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第四十八話 明陽川の戦い 弐

「今だ、突撃ィーッ!!」


 あああああああああああああああ!! という咆哮と共に、南斗軍が一斉に柵から飛び出す。

 それまで耐えてきたエネルギーを爆発させて、川中で戸惑う拓馬軍に襲いかかった!

 虚を突かれた拓馬軍は、盾を捨てて我先にもと来た岸へ逃げ出す。

 その醜態を見て南斗軍はさらに追いすがった。逃げる敵を後ろから追い立てることほど、人間の加虐心を刺激するものはない。目の前に獲物が無防備な姿を晒しているというのに、見過ごして我慢するのなんてことは、よほどの理性を持った人間にしかできない。

 南斗家の将は最低限の理性を持っていた。


「これ以上はイカン! 深追いするな、戻れ!!」


 そう叫んではみるものの、盛りのついた獣は耳を貸さない。


「八咫殿のご命令にござる! 戻られよ!」


 将は元いた河岸を振り返る。そこで、姫武将が叫んでいた。


「わかっておる! だが……」


 そこへ、向こう岸の上に拓馬家の将が躍り出た。


「怖気づいたか、南斗の連中!」

「なんだと!?」

「また、柵の中へ帰ろうというのか、この臆病者どもが!!」

「ほざけ!」人の気も知らずに……!

「貴様らの大将は穀潰しの軟弱者の引きこもりだとのもっぱらの噂だが、大将がそうならその下の貴様たちもまったく同じだな!!」


 つられて拓馬家の兵たちが一斉に笑い出す。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ、許せん!!」


 南斗の将はプッツンと切れた。

 三郎本人はなんと言われようとまったく気にしないのだが、彼らは普段三郎に対して陰口を叩いていた側なのである。自分が悪口を言われることに慣れていなかった。


「何している、早く戻って――」


 舞耶の叫びを、将は遮った。


「うるさい! 構わん、奴らを討て! 南斗の軍をナメるなあああああああああああ!!」


 猛り狂った一団が、ついに東岸へと上陸した。






「そうか、敵が動いたか」


 鹿嶋長政は報告を受けて、鼻で笑った。


「これだから、無能は救いがたい」


 陣城にずっと立て籠もられては、力攻めをするしかなかったのである。敵を退けることは出来ても、こちらにも甚大な被害が出ることは確実だった。

 長政としては、そのような愚行を起こす道理がなかった。なにせ、岐洲城がこちらの手にある限り、南斗軍に逃げ道はないのである。あえて、強硬策を取り短期間で決着を付ける必要がなかった。

 相手が挑発に乗ればよし、また乗らずに籠もっていても、そこに釘付けできればいい。そのための策は用意していた。

 もっとも、相手はこちらにとって最良の選択をしてくれたが。


「すべては手筈通りだ。……準備は良いな」


 長政の問いに家臣が跪いて答える。


「一同、配置に付いております!」


 長政は短く頷いた。


「無能共に己の存在価値がいかほどなものか、思い知らせてくれる。さあ、来い。いま、楽にしてやる」






 上陸した南斗軍およそ六百は逃げる拓馬軍を追走していた。

 そうして、明陽川の東に拡がる平原へと進む。低木草が生い茂る荒れた土地である。人家は近くに見当たらなかった。


「殿、あそこに敵軍が!」


 将が指されたほうを見やると、北の林に拓馬軍が潜んでいるのが見えた。

 だが、なにぶん距離がある。


「構うな! あそこからでは弓は届かん! 前の敵を追うのだ!」


 そうして、林の前を横断しようとした。


 ――ついに、この時がやってくる。






「無知であることと、無能であることは、必ずしも一致しない。無知を知れば、すなわち己の不足を知ることになる。無能は、己に不足がないと思いこんでいることが、最大にして最悪の罪なのだ」


 長政は林の中で軍配を掲げた。彼の前には、前後二列に兵が並んでいる。


「奴らの不幸は、無知であることではない、己の無知を知らない無能であることだ」


 無知で無能な南斗の軍が目の前を横切る。


「その不幸にまみれた己等(おのれら)の生を救ってやる。喜べ、これは極上の死だ。――放て」


 長政が軍配を振り下ろしたと同時、戦場に人工の雷鳴が響き渡る!

 長政直属の鉄砲隊、五百丁が一斉に火を吹いた!!






「なんだ、何が起こった!?」


 南斗の将が叫ぶ。爆音が響いたかと思えば、周りの兵たちがバタバタと倒れだしたのである。

 矢が飛んできたわけではなかった。礫のようなものが、目の前を掠めていった。


「これが、秀勝殿が言っておられた新兵器だと言うのか!?」


 あの『鬼秀勝』が敗北したのには理由があるのだ。それを過小評価していたことが過ちであった。


「止まるな! 駆け抜けろ! ここにいてはやられる!」


 将が指示を出したと同時に、二度目の銃声が鳴り響く。

 将の意識はそこで事切れた。






 長政の鉄砲隊によって、上陸した南斗軍六百は一瞬にして壊滅した。

 火器の集中運用という戦場の革命、まさにその瞬間であったのだ。


「間に合わなかったか……」


 三郎はその様子を陣城からつぶさに見つめていた。三郎には、見ていることしか出来なかった。


 ……見事なものだ、まだ先例もないのに、鉄砲の威力を最大限に発揮させるために二列横隊を組んで銃撃させている。新しいものでもその優位性を認めれば即座に採用し、積極的に使ってみる。常人ではなかなかできることじゃあない。実に合理的だよ、やっこさんは。


