表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

童話系

箱の中のペン

 寒い寒い氷の大地の真ん中に、ポツンと一つの木箱がありました。

 誰が置いて行ったのかは分かりません。一つだけ分かるのは、その木箱の中に卵が入っていること。

 ピキ、ピキピキ、パカッ。卵が割れる音がして、中から何かが這い出て来ました。

 それは可愛らしく小さな、薄茶色のペンギンでした。名前を、ペンといいます。

 ペンは箱の蓋を開けて首を突き出し、辺りを見回しました。すると一面、白く冷たそうな氷です。

「……仲間は、いないのかな?」

 普通、ペンギンには生まれた時から仲間がいます。でもペンは氷野の中、一人でした。

「誰かー」と呼んでみます。が、誰からも返事はありません。

 ペンは箱から抜け出しました。仲間を探さなくちゃ、と思ったのです。きっと仲間とはぐれてしまったのでしょうから。

 氷の地面を歩きました。ペタペタペタ、ペタペタペタ。しかし仲間は見つかりません。

 そのうちにお腹が空いたので、ペンは魚を獲りに海辺へやって来ました。

「美味しそうな魚はいないかなあ?」

 海に頭を突っ込み、魚を一匹食べてみます。すると結構美味しくて、さらに三匹パクパクパク。

 そのとき、突然大きな声がしました。

「うまそうな赤ちゃんペンギンだ。食べちゃうぞー」それは、巨大なシャチでした。

 ペンはびっくりして、急いでシャチから逃げ始めました。

 よちよちよちよち、急げ、急げ、急げ。

 けれどもシャチは、どこまでも追って来ます。「待ーてー」

 氷の大地まで戻って来ました。

 すぐ後には、歯をギラギラさせているシャチが迫っています。

 シャチが大口を開け、ペンを丸呑みにしようとした時です。ペンは、すぐそこにあった木箱へ飛び込みました。

 シャチの頭がガツンと木箱に当たります。

「出て来ーい!」

 叫びながら木箱を開けようとしますが、体が大き過ぎて全然開けられません。

 シャチは「クソ~!」と帰って行きました。

「ふぅ」安心して、ホッと息を吐くペン。

 でも体はまだブルブルと震えています。

「そ、そうだ。仲間を探してるんだっけ」

 思い出したペンは、再び氷野を彷徨い始めます。

 そして見つけました。黒と白の絨毯――いいえ違います、それはペンギンの群れです。

「おーい」呼びかけると、群れがこちらに気が付きました。

「あっ、小さなペンギンだ!」

 ゾロゾロ、ゾロゾロゾロ。いっぱいのペンギンたちが、ペンの前にやって来ました。

 そしてその中で一番大きく、鶏冠の生えたペンギンが出て来て言いました。

「私は皇帝ペンギン。お前は、誰だ?」

「あたしはペン。一人ぼっちだから、仲間が欲しいんだ」

 ペンはそうお願いしてみました。けれども皇帝ペンギンは、大きく首を振ると、

「見ろ。私たちの体の色と、お前の体の色を。私たちは白と黒だが、お前は薄茶色で汚い。だから、私たちの仲間には入れない。早くどこかへ行ってしまえ!」

 とペンを追い出してしまいました。

「あたし、他のペンギンとは違うんだ。仲間になれないんだ……」

 そう思って、ペンはわんわん泣きました。

 泣いて泣いて泣き喚いて、やっと泣き止んだ頃、ペンはもう決めていました。

「これからは、箱を被って生きよう」

 外の世界は怖いのです。

 シャチがいます。他のペンギンたちがいます。だからペンは、箱の中に隠れてひっそり生きていくのです。

 それからずっと、ペンは箱の中で過ごしました。寝るときも、起きて歩くときも。

 寂しくても我慢しました。だって、外の世界に出る方がよっぽど恐ろしかったから。

 これでいいんだ。そんなある日のことでした。

 海辺で魚を獲っていると、突然、こんな声がしたのです。

「そこの箱に隠れているのは、誰ですか?」

 ペンは話すのが怖くて、黙っていました。それでも声は喋りかけてきます。

「どうして、そんな箱の中にいるんです?」

「……怖いから」ペンは思わず、答えます。

「どうして怖いんですか?」

「外には、あたしを狙うシャチがいる。外には、あたしを仲間はずれにするペンギンたちがいる。だからあたしは箱ペンギンでいいの。どっか行ってよ」

「私はアホウドリのホウです。私はあちこちを旅する渡鳥なんですよ。狭い木箱の中に籠っているなんてもったいない。広い外の世界へ出て、一緒に旅をしましょう?」

 旅と聞いて、ペンは思わずちらと箱から顔を覗かせました。すると目の前には、大きな白い鳥。これが声の主、ホウなのでしょう。

