リライトマギアのあとで
さぁ、本国に帰る準備でもするか。
白い部屋の女性、マリアは3日後に来いと言っていた。今すぐにこちらを出れば本国には明日中には到着できるだろう。
本国――――
おかしな気分だ。アリカシエラだという自分と、アメリカだという自分がいる。まぁ現実にはアリカシエラということなのだろうが、なんとも形容し難い。
「ちょっと~、まだ悩んでんの? さっきも言ったじゃん! 考えても仕方ないって! あたしだってこいつは初めてなんだからね。受け入れるしかないのよ」
「なぁ、ラヴァ、なんでお前はそんなに冷静でいられる? 今までの常識が常識ではなくなったんだぞ。そもそも、なぜお前はこうなることを知っていたんだ?」
「あ~、その辺も本国へ帰ったらマリアが話してくれるわよ、って敬語忘れてたわ。ですよ。」
ラヴァは頭を掻きながらポシェットからチョコレートをふたつ取り出し、ひとつを口に放り投げた。
「せんぱいもいる? ほんとはあげたくないけど、どーしてもって言うならあげるけど。一応これからパートナーになるんだし」
いや、結構
そう言うと、ふむふむ、と意味のわからない頷きをして、残ったチョコレートを口に投げ入れた。
「そういえばラヴァ……」
「ん? なに、ですか?」
「さっきお前、前のやつがどうたら~、って言ってたよな? 前のやつとはなんだ? 俺の前のパートナーのことか?」
「あ~、そうそう、あ、でも今回みたいな“改変”じゃなくてさ、越境体が来たのよ。そん時に熱に当てられておかしくなっちゃったってわけ」
おかしくなっただと…… そして、えっきょう、たい? なんだ、またわけのわからん……
「ラヴァ、その越境体とはなんだ? 初めて聞く単語なんだが……」
「あ~、もう面倒くさ~い! あたしそういう説明苦手なのよ! 本国に帰ったらマリアが優しく教えてくれるわよ! う~んと、簡単に言うとどっかからバーンと飛んできたやつよ」
全くわからん。
「あ~、ちなみにあたしも越境体だから――――」
!?
な、なんだと? こいつもなのか? なのにうまく説明できないのか……
まぁこんなのがその越境体とかいうやつならそこまで危険なものではないのか。
それにしても、ここで立ち話をしていてもなにも始まらんな。
ポケットから携帯電話を取り出し、飛行機のチケットを手配する。
2時間後発のやつがあるな。これでいいか。
アリカシエラ行のチケットを1枚予約すべく、購入ボタンを押そうとしたその時――
「あ~、あたしも行くからあたしの分もよろしく、せんぱい」
――こいつも行くのか、あまり騒がしいのは苦手なんだが、まぁ仕方ない。
「うむ、チケット代は後で徴収するからな。」
「は? せんぱいなんだから奢ってください!」
なにを言っているんだ、こいつは。今確認したらチケット1枚16万だぞ。いくらパートナーになったからといって、なぜ今日初めて会ったばかりの小娘に16万も奢らないとならんのだ。
「自分で出せ。」
「え~、あたしお金ないもん。それにチケットの買い方もわかんないもん。せんぱい~、おねがい~、一緒にチケット買って~!お金は……きっとマリアが払うから~」
はぁ、ここで言い合いをしても仕様がないな。あとでチケット代は統括部に請求するしかないか。というかこの騒がしい小娘と一緒の飛行機に乗るのか。憂鬱だ。
それから俺たちはすぐさまチケットを手配して、空港に向かった。空港に向かうタクシーの中、ふと気になっていたことをラヴァに投げかけてみた。
「なぁ、ラヴァ、今回の災害でどれくらいの数の人々が被害にあったんだろうな。あそこの再開発地区は人はほとんどいなかったんだよな? たしか」
「あ~、まぁ仕様がないわ。ほんとはあそこ人たくさんいたのよ~。だってあんだけの規模の再開発、無人にしてできるわけないでしょ。あそこにいたはずの人たちがどうなっちゃったのかは誰にもわかんないわね。少なくもあたしはわかんない。」
そうか、やはりそうなのか……
あの被災地を間近に見ていた時、被災者の数が少なくて不幸中の幸いだった、などと思ってしまっていたが、なぜか今の今まで胸のモヤモヤが取れなかった。やはりそういうことなのか……
飲んでいた缶コーヒーを思わずギュッと握りつぶす。行き場のない、怒り、なのか喪失感なのか、とにかくなんと形容していいかわからない感情が俺の中で渦巻いていた。
◇
――手紙を受け取ってから三日目
新東京を出発してから13時間、シアルト自治区国際空港に到着した。
なんだ、この感覚は。よく知った場所なのに初めて来た場所のように感じる。ものすごい違和感だ。俺は両頬を思いきり叩き、頭を左右に振る。
「おっ、どしたんせんぱい。眠いの? チョコ食う?」
ポシェットからチョコを取り出してほいっ、と俺に投げてくる。まぁひとつくらいはもらっておくか。あぁ、チョコレートなんて食べたのはいつぶりだろうか。
「1000円ね」
ふっ……
金とるんだな。
そんな下らないやり取りをしつつ、BMP本社へ向かう。マリアの秘書という女性に案内され、見覚えのある白い部屋へ通される。
部屋に入るとマリアと、前回ここに来た時にいた老齢の女性とは違う、若い女性、マリアと同じくらいの歳だろうか、スラっとした背の高い女性が俺たちを迎えてくれた。
「遠路はるばるお疲れ様でした。新東京からここまでは遠かったでしょう。お体にお変わりはございませんか?」
「えぇ、なんとか。そういえば前回いらっしゃった、もう一人の女性は今回はいらっしゃらないのですか?」
「えぇ、改変についていけず、使い物にならなくなってしまって……」
