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異世界太陽傳  作者: おぬし
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エルフ①

 ソンが騎士団にしょっ引かれ、そのまま行方知れずとなった事件は、日頃から奇特な事件の絶えない女郎屋ベリーグッド商会でも、近年まれにみる騒がれぶりであった

 というのも、ソンは女郎屋きっての人気嬢の一人で、指名が入らない日はないくらいであった。それに人当たりがよく面倒見がよいというのが、身内の間での決まっての評判であったから、必然的に内に外に随分と影響力を持っていたのだ。例えば、嬢たちを代表して、商会の主人であるジョナサンと議論をするようなこともしばしばあったくらいであった。特にまだ入りたての嬢からはとても頼られる姉御的ポジションであった。


 女郎になる女性というのは、市井の一般女性に比べて、何かしらの特殊事情を抱えていることが多い。もちろん純粋に短期にガッツリ稼ぎたいからって事で就職する女性もそれなりの数がいることは間違いはない。

 しかし、借金があってとか、犯罪歴があってとか、もしくは他の国から脱走してきてとか。その種の事情を秘める人間は決して珍しくはないのだ。

 個人の過去やプライベートに深入りしないのが鉄則みたいなところがあるこの職業は、この種の人間にとっては良い隠れ蓑になるのだろう。


 ……というような背景もあり、まあ、騎士団に逮捕されるような後ろ暗い人間というのは、少ない年でも数人は出てくる。そういう意味では、この類の事件自体は珍しくはないと言える。


 が、彼女の場合、普段とのギャップというか、それまで積み重ねてきた影響力というか、まさか彼女が! と言った驚きが今回は強かった。

 1週間ほどたった今でも、毎日噂され続けるほどであった。


 ザントもその噂話に、場所を変え人を変え何遍も何遍も付き合わされた。


 逮捕されて間もなく、尋問も裁判も経ずに護送をされる、というのがまずうさん臭い。そしてその護送中に何の手掛かりもなく行方不明だというのだから、まず以って何かの陰謀に巻き込まれたのではないか。

 というのが、その噂のほとんどで、それは限りなく正解に近いのであるが、ザントとすればそれを肯定するわけにはいかない。


 最初の頃こそ大いに警戒をして、言葉使いを選んでいた。が、徐々に面倒くささが勝るようになってしまった。


「残念だけど、護送中に行方不明になっちゃ助からない。きっとそこら辺の魔物に喰い殺されているか、盗賊だのになぶり殺しの目にあっているかだろうな。それか運よく生き延びていたとしても、もはや指名手配の身の上、行くも地獄帰るも地獄だな」


 と、決まってそっけなく話を切り上げるようになった。


 実際、ザントはあれから彼女がどうなったのかは知らない。が、想像には難くはない。

 ジャンガらの手によって、相当苛烈な拷問を受けているか、凌辱をされているか……。もしくは一思いにやっつけられてしまっているのかもしれない。


 ザントにとってソンの末路など、もはや屁ほどの興味も感じないのである。そんなことより彼にとっては、日々無遠慮に押し付けられる無理難題をどのようにしてこなすか、もしくは回避するかのほうがよほど重要なファクターなのである。


 現に彼は、またもやしちめんどくさい仕事にぶち当たっているのだ。


「3000万ゴールドの損害ですね」


 パタパタとそろばんのようなものをはたいていた商会の主人ジョナサンは、ギラギラと輝くダークグリーンの瞳でザントをギロリと見る。口元の髭を無造作に弄りながら。華奢に見える体躯を重厚なソファーに深々と鎮めながら。


「はぁ」


 と、気の抜けた返事を返すザント。


「ソンとの契約はあと2年。彼女は少なく見積もっても年間1500万の粗利を稼ぎ出します。2年で3000万。随分と手痛い損害です」


「だが、借金自体は返し終わってるんだろ?」


「ええ、額面上ではそうですね。ただ、我々も商売。借金を返してもらって、さらにたっぷり稼いでもらわねばなりません」


 しばらく視線を交わしあう二人。

 ジョナサンの瞳は何かを察しているぞ、と言わんばかりにザントの瞳を見透かしている。が、ザントはその視線に物おじせずに憮然とした態度を崩さない。

 十数秒の間、その無言の押し問答が繰り広げられていた。

 やがて根負けしたのはジョナサンの方で、


「まあ……。ソンの件は……これ以上何も詮索はしません。実は、私の方でも彼女の過去を少しばかり洗ってみたのです。嫌疑はおおよそ裏付けができましたよ。そういった意味では、彼女を囲っておくのはこちらにも少なからずリスクがあったわけですし。

