夫
…あなた…ごめん、私、妊娠、してる
あの日、彼女が出した言葉はおそらく私の心の中何かを壊した。
彼女と私は結婚4年目でセックスレスとしては3年少し。
娘が一人。
…
「いつから?」
「な、何が?」
「あいつとどのくらい会ったんだ」
「そ、それが…よ…」
「そうか、分かった」
バタン
彼女の言葉が終わる前に部屋に入った、引き出しから紙を一枚取り出して…
「はあ……」
再びドアを開けて出て彼女に渡す。
「あなた、これは…」
「書け、明日提出するから」
「待って!待って!私が悪かった! おるす!この子はおろすから!」
「早くそれを書けて家から出て行け、まだ明るいから、今出れば今夜寝る所くらいは用意できるだろう、これ以上お前の顔は見たくないから早くそれだけ書けて出て行け、荷物は後で送ってあげるから」
そう言ってまた部屋に入ろうとした。
「あなた!お願い!お願い!待って! 私が悪かった! だから少しだけ、うん? 私たち4年も一緒に暮らしたんでしょう?」
「言うことない、早く出て行け、そしてあの子も連れて出て行け」
「花?花はダメ! 花はあなたの子だよ!腹の中の子は違うけど、あの子はあなたの子だよ!」
「私にそれを信じると?早く書け!これ以上何を待って何を信じろと言うんだ!早くそれだけ書けて出て行け!」
「お腹の子はおろす! おろす!お願い!」
「いらない!聞きたくない」
「あなた!」
「あなただと言うな!」
そう言って、私はズボンをつかむ彼女を押しのけた。
バタン!と大きな音がするようにドアを閉めた。
ドアの外ですすり泣く声が聞こえた、しばらくして子供の泣き声が聞こえたが無視した。
「はあ……くっそ…」
ベッドの横のテーブル。その上の写真が目に入る、私と彼女、そして花の三人が仲良く写った写真。
私の肩に頭をもたげて笑う彼女。
少し時間が経った。
「これ、ここに置いていくから…あなた…花はあなたの子よ、それだけは信じて欲しい」
「何も聞きたくない、早く行け」
「花はあなたの子よ、あなた」
「しつこい!」
…
…
しばらくの後
玄関のドアを閉める音が聞こえた。
「ふう…」
寝室を埋め尽くすタバコの煙…
子供が生まれてやめたタバコをまた吸うようになったな…
翌日、会社
「…普通に出勤できるんだ…私は…ハハハ…」
普通に起きて普通に準備して普通に出勤。
そして離婚申請書。
「部長、申し訳ありませんが、今日の昼の後、ちょっと外出したいんですけど」
「うん?いいけど?どうしたん?」
「…妻と離婚することになりましたので、ぞっと」
「…」
「…」
事務室の空気が重い。
「き、君?そんなことがあったら電話したらよかったのに、今日はもう休んだらどう? うん?」
「いいえ、休みたい気分ではありません」
「いやそれでも君…」
「…休んだら思い出しそうなので」
「そ…そうか…」
「すみません、午後にちょっと出かけてきます」
「お、おう、お気を付けてね」
働く働く働く働く働く働く
働く働く働く働く働く働く
働く働く働く働く働く働く
「あの…お茶です」
後輩の女性がお茶を渡してくれる。
彼女の指が少し、私の手に触れた。
「触るな!汚い!」
さっと振り回した腕がカップに当たって、茶を入れてくれた彼女の腕に当たった。
チャッ
きゃあ
ばたん
熱い茶をかぶった彼女がばたんと床に倒れた。
「あ…あ…あ…ごめん! ごめん!ごめん!わざとじゃない、ごめん!ごめん!」
「あはは…大丈夫です、少しびっくりしただけです、あはははは…大丈夫です…すみません…」
そう言って、彼女は早足で逃げる。
…あ…あ…あ…私は…私は…私は…
「おい…大丈夫か?」
「…部長…大丈夫です…いや…分かりません、いや、大丈夫じゃないです、ごめんなさい、早く彼女に謝らなければ…」
その私の肩を強く握ってわたしを止める部長
「大丈夫、彼女には私が言うから、お前はもう休め、うん?おい、寺田!お前、今日仕事するのが気に入らない、今日は仕事をやめな!」
「…いや、山田です…はあ、分かりました」
と言って山田は私のところに来て手を差し伸べる。
「行こうぜ?、私、怒られたからいま悲しい、お酒でも一杯飲もぜ?」
「前田…ごめん…彼女には明日でも…」
「ハハ、そうだね、何かプレゼントでも買って謝りに行こうぜ?私も一緒に行くからな?そして山田だからな?」
彼は山田、同期の一人だ、入社の時は4人だった同期が二人だけになった。
なぜか何々田と呼ぶことになったがあだ名?らしい。
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居酒屋
「さあ飲んで飲んで、私がおごるから」
「ありがとう」
二人で酒を飲む、
ビールを飲む
ビールを飲む
ビールを飲む
ふと話したかった。
「…彼女が…妊娠した」
「浮気したのか…」
