居残り用心棒
のんびり投稿していこうかなと思ってます。
よろしくお願いいたします。
「誰か! 誰か、大変だよ! 早く助けておくれ!」
という女性の金切声とともに、バタンと荒々しく開かれた扉の音に、最前までうつらうつらと舟をこいでいた中年男のザントは大柄な体躯をビクリと震わせた。
セキュリティ室の中に転がり込んできたのは、50才から60才くらいの女性である。血相を変え、伸びた髪の毛を振り乱した彼女は、更に早口でまくし立ててくる。
「よかった、ザント、あんたここにいたのかい! 大変だよ、早く来ておくれよ!」
「な、なんだ、いきなりどうした?」
「ソニアが刺されたんだよ! は、早く、助けておくれ!」
ザントはソファからガバっと跳ね起きると、白塗りのレンガ造りの壁に鎮座されている1本の刃がつぶれたブロードソードを掴んだ。ざわざわと騒めき立つ野次馬連中を押しのけ、おばばに先導されるままに3Fへ駆けあがる。人の物とも獣のものとも判別がつかない、一種異様な狂人めいた男の声が響いてくる。
その声は階段の反対側の突き当りにある角部屋の中から聞こえてくるようだ。男の狂乱した怒号が響くたびに、扉の開け放たれた部屋の前でまごまごしている数人の従業員やら客やらが慌てふためいて、身を縮めたり飛び退ったりしているようだ。
ザントは部屋の前まで一直線に向かい、その部屋をのぞき込もうとすると、彼の様子を認めた若い清掃係の男が、
「あっ! ザントさん!」
と、安堵するような声を漏らして、彼を前に押し出すようにして自分は後ろに隠れる。
仄暗い薄桃色の光に照らされた20畳ほどの室内は、赤を基調とした豪華な設えがなされている。大柄の男がゆったりと二人は横になれそうな天蓋付きのベッド、高級ホテルのラウンジにあるようなセレブリティなソファ、そして縁の部分に煌びやかな金細工が練りこまれたガラステーブル。壁にはワインセラーが備え付けられており、年代物のワインが何本も鎮座されている。そして、それらの趣向が凝らされた一つ一つの調度品を、壁にぴったりとくっついた背丈ほどもある官能的な絵画が、まるで監視するかのように見下ろしている。
目も眩むような現実離れのする部屋だ。と、ザントは思う。何度も見ているはずなのに。
カーテンで区切られた部屋の奥半分は、浴場になっている。大の大人がゆったり浸かれる金箔出来のバスタブ。洗い場にはマットが数枚転がっている。シャワーはジャージャーと音を立てて流しっぱなしになっている。
男がそのカーテンの開いた浴場のど真ん中に、目をまんまるく見開いて、口角を不気味に上げて、わなわな震えながら佇立している。右手に持っているのは、刃渡り15㎝ほどのナイフである。そして刃は真っ赤に染まっている。
男の足元、ヌラヌラと妖しく光るマットの上には全裸の女性が力なく横たわっている。
鼻と口と腹部からは、薄暗いピンク色を吸収して赤黒さを増した多量の血液が流れ出ていた……。
「ひゃ、ひゃひゃひゃひゃ、やった、やってやったぞ! 俺に、俺に怖い者なんてねえ。俺は、俺は……」
と、男は焦点の合わない目をグルグルさせながら、大声で喚き散らしている。その場で地団太を踏んで、短剣を振り回し、頭を振り乱し……。見るものを凍らせる恐ろしい踊りであった。
ザントはため息を漏らし、部屋に入り込んだ。
すると、
「来るなァァアアア!」
と、短刀を振りかざす男。ザントは気にも留めず男に近づいていく。
「来るな、来るなって言ってんだろォオオ! こいつがどうなってもいいのかァァアア!」
足元の女の首元に短剣をあてがう。「うぅぅ」と小さなうめき声が女の口元から聞こえる。ザントは舌打ちをして歩みを止める。そのままソファにどっかりと腰を下ろした。
「わかったよ、これ以上近づかんよ。しかしこれは一体どうしたんだ? 何があったのか、教えてくれないか? 悪いようにはしないからさ」
「け、剣……。その剣を捨てろ!」
はいはい、とザントは腰に差したブロードソードを床に投げ捨てる。
「いいか、お客さん。すぐに店の主人が来る。そしたらあんたは問答無用で蜂の巣だ。それでもいいのか?」
「う、うるせえ!」
「あんた、何回か見たことあるな。店の常連だろ? なんでこんなことしたんだ? 理由があるんだろ? その女になんかされたのか?」
ほんの一瞬だが男の顔がこわばる。ザントはそれを見逃さなかった。
「お客さんのことは知ってる。こんなことするような人間じゃないってな。大方、この女に騙されひどい目にあったんだろ?」
