るのは間違っている。」
ミチの肩がびくりと震えた。町で見かけた時、あんなにキラキラしていた瞳が後悔の色に染まっていくのを見て、なぜかひどく悲しい気持ちになった。
「私の…俺の、話をしてもいいだろうか」
全員が俺の方を向いた。
俺は、手芸屋の少女と出会ってから今までの事を話した。自分から誰かに詳しくこの話をしたのは今回が初めてだ。後悔や情けなさで、きちんと伝わるように話せていたかどうかもわからない。ただただ思いつくままに話した。
「ルードルフ様は、後悔なさっているのですね」
長い長い話をし終わると、バーレントはそう言った。
「ああ、本当にひどいことをしてしまったと思っている。償いたいが、彼女は今幸せそうだ。俺が彼女に謝りたい、償いをしたいと思うのは、きっとただの自己満足だ」
本当に、情けない。
「ミチ嬢、これでもまだ俺と結婚したいだなんて思えるか?」
彼女は話の途中からずっと下を向いていた。きっと幻滅したことだろう。
「…お姉様、ハンカチ…」
「え?」
「ハンカチ貸して!!」
ミランダが慌ててハンカチを差し出すと、ミチは下を向いて隠していたであろう涙をふいた。そして…思いっきり鼻をかんだ。
「ちょっと!!人のハンカチで何してんのよ!?」
「だってハンカチ忘れちゃったんだもん!」
先程の空気が嘘のように軽くなり、俺は面食らってしまった。
「ルードルフ様、ごめんなさい!」
「え?」
「ルードルフ様は自分のした事にとても後悔していたのに、私はそれと同じことをしようとしてしまったのですね。だから、ルードルフ様はご自分の話をして止めようとしてくれたのでしょう?」
彼女の言う通りだった。彼女に、俺と同じ後悔をして欲しくなかった。
「私、小さい頃からずっと、王子様に憧れていたんです。本物の王子様じゃなくて、絵本に出てくるようなかっこいい人。だから、町でルードルフ様を見かけた時、この人だ!と思って衝動的に動いちゃったんです」
確かに、あの時の彼女の積極性は凄かった。
「でも、ルードルフ様は顔がかっこいいだけじゃなかった。自分の心の傷をさらけ出してまで、私のバカな考えを止めようとしてくれた」
「俺はそんなにいい人ではないよ。俺の話を聞いてどう思い、判断したかはミチ嬢自身だ。それに、俺はこの話を誰かに聞いてもらいたかっただけなのかもしれない」
聞いてもらって、少しすっきりしている自分も確かにいた。
「それでも、それでも私はルードルフ様に惹かれました。外見だけじゃない。ほんの少しだけどルードルフ様のことを知って、これからもっと知っていきたいと思いました」
ミチを見て思った。
ああ、あの時の俺に足りないのはこれだったんだ。衝動的に動いたのは俺も彼女も同じ。でも、見ていただけの俺とは違って、彼女は俺に話しかけてくれた。そして、ちゃんと話をして俺の事を知ろうとしてくれた。
「ルードルフ様、私に時間をくれませんか。私がルードルフ様のことを知って、ルードルフ様に私のことを伝える時間をください」
ミチは深く頭を下げた。
彼女の事がもっと知りたい。彼女にもっと自分を知って欲しい。
手芸屋の少女に会った時は、こんな気持ちにならなかった。あれは恋ではなく、少女を手に入れたいというただの所有欲だったのかもしれない。
周囲は俺の反応を待っている。
貴族としてあまり褒められた行為ではないが、俺も彼女と同じくらい深く頭を下げた。
「こちらこそ、俺にあなたの時間をください」
…誰も何も言わない。
頭を下げたのは数える程しかないし、俺よりも身分が高い人に対してだったから、その人の許しを得てから頭をあげればよかった。だが今のところこの場では俺が1番身分が高い。誰の許可を得て頭をあげればいいんだ??
「や……」
や??
「やった〜〜〜!!!いいんですか!いいんですかほんとに!!いや、いいって言いましたよね!?変更不可です!不可!!」
頭を上げると、立ち上がってガッツポーズをしながら喜ぶ彼女の姿があった。周囲はもういっそ呆れ顔だ。
「ミチ、ルードルフ様に迷惑をかけないように」
「もう少し落ち着いて行動しなさい」
「本当に大丈夫かしらこの子…」
三者三様の言葉をミチにかけながら、ミチの家族はこちらを向いた。
『ミチのこと、どうぞよろしくお願いします』
俺は、一度深く息を吸ったあとに言葉を続けた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
これから、何をしたらいいだろうか。
まずは両親に報告した方がいいか。前のような過ちを犯さないために、意見を聞こう。
それが終わったら、ミチを両親に紹介した方がいいのか?いや、それとも先にどこかへ出かけてミチのことをもっと知ってから…
「ルードルフ様!」
思考の海に沈みかけていた俺を、ミチが呼んだ。
「なんだ?」
「1人で考えたらだめですよ!2人のことは、2人で一緒に考えましょ!!」
両手でバツ印を作ってそう言うミチに、俺は心からの笑顔を向けた。
「そうだな。一緒に考えよう。2人で一緒に。」
ルードルフがの未来に幸あれ!
評価、感想などお待ちしてます!