メルティ・ムーアと向井崎サキ
「はぁ、1分前……」
なんとかギリギリ間に合った、と教室の扉を開くともうすでにクラスのみんなが席についていた。
僕が最後かー、などと首をうなだれていると、ものすごく大きな声で叫ぶ女性が教壇に立っていた。
「ハロくーーん! 遅いデーーース!! みんな30分前から待ってマァーーース!!」
「すいません、時間ギリギリだったと思うんですけど。あと僕ハロじゃなくてハルです」
「30分前は言いすぎまシタぁ! 5分前からデェーース! ハロくんメンゴデーーーース!!」
ぜんぜん違うやんけ、そして名前まだ間違っとるやんけと突っ込みたくなるのをグッと堪えて席に座った。
彼女はこのクラスの担任のメルティ・ムーア先生。スラっとしたスタイル、丹精な顔立ちで、優しくてすごく人気のある先生だ。でも声がでかい。あといつも名前を間違える。
わざと間違えてるんでは? と思うくらい間違える。最近ではいちいちつっこむのも億劫になるくらいだ。
「ではみなさん揃ったところでっ、今日は何の日かみなさんご存じですヨネ?」
生徒の誰かが言う。
「レフトビハインドのあった日です。」
「そうデース。5年前の今日、ここからほど近いSS区一帯で直下型地震に関連する大規模地盤崩落が起こりまシタ。たくさんの方が犠牲になり、現在もご遺体の回収がままならない状況だそうデース。
皆さん知ってのとおりこのクラスにもご家族を亡くされた方が数名いマース。今から講堂で校長先生のながくテありがタ~イお話を聞き、1分間の黙とうを捧げマース」
みんな神妙な面持ちで先生の話を聞いている。僕以外にも災害の遺族がいるから当然だ。でも不躾かもしれないけど、僕はその時今朝見た夢のことを考えていた。
実は正直いって5年前の災害のことはよく覚えていない。父さんが行方不明と聞いて不安で、悲しくて……その気持ちは何となく覚えているんだけど、でもその時なにをしていたとか、そのころ誰と遊んでいたとか、いまいち思い出せない。
お医者さんに診てもらって、災害による極度のストレスで記憶障害が起こっている可能性が高いと言われたけどいまいちピンとこない。
考えても仕方ないので今朝の夢のことを思い出そうとしていたのだけれど、結局これも思い出せず仕舞いだった。ただなぜだか、何度も何度も同じ夢を観ることだけは覚えている。
「さァ、教室を移動しマスよ!」
メルティがそう言うと生徒たちは席を立ち、ゾロゾロと廊下に向けて歩き出した。
よっこいしょ、とハルも席を立つと近くにいた女子生徒が話しかけてきた。
「ハル、大丈夫? すんごい疲れた顔してるけど……」
そういって声を掛けてきたのは幼馴染の向井崎サキだ。
「顔色悪いけど……保健室で休んでたら? 無理しちゃだめだよ」
「あぁ、ありがとう。でも大丈夫だよ。朝は頭が痛かったんだけど、もうだいぶよくなったから」
「ほんとに? ならいいんだけど……」
彼女とは小学校からずっといっしょで家も近所で、小さいころはよく一緒に遊んだり、家族同士でバーベキューなんかもしてたみたいだ。
してたみたいだ、なんて言うとおかしく聞こえるかもしれないけど、実は彼女のこともあまりよく覚えていないのだ。
もちろんレフトビハインドが起こったあと慰めてくれたり、励ましてくれたり、いろいろと世話を焼いてくれたのは覚えているのに…
災害が起こる前になにをして遊んでいたとか、どんな話をしていたとか、映像に靄がかかったみたいで思い出そうとすると頭が痛くなる。
「じゃあいっしょに講堂行こっか?」
「うん、そうだね」
そういってサキと講堂へ向かう。講堂へ向かう途中で昨日の夜のテレビ番組が楽しかっただの、晩御飯のメニューに嫌いなピーマンが出されただの、他愛のない話を話し続ける彼女に相槌をうちつつ、講堂まで歩いていく。
もう5年も経った災害の追悼式だ。被害に遭わなかったり家族や親族に被災者がいない人たちからすれば今年も校長先生の長い話を聞くのかー、程度の行事だ。
かく言う僕も実感がないので、なにか感慨に浸るわけでもなく早く式が終わらないかな、としか思っていない。サキは僕の気を紛らわせようしているのか、いろいろ話しかけたりしてくれるのだが、それもまた面倒くさい。
◇
「えー、みなさん、おはようございます。また今年もこの日がやってまいりました。早いものであの痛ましい災害から早5年、もう5年という人もいますが、遺族の方や被害者の方にとっては5年という歳月は心や体に負った傷を癒すには短すぎる時間でしょう。え――――」
黙とうを終え、その場に立ったまま校長先生の長くて当たり障りのない講話を聞き、棒のようになった足で教室まで戻る。
サキは職員室に用事があるといって廊下の途中で別れ、ひとり教室までの道を歩く。追悼集会が終わってすぐに講堂をでたせいか教室に着くと生徒はまだひとりもいなかった。
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