「……き、貴様に何がわかる?」
「ああ、わかるさ。オレも実はその身だ。女に騙されて借金こしらえてさ。こうして居残り用心棒の身に成り下がっている。いわば同類さ。お客さん、その様子から見ると、この下衆女を殺して自分も死ぬつもりだったんだろ?」
「………………」
「そんなバカバカしいことはやめろよ。この女は死んで当然だけど、お客さんは被害者だ。何も死ぬことはないさ。こんな女のために死ぬなんて、そんな道理があってたまるかよ、な。……早くしないと、主人が来ちまうぜ。そしたらあんたは一瞬で蜂の巣。オレなら、決して悪いようにはしないし、話も全部聞いてやる。だから、そのナイフを捨てな」
「……ほ、本当か?」
男はいつの間にかその狂気じみた表情から、べそをかく少年のような弱弱しい表情に変化していた。か細い消えゆくような声で、
「お、俺はこの女と心中するつもりだったんだ。金、女房、仕事……。俺から何もかもを奪ったこの女と。もう生きている必要なんてない、そう思ってたんだ……。で、でも、やっぱ死ぬのは怖い……。本当に、助けてくれるのか?」
「当り前だ。そのために俺がここに居残っているんだから」
ポトリ、と男はナイフを落とした。そして両手で顔を覆ってすすり泣きを始める。
ザントは立ち上がるとゆっくりと男に近づく。そして転がるナイフを拾い上げる。そのまましばらく検めていたが、おもむろに男の左膝にそれを突き立てた。
「ギャ!」
と短い悲鳴を上げて男は卒倒する。ザントはしかめっ面のまま、今度は転げまわる男の右ひざを差し抜いた。
響き渡る悲鳴。
「畜生! だ、だ、だ、だましたな!」
ザントは女性を丁寧に抱きかかえる。まだかろうじて息があるが、瀕死の重傷には変わりはない。目的を達した彼はそのまま足早に部屋を後にする。あらん限りの恨み言を吐く男をまるで顧みることはなく。
ベリーグッド商会は、エルドラド王国の王都内に軒を構える女郎屋、所謂ところの娼館である。
自由主義的な思想の強い国家だけあって、女郎屋というのはそれなりに市民権を得ていて、その証拠にこの王都内だけで実に十数店舗が軒を連ね、妍を競いあっている。ベリーグッド商会はその中でも最上級に属する女郎屋である。女性の質は王都で随一と言われているし、お店の規模や設備等もほかのどの店にも見劣りしない。
ザントはこの女郎屋に数人常駐している用心棒のうちの一人である。
仕事内容はその名の通りで、面倒ごと全般を丸く収める。必要となるスキルは状況対応能力と、何よりも純粋な強さ。腕っぷしがないとこの商売は成り立たない。
ザントはその両方を高水準で持ち合わせている、いわば用心棒家業の申し子ともいえる人材である。彼がベリーグッド商会に来てより約1年が経過するが、以前と比べて目に見えて問題の発生件数が減少しているのがその証拠だ。
彼は以前はこの女郎屋の客であった。
が、代金の支払いが滞ってしまい、結構な借金をこしらえてしまった。親類も頼れる友人もないザントからお金を回収するため、苦肉の策として、商会に居残らせて用心棒をさせてみた。
すると純粋な用心棒の仕事は前述のとおり申し分なく、曲者ぞろいの顧客を見事に管理し、またそんじょそこらの騎士くらいなら返り討ちにしてしまうくらいの腕前を持っているザントは、一月もたたないうちに商会において必要不可欠の存在になった。
さらに彼の特筆すべきところは、居残り用心棒家業の空き時間には、掃除洗濯の手伝いから庭師の真似事、さらには帳簿の手伝いなど、まさに不眠不休の働きぶり、一人で十人前の力量を発揮しはじめるのであった。
そうなるといよいよ商会の嬢から下働きに至るまで、皆からありがたられ頼られ、いつの間にか借金の事など忘れ去られてしまうほどであった。
「あ、ザント! いいところに、頼みがあるんだけどさ!」
お客様がいらっしゃる前、まだ活気のない廊下を歩いていると、清掃係のおばちゃんからお声がかかる。
「ちょっとこっちきてよ」
と引っ張られるので、ザントは間の抜けた顔をしながらずるずると引きずられていく。たどり着いたのは案の定、今朝お客さんが出て行った部屋で、
「じゃ、ここの掃除頼んだよ!」
「……いやいや、これオレの仕事じゃねえし」
「どうせ暇なんだろ? こっちはてんてこ舞いで猫の手でも借りたいんだよ。じゃ、頼んだよ!」
ザントからすれば自身の仕事の範囲外。そのまま放棄して立ち去ってもよいのだが。彼はため息をつきながらのそのそと掃除を始める。その仕事ぶりは意外にも丁寧そのもので、細かい塵一つに至るまで、人の気配を徹底的に排除する。
