第四十九話 明陽川の戦い 参
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第四十九話、お届けいたします!
長政は平原から対岸の丘を見つめた。
正確には、あの頂上付近にいるであろう敵の総大将を見やった。
「さあ、どうする八咫。今、賽を握るのは、お主だ」
見つめた先、南斗軍の陣城の中で兵達の動きが急に慌ただしくなった。
「ほう……」
動くか。どちらだ、川を渡るか、別働隊に向かうか。
その時、伝令が駆け込んでくる。
「申し上げます! 敵が、川を渡ってきます!」
「そうか」
こちらへ来るか。鉄砲の威力を目の当たりにしてなお、こちらへ寄せてくるか。余人ならば礫の餌食とするだけだが、お主はそうやすやすと倒れる男ではあるまい。八咫、お主には、何が見えている。
「各所に伝達。陣形を再編する」
「は……? ここで、迎え撃つのではないのですか?」
「ならば、お主がここに残れ」
伝令は驚きのあまり長政を見上げた。
長政が怒気と侮蔑を込めてこちらを見つめていた。
伝令は慌てて平伏する。
「行け。伝令だ」
ハッ! と、伝令は駆けていった。
……八咫、俺は手を抜かん。今度は、逃さん。
長政は直属の鉄砲隊を平原の北にある林から、平原の東端へと移動させた。
そこで、隊列を南北に長く砲口を西に向けて二列横隊に再編した。
渡河してやって来る南斗軍を正面から迎え撃とうというのである。
北の林に着陣していたのは、鉄砲の威力を知らないバカがのこのことやって来た場合に、不意を突いて側面から一斉射撃を加えるためであった。
だが、相手に鉄砲の知識があるのであれば、話は別だ。
鉄砲は集中運用することで戦場を「面」で制圧できる。それが鉄砲を用いる最大のメリットである。そのため、「面」を広くする、つまり横に長く並べることでその効果を大きくすることが出来る。
長政が横隊を組んでいたのは、そこに狙いがある。
一方で、横隊には弱点もある。側面からの攻撃には、ほぼ無抵抗になるのだ。接敵人数が極端に少なくなるため、抵抗力がなくなってしまい、一気に崩されてしまう。これが通常の徒士兵であれば、即座に陣形を立て直すこともできるが、鉄砲隊であれば機動力が落ちてしまうため、その反応も出来ない。
長政は、その側面攻撃を避けるために、渡河してくる南斗軍に正対するよう陣形を再編したのである。
そして、長政の指示はこれだけではなかった。
「この陣形は……!」
三郎は思わず感嘆を上げていた。
見事だ。やっこさんはどれほどの研究をしてきたのだろうか。
全軍を渡河させて対岸に上陸すると、正面に整然と隊列を組んだ拓馬軍が待ち構えていたのである。
それは、中央に鉄砲の二列横隊を構え、その両翼を守るように足軽隊を配した、鶴翼の陣だったのである。鶴翼の陣とは、戦国時代において用いられていた陣形の一つで、空から見て中央部を下にしてVの字型に兵を配置するものである。その形が鶴が翼を広げた姿に似ていることから、「鶴翼」という名で呼ばれている。この陣を用いる意図は、敵軍をV字の窪みに誘引し、両翼を閉じるように兵を動かすことで敵を半包囲することにある。三次川の戦い、その前哨戦で拓馬光信が採ったのは、この鶴翼の構えの発展形であった。
今回は、中央部の横隊に鉄砲を配している。そのため、中央部の突破は非常に困難を極める。かと言って、両翼どちらかに攻めかかろうとしても、その横っ腹を銃撃されかねず、さらにもう片方の部隊が回り込んで背後から急襲されることも有り得るのだ。
まさに攻防一体の、絶妙な布陣であった。
「だが、付け入る隙はある」
三郎には二周分の歴史の知識がある。今は、その知識を最大限に活かすときであった。
「全軍、敵中央部に向かって突撃!」
