スーパー銭湯のデオキシリボ ⑤
水滴で視界の曇った寛人のメガネの奥が、キラリと輝いたのを僕たちは見逃さなかった。
風呂場の秘密と言えば、だいたい相場は決まっている。
誰しも源泉の成分や効能などに興味は無いだろう。
「……と、言いますと」
ふたりで声を揃えると、ニヤケ顔で返事を待った。
「この高い壁の向こうは、何があるか知ってるか?」
ここは屋外に造設された露天風呂コーナー。
周囲はぐるりと竹藪でカモフラージュされ気付かなかったが、四方ある壁の一辺には施設内を仕切るには少し高めの壁が設けられていた。
「ええか? ちょっと静かにして……よぉ、耳澄ましてみ?」
寛人が壁の向こうを指差してから、その人差し指を立てて唇に押し当てる。
折よく男湯の露天風呂は貸し切り状態で、周りの話し声も一切無い。
僕たちは壁の向こう側の様子に耳を立ててみた。
――すると。
「雫って脱いで見ると、意外とスタイル良いのね? 普段はそんな風に見せないの勿体ないわ、もっと可愛い服着てオシャレするべきよ」
「やめてよ……ジロジロ見て……美桜、恥ずかしいってば……。雫なんかより美桜のおっぱいの方が凄くない? ねぇ、ちょっと触らせてっ!」
「きゃっ! こらっ……雫っ! んっもう、お返しよ」
「美桜のおっぱい柔らかいし、お肌もスベスベ。ねぇ、何かお手入れしてるの?」
「うふふっ……今度、雫にも教えてあげるわね? 雫は色も白いし、もっと綺麗になれるわよ」
――三者共に黙って顔を見合わせた後、ゴクリと唾と飲み込んだ。
「おい瞬、聞いたっピ?」
「えぇ、確かに聞きましたとも……。寛人大先生、どうやら女湯のようですね……? ところで、その秘密とやらは如何なる……?」
都合よく大先生に昇格した寛人は、満更でもなく鼻を膨らませる。
「せや、この壁の向こうは女湯の露天風呂やねん。でもアホな男が覗けんように、わざと壁を高くしとんねん……。けったくそ悪いやろ? 中途半端に登れるような高さとちゃうで」
この先にはSNSに載っていた楽園がある。
僕たちの厭らしい妄想と生半可な決意を、聳え立つ高い壁が嘲笑うように阻んでいた。
見上げては……ひとつ溜め息をつく。
「でもな……」
「でも?」
待ってましたとばかりに、寛人の言葉に期待を込め繰り返した。
「俺しか知らん秘密の侵入口が、この露天風呂にはあるんや」
局面打開。神様。仏様。寛人様。
よくやった。さすが毎日、ここでバイトしてるだけのことはある。
「そう来ると思ってたピ。で、その秘密の侵入口はどこなんだっピ?」
その問いに寛人は黙って浴槽の底を指さす。
「この下?」
「せや、湧き出る源泉を循環さす為に、壁の下すなわち水中の一部分に穴が開いとる。そこだけは女湯と繋がっとるんや。壁を登って向こうを覗く事は出来へんけど、水中を潜って穴を抜けたら……」
「もうそこは、女湯」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、再び顔を見合す。
「ただひとつ……問題があるんや。その侵入口、俺らの大きさではくぐり抜けることが出来へん。そこでや……今日この日の為に現れた救世主。……ウーちゃん! 君に決めたっ!」
何処かで聞き覚えのあるセリフを、オーバーアクション気味に決め込む寛人。
「という事で、ウーちゃん。お前さんの出番や……ほれ」
どこからともなく取り出したスマホをポイっと放り投げると、慌ててウーちゃんがそれを掴む。と言っても手のようなものは無いのだが。
「これ……?」
「心配すな……ちゃんと水中撮影出来るように防水機能がついとる。潜って女湯に到達したらこっそり動画撮って、後はバレんように帰ってくるんや。そしたら、お前さんはヒーローや」
「ヒ、ヒーローだっピか?」
※覗き、盗撮は犯罪行為です。決して真似をしないよう注意して下さい。
頭に浮かぶテロップをやっとの思いで掻き消し、僕は水中を掻き分けながら壁際の一番奥にある岩場の裏まで進んだ。
寛人にアイコンタクトを送ると、コクリとOKの合図が返ってくる。なるほど、此処が秘密のポイントか。
大きく息を吸い込み、滝のように源泉が飛沫を上げる水面に顔だけ潜って覗き込む。
手を伸ばせば届きそうな距離の底に幾つか等間隔で穴が開いて、向こうの女湯へと繋がっているようだ。
なるほど、この穴が楽園へと通ずる道か……。確かにこの大きさだと、ウーちゃんじゃないと通れないな。
「ぷはっ! あったよ寛人、あれの事だね」
寛人はニヤリと口角を上げると、またひとつ頷いた。
「スマホの操作方法はわかっとるな? あとはセンスに任せる、ほな幸運を祈る……」
三たび僕たちは顔を見合わせた。
「じゃあ行って来るっピ。雫には申し訳ないけど、女湯の魅力には勝てないっピ。僕は悪くないっピ……」
「そうだ、お前は何も悪くない! 男なら誰しもそうしただろう。何故、覗くのか……聞かれたなら答えてやれ。そう、其処に裸があるからだ!」
「せや、お前さんはヒーローや。ヒーローになる時、それは今なんや!」
ふたりの無責任な声援に後押しされ、不敵な笑みを浮かべ揚々とポイントまで泳いで行く。
「バレなければ……そう、バレなければ犯罪じゃないっピ」
「悪いところだけ美桜に似て来たな……」
口元に笑いを残して、ウーちゃんはブクブクと沈んでイッた。
まいど! 俺や、寛人や。
いつも、こんなしょうもないラノベ読んでくれて、おおきにやで。
自分よっぽど変わっとんな? 友達に話したらアホちゃうか言われるから気ぃつけや?
それでも★★★★★評価して、ブックマーク登録してくれる奇特なヤツには……
カルピスでも送らせて貰うさかい、楽しみに待っててや。
ほな、明日もコッソリ楽しみにしとくんやで。




