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第四十六話 決戦前夜

遅くなりました、第四十六話です!

 三郎は早速軍議を開いた。先鋒が敗退した今、敵の次なる目標はこの能代城に座する南斗軍本隊である。敵の攻撃は時間の問題であった。


 ……やれやれ、昨日徹夜で考えていた甲斐があったな。まあ、必要にならないほうが本当は良かったんだけど。


「まず、現状を確認しましょう。現在の我々の戦力は……」

「儂がここに連れてこられたのは七百ほどだ。他は死んだか逃げたか……」

「秀勝殿が生きておられることがなによりですよ。この本隊はどうですか?」


 一人の将が言いづらそうに切り出す。


「……実は、嘉納殿が逃げたと聞いて、兵が逃亡しておりまして……。今は四千ほどまで減っております」


 あの豚野郎、とことん足を引っ張るな!


 三郎が額に手を当てていると、舞耶が傍で口を開く。


「三郎様、我らの隊からも逃亡者が出ております」


 あらら、そうなのか。


「金で雇った者は夜の内に姿を消してしまいました。八咫の里から連れてきた者は皆残っているのですが……」

「ああ、それなら問題ないよ」


 どうせ、傭兵たちは数合わせだったからな、元々期待なんかしてないし。それよりも、皆が残ってくれて良かった。


「では、八咫軍三百五十を含めて、我々の現有戦力はおよそ五千ということですね」


 思えば、南斗軍は開戦時に一万二千の大軍を擁していたはずなのだ。それが、たった一夜で半分以下にまで減っていた。


「対する敵は秀勝殿が戦われたおよそ三千に、もう一軍が迫ってきていると物見から報告があります。それから、天下の堅城である岐洲城が敵の手にあると。総勢では七千ほどかな」


 考えれば考えるほど圧倒的不利だな。やっこさんの戦略家としての実力が窺えるというものだ。


「では、次はこれからの我々の目的です。まさかこの期に及んで拓馬家を攻めるとか言い出さないとは思いますが!」


 何人かが顔を伏せる。


 やっぱ思ってるやついたんだな、とんだ脳内お花畑だな。


「我々の目的は『可能な限り多くの兵を生存させて勢良国に帰還する』ことです。これを成立させるための障害は二つ。一つは通せんぼをしている岐洲城、もう一つは迫ってきている敵軍です。これに対処するために、軍を二つに分けます」

「軍を二つに!? 全力で岐洲城を攻めたほうがよいのでは!?」

「いいえ、まず五百の兵で、岐洲城を攻略します」

「五百!? たった五百であの岐洲城を攻略せよと仰るのか!?」


 まあ、普通そうなるよな。というか、私は三百で落としたんだが。


「理由はここから岐洲城までの距離です。全軍で動けば一日かかるので、攻略自体が明日になってしまいます。それでは迫ってきている敵軍との挟み撃ちになって我々は全滅してしまいます」


 一同が黙り込んでしまう。


「ところが、五百なら半日での移動が可能です。そう、沿岸に控えている大戸水軍の船に乗れば!」


 なるほど! と声が上がる。

 まあ、また京に借りを作ることになるからな、あとが怖いけど。


「それから、実は岐洲城に細工を仕掛けてあります。この細工を使えば、敵の戦力をほぼ無力化することが出来るはずです」


 まさか本当に使うことになるとはな。まあ、鎌瀬のバカ相手なら遠慮なく使えるかな。


「この岐洲城の攻略は、秀勝殿! 貴殿にお任せしたい」

「儂か? しかし、儂はその細工とやらを知らんぞ?」


 秀勝が言うのも一理ある。

 三郎は岐洲城を実際に攻略した経験があり、例の細工を施した張本人でもある。また、秀勝は『鬼』と謳われるほどの野戦名人なのだ。攻城戦と野戦の二手に分かれるのであれば、前者を三郎、後者を秀勝が担当したほうが理に適っている。

