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第五十四話 明陽川の戦い 捌

 長政の鉄砲隊は、味方もろとも南斗軍を砲撃した。


「やつら、正気か!?」


 驚きの声を上げたのは、南斗軍を預かる日俣行成である。

 行成は、三郎に敵から砲撃がくることを予め伝えられていたため、竹束隊を鉄砲隊に向けて配置をしていたものの、全軍を覆い隠せるほどの数を揃えていたわけではなかった。

 そのため、竹束の合間を通過した弾丸により、少なくない被害が出ていたのである。もちろんそれは、敵味方双方ともにであるが。

 だが、こちらの兵が浮足立ったのは間違いない。このまま斉射を受け続ければ、包囲下にある敵軍を壊滅させる前に、包囲網が崩れてしまうのは明らかだった。

 火縄銃の次弾装填までの時間は約三十秒。深謀遠慮も大切であるが、今は拙速をこそ尊ぶべきであった。


「後退だ! 次弾が来る前に、射程外に逃げろ!」


 行成は守勢にこそ真価を発揮する武将であった。三次川、明洲原、それぞれの戦いで壊乱した軍を再編してなお戦い続けたのである、並の将に出来ることではない。

 ここでも、行成は無理をせずに一度軍を立て直す選択をした。たとえ一時的に敵を包囲から逃してしまったとしても、自軍の被害を抑えることを優先したのである。こうして粘り強く戦うのが行成の最大の長所であった。三郎が見込んだのは、まさにこの点なのだ。

 行成の指示で、南斗軍は整然と戦場から後退した。そこへ追い打ちをかけるように二度目の砲撃を浴びせられる。また、幾人かの兵が倒れたが、後退を始めていたため今度の損害は軽微で済んでいる。むしろ、拓馬軍の被害のほうが大きかった。

 こうして、強引なやり方ではあったものの、拓馬軍は全滅の危機を脱することに成功した。






「ククク、見たか! 俺の言ったとおりではないか!」


 長政はあざけるようにして言った。

 周囲の将兵たちが怯えながらそれを聞いていたことには気付いていなかった。


「俺は正しいのだ、俺だけが正しいのだ、間違っているのはすべてお主たちだ、感情などという人間の欠陥に踊らされて、なにが大切であるかもすぐに見失うのだ。そんな低能で無能な連中を駆逐するために俺は生まれてきたのだ、そのためにも――」


 長政は見た。退いた南斗軍の奥、別働隊と打ち合っている八咫軍を。


「お主だけは、倒さねばならぬ。お主のような危険な思想を持つ男は、ここで倒さねばならぬ。能力がありながら、その力を無能どもを守るために使わんとするお主だけは、ここで倒さねばならぬ!」


 長政は馬に飛び乗った。そのまま、駆け出さんとする。

 慌てた側近が寄りすがった。


「殿、いかがなさるおつもりですか!?」

「鉄砲隊は本隊と合流せよ、後退した南斗の本隊を牽制しつつ、俺の後を追え」

「殿は!?」

「八咫を討つ」


 長政は口元を歪めて笑った。


「馬のあるものは付いてこい、あやつに目に物見せてくれる!」






「三郎様、あれを!」


 舞耶が後ろを見て叫ぶ。

 三郎が振り向くと、そこにこちら目掛けて一直線に迫りくる一団があった。

 鹿角の旗印を背負った、わずか十騎の騎馬武者たちである。


「鹿島長政、来たか」


 三郎は頷いた。

 やはり、長政は合理的な人物だと改めて思ったのだ。なにせ、これが現状で長政が取れる最善手なのだから。

 現在、八咫軍は別働隊の長政軍五百と打ち合っている。別働隊の動きを封じてはいるが、兵数自体は八咫軍のほうが少ないのである、余力はほぼ残されていなかった。

 そこへ、背後から突撃されれば、浮足立つのは十分に有り得る。たとえそれが、わずか十騎の突撃であったとしても。

 長政にとってみれば、突撃して三郎を討ち取る必要などない。一瞬でも八咫軍に隙を作ればよいのである。そうすれば、正対している別働隊が有利になり、八咫軍は守勢に回らざるを得なくなる。そうして、後手に回った八咫軍に対し、鉄砲隊と合流した本隊を以って改めて包囲すれば、三百五十足らずの八咫軍などひとたまりもない。

 そういった計算を一瞬で導き出した上で、長政は突撃を仕掛けているのだ。やはり、優れた戦術家であることは間違いない。

 その、稀代の戦術家を相手に、三郎は勝たねばならない。現状で言うなら、ほとんど余力のない状態で、あの騎馬突撃を防がねばならなかった。

 もちろん、その手段はある。だが、それには危険を伴うのだ。自分の大切な部下を死地に晒すという危険が。


 三郎は舞耶を見た。

 三郎の信頼する側近である。勇猛な武将であり、昔をよく知る幼馴染であり、守るべき部下であった。

 ふと、前世の部下の姿がちらつく。三郎は彼女を守れなかった。バカな上司や周囲から、彼女を守ることが出来なかった。もう二度と彼女のように惨めな思いを抱いたまま死んでいくような者を、自分の周りから出したくなかった。

 そのためにも、この戦には勝たねばならない。だが、それには、舞耶を死地に送り込まねばならなかった。

 三郎は躊躇した。三郎は舞耶の実力を信頼している。だが、それでも、絶対大丈夫だという確信を今回は持てなかったのだ。

 三郎が目を伏せて思案していると、


「三郎様」


 と、舞耶が声を掛けてきた。

 顔を上げると、舞耶が優しく微笑んでいた。


「……行けと、お命じ下さい」

「舞耶……」

「三郎様は某の主です。主君の命に臣が従うのは当然のことです。三郎様は我らを守るために常に考えて、必死に準備をして、戦っておられました。某も、その力になりとうございます。だから、行けとお命じ下さい」

「しかし」

「心配には及びませぬ。某を誰だと思っているのですか。八咫家一の勇将、武藤舞耶にございます!」


 舞耶が胸を張る。三郎は、頭を掻いた。


「わかったよ。――行け、舞耶」

「承知!」


 舞耶の眼差しに火が灯った。

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