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第四十四話 守りたいもの

 三郎は軍議の席を見渡した。

 ほとんどの将が参列しているが、南斗秀勝ら先鋒隊の姿がない。

 この能代城は規模が小さいため、全軍を収容することが出来なかったのだ。先鋒隊は、ここから川を挟んで東側、より瀬野城に近い場所で野営していた。


 ……しまったな、先に秀勝殿に詫びを入れておけばよかった。今後の戦略についても話したいことがあったんだけどな。それにしても、どうして先鋒の面々を呼ばないんだ? これじゃあ、軍議を開く意味がないじゃないか。


 三郎が小さな疑念を抱いていると、中央に座っていた大将の嘉納頼高が声を上げた。


「よいかな、皆の衆! ここまで大した苦労もなく来れたのは僥倖であった! やはり、この時期を選んだのは正解であったな!」


 おいおい、と三郎は鼻白んだ。


 ……よく言うよ。昼の戦いで味方を置いて逃げ出したのはどこのどいつだ。あの時、私が敵の側背を突いていなければ、全軍崩壊していたっておかしくなかったんだぞ。


「たしかに、敵の反撃はあったが、小競り合いをしただけで、我らに恐れおののいて退いていきおった! 奴らの不甲斐ないことよ!」


 そうだそうだ! と、称賛の声がほうぼうから上がる。

 もはや三郎は呆れて物も言えない。


 ……やっこさんの思惑通りだな。見事だ。こうなったら、私が説得する他ないな。このバカたちが話を聞いてくれるかわからないけど。秀勝殿がいてくれれば、説得力が増したんだがなあ。


「敵の戦意は低い! 奴らはもはや城から出てくることもないであろう! よって、今宵はしっかり休め! 明日、瀬野城を総攻撃する!」


 おお! と、歓声が上がる。

 だが、それを破って、


「お待ち下さい!」


 と凛とした声が通った。三郎である。


「敵が籠城すると決め込むのは危険です。ここは敵の逆襲に備えて、慎重に警戒するべきです」

「八咫殿、この期に及んでなにを言うか!」

「敵の行動を決めつけるのは危険だと申しているのです。そもそも、ここまで大した抵抗もなく進んでこれたのを怪しく思いませんか? この能代城だって破却されているのは、我々に利用させないため。敵には予めこの城を破却するだけの時間があったのです。……敵は、我々を自領に深く誘い込み、罠にはめようとしているのではありませんか?」


 三郎はずっと危機感を覚えていたのだ。


 ……なにせ、私が敵であれば、こうするからな!


 そう、自分が考えていた南斗軍を全滅させる策通りに、今の所進んでいるのだ。であれば、今後の展開も容易に想像がつく。敵が明朝にでも、反撃に出てくる可能性が高いのだ。


 ……ここが分水嶺だ、ここでの判断を誤れば、南斗軍は壊滅する。


 三郎は、今度ばかりは一歩も引かないつもりだった。

 ところが、豚の頼高は三郎のまったく予期していなかった反応を見せた。


「ガハハ……! ついに化けの皮が剥がれたな、この裏切り者め!」

「?? 一体なんのこと――」

「者共! こやつを引っ捕らえろ!!」


 天幕の向こう側から武者達が飛び出してくる。そのまま一斉に飛び掛かられ、無抵抗な三郎はあっという間に取り押さえられてしまった。


 おいおいおいおい、ちょっと待て、全く身に覚えがないぞ!?


「嘉納殿! これはどういうことです! 私が何をしたと言うのか!」

「フン、貴様が拓馬家に内通していると、密告があったのだ」


 なんだって! 内通だなんて、そんなわけあるか!


「密告者が言っておったのだ。『八咫殿は拓馬家に味方しているため、南斗家が拓馬家を攻め滅ぼそうとすると必ず止めるように主張するはず』だと。まさか本当にその通りになるとはな、見損なったぞ、八咫殿」


 ――ハメられた!


 三郎は直感した。己の思考とそこから生じる行動を、完全に読まれていたのである。

 だが、これだけで捕らえるというのは、暴論に過ぎる。


「冤罪だ! 私が内通しているという物的証拠はあるのか!」

「ふん、見苦しいわ! 問答無用だ! こやつを牢にブチ込んでおけ!」

「なにっ!」


 もはや秩序もなにもなかった。ただ、三郎を貶めたい、その結論ありきで事が進んでいるのである。

 だが、三郎に味方しようという者は一人もいなかった。周囲は三郎を見下し、嘲笑するばかりである。

 生意気な穀潰しが、いい気になりおって、大人しくしていれば良いものを、まこと惨めなことだ、ああ、せいせいした。

 そういった眼差しを三郎に投げている。


 こいつら……!


