お別れのプロローグ ③
◇◇◇
どれくらい走っただろう、目指していた城門に辿り着いた頃には、辺りは既に暗くなっていた。
しかし、あの距離からでさえも遠くに霞んで見えるくらいだから、相応の規模だろうと想像はしていたものの、この門の大きさに改めて驚いた。
今まで見た建造物の比にならない程の大きさだった。
首を真上に向けても門の上端を望む事は出来ず、代わりに視界に飛び込んで来たのはお尻のように丸く輝く満月。
確か……僕たちの目的の成功には月の満ち欠けが重要だって聞いた気がするが、煌々と光る月の美しさと闇夜のコントラストに、思わずあんぐりと大きな口を開けそんな事は忘れてしまっていた。
「月が綺麗だね……?」
「えぇ、そうね……。いつも私たちの見ていた月と何が違うのかしら?」
かつて有名な作家が愛の告白を「月が綺麗ですね」と訳したそうだ。
期待した回答とは言えないが、月以上に綺麗な横顔はそれに足るほど僕にとって満足なものだった。
暫くふたり黙って空を見上げた後、静かに首を下ろすと美桜が確信を込めて呟く。
「やっと、辿り着いたわね……」
すると突然、遠くから物音と話し声が近付いてくる。
静寂の闇の向こうから近衛兵と思われる兵士が、腰にぶら下げた装備をガチャガチャ鳴らしながら歩いて来るのがわかった。
咄嗟に人差し指を唇に押し当て周囲を見渡す。近くに適当な岩陰を見付けたので、急いで身を屈めてやり過ごす事にした。
「必ずこの辺りにいる筈だ! 見つけ出して息の根を止めろ!」
「はいっ、近衛兵長!」
「アイツら手こずらせやがって……。宮殿の中へなど行かせてなるものか!」
どうやら居場所を嗅ぎ付けた数名の近衛兵たちが、僕たちを始末しようと血眼で探し回っているようだ。
大きな扉の中を伺い知るまでも無く、周回する近衛兵の厳重そうな警備から此処が目指していた宮殿の入口だと察した。
辺りの暗さも相まって上手い具合に姿を隠す事が出来たが、疲労と緊張から溢れ出る喘ぐような息を殺して、念の為もう暫く様子を覗う事にした。
――そして。
「どうやら行ったみたいだね?」
足音と気配が完全に去ったのを確認して、僕は美桜の手を取り立ち上がった。
「痛いっ!」
何処かで痛めた傷口に触れてしまったのか、反射的に手を引っ込める。
「ごめん、大丈夫か美桜? どっか傷が痛む?」
「ううん、平気よ。瞬こそ疲れてるんじゃない? この先何があるか分からないわ、もう少し休んでからでも良いわよ」
「僕も大丈夫だ。それより見回りのヤツらがいない今がチャンス。どうにかして壁の向こう側に……」
お互い大丈夫だと言うが幾多の戦いを経て、僕たちの身体は満身創痍とは言わずとも既に傷だらけだった。双方とも平気そうに見えない事に気付くと顔を見合わせ苦笑いする。
「きっとこの壁の向こうに卵子がいるのよ。問題はどうやって侵入するか……よね?」
「うん、余程大事なモノがあるんだろう。これだけ高い壁で囲む必要が他に無いだろうからね? おそらく此処が子宮の入口で間違い無い。けど、確かにどうやって……」
再び聳える城門を見上げ、ゆっくりと視線を落とし美桜と向き合う。
頭の先からツマ先まで舐めるように目で追うが、傷だらけの全身は痛々しい程だった。
「それにしても白血球のヤツ、味方だと心強いけど敵に回すとこんなに厄介だとは……」
「そうね、彼らからすれば私たちは、外敵以外の何者でも無いもの……」
しかし……こんな非常時でも男ってのは本当にダメな生き物で、そう話す美桜の破けた制服の隙間から覗く肌の白さと膨らみに、ついつい目が行って離れようとしない。
気付かれる前に頭を小刻みに振って、邪念を掻き消すように目を逸らした。
運よく美桜と子宮口まで辿り着き、卵子を見つける事が出来たなら……。
僕は心に決めていた事がある。まるで、その時が近づいているのを知らせるように、心臓が内側から痛いくらい激しく僕の胸を叩いた。
あの夏の日に教わった恋の力は、幾多の危機を乗り越えて少しだけ僕を強くさせてくれた気がする。
このあとは――。僕は小さく息を飲んだ。
初めまして、主人公の瞬です。
お読み頂いてありがとうございます。
これから僕たちが繰り広げる活躍を楽しみにしてて下さいね?
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では、女神転精をよろしくお願いします。
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