レフトビハインド
必死になって走ったおかげでなんとか学校には3分前に到着した。いつの間にかズキズキと痛かった頭痛も治っている。
全速力で走ってきたのになぜかそんなに疲れていない。ちょっと前だったら脇腹は痛くなって、動悸はすごくて汗も滝のように流れてひどいときには朝に食べたパンを嘔吐していたのに…
きっと少し前から行っている筋トレの成果が表れ始めたのだろう。
こんなことならもっと早くから始めておくべきだった。腹筋3回しかできなかったのに今では10回はできるようになった。腕立ても1回もできなかったのが今では15回もできるようになった。
これぞ継続は力なり。
そんなことを考えながら教室への道程を進んでいると一人の老齢の男性に声を掛けられた。
「比嘉詩山くん。おはよう」
「おはようございます。谷繁先生」
彼は僕の学年の学年主任だ。彼は続けて話し出す。
「早く教室に行きなさい。今日がなんの日かわかっているだろう?」
ハッとした……
そうだ。今日はあの悲劇が起きた日。
「レフトビハインド……」
「そうだ、君もあの災害の遺族なんだ。早く教室へ行きなさい」
「はい」
そう返事をして僕は教室へと足を進めた。
◇
僕の名前は比嘉詩山ハル。高校2年生。
家族は姉と妹と母親、そして叔父がいるが、叔父は出稼ぎに出ていてほぼ家にいない。出稼ぎに出ている叔父の収入と母のパートで我が家の家計は成り立っている。
父親はいない、といっても離婚して出て行ったとか僕が生まれる前に病気で死別したとかではない。
父は5年前に起こったある災害で行方不明になった。死体が発見されていないので行方不明となっているが、あと数年もしたら死亡扱いになるとのことだ。
父を襲った災害…
それが「レフトビハインド」と呼ばれる地震からくる地盤崩落災害だ。
5年前の今日、ST都SS区の再開発区近傍で震度5弱の直下型地震が発生した。
地震の揺れはかなりすごかったものの被害はそこまでたいしたことはなく、余震に備える程度の余裕はあったらしい。
だが本当に恐ろしい「それ」はそのあとにやってきた。
気象庁から余震の心配はありません、との一報が入り、その場にいた人たちが安堵の表情を浮かべていたそのすぐあとに……
それは起こった。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……バキッ、バキッ…… ザ・ザ・ザザァァァァァ――!!!!!!!
突然のことに誰もがなにがおこったのか把握できずに呆然としていると、誰かが「キャ――!!」っとものすごい悲鳴を上げた。
それを皮切りに一斉に逃げ惑う人々、その場に座り込んで動けなくなってしまう人、思考を停止しているのか現実が理解できないのか、その光景をスマホで撮影しようとする人。
そんなめちゃくちゃな、阿鼻叫喚の様相を呈している元凶……
”それ”は突然の地盤崩落、いや地盤崩落というより蟻地獄に蟻が落ちるかの如く、建物や人が穴の中心のほうへ滑り落ちていっていく。
次々と滑り落ちていく地面、車も、バイクも、建物も、当然人も…… 大きな音を立てていたのは最初だけで、そのあとは音もなく、なすすべもなく底の見えない穴に吸い込まれていく。
その広がり続ける穴は直径1キロメートルを超えるあたりでようやく沈静化したそうだ。
崩落穴のごくごく近くにいた誰かが語った。「さっきまで普通に友達とおしゃべりしてたのに、すぐ後ろを見たらその友達がいなくなっていた。自分の耳がおかしいのかもしれないけど建物が崩れていく音も聞こえなかった。 友達の悲鳴も聞こえなかった。しばらくなにが起こったのか理解できず、友達は突然消えてしまったとしか思えなかった。自分がそこに置いてけぼりにされているような感覚だった」と。
そんな話から誰かが言い出した言葉が「レフトビハインド」だ。取り残される、置いてけぼりにされるといった意味があるそうだ。
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