第三十七話 昼行灯
「ええいもう、あの甲斐性なしは治らんのか!!」
舞耶は怒りを抑えきれずに喚いていた。
ここは八咫の館の客間である。客間であるのだから、客を迎えるためにあまり物を置かないのが普通であるが、今は所狭しと箱が積み上げられ、それでも収まりきらないのか畳の上に散乱して足の踏み場もない有様であった。
「岐崎湊から大人しく帰ってきたと思っていたら、いつの間にこれだけ買っていたのか!!」
そう、館に帰り着くと、後から荷車二台分に山積みになったガラクタの数々が届いたのである。三郎は岐崎湊で買った品を直接持って帰らずに八咫の館まで送るよう手配していたのだった。そうでもなければ、これだけの量を買えなかったであろうが。
驚いたのは舞耶も含めた家臣一同である。ただでさえ、蔵が満杯になってあぶれた物の置き場に困っているというのに、そこへ荷車二台分も追加されたのである。
舞耶がブチギレたのは言うまでもないが、家臣たちも総出で三郎を懇々と説教した。そうして、なんとか一台分を返品させたのである。三郎は泣きながら返品する品を選別していたが、慰める者は一人としていなかった。
ただ、もう一台分は手元に残ったため、蔵からあぶれた分も合わせて、やむなくこの客間に保管することになった。
舞耶は今、その整理をしていたのだった。
「どうして某が三郎様のガラクタの整理など……!」
当初はもちろん買った物を三郎に任せていたのだが、当の本人はどれだけ散らかろうが全く意に介さなかった。むしろ、散らかしている状態が常だと思っているフシがある。
「片付けたらすぐに見れないじゃないか」
そう言って平然としているので、耐えきれなくなった舞耶が整理することになったのだ。
整理する内に、異臭を放つような腐敗したものまで出てきたので、そういった品は密かに捨てたりもした。
ただ、気吏城での一件以来、黙って捨てるのは罪悪感を覚えたため、捨てる前に了承を取るようにはなったが。
「一体どれだけ物を増やせば気が済むというのか……! 岐崎湊を治めてからというもの、以前にも増して出費がかさんでいるし……!」
茶碗を手にした舞耶の手が怒りに震える。その茶碗も、縁が欠けて日常生活で使えるものではない。三郎が珍しいからと言ってわざわざ買い上げた品であった。
そこへ、家臣の一人が顔を出す。
「武藤殿、ここにおられましたか」
「なにか!?」
舞耶の返答に家臣が跳ね上がる。今日は一段と機嫌が悪かった。
「ああいえ、実はこちらの件についてご裁可をいただきたく」
「某が? 三郎様は……?」
「あの海賊の娘とお出かけに。おそらく市でも回っているのでしょう」
「あ、の、ふ、た、り……!!」
舞耶が普段にも増して怒っているのは、まさにこれが理由であった。
大戸京はなぜ、ここにいるのか! さっさと自分の里に帰ればいいものを、道中付いてくるばかりか、館にまで居座りよって!! 今朝だって、二人揃っていつまで寝ているのかと起こしに行けば、あの有様だ!!
「『あとのことは舞耶に訊くように』と、三郎様から仰せつかっておりますので」
「ええい、あの、穀潰しいいいいいいいいいいいい!!」
舞耶が叫びを上げると、また別の家臣たちが駆け込んできた。
「おお、探しましたぞ、こちらは今日にも決めていただかねば、困るのです。ささ、早う!」
「あいや待たれい、こちらは一月も前から待っているのですぞ、先にこちらを決めていただきたい」
「いやいや、こちらは三月前なのです、まずはこちらから!」
手に手に書状を携え、舞耶に押し寄せる。
そこへさらに、もう一人が姿を見せた。
「ああ、舞耶姫様、こちらにおられ――」
「まだ、あるのか!!」
家臣が涙目になって縮み上がる。
「いえ、その。さきほど、主家より書状が……」
「さあて、今日は何があるかなー」
るんるんとして市を見て回る三郎。
その後ろを、京が呆れながら付いていく。
「よく飽きないねえ、岐崎湊でだって、散々見て回ったんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれさ」
三郎は目を輝かせて露店の商品に見入っている。
「そうかい。……品揃えだって、あっちのほうがいいだろうに」
「そうでもないよ」
三郎は商品の扇子を手に取って拡げた。
「確かに岐崎湊は東国一の港と言われるだけあって、全国の品が集まっていたからね、それは圧巻だったさ。でも、ウチも捨てたものじゃないよ、コレとかね」
持っていた扇子を京に渡す。
「ただの扇子じゃないかい」