30分ほどで一通りの清掃を終え、今度こそ一休み、と廊下へ出ると、
「あー、ザントさーん、いいところにいましたー!」
と、近づいてくるのはまた別の女性で。
連れられるがままに洗濯を手伝わされ、そのあとさらに別の厨房の男から食材の搬入を頼まれ……。
見る見るうちに客入りの夕方の時間となり、本日も全く休めないまま、いつも通りセキュリティルームの古ぼけたソファにでっぷりと横になるのであった。
ザントは約1年。こんな感じのあわただしい毎日を送っている。
用心棒といったって常にトラブルが起こっているわけではないし、特にここ最近頻度も減りつつある。確かに手持無沙汰になる時間もあるから、こうやって皆から頼られ仕事をもらえるのは、まあ、ある意味ではザントにとっても幸せなことかもしれない。
ここの人間たちはなぜか皆前向きで明るい。所謂女郎屋らしい陰気な雰囲気は全くない。毎日知らない男に体を売るのは、それは大変で心身ともに消耗が絶えないものだ。
裏方だってそう。人の行為後の掃除なんて誰しもがしたくないだろうが、皆嫌がらずにやる。
本当に強い人たちの集団だ。だからこの商会はこんなに流行っているんだ、ザントはいつもそう思わされる。
うつらうつら、と彼は舟をこぐ。心地よい疲労感の中、意識が遠のく……。
ザントは2時間ほど眠っていた。
活気のある店内の様子をぼんやりと聞きながら、彼はむっくり起き上がった。大きく背伸びを一つして、おろした手で頭をポリポリと掻いた。
「うーん、そんな気を使わなくていいのにな」
ザントは微笑を浮かべつつ、呟く。
彼の視線の先には、粗末な長机の上に置かれた、未開封のビール瓶、手作りと思われるクッキーの袋、大きな肉の塊とスープの乗ったトレイ。そして書置き。そこには昼間のお礼が三者三様の筆跡で書かれていた。
「こんなことされちゃ、また次回も断れないじゃんか」
ビールをグイッと呷り、肉に食らいつくザント。幸せそうに頬を緩め、煙草をふかす。うん、こんな毎日も悪くはないな、と独り言つ。
束の間の休息。しかし、時刻はすでに午後9時を回っている。ゴールデンタイムだ。
ドタドタドタ、と何人かの足跡がセキュリティルームに近づいてくる。そして部屋の前で止まる。ザントは慌てて肉を掻きこみ、ビールをグビグビ。
またなんかトラブルか?
扉が勢いよく開く。荒々しく入ってくるのは数人の着飾った美女。
「ねえ、ザント~。暇!」
「一緒に遊びましょ?」
「すごいサービスしてあげます、ね、いいですよね?」
ザントにしな垂れかかってくる嬢たち。するりと身をかわして、ザントは壁伝いに逃げる。
「ダメダメ。身内同士はそういうの、禁止だろ」
「そんなの、別にばれなきゃいいんです」
「そうそう、今日わたしたち、お茶引いてるのよ。暇なのよ」
「だったら、見世で営業して来いよ」
「え~~~、めんどくさ~~い」
「じゃあ、せめて話し相手になってください」
「それも勘弁!」
ザントは脱兎のごとく部屋から脱出する。彼女たちからの好意は嬉しいけれど、変なところでケチをつけられて罰金なんて目も当てられない。面倒ごとは回避するに限る。それかただ単にからかわれているだけかもしれない。彼は心で何度もそう復唱し、雑念を払いつつ、中庭に抜け出す。
何といったって。
彼には未だ膨大な借金がある。
その額2000万ゴールド。500ゴールドあれば普通の昼飯が食える。そんな相場感である。
ベリーグッド商会で遊び惚けていた時に拵えた借金が、1年居残り生活を続けた今でも、ほとんど丸々残っており、あまつさえその利息で総額は増えているくらいなのだ。
是が非でもこれ以上増やすわけにはいかない。そろそろ本気で元本を減らしていかないといけない。そのためには今まで以上に一層居残り傭兵家業に精を出さなくてはなるまい。
変なところでケチをつけられて、借金の増額なんてされたらやってられない。
夜風で頭を冷やしながら、彼は冷静に考える。
しかし、しかしだ……。
部屋代や食事代を差し引いた1日の給金が約2000G。
女郎屋の借金は未だ2000万G。
単純計算すると……。1万日……。
何年だ? 約30年? ここに懲役されるのか?
いいや、利息も加味するとほとんど終身刑なのではなかろうか?
「はあ、世知辛い世の中だなぁ」
ザントの悲しいつぶやきは、三日月の月夜の中に吸い込まれて消えていくのであった。