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第九話 三次川の戦い・本戦 弐

 南斗軍総大将の頼高がひときわ大きな怒声を陣内に響かせる。


「うろたえるな!! この中に猛者(もさ)は一人もおらんのか!?」


 南斗軍の縦深陣、その八陣の構えの内、すでに第五陣までもが打ち破られていた。

 残るは六陣から八陣、そして頼高の本陣を残すばかりである。


 縦深陣は幾重にも陣が重なり、本陣に迫るまでには厚い防御網を突破せねばならない。

 各々の陣は横に長く薄い長方形をしており、確かに一つの陣を突破すること自体はたやすい。だが、突破を重ねるごとにその前進が衰えてしまい、最終的には途中で力尽きることになる。縦深陣の狙いはそこにある。

 ところが、今の南斗軍は不意を付かれたため、ロクな抵抗すらせずに敗退を続けていた。第六陣に及んでも、未だ拓馬軍の前進力はほとんど衰えていないのである。


「と、殿! 殿ぉ!」


 情けない声を上げて武者が駆け寄ってくる。


「なんだ、どうした!?」

「第六陣が、突破されましたぁ!」


 頼高の背中を、冷たい汗が流れ落ちた。






 南斗軍、第七陣の将は狐こと、鎌瀬満久であった。


「来る……、敵が、来る……!」


 床几(しょうぎ)に座りながら、さっきから震えが止まらなかった。


「こんな……こんなはずではなかった!」


 さすがに第七陣なら敵が及んでこないだろうとたかをくくっていたのである。


 これでは、頼高に賄賂を送ってわざと後方の陣に配置してもらった意味がないではないか!


 おおおおおおおおおおお、と言う咆哮が闇の中から迫ってくる。

 満久は、恐怖のあまり立ち上がった。


 こうなったら……! 満久は苦渋の決断をする。


「お前たち、ここを死守して動くな!」


 そう言いながら、満久は馬に乗って駆け出した。


「殿! 殿は何処へ!?」

「援軍だ! 援軍を連れてくる!!」






「これは、鎌瀬殿。我らのような貧相な陣になにか御用ですか?」


 三郎はありったけの謙虚を総動員して問いかけた。

 叩き起こされて何事かと出てみれば、満久との対面である。不愉快なことこの上なかった。


「フン、用がなければ、このようなところに来るはずもなかろう」


 そう答えるのは、第七陣の将であるはずの鎌瀬満久である。

 しかし、普段の威勢は今は消え失せ、しきりに目を虚ろに泳がせる様は滑稽でしかない。


「それで、その御用とは?」

「決まっておろう、我が軍を救け――いや、貴軍の『遊軍』としての責務を果たしていただきたい」

「はあ。『遊軍』の責務ですか?」

「そうだ! 今は我が軍の、いや全軍崩壊の危機にある! このような時のために貴軍が存在するのであろう!?」

「ええ、まあご命令とあらば致し方ありませんが、しかし」

「しかし、何だと言うのか!?」


 満久は相当焦っている。早くしなければ、自軍が危ないのである。


「しかし、面倒くさいので出来れば勘弁して頂けませんか?」

「き、貴様!! 愚弄するのもいい加減にしろ!! ここで成敗してくれる!!」


 満久はおもむろに刀を振り抜いた。怒りに震えて切先が揺れている。


 ホントにめんどくさい。


「……私の軍を動かすのはやぶさかではありません。しかし、ここで我らが動けば、また戦功を重ねることになります。私は先の戦いでの功だけで良かったのですが、鎌瀬殿がどうしてもと言うならば手助けせざるを得ません」

「そ、それは……」


 満久は言いよどんだ。満久だってそれを考えていないわけではなかった。いや、それ以前にあれだけ侮っていた三郎にお願いなどしたくはなかった。

 だから、目前に危機が迫ろうとも、なかなか結論を出せず苦しんでいたのである。


「それは、……戦で手柄を上げることは、武士の誉れであろう」


 満久は折れた。だが、同時に三郎への恨みの炎が燃え上がっていた。


「……わかりました」


 やや、間が開いてから、三郎は答えた。


「我ら八咫軍も戦に参加いたしましょう」

「おお、……いや、当然であろう。貴軍らは南斗軍の一員なのだからな!」


 さっさと動くのだぞ、と言い残して、満久は去っていった。

 それを見送ってから、三郎はポツリと呟いた。


「やれやれ、結局こうなるのか」


 働きたくないのに、なかなかどうして、うまくいかないものだ。


「よろしいのですか、三郎様?」


 傍で控えていた舞耶が尋ねる。


「あれ、舞耶だって戦功を立てろって言ってたじゃないか?」

「それは、そうですが、あの鎌瀬殿の言いよう、腹が立ちます!」


 ブスッとした表情で、馬が駆け去っていった方角を見つめている。

 そういや、舞耶は侮られるのが嫌いだったな、と思い返す。

 こっちがイライラを抑えて黙っていると、先に反論していたのはいつも傍らの舞耶だった。

 その後で、「どうして反論しないのですか!?」と、三郎自身も怒られていたが。


「そんな顔するな、美人が台無しだぞ」


 舞耶の頭をわしゃわしゃとかきまわす。


「な、び、美人!? おやめください!!」


 舞耶が顔を真っ赤にして三郎の手を払いのける。

 三郎は笑顔になって言った。


「ああいう輩はどこにでもいるさ。なにせ世の中はバカばっかだからな」


 舞耶は三郎を振り仰いだ。そこには昨日同様、凛々しさの戻った三郎お兄様の姿があった。


「さて、生き残るためには仕方ない。――出陣だ」

いよいよ出陣です!

面白いと思っていただければ、ブクマ・評価などいただけると泣いて喜びます!

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