「ガハハ、すべては鎌瀬殿の言う通りであったわ! さすがよのう!」


 鎌瀬だと! あのバカの狐、私を貶めるために、こうまでしたというのか……!


 三郎は、奥歯を噛んで目を落とした。


 ……なんだ、この状況は一体何だと言うんだ。敵の目の前で、それも今までとは全く違う強大な敵を前にして、警戒するべきだと慎重論を唱えればそれを理由に吊るし上げる、あまつさえ戦力を削ぐようなことをするだなんて……!

 これだから……!


「……これだからバカは困るんだ」


「ン、なにか言ったか?」



「これだから! バカは困ると言ったんだ!!」



 三郎の大音声が響く。その場にいた全員が度肝を抜かれ、身をこわばらせた。


「状況を正確に把握することもなく、他人の言うことにも耳を貸さずに、勝手な思い込みで判断して。さらに敵を倒すことよりも、味方を蹴落とすようなことばかり考えて。それで、皆を守れると、思っているのか!!」


 三郎は今まで倒してきた相手を思い出す。

 三次川の前哨戦、本戦、そして岐洲城攻略戦。彼らが何故敗北したのか。それは、彼らが部下を守ることよりも、己の私利私欲のために動いてきたからである。

 そして今、三郎の目の前にいる豚野郎もその一人になろうとしている。

 三郎の脳裏に、夢に出てきた、いや前世の部下の姿が浮かんでくる。


「それじゃあ、行ってきます。先輩、また、明日」


 あの日、そう言い残して営業に出かけた後輩は、ついに帰ってこなかった。

 三郎が遅くまで事務所で待っていると、代わりに一本の電話が入ったのである。

 ――お宅の営業マンが、車で事故を起こしたと。

 三郎が病院に駆けつけると、凄惨な姿に変わり果てた後輩と再会したのであった。即死だったと、医師からは説明された。

 後輩は、馴れない道を運転していたときに、信号のない交差点の横から飛び出してきた車を避けようとして、対向から来ていたトラックと正面衝突したのだった。

 その交差点は以前から事故が多発しており、道を知るものであれば注意を払う場所であった。だが、後輩はこの日、初めてその道を通っていたのである。上からの命令でロクな引き継ぎもなしに押し付けられた得意先へ向かう道中だったのだ。

 その得意先は気難しいことで有名だった。元々は別の社員が担当をしていたが、得意先に対する不満をよく漏らしていたのを三郎は聞いていた。そして、その社員は上に媚びを売るのが上手かった。あの日の前日、その社員が上と飲みに行っていたという。急に担当が変更になったのはその次の日だった。


 ……あの娘が死ななきゃいけない理由はどこにもなかった。あの娘はなんのために死んでいったのか。どうして私利私欲で動くようなバカのせいで、あの娘が死ななければならなかったのか!

 私にはあの娘を守ることが出来なかった。周りのバカのせいで死んだあの娘を、守れなかった。

 私はもう、あの娘のように理不尽な命令に付き合わされて、それでも一生懸命に応えようとして、「救けて」とも言えずに苦しみを抱えたまま死んでいくようなやつを、私の周りから出したくはないんだ!!


「一度でも、切り捨てられる側の人間の気持ちを考えたことがあったか!! 己の愚かな判断で無為に死んでいく部下の気持ちを考えたことがあったか!! 己の卑しい欲望のために誰かが悲痛な声を上げていると考えたことがあったか!! ……いや、考えたことがないからこんなふざけた真似が出来るんだろうな。そんなことで、ここにいる人間の生命を守れるのかと、私は言っているんだ!!」


