運命の相手の前で下品になってしまう呪いをかけられたようです
舞踏会に颯爽と現れた彼と視線が交差した刹那、私は恋に落ちてしまいました。まるでお伽話のような運命の出会いに胸が高鳴り、頬は夕陽に照らされたように熱を帯びました。勘違いでなければ、あの方も薄紅色に染まった視線でこちらを見つめて下さっていたと思います。
「イザベラ姫、一緒に踊って下さいませんか? ……」
差し伸べられた彼の手を取って、私は「はい、喜んで」と微笑もうとしたのです。しかし、私の口から飛び出た言葉は……。
「……それより私と房事しませんか?」
下品極まりない私の発言によって、舞踏会が催されている大広間の空気が、まるで恐ろしい氷龍の魔法でも放たれたかのように凍てついたのを感じました。彼の表情を見る余裕など、そんな勇気などとてもありませんでした。私の頭は押し寄せる羞恥心でパニックに陥り、現実から逃避することを選んだらしく、そのまま意識が遠のき闇に飲まれていきました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私はあの後、丸一日意識を失ったままだったそうです。目が覚めたあと、周りのメイドも従者も皆一様に押し黙り、あの後の顛末を教えてくれませんでした。しばらくして、国王と王妃である両親から呼ばれました。二人共、見たこともない沈痛な表情をしています。
「イザベラ……愛しき我が娘よ……まさかこんなことになろうとは……」
「あなた……私達がきちんとこの子に説明してあげなければ……イザベラ、落ち着いて聞いて頂戴。あの夜の出来事は、あなたのせいではなかったの。突然の……その……不適切な発言に違和感を覚えた王宮魔術師長が念入りに調べた結果、あなたに強力な呪いが掛けられていると分かったの」
「呪い……一体どのようなまじないなのですか……?」
「赤い糸で結ばれた運命の相手の前でのみ……淑女らしからぬ発言をしてしまう呪いのようだ……しかも、どうやら術者本人は既に遠い昔に死んでいるようで……おそらく解呪も不可能だろうと……ああ、私が代わってやることができればどんなによかっただろう!!」
「イザベラ……諦めては駄目よ。ひょっとしたら他国の魔術師なら、その呪いを解くことができるかもしれないわ」
二人の言葉は、どこか遠い世界で空虚に響いているようでした。私の視界から色が全て抜け落ちてしまったように感じます。せっかく出会えた運命の相手と、二度と結ばれないことが確定してしまったのですから。きっと既にあの方に心底嫌われ、軽蔑されてしまったに違いありません。こんな人生に一体何の価値があるというのでしょう……。
その時、王座の間に制止する側近達を振り切って、彼が現れたのです。
「アラン様……」
「……アラン殿、手紙でも説明した通り、娘には呪いがかけられていたのだ。先日の無礼なら、この通り私が代わりに……」
「謝罪など全く必要ありません!!」
アラン様は、はっきりと、堂々と、そう仰いました。
「イザベラ姫が掛けられたという呪いは、おそらく私にも掛けられていたようなのです!」
「そんな訳ありませんわ! あの晩だって、あなた様は優しく紳士的に話しかけて下さったではありませんか! ……思い出しただけでも、すごくムラムラします!!」
優しい嘘で私を慰めてくださっているのであろうアラン様のお言葉に対しても、下品な返答をしてしまう自分が情けなくて堪りません。
「いいえ、誤解なのです、イザベラ姫。あなたのお返事で遮られていなければ私はこう続けていたのです。一緒に踊って下さいませんか……ベッドの上で、と」
「……そんな……アラン様……それは……本当なのですか?」
にっこりと微笑み、再び私に手を差し伸べて下さるアラン様。今度こそ、自らの手を重ね、正しく返事をすることができました。
「はい、喜んで!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
純粋で、清らかで、偉大な愛の力によって、都合よく呪いが解けたりすることはなく、その後も二人の間には紳士淑女らしからぬ言葉が飛び交い続けました。そこで娘の幸せを一番に願う国王は、権力を最大限に乱用し、世論をあらぬ方向に誘導することにしました。
数か月後には「男女が愛し合うことは全く不自然なことではないのだから、変に表面を取り繕うことのほうがマナー違反である」、「直接的に愛を表現することほど気高く尊いことはない」、「下ネタは正義」などといった思想がすっかり世の中に浸透していきました。
こうして男女の間で庶民に負けない猥談が飛び交う貴族の社交界がこの王国に爆誕したのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今からおよそ数千年前、勇者と聖女の手により、悪逆非道の限りを尽くしていた魔王は消滅寸前まで追い詰められていました。
「くそう……我をここまで追い詰めるとは……」
「「さあ、観念するんだ、魔王!!」」
「…………なあ……貴様ら……正気なのか……?」
「「……は?」」
「この世界の命運を賭けた闘いの最中に、どうしてそこまでイチャイチャイチャイチャできるんだ!!」
「何を馬鹿なことを言っているんだ、魔王! そんな非常識なことをするわけがないだろう!」
「ちょっと待って、アラン……ひょっとしたら魔族の男女の付き合い方は人間のそれとは異なっているのかもしれないわ……」
「なるほど! さすがイザベラ! 世界一美しいだけでなく宇宙一賢い僕の天使!!」
「ほら!!! しているだろうが、現在進行形で!!! 性懲りもなく人目も憚らずイチャイチャと!!! 独り身の私への当てつけなのか!? さりげなく手も握っておるではないか!!! さては、デート感覚で魔王城まで来たんだろ!!! この不謹慎なバカップルどもが!!! …………ふふふ……よし……決めたぞ……この残り少ない寿命を代償に……貴様らを末代まで呪ってやる!!! 羞恥心で爆発してしまえ!!!」
涙目の魔王は、そう捨て台詞を吐いて、静かに息を引き取りました。