「花が生まれて3年間、セックスレスだった」
「長かったね」
「そして浮気相手とは4…そういえば4まで聞いたな…」
「4?」
「浮気相手とどれくらい付き合っているか聞いた時、彼女が4だと…」
「4…年?月?まさか日ではないよな?」
「…分からん」
「分からない?」
「彼女が4だと言った後話が途切れてさ」
「そうか…」
「年か月か知らないけどあれはどうでもいいことだ」
「…そ…か…そうだな…」
「…花が生まれて何ヶ月かは彼女も大変だったか」
「まあ…普通だな」
「その後は何回か私の方から要求したが、彼女が拒否した」
「まだ大変だとか子供がいるからとか?」
「そ、一年くらいは私が要求したけど、ずっと断ってたんだ、そしてこれ以上“あれ”をする気にならないから当分は一人で何とかしてくれって言われたんだ」
「…一人でか…あれはいたいな…」
「やりたい時は自分が言うから、でさ?」
「そして3年か」
「そ」
「お前も本当にバカだな…」
「そうだね…」
「そして先日妊娠したと…」
「どこから間違ったんだろうか」
「さあ…」
「もう生まれた子が私の子だということさえ信じられなくなって」
「何をそんなに広がっているんだ?どうせこうなったから、もうのお前の人生を生きればいいんだぜ?」
「私の人生?」
「そうだ、今まで一月1万円生活だったんだろう?いつも大変だと言ったんだろう?もう食べたい物を食べて買いたい物も買いながら楽しく暮らせばいいんだぞ?新しい女にも会ってさ、隣の部署の利根さん知ってるよな? あなたに興味を持っていたらしいよ?それとも受付の相澤さんはどう? 美女だってさ」
「…さっき見たじゃん、私が何をしたのか」
「それは..わざとじゃなかったじゃん?」
「それはそうだけど」
「明日謝ればいい」
「そうか…」
翌日
私は昨日の後輩を訪ねた。
駅前のベーカリーで売ったシュークリームと花束を持って
「昨日は本当にすまなかった、本当にすまん」
「大丈夫です、もう痛くもないし!ほら、傷もないですよ」
と手の甲を見せてくれる彼女、彼女は私を許してくれた。 一応は
「本当にすまん」
しかし、その後、彼女が私に近づくことはなく、私も彼女に近づくことはなかった。
たまに通り過ぎる時に挨拶するくらい。
なんか昨日から女と目を合わせる、ということ自体が不快だった。
頭ではいくら違うと言っても
女は汚い、女は汚い、そう感じた。
すべての女性が前妻のように見えた。
そうして3ヵ月が経った。
彼女を忘れるために無理しても楽しく生きようとしたが、
うまくいかなかった。私の気持ちなのに私の勝手にならない。
だんだん雪のように積もる何か、私の心に積もる、雪のようにだんだん積もる何か。
そして同時にどんどん削られていく何か、ガリガリと音を立てながら削られていく何か。
街を歩くと彼女が見える。 女は汚い、仕事をしてもどこかに彼女が見える。 女は汚い。 女は汚い 女は汚い
彼女との結婚生活はそれなりに幸せだった。
と思った。
最初の1年間は
結婚して間もなく彼女が子供を妊娠した。 幸せだった。彼女のお腹がどんどん膨らんでくることを見た、あの中に私の子供が育っているな、生まれる子供はどんな子供だろうかと期待した。 子供が生まれて幸せで涙を流した。 ああ、私は父だ。
二年目
子供はすくすく育つ. 彼女はいつも疲れている子育てということが彼女にとって初めてで、もともと子育て自体が大変なことで。 彼女のために何でもした、と思う。ある程度育児が安定し始め、私は彼女と“あれ”がやりたくなった。しかし、彼女は断った。 まだ大変だと。
なるほど、まだ大変な時だね、彼女に謝った。 しかし、まだ幸せだった。
3年目
彼女がまだ“あれ”を断る。 まだ考えていないから一人で処理しろと言う。 一人で…か
私は君に私の性欲を“処理”したいのではない。君を感じて君を愛したいのだ。 でも彼女には違うのだろう… いや、まだ子供が幼いからまだ大変なんだ、きっと。
四年目
彼女と関係を持たないまま3年が過ぎた。 部屋はすでに別に使っている。
最後に彼女の手を握ったのがいつなのか思い出せない。 たまに夕食は用意してくれるが、会話は無い。 これが結婚生活なのか? 毎月お金を稼いではあるが、お小遣いは月1万円、家族の未来のことを考えるとお金を節約しなければならないと言う。 ところが最近になって急に彼女の金遣いが大きくなった。 初めて見る服やバッグ、靴。
もちろん、以前にも贅沢をしていた。 高そうな服、カバンなどをたまに一つずつ買って持ち歩いたり、ある日気づいたら私の知らない物が一つずつ増えていたり、冷蔵庫が変わったりして。
しかし、最近になって急にあれがひどくなった。もう我慢する必要がないと言うように
一体あの赤い靴はどこで買った?濃いメイクまでして?