 ―――あなたの反逆的な行為に関しては、水に流しましょうかね」


「……反逆的? なんのことやら、さっぱり」



「ハハハ、そうですね。あなたはそういうしかない。しかし、重々承知だと思いますけれど、私のことはあまり見くびらないほうがいいですよ」


「………………」


 老獪に笑うジョナサンの姿に、さすがのザントも背中に冷たいものを感じる。やはり、侮れない。……どころか、底の知れない男だ。としみじみ痛感する。


 しかし一方では、やはり怪しまれるよな、と納得している自分もいる。

 というのも、なんせ今回の仕込みは全くもって稚拙であった。いろいろ気を回すための時間もなかった。……まあ、仮に時間があったとしても、これ以上の労力を割く事はなかっただろうが。

 彼にとってはほんの気まぐれの仕事に過ぎなかった。


 そこら辺の凡俗たる盲はともかく、切れ者のジョナサンを欺ける道理はないのだ。


「代わりと言っては何ですが、ザント、仕事ですよ」


 ようやく本題、とばかりにジョナサンは居住まいを正す。やや前のめりになり、懐から一枚のペラを取り出すと、丁寧にザントに手渡す。


 それは女郎屋の顧客名簿の中の1枚であった。


 まず先に目が行くのは、並外れた美貌の若い男性の写真だ。

 かっこいい、だとか、うつくしい、だとか、そういう次元を超越した、一種人外じみた整った顔立ちである。


 隣にダンという写真の主の名前が書いてある。

 その下に、年齢や種族に始まり、趣味趣向、資金力、指名嬢などといった事項がまるで履歴書か何かのように連なっている。


 ザントは注意深く読み進める。

 このダンという男の事は知っている。何度か見かけたことがある。このようなある種の俗な空間にはあまりにも不釣り合いなその美貌。男でも色を覚えてしまうような。

 だが、ザントの中にその美貌以上に印象付いているのは、彼の種族がまた随分とこの場には相容れないものであったからだ。


 彼はエルフなのである。

 エルフとは別名森の守り人と呼ばれる。森林や樹海に居を構える半人半精霊の種族である。特徴はなんといっても、その長い耳、そして人外じみたレベルで整った容姿である。


 彼らエルフは人里に現れること自体が希少である。彼らにとって、人間の居住地というのは一種のゴミ貯めのような、汚らしく汚らわしい環境であるのだ。

 又はその美貌によって、常に人間たちからの欲望のはけ口として見られがちであり、その時と場合によっては随分と酷い迫害を受けることもある。

 つまり彼らにとって人間の居住地にのこのこと現れることは、鴨が自らネギをしょっていくようなことを意味する。随分のモノ好きの所業か、そうでなければ自殺願望があるのか。いずれにせよ、尋常一様ではないのだ。


 まあ、話が長くなるから一旦このくらいにするとして、人里に現れるだけでも違和感だらけなのに、ましてや彼らの嫌う下卑た欲望が渦巻くこの女郎屋界隈に女を買いに来るだなんて、もはや驚天動地の出来事と言っても過言ではないのだ。


 ちなみに、だ。

 彼らエルフにはそもそも性欲と呼ばれるようなものはない。

 何故かは知らないが、巷でよく言われているのが、人間の数倍は長いその寿命故に子供を産む必要性が少ないからだとか、なんだとか。


 とまあ、そんな具合で、女郎屋にくる意味がまるで理解不能なのである。


 私はさらに手元の紙に書かれた記録を読み進めて、思わずハッとした。

 ダンという男は、毎回、同じ嬢を指名していたようだ。ミニシャという女郎。彼女もまた同じ星の元。……この女郎屋唯一の、彼と同じエルフの嬢だ。


「ザント、仕事です。それも、今回はずいぶんとやりがいがありますよ」


「……ずいぶん嫌な言い方だな」


「フフフ、なあに、ただの人探しです。実はこの男が、昨晩、うちのミニシャを勝手に持ち逃げしたようでしてね。一体、どうやって監視の目をくぐったのかはわかりませんが……。エルフはずいぶんと不思議な魔法を使いますからね……」


「ミニシャは、女郎奴隷だろ? ってことは追跡装置がついているんだろ?」


「はい。残念ながら、うまく機能していません」


「そんなことあるのか?」


「私も初めてのことです。……ここに途中まで記録されている逃亡記録があります。最後の記録が1時間ほど前。まだそう遠くへ入っていないはずです。ザント、お手数ですけど、この男をひっとらえて、女を連れ戻してください」





 人の捜索にはとにかく人手が必要なものである。犬も歩けばなんとやらとよく言うが、実際はやたらめっぽうに探し回ったところでそうそう何の手掛かりも得られないものだ。ザント一人で探してみたところで、骨折り損のくたびれ儲け。かかる時間に比例して、彼らはどんどんと見つかりずらくなっていく。