 三郎は心中で相手を褒め称えた。称賛に値する敵であった。

 だが、三郎は今は南斗軍を預かる総大将である。三郎には三郎の責務があった。


「八咫殿! 我らも打って出ましょうぞ! 彼らのかたきを討ちましょう!」


 傍に控えていた南斗の将が声を上げる。だが、三郎はすぐに否定した。


「いや、ダメです。同じように攻め込んだところで、彼らの二の舞になるだけです。……引き続き、ここで守りを固めましょう」

「しかし!」


 と、相変わらず食らいついてくる。

 三郎はそれを頑なに否定した。


「我々の戦術目標はあくまで時間稼ぎです、それに敵が挑発をするのは我々がここで守りを固めていれば簡単には攻められないからです。ここは、守勢の一手です」


 そこまで言って、ようやく将が引き下がる。

 三郎はやれやれと頭を掻いた。

 だが一方で、懸念材料が残っているのも確かだった。


 ……あの敵が、果たしてどれだけあそこで待ち構えているのか。敵の総勢が五千程度であることはわかっている、だが目の前にその全てが揃っているかはわからない。そう、仮に私が敵なら、ああするだろうから……。


 その時だ、一人の伝令が駆け込んでくる。

 来たか! と、三郎は身構えた。

 ある予測のもと、斥候を放っていたのである。


「申し上げます! ここより西に敵の別働隊が現れました!」


 なにっ、と一同が驚愕の声を上げる。

 その中で、三郎は一人落ち着き払っていた。


 ……やはりか。


「その別働隊はどれくらいだい?」

「は、およそ、三千!」


 三千だと!? と、さらなる悲鳴が上がる。

 三郎は頭を掻いた。


 ……なるほど、見事だ、鹿島長政。


 鹿島長政は、軍を二手に分けていた。総勢五千五百の内、鉄砲隊五百を含む二千五百を自らが預かり、残りの三千を別働隊に回していたのだ。

 南斗軍は八咫軍を含めて総勢四千五百。拓馬軍は総勢では上回っているものの、二手に分ければ各々の数は下回ってしまう、特に長政が自ら預かる方は少ない。仮に南斗軍が各個撃破に出れば不利に陥ることになるが、長政軍には鉄砲隊が控えている。その戦闘力をもってすれば、多少の数的不利は逆転が可能である。だからこそ、長政は自らの軍を少なく配分していたのだ。

 では、別働隊を先に叩けばよいかと言えば、そうもいかない。南斗軍が陣城を離れて別働隊を迎え撃とうとすると、長政は今度こそはとばかりに川を渡って来るだろう。

 かと言って、この陣城にいつまでも籠もっていては、防備の薄い背後を別働隊に攻められ、同時に正面の長政隊も攻勢に転じてくるだろう。

 いずれにせよ、南斗軍は包囲殲滅の危機にあった。


 ……これはあれだな、まるで川中島(かわなかじま)だな。


 三郎は、前世の記憶から一つの事例を思い出していた。

 第四次川中島合戦、通称川中島の戦い。

 それは三郎の前世の歴史上、戦国時代に武田信玄と上杉謙信が戦った合戦である。

 両者は互いの国境付近である川中島と呼ばれる場所で、五度も戦いを繰り広げたという。その中でも、最も激しい戦闘が行われたのが、第四次川中島合戦であった。

 戦いの概要は以下の通りである。

 上杉勢が山中の陣に立て籠もっているところへ、武田勢は別働隊を派遣し背後から襲わせようとした。そうして、上杉勢が慌てて山から降りてきたところを、待ち構えていた本隊と別働隊によって挟み撃ちにしようとしたのだ。この作戦は俗に「啄木鳥(きつつき)戦法」として名を知られている。だが、上杉謙信は武田の別働隊の動きを察知、別働隊が来る前に全軍で山を降り、武田の本隊と壮絶な乱戦を繰り広げる。最終的には武田の別働隊が参戦したことにより、上杉勢は撤退、双方おびただしい死者を出して痛み分けに終わった。


 ……やれやれ、織田信長の次は武田信玄か。ほんと、厄介な相手だよ。


 三郎はため息を吐いた。これが第三者であればどれだけ幸せだっただろうかと。織田信長と武田信玄を兼ね備えた戦国武将など、研究対象としてこれほど心躍る人物はいない。

 だが、三郎はまさにその敵と戦っているのだ。当事者としては、最も戦いたくない相手であった。


 ……仕方ない、ここは上杉謙信にあやかろう。別働隊の発見が遅れたけど、まだ取り返せる。


 その時だ、


「三郎様!」


 舞耶が陣に姿を表した。その顔は悲痛に満ちている。


「ああ、舞耶、おかえり」

「三郎様、……申し訳ございませんでした」

「いいよ、気にするな。舞耶のせいじゃない」


 すべては忠告に耳を貸さないバカが悪いのである。こちらはいつも手を差し伸べているのだ、それを振り払うのは、バカの相手である。


「それより舞耶、手伝って欲しい。これからは、舞耶にも一働きしてもらうことになるかもしれない」

「それは……」

「陣を出る」


 おお! と、周囲から歓声が上がる。

 三郎は思わず苦笑いした。だが、戦意が衰えて意気消沈とするよりはいい。


「全軍で川を渡るんだ。川向うのあの敵に、総攻撃をかける!」

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