なんだ?その体にぴったりくっつく服は?
しかも最近は家での私をまるで無い人のように無視して…
そんなある日だった。
「…あなた…ごめん、私、妊娠、してる」
彼女がそう言ったとき
ああ、”やっぱり”と思った。
私の心は冷静だった。 腹も立たない。 こうなりそうだった。
私の部屋の机の引き出しから書類を一枚取り出した.
正直に言うと、私はすでに彼女を疑っていた。
2年前から準備しておいた物を
彼女に渡す。横を見ると子供が寝ていた。すやすや、気持ちよく寝ているな?
女の子である。あの子は誰の子かな? 私?あいつ?
だぶんあの子も私の子じゃないかも
そんな感じがした。
疑いが確実になり、確信が真実になった。
そうか、私はただお金のための夫だったんだ。
あれかな?ATM夫?どこかでそんなことを言われたことがある。人の話としか思っていなかったのに…
私だったんだ。
私はただお金のための夫だったんだ。
ある日、手紙が届いた。
彼女の父からだ。
どうか彼女のことを許し、もう一緒に暮らさないかという内容。
彼女から一通、たぶんごめんなさい。と思う。これは読んでない。
私は手紙一通と開けてない彼女の手紙をまとめて彼女の家に送った。
何日後また手紙が来たがそのまま戻した。
二度と彼女と合いたい気持ちはない。
それからは仕事に没頭した。彼女を忘れるために、体を削るながら
しかし、夢を見た。
彼女と初めて会った日を
彼女とデートした日を
花の妊娠を知った日を
花が生まれた日を
汚いゴミを見るように私を見る彼女を
自分に手を出すなと言って私に言った彼女を
お金が必要だと私を責めていた彼女を
私に背を向けて花を抱いて部屋に入っていた彼女を
私の子じゃない子を妊娠したと言う彼女を
そんな夢を見た。
毎日
毎日
毎日
毎日
毎日
毎日
毎日
毎日
眠るのが怖い
薬を飲んでお酒を飲んで限界まで働いて
だんだん体が壊れるのを知っても仕方がない。
仕事をしながら過ごしたある日、山田が私を呼んだ。
他の女に会ってみないか?と言って私に女を紹介してくれた。
が顔が彼女の顔。
山田は飽きずに他の女性を紹介してくれた。
だが全ての女が同じ顔、彼女の顔
通りの、会社の、町の、店の、テレビの
女の子の、女子生徒の、あっちらの叔母さんの
全てが彼女の顔。
いや、多分違う。
でも私には彼女の顔にしか見えないから
テレビを見ても町に出ても会社に行っても
すべての女は彼女にしか見えない
毎日毎日毎日毎日..
仕事仕事仕事仕事仕事仕事
悪夢悪夢悪夢悪夢…
馬鹿な私をあざ笑う彼女
馬鹿な私をあざ笑う花
馬鹿な私をあざ笑う人々
馬鹿な私をあざ笑う私
部屋に閉じこめられた。
もう仕事もしたくない。
何もしたくない。
世の中のすべてが嫌になった。
物を片付けた。
まだ彼女の物が残っていたんだ。
いくつかの物は母に送った。
残った物は全てかたずけて捨てた。
写真は全部燃やした。
最後に彼女と過ごした家で
タバコに火をつけた。
そして、私は一人になった部屋を見ながら縄を掛けた。
首を通して
バタン
「 二人は夫婦になって楽しい時も辛い時も幸せな時も悲しい時もお互いを信じて頼り合い、共にすることを誓いますか?」
「…いいえ」
4/5