 だが、最も憂慮すべきは、敵が五百丁もの鉄砲を配備していることである。秀勝の先鋒が今朝方敗退したのも、これが大きな要因となったのだ。現状で鉄砲に対する攻略法を知っているのは、この先の歴史の知識を有している三郎ただ一人である。


 やっこさんに勝つには仕方ない、チートだなんだと言われようと、活かせるものは十分に活かさないとな。まあ、幸い岐洲城の細工は京も知っているからな、京なら任せていいだろう。


「大丈夫です、大戸水軍の頭領が知っています。私からの書状も添えますので、協力して攻略に当たってください」

「よかろう、先の戦いでの雪辱、晴らしてくれる!」


 秀勝が両手をかち合わせる。今朝の戦では敗退したが、未だ戦意は衰えていなかった。いや、逆にたぎらせているのが秀勝らしい。


 やはりこの人が生きていてくれてよかった。安心して任せられる。


 一人の将が声を上げた。


「それでは残った四千五百を持って、ここで敵を迎え撃つのですか?」

「いいえ、ここは放棄します」


 どういうことです! と一同がざわめきを上げる。


「この能代城は防御施設が破壊されていますし、すでに敵はここを包囲しようと動いているはずです。このままでは包囲殲滅させられてしまいます」


 それも込みで、やっこさんはここを破却したんだろうな。本当に厄介なことをしてくれる。


「……ですが、まだ包囲網は完成していません。そこで、急いでここから移動して、新たな戦場を設定します」


 わざわざ敵の有利な所で戦ってやる義理はないからな、それならこちらの有利な場所に引きずり込んでやるさ。


「ここから西に半日ほど移動した先に、南北に明陽川(めいようがわ)が流れています。その対岸に小さな丘があるのですが、その丘の北面を取り巻くように川の支流が走っています。ここなら、北と東、双方からの攻撃にもそれなりに対処できるでしょう」

「しかし、それまで敵が待ってくれますかな? すぐそこまで迫っているのですぞ? それに、敵が我らの移動に気付けば、行軍中の無防備なところへ攻めかかられることになりますぞ?」

