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元ねこ、箱根へ行く  作者: 在江
後 編 俺の弟子たち?
4/8

土産争奪

 俺たちは、暗い心持ちで帰路についた。


 翌日、翌々日と、絹子叔母は、何やら自分の部屋でガサゴソやっていた。

 俺はいつも通り、ゴロゴロと日を過ごした。


 夕食に干物が出た時も、箱根の話は出なかった。俺も何と言ったら良いのかわからないので、黙っていた。

 干物は、ものすごく旨かった。



 週明け、俺の顔を見た理加が、開口一番


 「干物、美味しかったよね」


 と言った。俺は頷いた。他に箱根の話は、出なかった。


 研究室には、温泉まんじゅうが置いてあった。

 みんなで食べろ、ということだ。まんじゅうに興味のない俺は、手をつけない。

 昼休みになると、学科生がわらわらとやってきて、あっという間に全部なくなった。


 「寿女沢(すめさわ)。それ俺、食ってねえ」


 遅れて来た円堂奏真(えんどうそうま)の目の前で、寿女沢豪(すめさわごう)が、最後の一つを一口で頬張ったのだ。


 「悪い。余りかと思った」


 彼が食べたのは、二個目だった。

 くうっ、と円堂が悔しがる背後に、岩動(いするぎ)が現れた。朝から何やら持ち歩いていたな、と思っていたら、そこから箱根ラスクと書かれた袋を、幾つか取り出した。


 「円堂くん。良かったら、こっち食べて」

 「岩動、俺のために?」

 「まさか。皆で、どうぞ」


 わあ、と群がる学科生を放っておいて、俺は岩動に尋ねた。


 「あそこで、何やっていたの?」


 箱根湯本の商店街で、彼女は生中継のカメラに撮影されていた。確かにあの時、目が合った。覚えているだろうか。


 「あれですか。観光客誘致のキャンペーン動画で、案内役キャラの声を担当することになったんですよ。中身を表に出すと、イメージを壊すと心配だったんですけど、そこは問題ない、とあちらが保証して。あの撮影は、地元への顔見せみたいな意味もあったみたいで、ローカル局の生中継だし拘束短かったから受けちゃいました、と事務所の人が」


 説明してくれたが、俺にはほとんど理解できなかった。それに、一番知りたいことは、含まれていなかった気がする。


 「それより理斗さんこそ、あんな人混みに出るなんて、珍しい。綾部先生も、いらっしゃいましたよね。また、何か出ました?」


 「うーん。あったというか、なかったというか」


 そこで予鈴が鳴り、話が切れた。

 理加は忙しいのか、昼休みの間、研究室に戻ってこなかった。



 帰宅後、用意された夕飯を一人で食べているところへ、絹子叔母が入ってきて、目の前に座った。


 「ご飯、いつもありがとう」


 「どういたしまして。理斗くん、いい子ね」


 いい子、と言われても。

 人間としては、理加と同じぐらいの年だし、見た目だけでも二十歳には見える。反応に困る。つくねを口に入れて、返事を誤魔化した。


 「知里子さんね、やっぱり亡くなっていたんですって。もう、一年以上経っているみたい」


 いきなり始まった。庵桐知里子(あんどうちりこ)の話である。それは、俺も気になる。今まで忘れていただけだ。


 絹子叔母は、昔の教え子の連絡先を辿って、あちこち電話をかけまくったらしい。

 それで、何人かの教え子から、弟子が亡くなった話を聞いて、本当だった、と納得したそうだ。


 「じゃあ、あのハガキは?」


 「そうなのよ。昔、やりとりしていた頃の字と比べてみたんだけれど、同じ人が書いたようにしか、見えないのよね。理斗くんも、見てくれる?」


 と、年季の入った年賀状と、絵葉書を並べて出してきた。大涌谷の方は、息子に取られてしまったから、芦ノ湖の方である。


 「同じ、かな?」


 自信はない。よほどのことがなければ、誰が書いても同じ筆跡に見える方の、自信しかない。例えば、理加の息子の康明が、初めて書いたひらがなと比べるとか。


 ただ、息子が言っていたように、消印がないのは見てとれた。もっとも、年賀状だって消印は省略される。


 「でしょう? やっぱり、知里子さんが書いたのよ」


 俺が曖昧に同意したのに力を得て、絹子叔母が大きく頷いた。

 彼女が亡くなっていることは、理解している。それでいて、死者と手紙をやり取りすることに、疑問を持たない。


 元猫の俺を、養子としてすんなり受け入れることといい、かなり許容範囲が広いというか、変わっている。

 もしかして、理加がちょっと偏屈(へんくつ)なのは、この人が育てたせいか?

