学園生活のビオトープ ①
突如ブラックアウトしたかと思うと……壊れたDVDプレイヤーが急に再生を始めたように、全く別の景色が目の前に映し出された。
それが現実なのか、はたまた幻想なのか判断も出来ない。
でも何故か、閉ざされた筈の五感はしっかりと生きていて、あたかも其処にいるように刺すような冷たい空気を肌で感じていた。
首を小さく振って見渡すと、薄暗い朝霧に紛れ身を隠す数十人の男たち。
えぐり取られたような地面は恐らく砲弾に拠るもの。どういう訳か、瞬時にそう理解出来た。
となると彼らは兵士。
全身に傷を負い血塗れの軍服を纏い、塹壕に低く身を屈めたまま指揮官である僕の突撃の合図を待っている。もちろんサバイバルゲームのような悠長なシーンでは無い。
「少尉、いつでも準備は出来ております」
そう発した男の声は覚悟に満ちていてが、軍人としての気力だけが支えてると言って良いほど、既に体力的には憔悴しきっているように見えた。
いつしか大勢いた仲間たちも力尽き倒れ、気が付けばこの数しか残されていない……そんな様子。
遠くでは絶え間なく遠雷のような重砲の音が聞こえ、身を寄せ合うように固まった塹壕内にも僅かな地響きが伝わってくる。
冬でも無いのに標高の高い異国の地では……吐く息が白く立ち込め、ジッとしていると次第に手と足先の感覚が無くなってくるようだった。
必死に目を凝らし、辺りを見渡す。
湾を一望出来る高地の頂上に黒く切り立つ要塞、ここの陥落が作戦の最終目標。
何故だかそんな事まで知っていて、置かれている状況を不思議と僕は全て理解していた。
「ピューィッ」
突然、空を舞う鷹の鳴き声に釣られ、ギュッと力を込めて握った日本刀を勢いよく抜刀した。
それが突撃の合図だった。
塹壕を這い上がり「わーっ!」と大声をあげ突き進む兵士たち。
その一番先頭を走る僕に、要塞に穿たれた銃眼からの機関銃薙射が一斉に火を噴いた。
乱れる砲弾を掻い潜るように、必死で幾つもの屍の上を越えて進む。
突如、「チュン」と言う音と共に、喩えようの無い痛みが身体を突き抜けた!
熱い、痺れる……頭がグワングワンに揺れ、意識を保つのがやっとだった。
「いっ! な、何なんだよ、これ……ち、血じゃないか……ひ、ひぃぃ」
掌にベッタリと付着した鮮血。ガタガタと手を震わせながら恐々と見つめるが、脚を止める訳に行かなかった。
幸い撃ち抜かれたれたのは右胸、弾は貫通し即死には至らなかったが、それでもなお進もうとする。
「僕が日本を……。生きて帰って、僕が彼女を守らなくちゃ……」
うわ言のような言葉を遺し、身体を引き摺りながら肘をひとつ前に出した瞬間――銃声。
現実と幻想の区別もつかず、あまつさえ自分が生きているのか死んでるのかさえ解らない。
そう思った直後、先程と同じ猛烈な睡魔に襲われた。
「ぐっ……ま、また……この感じだ」
閉じようとする瞼を必死に堪えながら僕は考えた。
もしかすると、この限りなく既視感を覚える映像はデジャヴなんかではなく……記憶。
そう、僕の何処かに眠っている本物の記憶の一部なんじゃないか……?
膨大な映像データが電子パルスとなって脳裏を駆け抜ける感覚。
早送りのように目まぐるしく移り変わると……またしても暗転――。
そして、暗闇に何者かの気配。
詳細までは把握出来ないものの、雰囲気から察するにそこにいるのは女性。
僕は手を伸ばそうとしたが、何故だろう……今度は身動きがとれない。
そして、同時に鼻をかすめる甘い香り――。
「はっ!」
目を覚ましたら見慣れた天井。そこは、いつもの僕の部屋だった。
しかし、いつもの目覚めと同じとは言えなかった。
寝苦さに顔を横に向けると同時に、僕は叫びそうになったのを必死に堪える。
唇を少し尖らせるだけで、触れるか触れないかの距離にある、柔らかそうで今にも吐息が漏れてきそうな唇。そして透き通るような美しい白い肌と長い睫毛。
完璧とも言える各パーツが黄金比で構成され、見惚れるほど整った顔立ち。きっと女神でさえも嫉妬する程の美貌を持つ彼女から、先程の甘い香りが漂ってくる。
反射的にこちらの息を押し殺すも、スーッと甘い彼女の寝息が顔にかかる。
窓から射し込む眩い光に照らされ、彼女の名の通り美しい薄桜色の髪の毛が一段と輝いて見えた。
「コイツ、なんで僕の部屋で――」
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