「……一つ、手があります。反転攻勢に出ている敵を、慎重にさせてしまう手が」


 なにせ、南斗軍を壊滅させるあのシナリオには致命的な欠陥があるからな。そう、私が南斗軍にいると成立しないという、重大な欠点が。

 この欠点は、やっこさんも気付いているはずなんだ。でなければ、あんな手の込んだ仕掛けをしてまで、私を排除しようとは思わないだろうからね。


「『南斗軍は総大将が逃げ出して、八咫三郎朋弘が大将になった』と情報をばら撒くのです」

「?? それがなぜ敵を慎重にさせてしまうのですか?」


 まあ、ここにいる連中にはわからないかもな。つい昨日まで、私のことを穀潰しだの軟弱者だの引きこもりだのと罵っていたんだから。

 そんな私を、やっこさんが一番評価しているだなんて、想像もつかないだろうさ。






 鹿嶋長政は軍に休息を取らせていた。もともと秀勝が陣を張っていた小高い丘である。

 すぐに南斗軍本隊を攻めなかったのは、連戦による兵の消耗を避けたため、別働隊との連携を図るため、そして岐洲城を抑えている限り南斗軍に逃げ場がないためであった。


 ……能代城を枕に討ち果てると言うなら、それもよし。足掻いて逃げると言うならそれもよし。いずれにせよ、貴様らは俺の手の内だ。


 長政が床几(しょうぎ)に座って思索していたそこへ、伝令が駆け込んでくる。


「申し上げます! 敵が西へ移動を始めました!」

「そうか、そちらを選ぶというのだな」


 さすが無能よ、わざわざ醜態を晒すほうを選ぶとはな。もっとも、潔いなどという軽薄な名誉のために選択を誤ることと比べれば、足掻くほうが生物らしくはあるがな。


「それから、奇妙な噂が流れております!」

「奇妙だと」


 長政は眉をひそめた。そういう類のものは当てにならないのだ。


「捨て置け」

「は、いえ、しかし」

「なんだ」


 長政は苛立った。伝令がいよいよ畏まる。


「その、敵の総大将が逃亡したとの噂が」


 フン、やはり無能は無能でしかないのか。それで奴ら、一斉に逃げ出したということか。哀れな。やはり、俺が救ってやるしかない、死を以てな。


「代わりの大将として、八咫と申す者が率いていると――」

「なに!?」


 長政は思わず立ち上がった。


「なんと言った」

「は……?」

「今、なんと言った!!」


 長政は伝令を掴み起こして揺さぶった。


「な、長政様!?」

「八咫だと!! あの八咫が、率いていると言うのか!!」

「て、敵の逃亡兵が、そのように申しております!」


 長政は乱暴に手を離した。


 あの薄汚い狐め、しくじりおった!! あのような矮小な輩に任せたのが間違いであった。少しは知恵が回ったとしても、奴も無能でしかなかったのだ。


 長政は激しく歯ぎしりした。だが、すでに思考はこの先のことに切り替わっている。


 八咫が率いているとなれば、こちらの戦略はすべて筒抜けと考えて良い。いや、そう考えておかねば、こちらが手痛い敗北を喫することになる……!


「敵が向かったのは西だと申したな?」

「ハッ、左様にございます!」


 ならば、奴らの行き先はあそこしかあるまい。明陽川のあの丘だ。


「よかろう、奴らが明陽川を死地と定めるなら、それに応じてやる。別働隊に使いを出せ、一度軍を引けとな」

「はあ、しかし、敵は移動を始めております、その途中を襲えば楽に勝てるのでは?」

「そのようなことが通じる相手ではない」


 長政は天賦の才を持った戦略家である。だからこそ、ここは慎重に対処するべきだと判断した。長政の戦略構想に三郎が大将となるシナリオはなかったのだ。前提条件が変わったのに、戦略を見直さずに継続するのは愚の骨頂である。


「八咫! 明日だ、明日は容赦はせぬ。その首、必ずや討ち果たしてくれよう」






 本隊と別れた南斗秀勝は、先鋒軍の生き残りの内、五百を率いて沿岸へと向かった。

 大戸水軍と合流するためである。そこで、秀勝は妖艶な美女と会うことになる。


「ふうん、アンタたちを乗せて、岐洲城を一緒に攻略しろって?」


 京が秀勝を舐めるように見回す。京にかかれば、『鬼』であろうとただの男に過ぎなかった。


「そうだ、これが八咫殿の書状だ」


 受け取った京が、髪をかきあげて書状に目を通す。所作がいちいち艶めかしい。

 京のだらしなくはだけた胸元に多くの視線が集まる。戦で気が昂ぶっている時に、この豊満な肉体は毒以外の何物でもなかった。

 だが、秀勝は京の顔から目を離さなかった。あの三郎が信頼するこのおんな海賊が、どのような人物であるかまだ計りかねていた。


「あの殿様も、人使いが荒いねえ」


 そう言いながら、京が書状を畳む。そして、ふと秀勝の視線に気付いた。


「なんだい、アタシが信用できないって顔だね」

「さてな。儂はまだ、貴殿の行いを見ておらんのでな」


 すると、京が笑い出した。


「アッハッハ……! 貴殿だなんて、よしてくれよ。アンタ、見かけ通りかたっ苦しいね!」

「なに?」


 その顔、と言ってまた笑い出す。


「とりあえず、乗りなよ。信用できないってんなら、ちゃんと行動で示してやるからさ。それが嫌なら、歩いて行くんだね」


 京の背後に並ぶ大戸の衆がニヤニヤと笑みを浮かべる。腰に手を当てて正対する京も含めて、彼らから己の実力に対する自信が伺えた。


 ……さすが、あの八咫殿が信ずるだけのことはある。


「いや、よい。よろしくお頼み申す」


 秀勝は頭を下げた。

 京は何度か瞬きしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「任しときな! 大戸水軍が誇りにかけてでも、アンタたちを送り届けてやるよ」