「うん。都で作られたものだよ」
あ、と京は気付いた。
「勢良街道か!」
勢良街道とは、勢良国を縦断している街道である。北の国境の峠を越えれば、そのまま都へと続いていた。国境の峠は、八咫領内にある。
八咫の里は山間の平野が少ない土地であるが、勢良街道が通っていること、さらに温泉地としても有名であることから、古くより都との往来で人が絶えなかった。
そのため、こと都との交流に関しては盛んな土地であったのだ。
「へえ、なるほどねえ」
「都の流行り物に関しては、もしかすると岐崎湊よりも早いかもしれない。やっぱり文化の最先端は都だからね、だからウチの市は小さいけど見どころが多いんだ」
三郎は、京から扇子を受け取ると、
「オヤジ、これ、貰うよ」
店主に銭を渡して買い取った。だが、どう見ても額が多すぎる。京から見ても、値の倍は払っているようだった。
「ちょっと、いいのかい、あんなに払って!」
「いいのいいの」
毎度! と言う店主に向かって三郎は笑顔で手を上げ、そのまま去っていく。
「アンタ、前から思ってたけど、気前が良すぎないかい? これじゃあ、舐められちゃうよ」
「それでいいのさ」
え? と、京が訝しむ。
「こんな山の中まで来て商品を売りに来てくれるんだ、こちらとしては感謝しないとね」
そんなことで、と呆れる京。
「それから、ここに気前の良い殿様がいるって噂を他所でもしてくれると、ありがたいしね」
京が目をパチクリさせる。
「アンタ、まさか、わざと!」
三郎はニッコリと微笑んだ。
「いくら勢良街道があるって言ったって、流通量は多くないからね。でも、高値で買ってくれる殿様がいると知れ渡ったら、商人たちが集まってくるんじゃないかと思ってたんだ。まあ、本音は研究の資料を集めたかっただけなんだけどね」
岐崎湊を得た今となっては、あまり意味はないかもしれない。だが三郎は、やはりこの八咫の里にも活気が溢れるようにしたいという想いがあったのだった。
京が感心した様子で覗き込んでくる。
「ねえ、それ、八咫のみんなには話してるのかい?」
「いいや」
「どうしてさ?」
「私は昼行灯でいいんだ」
八咫を豊かにしたい、守りたいと思う一方で、三郎には野心の欠片もない。京にとっては、そのあたりが甘いと思いつつも、面白いと感じる部分ではあった。
「八咫のみんなも苦労するだろうねえ、こんな偏屈な殿様を持って。今日だってこんなところで油売ってていいのかい?」
「いいのいいの、上が怠け者だったら、下が育つからね。それに、私は働きたくないからな!」
ああそうかい、と京は半分呆れている。
「それにしてもねえ、舞耶姫に任せて大丈夫かねえ」
「ああ、まあ、舞耶はあれで自分の領分はわかってるからね。手に負えないと思ったら、言ってくると思うよ」
すると、
「三郎様ー!!」
市の向こうから姫武将が駆けてきた。
「ほらな」
三郎は京に向かって微笑んだ。
「三郎様! 探しました!!」
舞耶が傍らに立って相変わらずの大声で怒鳴りつける。
「わかった、わかった。だから、そんな大声出さなくても」
「一大事にございます!!」
耳がキーンとなる。
「一体何だい、そんなに慌てることもないだろう」
耳をふさぐ三郎に、舞耶が真剣な顔になって言う。
「ひとまず、あちらの物陰に」
三郎と京は互いに見合った。
三人が移動すると、舞耶が懐から書状を取り出した。
「主家からの使いです」
げえっ、と三郎は舌を出す。
「やれやれ、南斗の連中、今度は何をしでかすつもりだ? どうせまた、ろくでもないことを考えてるんだろうけど」
頭を掻きながら書状を受け取り、中を読んでみる。
だが、内容を読んでいる内に、いっそう激しく頭を掻くことになった。
「ああもう! めんどくさいことになった!」
「どうしたんだい?」
京が聞いても、三郎は書状から目を離さない。
舞耶はというと、怒りと困惑が交じったような複雑な表情をしていた。
三郎が珍しく大声をあげる。
「あのバカ共はほんとにまともな思考を持っているのか!? いや、持ってないからバカなのか! チクショウ、これじゃあ私はなんのために頑張ったんだ! 元の木阿弥じゃないか!」
一通り掻きむしったあと、三郎は舞耶に問うた。
「皆は?」
「は、すでに集まっております」
「それは、結構!」
三郎は諦めたように、大きなため息を吐いた。
「京も来てくれ。……出陣だってさ」
お待たせしました、次回よりいよいよ戦が始まります!!
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