 三郎は頼高を正視した。相手の豚は怒鳴られて激しく紅潮しているが、目は虚ろに泳いで口はパクパクとわなないている。反論したくても、なにも言葉が出ないのだろう。

 周りの一同も、おずおずと互いを見合わせ始めた。彼らだって三郎の言葉に思い当たるフシはあるのだ。

 ようやく、頼高が声を絞り出す。


「……罪人が何を言おうと、戯言に過ぎん。早く、早く牢に連れて行け!」

「しかし、その、嘉納殿。八咫殿の仰ることにも一理あります、ここは再考なさってはいかがでしょうか?」


 一人の将が恐る恐る提案する。それに頼高は激昂した。


「貴様、ワシに刃向かうと言うのか!? ワシが私利私欲のために動き、貴様らを見捨てると、そう言うのか!?」

「いえ、そのようなことは……」


 諸将が顔を伏せる。その反応に頼高は自分の信頼が揺らいでいることを悟った。


「ええい、この罪人に味方するやつは同罪だ!! 牢に入りたくなければ、ワシについてこい、貴様らはワシの言うことを聞いていればよいのだ、ワシに従え!!」






 舞耶は陣中から空を見上げた。満天の星空である。だが、今はその雄大な景色に不安を映し出される思いだった。


「三郎様……」


 軍議向かった三郎の、帰りが遅いのである。

 いや、これまでも何も言わずにふらっと姿を消すことは何度もあった。そのたびに、


「いやあ、ちょっと気になっちゃって」


 と片手にガラクタを持ち、もう片方の手で頭を掻きながらひょっこり帰ってきていたが。

 とは言え、あまりに帰りが遅い。

 今回、三郎は鎧と刀を身に着けているが、三郎の手にかかればどんな名刀もなまくらになってしまうのだ。やはり、警護のために自分も付いて行くべきだったか。いつぞやの気吏城でのように、また吊るし上げられているのではないか。

 いやいや、と舞耶は頭を振った。


 あのときは、某が出しゃばったから三郎様に迷惑をかけることになったのだ、某が三郎を信じないでどうする、三郎様は心配ない。


 そうやって、自分の疑念を振り払った。だが、舞耶の不安は最悪の形で的中することになる。


「今、なんと仰った!?」


 という家臣の叫び声を耳にした。

 舞耶は慌てて駆け寄った。


「どうした!」


 すると、嘉納家の旗印を背負った将が乗り込んできていた。将が見下しながら言う。


「八咫殿を謀反の疑いで拘禁したと、そう言ったのだ」


 皆が動揺して口々に言い合う。

 そんなまさか、あの三郎様が、何かの間違いではないのか……!


「おのおの方、うろたえなさるな。我らが主の頼高様は寛容にも、おのおの方まで拘束はせぬと仰せである。従順な者は嘉納家にて取り立てることもあるとのこと」


 八咫の兵達は押し黙った。どうしていいかわからず、困惑しきっていた。


「……一つ良いか?」


 その中を、美しい姫武将が進み出た。舞耶である。


「謀反の疑いと言うが、いかなる罪状か?」

「敵への、拓馬家への寝返りである」


 すると、舞耶がクスクスと笑い出した。笑いが止まらず口を手で抑えていたのだが、最終的には腹を抱えて可笑しがった。

 周りは一様に呆気に取られて舞耶を凝視した。舞耶が、こんなにも笑う様子を始めて見たのだ。

 いや、もし三郎がこの場にいれば、思い出していたかもしれない。

 お転婆娘が、原っぱで転げ回りながら笑っていたことを。

 ようやく笑いを止めた舞耶が、嘉納家の将に正対する。


「すまぬ。あまりに可笑しいゆえ、止まらなかった」

「何が可笑しいか」

「我らの主が、敵に寝返りなど、なさるはずがないのでな!」


 凛とした声が場を制する。

 一瞬たじろいだ嘉納家の将だが、すぐに反論する。


「な、なにをもってそのようなことを!」

「なにをだと? あのお方が、夜なべしてまでこの戦に勝つ算段を考えておられたあの三郎様が、敵に寝返るなど、あるはずがなかろう!」


 皆が思わず見合わせる。あの、甲斐性なしの殿様が、そんなことをしていただなんて誰も知らなかったのだ。


「皆、思い出して欲しい! 三郎様は、いつだって我らのことを考えておられた。仕事なんてしたくないと悪ぶっていても、大事な時に我らを守ってくれたのは、三郎様ではないか!」


 そうだ! と、兵の一人が声を上げる。


「三郎様のおかげで、俺達はここまでこれたんだ! 三郎様じゃなきゃ、俺達は三次川で死んでいた!」


 そうだそうだ! と声が大きくなる。


「三郎様が俺達に無理を強いたことは一度もなかった!」

「敵にだって、無駄な殺生はしなかったんだ!」

「おらぁ、三郎の殿様に、一生付いて行くだあ!」


 八咫の兵たちに熱気が帯びていく。

 慌てたのは嘉納家の将だった。


「し、静まりれよ! おのおの方も反逆の疑いで捕まりたいのか!?」

「では、もう一つ伺おう」


 と、舞耶が歩み寄る。思わず、将は後ずさりした。


「な、なんだ!」

「貴殿の主君は、この戦に勝つ算段を考えておられるか?」

「そ、それは……!」


 将は絶句した。嘉納頼高は楽観論を述べるばかりで、具体策については一度も話したことがなかったのだ。


「この場にいる誰よりも、戦について考えておられるのは、我らの主だ! その御方を拘禁するとは、言語道断!」


 八咫の兵が、揃って将を睨んでいる。

 もはや、将はなにも口にすることが出来なかった。


「皆! なんとしても、三郎様をお救いするぞ! 南斗の方々に掛け合い、それでも埒が明かぬなら、力ずくでもお救いするのだ!!」


 応!! と力強い雄叫びが、八咫の陣中に幾重にも響いた。

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