――ゴクリ、今何と言った? 使い物にならなく……? 何を言っている……
「それはどういう意味で? 比喩かなにかでしょうか」
「いえいえ、言葉どおりですよ。廃人になってしまったのです。よくあることなので、お気になさらず」
寒気がした。急に目の前にいる華聯な少女が悪魔かなにかのように見えてくる。
「マリアひっさしぶり~! 元気だった? サラも久しぶりじゃん! 今日はふたりが当番なの?」
「ラヴァは相変わらずって感じだな。元気してたか? おみやげ話でも聞かせろよ」
マリアの隣にいた背の高い女性が口を開く。見た目清楚そうな女性かと思ったが、口調は男勝りな感じで、ぶっきらぼうだ。見た目とイメージが乖離している。
「オッケー! あとでゆっくり話そうよ~! てかおみやげもいっぱい買ってきたからさ~。ケーキは生ものだったからやめといたけど、チョコとかグミとかお菓子いっぱい持ってきてあげたからね~」
こいつにそんな優しい一面があるとはな。しかも生ものは控えるとは、ある程度の知能はあるようだ。
「ラヴァ~、今はキースさんと大事なお話してるんだから、懐かしくてうれしいのはわたくしも一緒だけど、それはあとにしましょう。」
うん、ごめ~ん、とラヴァが少ししょんぼりしている。一応自制もできるんだな。少しだけ見直したぞ。
「お話が逸れてしまって申し訳御座いません。キースさん、あなたはわたくしを悪魔のようだと思ってらっしゃるでしょうけど、これは仕方のないこと。彼女もそれを承知であの場にいて、わたくしたちと共に業務に取り組んでいたのです。もちろん彼女が壊れてしまったのは悲しいですが」
やはり俺の心が読めるとでもいうのか。当てずっぽうで言ったにしては的確すぎる。まぁいい、あんなことが起こったあとだ。なにがあっても不思議ではない。
それではここからが本題――――
とうとうか。たぶん聞いても聞かなくてもこの先碌なことにはなりそうもないな。だが、少し前みたいな、ただただ世界の歯車として使われ、壊れたら捨てられる人生よりかは、幾分ましだろう。
「まず最初に。お話できることとお話できないことがございます。まぁ関係各所といろいろと取り決めが御座いまして。全てをお話して一番被害を被るのは多分キースさん、あなただと思いますので。その点だけご了承ください」
「えぇ、かまいません」
「ではまず改変から。これはある条件下で行われる神秘です。本来なら今回の改変はまだだいぶ先に起こる予定だったのですが、なにかイレギュラーが発生して今回の事態となりました。イレギュラーの内容に関してはお答えすることは出来かねます」
「なるほど。理解しました。話せない内容についても承知しました。問題ありません」
理解したとはいったが、半分くらい意味がわからん。神秘? たしかに神秘だが、先に起こる予定? なんでそんなことがわかるのだ。
「全てを理解しろとは言いません。突然こんなことを言われても混乱してしまうでしょう。ですがあなたはあの改変の時、ラヴァの助けがあったにせよ、正気を保った。これは紛れもない事実で、とても素晴らしいこと。だからわたくしはこうしてここで、あなたに直接、お話しているのです」
評価していただき、ありがとうございます。俺は彼女にそう言い、話の続きを促した。
「次に、なぜわたくしたちが、この改変が起こる時期、場所を知っているのか、ですが、これはわたくしたちBMPが所有する“観測器”という装置によって演算し、最適解を導き出しております。観測器につきましても全てをお教えすることは出来かねます。あとはなにか聞きたいことは御座いますか?」
一番聞きたかったこと……
迷わず俺はマリアにその質問を投げかけた。俺はマリアに「一つ質問をよろしいでしょうか」と聞くと、マリアは優し気な微笑みを従え「えぇ、どうぞ」と呟いた。
「私の質問はシンプルです。なぜ改変された世界であなたたちはその改変に影響されていないのですか?なぜ世界が改変されたと認識できているんですか?」
うふふ、と口に手を当て、マリアが話し出す。
「キースさん、今ご自分で答えをおっしゃっていたではありませんか。そのままですよ」
ん? どういうことだ……
――あぁ、そういうことか。たしかに自分で言っていた。俺はこの滑稽なやり取りに思わず苦笑する。
「改変が起こると最初から認識していたから、ですね。改変が起こると世界が書き換えられる、そのことを認識しておけば防げると」
「えぇ、お話がスムーズで助かりますわ。ほぼそのとおりです。ただ改変されると分かっていても、精神が耐えられずに壊れてしまう方もおられます」
あぁ、あの老齢の女性のようになる、ということか。
「ところで、再開発地区にいたはずのたくさんの人々、改変によっていなくくなった人々はどうなってしまったのですか?」
ふと頭に浮かんできたもう一つの質問を投げかけた。
「さぁ? 観測器は改変前の世界中のデータも収集、記録していますが、個人個人のデータまでとなると膨大なデータ量になりますので、そこまでは把握できておりません」
そうか、犠牲になった人々は犠牲にすらなっていないことになっているのか。なんという理不尽だ。せめて安らかに眠っていてくれれば……
「そうですか。せめて犠牲になった方々は天国で安らかに過ごしていてほしいですね」
その時、マリアが肩をビクッと震わせた、だが俺は特に気にも留めなかった。
「天国ですか…… 天国なんて、そんなものは存在しませんよ!」
ん? どういう意味だ? 死んだら元の子もない、と暗に言いたいのか?
