十七年後のエピローグ ③
茜色に焼けた空が割れ、ゆっくりと小さな点が舞い降りて来る。
眼を凝らしその姿を見定めようとすると、次第に点が形となって……。
あの見慣れた真っ白い雫型のソレは、急に速度を上げ僕たちの下へ降り立った。
「やぁ、君たち……約束通り来てくれたんだね? ありがとう……だっピ」
久しぶりの再会を懐かしみ全員の顔をゆっくり確認し、ひとりずつ言葉を交わすと最後に心愛の肩に停まった。
「それに心愛も……全部上手くいったんだな、僕もやれば出来るっピ」
「なぁ、ウーちゃん? 心愛を転生させてくれたのはウーちゃんだって聞いたよ? 本当に、本当にありがとう……。しかも正真正銘の妹として生まれて来てくれるなんて」
そう言って小さな頭を愛でると、心愛は嬉しそうに身体を寄せてきた。
「でも確か、人間の転生は十二年周期だったよね? 心愛が生まれてきたのは、僕が生まれた十年後……。どう考えても計算が合わないんだけど、一体どういう事なんだろう?」
「そうか十年後に心愛は生まれたんだ? じゃあ七歳だっピ、あの頃の背丈と同じくらいだっピ」
今度は心愛の両手の上に飛び乗ると、ゴロゴロ身体を回転させて仔犬のようにじゃれついた。
「頬っぺも手の平も、あの頃と同じで柔らかくて気持ちいいっピ」
一頻り大好きだった心愛のプニプニを堪能し終えると、クルリと向きを変え心愛の頭上へと飛び移った。
「それを説明するには、まずは雫と美桜の話からだっピ」
「うん、うーちゃん。早速で悪いけど聞かせてくれないか?」
「わかったっピ。雫と美桜が双子なのは瞬も知ってるっピ?」
僕は黙ったまま大きく頷いた。
「おそらく瞬が既に受精を始めていた頃、ふたりを別の男性の精巣へと転移させたんだっピ。そしてもう一度、精粗細胞にさせてイチからやり直させたんだっピ」
「精祖細胞からっ?」
「驚くだろうけど、それでも実際には一ヶ月も経過して無いっピ。実は次の作戦の為……雫と美桜が精子になる迄に、ある実験を試しておきたかったんだっピ」
「そう……心愛を転生させるにはどうしても此処で双子になって、エロオバケの神威を少しでも多く残しておく必要があったの。でも……その思惑通りにいった時は、本当に鳥肌モノだったわ」
確かに美桜の言う通りだけど、双子の確率は相当低かった筈。
思惑って言うことは何か確立を上げる策を講じたのか? それに、試しておきたかった実験って?
「精子を転移させれるくらいなら、僕のチカラで排卵を誘発させる事も出来るんじゃないかと思ったんだっピ。そして作戦決行の日、僕の思惑通りふたりの卵子が卵管に現れた」
「それって、前にウーちゃんが話してくれた……」
「そう、二卵性だっピ。それでふたりは別々に受精し、別々のDNAを持つ双生児として生まれたんだっピ」
それにしても凄い能力だな神様って……。でもそのチカラを使ったせいで、ウーちゃんは消滅してしまう事になったのか。
復活さえ出来るか曖昧な状況なのに自分の命を犠牲にして、美桜や雫それに心愛までも……本当に感謝しかないな。
「なるほど、そう言う事だったんだね? じゃあ、そのあと心愛はどうやって……?」
「正直に言うと心愛は、なかなか苦労したっピ。生きた精子を別の精巣に転移させるのとは違い、既に死んだ細胞を同じ精巣に転生させなくてはならないんだっピ。転移と転生は全く別モノだっピ」
「そうだよな? 確か僕たち三人を精巣に転生させるのに、ウーちゃんは百二十年を要した訳だろ?」
「そうだっピ……。しかも今回は僕が神威を使い果たし居なくなった後の、十二年後に転生するよう事前に仕込んでおかなくてはいけないんだっピ……。これはなかなかハードルの高い至難の業だっピ」
「同じ人間の精巣内に、予約タイマーをセットするって事よね? よくわかんないけど、私でもややこしそうな事くらい想像出来るわ」
これまた、美桜の言う通りだった。
まず心愛が亡くなった同じ精巣内に、十二年後に転生させる事が可能なのか?
