徳倉メル
彼の名前は徳倉メル。婦人科領域を中心に幅広く診療している、徳倉ウィメンズクリニックの2代目院長だ。
まるでモデルのようなスタイル、整った丹精な顔立ち、見るものを虜にするオッドアイの美しい瞳、聞くものの心を鷲掴みにする透き通った声。なぜかどこにいても白衣を身にまとい、ことわざをなぜかよく間違える、ユーモラスさなのか天然なのか、そんなところもなぜか憎めない。
そんな、多くの人から羨望を集めるような彼の一日はある学生が学校へ行くのを見届けることから始まる。
「あぁ、行ってしまった」
彼はぽつりとつぶやき、もと来た病院のほうへと歩き出した。
「あぁ、なんと愛らしいのだ。つぶらな瞳、淡いピンクの唇、小鳥のさえずるような透き通った声、華奢な体つき、そして鼻孔をくすぐる甘い香り。君はなんて罪深い人なんだ。あぁ! たまらない!」
だれかが聞いていたら警察に通報しかねない、そんな戯言を宣いまがら病院への帰路に就いていると、ひとりの妙齢の女性が彼に近づいていった。
「先生、あんな大きい声で狂った脳内言語を垂れ流さないでください。通報しますよ。」
「あ? なにか文句があるのかね? 誉くん。僕はなにも間違ったことは言っていない。君は彼のことがかわいくないのかね??」
「いや、かわいいですけど……」
毅然とした態度で女性に言い放つその態度は凛としていて、事情を知らない人から見ればとても凛々しく魅力的に見えることだろう。実際はただの変態なのだが。
「いいかね? 私は彼の母上から彼のことをよろしく頼むと懇願されているのだ。仕事で忙しい母上に代わって私が彼の父親がわりにだな、いや、父親というほど歳は離れていないな。
そうだな、少し歳の離れた兄としてだな」
「はぁ」
呆れた顔した彼女を尻目にメルが言う。
「ふん、まったく。ところでなんだ、誉くん。わざわざこんなとこまで出張ってきて」
「いえ、急ぎの案件で、いち早く先生にお伝えすべきと思い」
突然空気が変わった。
木の上で毛づくろいをしていた鳥は飛び立ち、近所の家で飼われている犬、ジェニファ(雌3歳、雑種、好物→男もののサンダル)は犬小屋へと一目散に逃げ帰った。初夏の陽気だった身に纏う大気も心なしかピリピリしている。
「やつらか」
「はい」
「私の予想ではもう少し先だと思っていたんだが。やはりある程度の誤差は仕方ないな」
「はい」
「あ? 私の予測が外れるのが仕方ないだと? 最初からそんなに期待してませんよー、だと?」
「あ、いえ、決してそういった意味では……」
あー、めんどくせえなぁこいつ、といった顔しながら誉と呼ばれた妙齢の女性は呆れた顔をして言葉を進めた。
「で、先生、どういたしましょう? 排除いたしますか?」
「いや、これは遅かれ早かれ必ず起こる事象。ここでやつらを排除したところで問題を先送りにするだけのこと。それにやつらも馬鹿ではなかろう。すぐに直接手を出してくるとは考えにくい。まだしばらくの猶予はあるのだろう? 帰って最善手を考えるぞ」
「はっ」
ひとこと誉が頷くとメルは病院への帰路へ足を速めるのだった。
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