 ということで、ザントがいの一番に飛び込んだのは、追跡装置が最後に示した場所ではなく、または王都の関所でもなく、貧民街などの人目が届きにくい場所でもなかった。


 彼はとある場末の酒場に来ていた。

 そしてビールをジョッキで2杯、3杯と呷りつつ、ぼんやりと煙草をふかしている。別に職務放棄をして現実逃避しているわけではない。彼はそろそろここを訪れるであろう一人の男を待っているのだ。


 その男は、非番の日は決まって朝からこの酒場を訪れる。そしてたっぷりアルコールを摂取してくだを巻きつつ、昼前には裏街に繰り出し、カードやらサイコロやらの博打に興じ、夕方には女郎屋へ行き女を買う。10年間、一度も欠かしたことのない、凡俗たる休日のスケジュールである。


「おおう、ザントじゃねえか! 珍しいな、こんなところで」


 案の定、男は無駄な大声を張り上げながらやってくる。そう、この男、悪徳騎士団員筆頭のグリフォである。


 ザントはわざとらしい仰々しさで彼を出迎えつつ、ビールを数杯驕り、彼を上機嫌にさせたところで、例の厄介ごとの相談をする。


「それは無理な相談だな」


「頼むよ、別に一個師団動かしてくれってんじゃないんだ。10人ほど……いや、5人でもいい。プロの人手、貸してくれないか?」


「貸してやりたいのは山々だがな、さすがに無理だな」


「そこを何とか! さすがのオレでもこんな人探し、一人じゃどうにもならんぜよ」


「まあ、ご愁傷さん。精々頑張ってくれ、ってなもんだ。……というか、助けてやれないのは、ある意味おまえのせいでもあるんだぜ、ザントよぉ。この間のソンとかいう女の件でさすがの俺も随分とお上から目を付けられちまってるんだ。しばらくは静かにしてないと、俺も危ないんだよ」


「そうか……。そしたらまいったなぁ」


 ザントはテーブルの上に身体を投げ出す。酒もいい具合に回っていることもあり、いよいよやる気も気力も何もかもなくなっていくように感じる。


「まあとりあえず、飲むってもんだろ」


 というグリフォの言葉に、ザントも同調して少し強めの酒を注文しようとしたその時、酒場の入口が開き、数人の男たちが入ってきた。

 ザントは何となしにそちらに視線をやり、しばらくぼんやりとその一団を眺めていたが、ふと何かにとりつかれたかのように、ビクッと跳ね起きて、


「アッ!」


 と叫んだ。

 一行の一番先頭にいた大男も、ザントと同じくして、アッと声を出した。そして、どたどたとザントのもとにやってくると、おもむろに片膝をつき、慇懃に頭を垂れて、


「ザントさん、それにグリフォ殿、この前はどうも」


 と恐縮した。


「ハハハ、これはこれはジャンガくんじゃあないか。いいところに! ここにはよく来るのかい?」


「いや、今回が初めてですが。しかし、こんなところで会うとは、奇遇ですね」


「ハハハ、ほんとほんと。こんな偶然ってあるんだなぁ。そういえば、ソンはどうなった?」


「ソンですか。……彼女はもう殺しました。ちゃんと三日三晩苦しめた後に」


「そうか、それで気は済んだかい?」


「はい、おかげさまで。皆に良い供養ができました。……若頭もきっと喜んでくれているはず」


「それは何より。……ところでジャンガくん、早速なんだけど、少々借りを返してもらいたくてね。なあに、そんなに重たい話じゃない、ほんの人探しなんだけどな」


 ザントは普段見たこともないくらいの満面の笑みで、ジャンガの肩に腕を回す。ジャンガは何かしら嫌な予感を感じたようで、一瞬嫌な顔をするが、仁義がたい彼のこと、先刻受けた大恩の手前もあり、強いて拒むこともしなかった。


 ザントは嬉々として、一連の難題を彼に丸投げをする。話が進むにつれ、段々と表情を暗くしていくジャンガ。時折、グリフォに助けを求めるような視線を送るが、彼はひたすらに鯨飲を繰り返すだけで、全くその視線に気づかない。


 ジャンガはいよいよ観念して、連れ立った部下に指示を出し、そして彼も一滴も酒を飲まずに酒場を後にするのだった。


 ザントはその様子を満足げに見届けると、


「さあ、グリフォ、問題は片付いた。祝勝だ。どんどん飲もうじゃないか!」


 すでに問題が片付いたような気になっている。

 もちろん、二人が発見される保証などこれっぽっちもない。第一、ジャンガらは人の捜索など素人中の素人なわけだから、見つかる可能性の方が低いと考えるべきだろう。


 が、ザントはすでに考えることをやめている。朝酒の背徳感と、それ故の優越感が彼の射幸心を強烈に刺激する。合法的に女郎屋を抜け出すことができたザントは、これ幸いとばかり、「サボり朝酒」の魔力にズンズンと浸かっていくのであった。


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