 その夜、日もとっくに暮れた夜中になって、ようやく三郎は一息ついていた。

 それまで、陣地の造営であったり、陣構えの指示であったりで、ずっと休まる暇がなかったのである。


「だー、もう働きたくない。有給を要求するー」


 三郎は臨時に設けた小屋の中で、地に身を投げだした。

 そこへ、舞耶が入ってくる。


「三郎様?」

「なんだい、まだ何かあるのかい?」

「あ、いえ、すべて終わりましたので」

「そいつはよかった」


 三郎は完全に地に突っ伏している。

 それを見て、舞耶は笑った。


「なんだ、見世物じゃないんだぞ」

「申し訳ございません。……お疲れ様でございました」


 言いながら、舞耶が傍らに座る。


「いや、それを言うのはまだ早いよ」


 まだ、準備をしただけである。本番は明日だ。

 三郎には敵が夜襲を仕掛けてこないという読みがあった。

 なにせ、敵は五百丁もの鉄砲を有しているからこそ、優位に立っているのである。だが、夜戦に置いては鉄砲を集中運用して用いることは難しい。視界の効かない闇の中では、銃撃の対象が判別できないのだ。夜戦は斬り込みによる奇襲だからこそ効果を発揮するのであり、鉄砲の使用は不向きであった。

 わざわざ、自分が持っている優位性を捨ててまで、長政が夜戦を仕掛けてくるとは思えなかった。


 ……少なくとも、私なら夜戦はしないだろうしな。やっこさんも、そう考えるだろう。


 そう言う点では、三郎は長政に対して信頼をしていた。バカの味方よりも、優秀な敵を信頼するなど、奇妙な話ではあるが。だが、だからこそ、


 ……侮れない。本当に、厄介な相手だ。


 考えに耽った三郎を見て、舞耶が神妙な面持ちで言う。


「三郎様。その、ご迷惑ではありませんでしたか?」

「うん、どうして?」

「三郎様は、大将になるなど、望んでおられなかったと思うので、また某は出しゃばった真似をしたのではないかと」

「そんなことないさ」


 三郎は身体を起こした。


「舞耶が救けてくれなかったら、私は今頃、能代城のあの地下牢で朽ちていたさ。それだけじゃあない、南斗軍や、八咫のみんなだって、死んでいたかもしれない。舞耶が救ってくれたのさ、……ありがとう」


 はい、と舞耶が笑顔になる。

 三郎も頷いた。


「……ただ、明日は本当に勝てるかはわからない」


 え? と、舞耶は驚く。三郎が弱音を吐くのは、久しぶりだった。


「これまでの戦で勝ってこれたのは、敵がバカで、そこに付け入る隙きがあったからなんだ。やっこさんはバカじゃない。果たして、勝てるかどうか……」

「三郎様……」

「もちろん、私だって負けるつもりはないけどね。……ただ、勝てる保証はない」


 仮に勝てるとすれば。


 三郎は長政の、あの岐崎湊での陽キャの人となりを思い出す。


 アイツが本当に敵なら、あるいは……。


 すると、舞耶が三郎に向き直って言った。


「三郎様なら、大丈夫です」

「おいおい、何を根拠に」

「三郎様は、誰よりも準備をしておられました。ここにいる誰よりも。それは……、あの頃の三郎お兄様と、何もお変わりありませんでしたから」


 舞耶が微笑む。それは、三郎に十年前を思い起こさせた。


 あの頃、三郎が書を読み耽っていると、


「お外に行きましょう!」


 と言って、しつこく手を引いてきた、幼い姫君のあの笑顔を。


「そうかな、そうかもな」


 はい、と姫武将が凛として言う。


「某は信じております。三郎お兄様も、三郎様も」


 ああ、と三郎は短く答えた。






 夜は更けていく。幾人もの想いを渦に巻いて。

 決戦は、明日。

いよいよ、次回から新章突入、そして決戦が始まります!

面白いと思っていただければ、ブクマ・評価などいただけると、まさやが泣いて喜びます!!

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