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第五十話 明陽川の戦い 肆

遅れて申し訳ありません!

五十話、お届けします!

「――中央、後退」


 長政の判断はさすがに早かった。鉄砲斉射の第一撃が防がれた直後には、後退の指示を出していたのである。

 これは非常に効果的であった。まさか鉄砲による一斉射撃が防がれるとは、兵達の誰もが予想していなかったのである。目の前に起こった状況が信じられず、半分が恐怖し、もう半分が呆気に取られ、いずれにせよ敵が迫っているというのに硬直してしまっていたのだ。

 長政の指示によって我に返った兵が、次々に後退を始める。

 だが、後退と前進では、明らかに後者のほうがスピードが速い。

 如何に長政の判断が早かったとは言え、逃げ切れる距離ではなかった。

 ここで、長政は次の指示を出している。


「左右に伝達。『翼を閉じろ』」


 鶴翼(かくよく)の陣、その両翼に内側に入り込んできた南斗軍を挟撃するよう指示したのである。

 南斗軍の鋒矢(ほうし)の陣は前後に長い形をしている。

 最前線は鉄砲隊と接触していても、後部はまだ両翼の先端に差し掛かっていなかったのだ。

 ここで、両翼が通過しようとする南斗軍を挟撃すれば、最前部は通過させても、残りをここに足止めし、さらに挟撃によって包囲することが可能なのだ。

 最前部だけであれば、鉄砲隊に鉄砲を捨てて抜刀させれば十分に対抗できる。そして、後部を包囲殲滅することで、長政にとっての戦術目標である「南斗軍を壊滅させる」ことが、実現できるのだ。

 そう、長政は岐洲城があるからと言って、悠長に構えるようなことは微塵も考えていなかったのである。戦略目標である「南斗軍の壊滅」を、この戦場で実現するべく、手筈を整えていたのだ。


「俺は逃さん。次などない、ここで殲滅する」


 戦略のような長期的視野にも優れ、戦術における咄嗟の判断においても常に最善手を取り続ける。長政は戦略家としても戦術家としても、間違いなく歴史に名を残す人物であっただろう。そう、織田信長や武田信玄のように。

 だが、それを上回る者が、ただ一人、この戦場に存在する。


 この世界にとっての異端児、三郎である。






「三郎様、敵の両翼が動きました!」

「うん、素晴らしい反応だ。将がよく判断し、兵がよく動く。理想的な軍隊だね」

「三郎様!」


 馬に同乗する舞耶に背後から叱られる。

 三郎はさっきから、敵を褒め続けていた。なにせ、三郎の知っている歴史の中で、最高の軍事指揮官が目の前にいるのだ。歴史研究者としての血が騒ぎ、興奮して当然であった。

 だが、残念ながら、三郎の現在の肩書は、南斗軍総大将である。史上最高の軍事指揮官を相手に、勝つことを課せられた、軍事指揮官であった。


「わかってるよ! ここからは第二段階だ、全軍に伝達を」

「はい! 予定通りですね!」


 ああ、と三郎は頷いた。


「全軍、敵右翼に攻め掛かれ!」






 長政にとって、二度目の驚愕が訪れる。

 鉄砲隊に食らい付かんとしていた敵軍が、その矛先を一斉に転じたのである。

 そして、駆けてきた勢いのまま大きく右に曲がって行くではないか。


「何をする気だ、八咫!」


 あと僅かで、こちらに届いたというのに、なぜ右に転進などするのだ。


 長政は接敵した場合に鉄砲隊に抜刀させることは想定していたものの、無傷に終わるとは考えていなかった。敵の先鋒は槍隊であり、刀と槍ではリーチに大きな差が出るため、不利であることは間違いないのだ。

 だから、あのまま敵が追いすがっていれば、長政の鉄砲隊は少なくない被害を受けていたはずなのである。

 それを捨ててまで、何をしようというのか。


 もしや。敵の鋒矢の陣は、こちらを中央突破するためのものではなかった……?


 長政の戦術家としての思考が回りだす。

 敵の最前部は右に転進した。確認できた事実はここまでである。だが仮に、これが、敵の全軍で行われていたとすれば。

 長政は気付いた。


「奴め、各個撃破するつもりか!」






 南斗軍は、全軍に渡って左に方向を転進、一斉に拓馬軍右翼部隊に殺到した。

 拓馬軍右翼は数にして一千。対する南斗軍は、鉄砲の銃撃によって一部の部隊が壊滅したため、現状は三千九百。

 南斗軍は約四倍の兵力をもって、一斉に攻撃を掛けたのである。

 しかも、三郎は予め鋒矢の陣を取らせることによって、前後に長い陣形を作り出していた。そして今は、一斉に左に転進させたことで、横に長い陣形で拓馬軍右翼に対峙させたのである。これは正しく、鶴翼の陣であった。

 そう、三郎は敵軍を中央突破するために鋒矢の陣を取ったのではなかった。孤立した敵右翼部隊を包囲殲滅するべく、最も的確な場所と時間に鶴翼の陣を出現させるためであったのだ。


「敵は四分の一だ、攻め立てろ!」


 三郎の激に応えるように、南斗軍は怒涛の勢いを以って拓馬軍右翼に群がった。

 拓馬軍右翼部隊の将は、混乱の最中にあった。


「何故だ! 我らが敵を包囲するのではなかったのか!? 何故、我らが、()()()()()()()()()()()!?」


 無理もない、長政の指示にはこのような事態まで想定されてはいなかったのである。そして、敵の包囲下にある現状では、長政との連絡もしようがなかった。


「なんとか持ちこたえろ! 長政様がすぐにお救いに来られる!」

「殿、あれを!」


 側近の一人が悲鳴を上げる。

 見ると、南斗の一部の兵が突出して、一直線にこちらに向かってくるではないか。


「く、食い止めろ!」


 将の指示は、具体性にも積極性にも欠けていた。

 動揺しきった軍の動きは鈍い。そして、この曖昧な指示である、対応できた者は僅かであった。

 その、数少ない勇者達を、瞬く間に蹂躙して南斗軍が押し寄せる。


「こんな、こんなことがあるかあああああああああああああ!!」


 将の叫びは、南斗軍の兵士たちの雄叫びによってかき消された。

 拓馬軍右翼部隊の中枢は、一瞬にして壊滅した。

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