幼馴染のヴィオロギア ③
「はーい、いま行きまーす」
慣れた階段の足元を確かめながら下りる途中、更に急かすように呼び鈴を『ピンポーン、ピンポーン』と何度もしつこく鳴らすではないか。
「はいはいはい、うるさい奴だな……もう行くって言ってるだろ! 全く昼間っから誰だよ、新聞の勧誘なら断ってやる!」
今どき新聞の勧誘がわざわざ家に訪ねて来るかは知らないが、それくらいの勢いで僕は玄関まで辿り着いた。
足音を消して靴下のままツマ先立ちで覗き穴をのぞいてみると、そこには同じくコチラを覗き返す制服姿の女の子が立っていた。
「わっ! ビックリした!」
肩の上で切られた銀髪のショートカットを風になびかせた、彼女の名前は如月雫。僕と同じクラスに通う幼馴染だ。
キャメル色のブレザーに白のブラウス、その襟元には赤いリボンがピンで止められている。折り目のしっかりついたグレーのスカートは少しだけ短め。
優等生でありながら、お洒落でありたい乙女の細やかな抵抗なのかも知れない。
そのスカートから伸びる脚はしなやかで、その白い肌と相まった端正な顔立ちは、並の男子が見れば十分に一目惚れするに値する容姿で、もはや非の打ち所がないと言っても過言ではない。
実際のところ……一、二を争うくらい学園でも人気がある美少女だ。
あるジャンルについて、超オタクである事を除いては。
「宅急便でーす! いるんでしょー? 瞬、開けてーっ」
「はいはい。何が宅急便だよ、雫じゃないか。どうしたんだよイキナリ来るなんて、留守だったらどうすんだよ?」
「イキナリじゃないわよ。日曜の夕方、瞬の家に集合って約束してたじゃない?」
「あれ、そうだっけ? すっかり忘れたよ」
「ひどい! まぁ良いわ、ちょっと早く来過ぎちゃったものね」
「そうだよ、電話でもくれたら良かったのに?」
「電話するより来た方が早いと思って……てか、やっぱりいるじゃない? どうせ休みだからって、勉強もしないで家で漫画でも読んでゴロゴロしてるだけでしょ? 瞬のしそうな事くらいわかるわよ」
いつもの穏やかな口調でそう言い、おもむろに玄関先まで入って来ると勝手に靴を脱ぎ始める。
僕もそれを特に気にすることもなく、脱いだばかりのローファーを揃える仕草をボーっと見ていた。
「ところで何で、日曜日なのに制服なんて着てるんだ?」
「あ、うん。今日はね、生徒会選挙立候補の最終日だから、生徒会長選に出馬する人は誓約書にサインして提出しないといけないの」
「そういや、今年は生徒会長やるって言ってたよな? 僕の清き一票は雫に決まってるから安心してて」
「うん、瞬ありがとう」
「それにしても生徒会長なんて大変な事、よくやろうと思ったよな?」
「う、うん……。ほら前に言ってた大学あるじゃない? そこに進学しようかなっと思って……。生徒会とかやってると心象も良いから、点数稼ぎの面が大きいんだけどね?」
「そっか……。雫は大学に進学するんだ?」
「うん……あ、お邪魔します」
幼馴染の僕たちは母親同士の仲が良く、幼い頃から十数年とお互いの家に出入りして、もはや勝手知ったる我が家のようなもの。客人と言うより家族に近い、『お邪魔します』と言うより『ただいま』そう言った方がしっくりくるくらいだ。
「瞬はどうするの? 来年はもう三年生だよ、そろそろ真剣に考えなきゃ?」
「う、うん。そうなんだけど……」
玄関の上がり框に置いていたスクールバッグを、再度手に取り肩に担ぐとチリンと縁起の良さそうな鈴の音が鳴った。学園の校章が入ったナイロン地のバッグの持ち手に取り付けられたキーホルダーからだった。
彼女の名の通り雫型をした白くて可愛らしい人形に目と口がついて笑っている。何かテレビの有名キャラクターって訳では無く、かなりくたびれたソレは雫の手作りだった。
小学生の家庭科の時間に作って以来、先端をキーホルダーに加工して綻びる度に縫い直しては大切に使っているお気に入りの一品。
「なぁ、雫? えらく気に入ってるな、ソレ」
肩に提げたバッグに目をやると、雫は大事そうに右手で包み親指の腹で優しく撫でた。
「うん、ずっと一緒にいるから愛着湧いちゃって。雫の宝モノのひとつかも」
「ふぅん……宝物ねぇ。確かに肌身離さずっ……て感じだもんな」
頬を緩ませ愛でるような眼差しは、何処となく母性を感じさせる程だった。
そんな慈愛に満ちた横顔につい見惚れるが、雫は気にする事もなく家の奥へと進んで行く。
「マロンは?」
「あぁ、リビングで日向ぼっこじゃないかな? さっきまで暴れてたみたいだけど」
「マローン、雫ちゃんですよぉ……。出ておいでぇー」
「…………」
しばらく階段の前で待ってみたが、こっちに来る気配は無さそうだ。
「アイツも忙しいんじゃないのか?」
「なーんだ、つまんないの」
そう言って振り返るとスタスタと急勾配な階段を登って行く。
あまり離れて下からスカートの中を覗き込む訳にはいかないので、ぴったりくっ付いて上がる途中で、痛恨のミスを犯した事に気が付いた。
「しまった!」
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