 ホウを見た途端、ペンは泣き出しました。

 やっぱり、ペンはずっと一人で寂しかったのです。我慢していたけれど、それが急に湧き出してきて、涙になりました。

「あたし、一人は嫌だよ。でも外の世界が怖い。怖いの。だから……」

「じゃあ、私がついてあげます。私も実は、仲間とはぐれて一人だったんです。ねえペンギンさん。友達に、なりましょう?」

「とも、だち?」

 首を傾げるペンに、ホウの右の翼が差し出されます。

 友達が一体何かは分かりません。けれど、ペンは気づくとホウの翼に自分の翼をそっと重ねていました。

「ありがとう」

 その日から、ペンは箱に閉じこもるのをやめました。

 そしてホウの背中に乗って、大空を旅することにしたのです。

 大空から広い氷野や真っ青な海を見下ろすと、なんだかとてもいい気持ちがしました。

 あるとき、ペンたちがまた海辺で魚を食べていると、あのシャチがやって来ました。「食べちゃうぞー」

 でもペンはもう怖くありません。なぜってホウが――友達が、いてくれるからです。

 ペンが背に飛び乗ると、ふわりと宙へ舞い上がるホウ。悔しげに空を見上げるシャチですが、空までは追いかけて来れません。

「やったー!」ペンは大喜び。

「よかったですね、ペン」

 こうして二人で旅をするうちに、ペンとホウはとても仲よしになりました。

 そんなある日、二人は大きなペンギンの群れと出会いました。生まれたてのペンを追い出した、あの皇帝ペンギンたちです。

「おお、あのときのペンギンか!」皇帝ペンギンがペンの方へ駆け寄って来ました。

「うん。そうだけど、どうしたの?」

「あのときは悪かった。許してくれ」

 突然、皇帝ペンギンが謝ったので、ペンはびっくりです。

「実はあのとき、群れが悪いシャチに襲われていて、逃げる途中で急いでいたから、わざと嘘をついたのだ。実は、ペンギンは赤ちゃんの頃は茶色の体なのだ。ほら、お前の体を見てみろ」

 そう言われて自分の体を見たペンは、またまたびっくり。なんと、薄茶色だった体が白と黒に変わっているではありませんか。   

「この前のことは謝る。だからお前、私たちの仲間になってくれないか?」

 そう言われてもペンは困ってしまいます。

 前のことは許してあげました。でもペンはまだ、ホウと旅の途中なのです。

 しかしホウは笑って、こう言いました。

「ペン、これからはペンギンの皆さんと生きていってください。私はここでお別れです」

「え? 何言ってるの、ホウ。あたしはもっとホウと……」

「私はこれから、もっと北の方へ行きます。けれどペンギンのあなたは、暑くてそこへは行けません。だから今は、さよならです」

「で、でも……」

「もう、ペンは一人じゃありません。それにあなたは、外の世界を怖がる幼いペンギンのままではないでしょう?」

 言われて、気がつきました。

 ホウはペンのことを考えていてくれたのです。外の世界が怖くないよう、守ってくれていたのです。まるでお母さんみたいに。

 でももうペンは赤ちゃんではありません。ちゃんと毛だって生え変わりました。だから、ホウに頼らず生きていくのです。

「わかった。これからはペンギンのみんなと頑張って暮らしていくね。……今までありがとう、ホウ。バイバイ!」

「さようなら。私は旅を続けて必ずここへ戻ってきます。そのとき、また会いましょう」

 手を振って、二人はさよならをします。

 ホウは黒い翼を広げて大空に舞い上がると、そのまま遠くへ飛び去って行きました。

「ペン、昼飯どきだ。魚を獲るぞ!」

 皇帝ペンギンたちが呼んでいます。

「今行くよ」と言ってペンが振り向くと、そこにはなんとあの箱がありました。実はここは最初にホウと出会った海辺だったのです。

 ペンはじっと、木箱を見つめます。

 ペンが生まれて、隠れ続けていた木箱。

「でももうあたしには、いらない」

 そう、箱を思いっきり海へ放り投げたペンはよちよちと、仲間たちの元へ走っていくのでした。

 お読みくださいまして、誠にありがとうございます。

 もしご意見がございましたら感想を、面白いと思ってくださったなら評価を頂けると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の力で最後生きることを決意したその気持ち。 この話、人知れずなのがもったいないなあ・・・。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