三郎は、軍を鋒矢の陣に再編していた。鶴翼と同様に、戦国時代に用いられていた陣形の一つである。それは、軍を矢のごとく敵陣に向かって細く長く配するものである。その目的は、圧倒的な前進力をもって敵陣を突破すること。鋒矢の陣は数ある陣形の中でも、超攻撃型の布陣なのだ。
三郎は、敵の鉄砲隊を、突破することを選択したのである。
南斗の兵が一直線に向かってくる。
長政は驚きと共に疑念を強めた。
……来る。なぜだ、八咫。鉄砲の斉射、その威力を目の当たりにしてなお、向かってくるか。
「ならば」
長政は軍配を掲げた。
「望み通り、くれてやる」
五百人の二列横隊が、一斉に鉄砲を構える。
目前には、迫りくる南斗の兵が見えている。
だが、長政はまだ軍配を振らない。
鉄砲の最大射程距離は五百メートルを超えるという。ただし、それは角度をつけて打った場合のことであり、あくまで弾が届く距離というだけのことだ。甲冑を付けた人体に対して殺傷能力を有する有効射程距離は、百メートル。
手は抜かぬ、最大の効用を以って、お主を叩き伏せる。
地響きが徐々に大きくなる。敵兵の姿がくっきりと見えてくる。
――今だ。
「放て」
「今だ、竹束隊、前へ!!」
長政の鉄砲隊が射撃を繰り出す直前、三郎は指示を繰り出していた。
それを合図に、十数本の竹束を抱えた兵たちが最前線に踊り出る。
そして、パパパパーン! という激しく叩く音が戦場に響いた。
それは鉄砲の発射音ではない、竹が鉄砲の弾を跳ね飛ばした音である。
竹束が五百丁もの鉄砲を無力化したのだ。
「なにっ!?」
長政が驚愕の叫び声を上げる。驚くのも無理はない。
鉄砲は当代の新兵器である。そして、集中運用を試みたのも、この戦場が初めてなのだ。誰もが初見であるはずなのに、それがものの見事に防がれてしまったのである。
「悪いね、私は知っていたんだ。鉄砲のことも、その対抗手段も」
そう、三郎は前世で調べていた知識を覚えていたのである。鉄砲を防ぐために実際に戦国時代に用いられていた竹束という防具のことを。
竹束とは、その名のごとく切った竹を束にして縄で括ったものである。
元来、防具としては木の板で作った盾が弓に対して用いられていた。だが、盾では鉄砲の弾丸を防ぐことが出来ず、代わりに考案されたのがこの竹束である。
これは、当時の鉄砲が現代の銃よりも貫通力が劣っていたことにも由来する。
現代の銃にはライフリングと言って弾丸を螺旋状に回転させながら発射するための溝が付いている。回転が与えられた弾丸は直進安定性が増し、命中率と同時に貫通力も向上する。
だが、火縄銃の頃はまだライフリングが発明されておらず、そのため弾丸は球形をしており空気抵抗の影響が非常に大きかった。命中精度と貫通性においては、未発達だったのである。
ただ、二十一世紀においても、銃を取り扱う上で竹藪には発砲しないよう教えられる。ライフリングを施した銃であっても、竹には弾丸を跳ね飛ばす効果があるのだ。
「鉄砲の威力を高めるために、我々を惹きつけたのが、逆に仇になったね」
今や、南斗軍と長政の鉄砲隊との距離は五十メートルにまで接近している。
接触まで、残り十秒。
もはや、次弾の装填は間に合わない。
「このまま行くぞ。――突貫」
今回、毎日更新が途切れてしまい、重ねてお詫び申し上げます。
私用があったとは言え、そのための準備を怠ったことは、私に甘えがありました。
まことに申し訳ありませんでした。
ここからクライマックスを迎えるにあたって、最大のパフォーマンスをもって皆様にお届けするために、今後は二日に一回の更新とさせていただきます。
必ず完結させますので、ご理解とご期待をいただければ幸いです。
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