それは転生というより、もはや復活に近い奇跡なんじゃないかとさえ思える。
次に……例えそれが成功しても、ウーちゃんのアシストを得られない心愛がひとりで受精に成功する確率は……数億分の一。
僕が言うのも何だけど、数億という精子の中からあの過酷な惨劇を掻い潜り、子宮に辿り着くのは容易な事ではない。
実際、仲間たちの手助けがあったからこそ、僕も人間になれた訳で……。
心愛は誰の助けを得て受精に成功したんだろうか?
ウーちゃんが発したその答えは、先程のクリスと心愛の違和感をも同時に払拭するものだった。
「その為に協力してくれたのが、アテナとクリスなんだっピ」
「えっ! そうだったの?」
美桜が驚いてクリスの顔を確認したが、澄ましたままで返事はしなかった。
「心愛の転生を行う為、君たちが居なくなった精巣に再び戻って来たんだ。そんな僕の前に、クリスがアテナを連れて現れたのには驚かされたっピ。そして……僕が消滅した後の心愛の面倒は、クリスが看るとアテナが約束してくれたんだっピ」
「それって短くても十二年後に……って事よね? クリスはずっと精巣に残って待ってたの?」
「いいえ美桜さん、そういう訳ではありません。私が戻って来たのは十年後です」
「十年後? でも何で十年後なの?」
チラッとクリスがウーちゃんの顔色を窺うと、問題ないと言った風に頷いた。
「実は……ウォルプタス殿が行う転生の儀式が、あと少しで完成という所で力尽きてしまわれました。ウォルプタス殿の決心を無駄にする訳に参りません、その足りない分だけアテナ様が神威をお貸しになられたのであります」
「てへへ……そうなんだっピ……。心愛の形見だったリボンを使って転生を始めた迄は良かったっピ……。ところが思ったより神威が多く必要で、もうダメかもって思った時にアテナがチカラを貸してくたんだっピ……。本当に助かったよ、ありがとう……だっピ」
身体全体を使ってクリスに向かい頭を下げた。
「私ではなく、アテナ様に仰って下さいませ」
「あぁ、このあと必ず伝えるっピ。きっと心愛はふたりの神のチカラが融合されて、十二年必要だった転生が十年に短縮された珍しいケースだっピ」
「異なる神様のチカラが化合されて、本来なら十二年という規則性に変化をもたらしたって事か。じゃあ心愛はウーちゃんと、アテナのハイブリッドって訳だね?」
「おにいちゃん、はいぶりっど……って何?」
頭を傾けて不思議そうな顔で心愛が僕を見上げる。
「うーん……そうだな。違うモノが組み合わさって、良いモノが出来たって事だよ。凄いじゃないか心愛!」
「えへへへ……」
なんの事か意味も解らないまま、心愛はデレッと頬を緩めて僕に応えた。
その心愛にクリスが再度近寄ると小さな手をギュッと握る。
「それから十年後、転生が無事成功した事を知ったアテナ様の命により、私は三度精巣内へと訪れ心愛と共に過ごしたのです。そして心愛の受精を見届け天界へと帰還した……と言う訳であります」
「そういう事だったのか。だから心愛がクリスの事を少しだけ覚えてるのか……」
念願であったウーちゃんの復活によって、全ての疑問は解決へと導かれた。
残るは『処女神ヘスティア救出作戦』のみ。
快楽の神であるウーちゃんが最強の証人喚問として登場し、不貞の罪に問われた彼女の無実を証明してみせるのがミッション……と言うのだが……。
「では、ウォルプタス殿が復活を遂げられた事ですし、皆さん最後のミッションに参るとしましょう。女王の神殿でアテナ様とヘスティア様がお待ちです」
僕にはもうひとつ……全てが終わったこのあと、最大のミッションが残されている――。




