第四十二話 明洲原の戦い 弐
またも遅れて申し訳ないです!
四十二話、お届けします!
八咫軍は疾風の如く戦場に躍り出た。
他の南斗軍が慌てふためきパニックを起こしているのに、八咫軍だけが即座に行動できたのには訳があった。
「敵が反撃を試みるなら、この明洲原だと思っていたからね。仮に私が敵ならそうするさ」
三郎は、戦力に劣る長政が領内の防御施設を破却し、南斗軍を深く誘い込むことを予想していたのである。そして、反撃のポイントが、この明洲原であることも。
そのため、八咫軍に明陽川を渡った時から戦闘準備をさせていたのである。
「……だが、この反撃の意図が、果たしてどちらにあるか、だな」
あっちの場合に備えて手は打っておいたが、むしろそれであればいっそありがたい。
問題は、敵の意図がもう一方である場合だな。そして、あの陽キャなら、そっちのほうが確率が高いんだよなあ。
「まあ、今は先のことを心配しても仕方ない。とりあえず、味方を救けるか。やれやれ、秀勝殿の言ったとおりになってしまったな」
三郎がボヤいている合間に、八咫軍は長政軍の横っ腹に突進した。
南斗軍の側背を突いた長政軍に対して、同様にやり返したのである。
こうなっては、長政軍は前進を続けるのは不可能であった。
八咫軍の猛攻に対処するために、隊列の組み直しをせざるを得なかったのである。
かくして、三郎はたった五百の八咫軍で、全軍崩壊の危機を救ったのであった。
「やはり来たか、八咫!」
鹿島長政は戦場で不敵に笑った。
八咫軍によって形勢を逆転されたというのに、動揺する様子はまったくない。まるで、折り込み済みだったかのようである。
「無能を救けるために軍を動かすとはな、貴様らしい。だが、貴様のその甘さが、命取りになるのだ」
長政は側近たちに目配せをした。
「手筈通りだ、行け」
確かに、八咫軍は長政軍の横っ腹を突いた。
だが、長政軍はそれに即座に反応した。
八咫軍の攻撃を受けきってしまったばかりか、左右に陣を伸ばし、逆に八咫軍を包囲しようという動きを見せたのである。
「いやあ、見事だね」
舞耶は三郎のつぶやきを聞いた。
相変わらず兜もかぶっていない三郎は、頭を掻いている。
「いかがします、三郎様? このままでは、包囲されてしまいます!」
「そうだよなあ。うん、やっこさんもなかなかやるね」
こうもすぐに体勢を立て直すとは、敵の実力がうかがい知れるというものだった。
このような実力者と正面切って戦うのは、兵力に劣っている現状では得策ではない。
……まあ、全軍崩壊を食い止めただけでも、今回の仕事は終わったようなものだからな。あとは超過勤務なんだし、無理することはないだろう。
それに、やっこさんの目的が、アレなら。好機はまた別に来る。
「よし、じゃあ、後退しよう」
「はい、しかし、単に後退しては、被害が大きくなります」
「うーん、たぶん、そろそろのはずなんだけど」
え? と、舞耶が聞き返したその時だ。
向かい合っている長政軍の奥、その背後から大声が上がった。
南斗軍の前衛部隊が攻勢に転じ、長政軍の背後を襲ったのだった。
前衛部隊を率いているのは、日俣行成。あの三次川の戦いで、森の中で敗軍を再編していたところへ、拓馬軍後衛部隊を三郎に誘導されて戦う羽目になった、苦労人である。
今回も、中央が崩れて兵が動揺する中、なんとか踏みとどまらせて軍を再編していたのである。
そして、ようやく軍が整ったところで、八咫軍を相手にしていた長政軍へと攻めかかったのだった。
「三郎様、あれはお味方です!」
「うん、よかった、間に合った」
「このままいけば、挟み撃ちに出来るのではありませんか?」
「いや、やめとこう。これ以上は時間外だ」
は? と、舞耶が不思議がる。
「あーいや、ここは無理するところじゃない。被害が増える前に、後退するんだ」
南斗軍前衛部隊の参戦により、戦場は新たな局面を迎えた。
それまで戦っていた八咫軍が後退し、変わって南斗軍前衛と長政軍が打ち合ったのである。
また、逃げていたはずの南斗軍中央部もようやく混乱から落ち着きを取り戻し、戦闘に参加する構えを見せた。
そうなっては、戦闘に参加する兵数は逆転する。
長政は劣勢に立たされようとしていた。
だが、長政は、これを待っていたのだった。
「これだから、無能は度し難い。のこのこと再び現れよって。参れ!」
長政は愛馬を駆けさせた。彼のあとに騎馬武者たちが続く。
向かう先はようやく戦場に加わろうとしていた、南斗軍中央部。
優勢だからと言って勝ち馬に乗ろうと甘い考えでやってきた彼らに、長政は強烈な騎馬突撃を敢行したのであった。
よもや劣勢のはずの相手から逆撃をくらうなど予想もしていなかった南斗軍中央部は、またたく間に蹴散らされてしまう。
またしても、南斗軍中央部は混乱に陥った。
ここで、長政軍がさらなる攻勢をかければ、南斗軍は今度こそ壊滅する。
この場にいる誰しもがそう思った。
だが、長政の下した命令は、予想外のものであった。
「――頃合いか、引け」
全軍撤退を命じたのであった。
混乱の最中にあった南斗軍中央部も、必死に戦闘を継続していた日俣行成も、彼らは呆気にとられて長政軍の撤兵を見送った。
あともう少しで勝てたというのに、なぜあのように鮮やかに引いていくのか。
しかし、ただ一人、その行動を見逃さなかった人物がいた。
「今だ、追撃しろ!」
八咫軍の大将、三郎である。