第七話 軍議は踊る
三次川の戦い、その前哨戦とも言うべき八咫軍二百五十六と拓馬軍一千との合戦は、八咫軍の完勝に終わった。
双方の損害は、八咫軍が負傷者のみであるのに対し、一方の拓馬軍は五十人が討ち取られ、その中に大将の拓馬光信が含まれている。
だが、一方で拓馬の本隊は未だ無傷であり、八咫の主家である南斗軍と睨み合っている。
三郎は息つく暇もなく、南斗軍本陣で開かれる軍議に招集されていた。
開口一番、嘉納頼高は三郎の功績を褒め称えた。
「八咫殿、先の戦い、お見事であった」
「恐れ入ります」
いかにも恐縮して見せるが、三郎迫真の演技である。
まあ、ぶっちゃけ私の作戦勝ちだったな。あと、敵がバカすぎた。
「しかし、勝ちに奢ってもらっては困る。まぐれということもあるのだ、以後も励むように」
いかにも尊大に語るが、いくら豚が踏ん反り返ったところで説得力は皆無だ。
ホント、この世にはバカしかいないな。三郎は呆れて物が言えない。
「よいかな、八咫殿!」
「ハッ、肝に命じます!」
頭を下げつつ、心の中では舌を出した。
「……それでは本題だが、此度の戦仕立てについて説明する。鎌瀬殿」
「ハッ」
呼ばれた鎌瀬満久がスッと立ち上がる。所作がいちいち仰々しく、見る者に不快感を与える。
「八咫殿が敵の先陣を破ったとは言え、敵軍の総兵力は七千、一方我らは総数六千と数に劣っております。そこで、我らは縦深陣を敷き敵の攻撃を受け止めます」
縦深陣とは部隊を縦に並べて配置する陣形のことである。一番後ろに本陣を置くため、敵が本陣にたどり着くためには他のすべての部隊を突破する必要がある。つまり、味方がどれだけ犠牲になろうが、本陣さえ無事でいればそれでよいという魂胆なのだ。
三郎はそのゲスい目論見を看破していたが、一方で理にかなっている点も認めた。
……そうだな、陣形を見る限りあの戦いと似てるし、ここでああすれば多分勝てるんじゃないかな。それにしては説明がないけど、みんなわかってるのかな?
「質問、いいですか?」
三郎は手を上げた。
「ほう、八咫殿。なにか、わからぬことでもありましたかな。特別に詳しく教えて差し上げてもよいですぞ」
「あーじゃあ、ぜひとも詳しく教えてほしいんですけど、縦深陣で敵を深く誘い込むのはわかるのですが」
「? 誘い込むのではない、防ぎ切るのです!」
「……じゃあ、防ぎきって、そのあとどうするんですか?」
「?? なにをおかしなことを、防ぎ切れば、自ずと我らの手に勝利がこぼれ落ちてこよう」
「ですから、防ぎきったあと、具体的にどう『勝つ』のか、それを教えて頂けませんでしょうか」
その場に居合わせた将たちがざわめく。
もっとも、そのほとんどが三郎に対する悪意を含んでいた。
なにもわからぬ若造がいきがりよって、しょせんは刀も振れない軟弱者よ、黙っていればよいものを、そうまでして大将の心象を良くしたいのか、話をこじらせよってどう責任をとるつもりだ。
そういった陰口が、今にも聞こえるようだった。
やれやれ、これだから会議なんて場は嫌いなんだ。前世でもロクなことがなかった。
三郎が横目でバカどもの顔を順に追っていくと、ある人物に目が止まった。
筋骨たくましい剛勇の将である。太い眉に立派な口ひげを蓄えた歴戦の勇者に見えた。その勇将が腕組みをしてウンウンと頷いているのである。
三郎の言にその通りだ、と言わんばかりに。
……あれは、一体誰だっけ?
三郎の思考は、満久の言葉によって遮られる。
「それは、戦場の流れによりますな。そもそも、第一陣が敵の攻撃をすべて食い止めれば済む話ではないか。それとも、八咫殿は我ら南斗の軍が不甲斐なく敵を本陣に通してしまうのではないかと、そう仰っしゃりたいのですかな?」
「まあ、語弊がありますが、そういうことです。ですから、そうなった場合の策について――」
「聞き捨てなりませんな!! たかだか千の部隊を打ち破ったぐらいで、思い上がりも良いところだ! 勝ちに奢るなと、嘉納殿に言われたことを、もうお忘れか!?」
ああ、コイツ嫌いだ。
話をすぐにすり替えるし、自分の論を持ち上げるために他人の威を借りないと出来ないのは、自分に自信のない証拠だ。
このバカは地獄に落ちても治らないんだろうな。いや、生きていれば他人の迷惑だ、いっそ死んだほうが公共の利益になるぞ。
三郎が心の中で罵詈雑言を連ねていると、頼高の豚が割って入った。
「まあまあ、両人とも、味方同士で争っても詮方無い。八咫殿は戦に不慣れで道理がわかっておらぬのだ、先達が諭す役割をせねばなるまい、のう鎌瀬殿?」
「お見苦しいところお見せいたしました、少し熱くなりすぎました」
満久という狐は仰々しく頭を下げた。
だが、同時に厳しく睨みつけられていたことに、このとき三郎は気づいていなかった。
「八咫殿も、よいかな?」
良い訳あるか! なんでこっちが悪いみたいな言い方になってるんだ? というか、そもそも作戦についての回答はどこへ行った!?
とは思ったものの、すでにすべてが面倒くさくなっていた三郎は、
「あ、はい。いいです」
と着席してしまったのである。
その後は誰がどの配置になるか、という説明が進んだ。
第一陣から第八陣まで諸将が振り分けられていくが、一向に三郎の名前は上がらない。
「あのー、私の軍はどちらですか?」
「ああ、八咫殿は、『遊軍』をお任せいたす」
「『遊軍』ですか?」
「そう、『遊軍』です。戦はいつなにが起こるかわかりませぬ、そこでどんな状況にでも対処できるように貴軍には待機して頂きたいのです。いいですか、これはとても名誉なことですぞ!」
言葉尻では良いように聞こえるが、つまるところ今回は参加するなということだ。どうやら、先の戦いでの戦功が大きいあまり、これ以上の手柄を上げさせたくないのであろう。
まったく、考えることが小賢しいと言うか、器が小さいと言うか。
だが、そんなことは承知の上で、
「良いんですか!?」
三郎は大いに喜んだ。
「えっ?」
「ホントに良いんですか、『遊軍』なんかで?」
「あ、ああ」
予想外の反応に満久はうろたえる。普通なら、戦で手柄を上げられないなど、もってのほかである。出陣するのだってタダではない。兵を徴集した時の金や、兵糧、武器、他にも多くの戦費がかかっているのである。手柄を得られなければ、それらを補えないのだ。だから、戦に出るからには手柄をあげることが何より大事なのだ、普通は。
ところが、三郎は普通ではない。
「ありがとうございます! これで働かなくても済む!! いやあ、鎌瀬殿は恩人です!!」
次回から、三次川の戦い・本戦が始まります!