マリアに目を向ける。手が震えている。どうしたのだ? 俺はなにか言ってはいけないことを言ってしまったのか? だがそんな、相手を不快にさせるようなことは言ってはいないと思うが。
「て、天国も、地獄も……この世界にはないんですよ! し、死んだ先にはなにも、なにもないんですよ! あなたは死を見たことがないから、そう、やって! へ、平然……と!!」
狼狽するマリアを隣にいたサラが必死になって宥める。一体どうしたというのだ。
死を見たことがない? 俺だって人の死に目に会ったことはある。両親はもう死んでいる。ふたりとも俺が最期を看取った。
「大丈夫だ、マリア! 落ち着け! 深呼吸しろ! 違うこと考えろ! そうだ! おい! ラヴァ! お前持ってきたお菓子あるだろ! マリアにお菓子のこと話せ!」
ラヴァはこの状況に狼狽えているのか、右へ左へ目が泳いでいる。だがサラに言われた通り、必死になってお菓子の話題をマリアに語り始める。
「マ、マリア! お菓子! お菓子いっぱい持ってきたんだよ! す、すっごく甘いチョコレートもあるよ! あ、あ、あとグ、グミと~、そうだ! ラ、ラムネもあるし~、せ、あ~、なんだっけ~、あ~、あ! そうだ! 煎餅っていうしょっぱくておいしいお菓子もあるよ! あとでみんなで食べるんでしょ!? お、お菓子だよ!」
ラヴァはマリアの気を必死に紛らわせようと、持ってきたお菓子のことを延々と語りかけ続けるが、ラヴァの言葉は届いていないのか、マリアは両肩に腕をクロスさせて震えている。目は泳ぎ、顔色も真っ青だ。
「あぁ、クソっ! 最近なかったから油断してた。ラヴァこれダメだ。ハビリス呼んできてくれ! 急いで!」
う、うん、わかった! とラヴァは叫ぶと同時に扉を開け、外に走っていった。医者かなにかを連れてくるのだろうか。
どうしたらいいかわからずその場に立ち尽くしていた俺にサラが怒声を浴びせる。
「お前が余計なことを言うからぁ!! あぁ! おまえにそんなこと言ってもしゃーないけど!! くそっ!! ハビリスまだかよ!」
なんなんだ、俺がなにをしたというのだ。そうこうしている間に、上から下まで白ずくめの二人組が担架を持って白い部屋に入ってくる。ハビリスというのは産業医か救護チームかなにかなのだろうか。
「おせーよ! 早く洗ってやって!!」
洗う? わからないことだらけだ。いや、もう深く考えるのは止そう。
担架に乗せられたマリアは白い部屋の外へ運ばれていく。担架の上でも肩に両腕を回し、ガタガタと震えていた。そのあとをラヴァもついていく。担架のマリアに向かってお菓子の話をし続けている。
「あ~、キースだっけ? 悪いけど今日はもうおしまいだ。にこやかにお話、なんてできる状況じゃないからな。悪いな。あとは適当に時間潰しといて。またあとで連絡するから」
はぁ…… 結局あれはマリアの持病の発作? なのか、あれは一体なんだったのだろうか。あとでラヴァに聞くことにしよう。
予定のない時間のできた俺はシアルトの街をぶらつくことにした。
本屋で暇つぶしの小説を探したり、新渋谷の再開発地区で買えなかった普段着を見て回ったりしてサラからの連絡を待った。
いつの間にか辺りは暗くなり、時刻は午後20時、今日も蒼い月が神々しく輝いている。
たくさんの作品の中から当作品を読んでいただき誠にありがとうございます。
面白い!続きはよっ!応援したい!と少しでも思っていただけましたら
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