 理加は、両親を早くに亡くしている。


 「それでね。ご主人が、いらっしゃる筈なのよ、ねえ」


 話が飛ぶ。


 「だから、生前に知里子さんが、色々な人に宛てて書いた手紙を、代わりに届けているのかしら、と思って」


 変なのは、俺の方だった。


 なるほど、そういう解釈もあるか。だから、改めて電話番号を教えたりできないのだ。

 絹子叔母が何と書いて出したか知らないが、他にもチグハグなやりとりが、あったかもしれない。

 俺は感心しつつ、夕食を終えた。



 という話をすると、鄭哉藍(チェンセイラン)日置律(ひおきりつ)から、一斉にブーイングが出た。


 「理斗助手、それはおかしいです」


 「んな訳ないでしょ」


 学生食堂で、昼食をとっていた。

 普段は、売店で買って食べることが多い。食堂だと、苦手な食材も食べることになるので、避けている。


 絹子叔母が弁当を作ってくれることもある。今日は、久々に華道のお弟子さんと食事会をすることになった、と言って、都内へ出かけていた。

 この間、電話をかけまくった余録(よろく)である。旧交を温めるのは、いいことだ。


 「そのハガキ、ないんですか?」


 鄭に睨まれた律が、言葉遣いを訂正する。

 律とは、彼が幼少期からの付き合いだ。プライベートでは、くだけた言葉でやりとりするが、今は学校内、公の場である。


 鄭は儒教の中国から来ただけあって、序列に厳しい。同じ年に見えても、本当は年上だし、俺は一応助手の身分だからな。

 俺を立ててくれているのだ。無碍(むげ)にできない。


 ちなみに、律と鄭は同期ではあるが、鄭は中国の大学を一旦卒業して留学しており、年齢が上になる。学年が上の先輩なら、もう後輩として扱って問題ないが、同期となると、長幼の序が優先されるようだ。猫より複雑な仕組みである。


 「叔母が持っている。今日も皆に見せるとか言って、会食に持って行った」


 「『お()き上げ』? してもらった方が、いいと思いますよ」


 「そこまで?」


 「ハガキも気になりますが、家も気になります。理斗助手は、家から何か()()()のですよね?」


 鄭が聞く。そんなこと言ったかな。でも、家が気になった記憶は、ある。


 「息子も怪しいんじゃない、ですか?」


 無理矢理、敬語に変換する律。話しにくそうだ。


 「いきなり、死んだ母親から手紙届きましたって、見知らぬ人が訪ねてきたら、誰だって動揺すると思うぞ」


 俺だって、人間界に身を置いて長いのだ。多少の機微(きび)は理解する。


 「息子の元にも、ハガキが来ているかもしれない。一度、話を聞いた方が良いのではありませんか」


 鄭が言った。


 「息子の連絡先を、知らない」


 「では、その家に手紙を置いてくる。私たちのことを知ったら、連絡をくれるかもしれません。私たちが家を直接見て、何かわかる可能性もあります。箱根は明代(みんだい)から有名な場所、と聞いています。この機会に、是非足を運ぶ()()です」


 待て、鄭哉藍。単に、箱根観光をしたいだけか? 日本語がおかしくなっている。


 「寄木細工が有名なんだよね。今週末とか、どう、ですかね?」


 律が、観光欲を(あお)る。お前は、どっちの味方なんだ。


 「お前、学会の発表原稿どうなっているんだ? もう来週だろ」


 例年、学会で桜ヶ池の様子について報告している。毎年、封印をやりました、というだけの話である。今年は異変が起きたことを、報告にどう反映するか。


 実際に対峙(たいじ)したメンバーのうちで、一番の若輩者が、律である。

 理加が、そのつもりで加えたとは穿(うが)ち過ぎだが、実際、原稿を書くのは、こいつだろう。


 「とっくに提出した、ましたよ。今から書くようでは間に合わない。()()については、報道規制がかかったから、正式な報告書を出すまで触れなくていいって、父‥‥教授が言っていました」


 律の父は、日置純一郎(ひおきじゅんいちろう)。心霊学科の教授である。


 「政府に出す報告書は、まだできていない、と聞きましたよ。出来上がったら、私にも概要を下さると仰っていました」


 鄭が付け加えた。彼も純粋に心霊学を極めるためだけに留学したのではなく、国を背負った何らかの役割を持っているらしい。俺に、その辺の事情は知らされていない。誰が事情を知っているかも、知らない。


 桜ヶ池が異変を起こした際、理加が攻撃メンバーから外したのは、留学生を負傷させて問題が大きくなるのを避けただけで、恐らく他意はない。

 それを、彼は他の学生と組んで現場に踏み込んできた。本国に報告しなければならない事柄でも、あったのかもしれない。


 無事だったから良かったものの、既に死者も出ていた。他にも康明や一般人が入り込み、思い返せば、現場の混乱状況は冷や汗ものだった。

 そういう意味でも、鄭を外へ残したのは正解だったのだ。彼は強いからな。


 「じゃあ、週末に行くの? 俺が運転して?」


 「よろしくお願いします」


 律と鄭が、そこだけ声を揃えて頭を下げた。



 午後になって、理加に昼の話をすると、勝手に行ってこい、と突き放された。学会の準備で忙しいのだ。

 ほぼほぼ、鄭の箱根観光が目的だ、と見抜かれたせいもある。


 「家の周りは、あんまりうろちょろしない方がいいわよ。息子さんも心情不安定みたいだったし、ご近所もうるさそうだったでしょ。通報されるよ。あそこは神奈川県だからね。桐野さんの名前を出しても、通用しないわよ」


 桐野夫妻は、警察関係者である。娘の壹夏(いちか)は、理加の教え子だ。


 「叔母さんを連れて行けば、大丈夫でしょ」


 「連れて行かなくていい。もし息子さんと話せたら、お墓の場所だけ聞いて。後で一緒に、お墓参りする。家に仏壇があれば焼香したいけれど、あの分だと、家に上げてくれそうにないわ。二回も足を運んだのに、目の前で断られたら、叔母さんが気の毒でしょう?」


 なるほど納得した。しかし、絵葉書は借りたい、というか、処分したいところである。

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