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第三十四話 市中騒動

「三郎様! 探しましたよ!!」


 舞耶がぷりぷりして寄ってくる。


「いやあ、悪い悪い、つい目移りしちゃって」

「まったく、世話が焼ける殿様だねえ」


 京が髪をかきあげながら言う。所作の一つ一つが色っぽくて股間に悪い。


「お、京も来ていたのか。てことは、大戸の皆も一緒かい?」

「そうだけど。ああ、アンタ、なにか悪いこと企んでるね」

「悪いだなんて人聞きの悪い、私はなにもしてないんだ、悪いのは先方だよ」


 三郎と京を交代順番に見ていた舞耶が、割って入る。


「あっ、三郎様! また、なにかやらかしたのですか! どうせまた、途方も無いガラクタを買ったのでしょう!! もう、蔵も満杯でどこにも置き場がないと言ったではありませんか!!」

「いやいや、ちょっとそこで変な浪人に絡まれてね、逃げてきたんだけど」


 三郎が自分の背後を指す。

 舞耶と京が目を凝らすと、何人かの侍がこちらに駆けてきていた。


「どうも、粘着質なやつだったみたい」

「え、あれ、三郎様を付けて?」

「そうらしい。というわけで、舞耶。ここは頼んだ」

「……は?」

「ああ、たぶん十人以上はいるから、適当に戦って逃げてくれ」

「はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 叫んだ舞耶の背後、抜刀した男がすでに振りかぶっている。


「――!?」


 だが、悲鳴を上げたのは男の方である。

 舞耶は振り向きざまに刀を振り抜き、男の腹を薙いでいた。しかも、見事な峰打ちである。


「三郎様!」


 舞耶はすでに目を据えている。早く行けということだった。


「うん。行くぞ、京」

「あいよ!」


 二人は波止場に向かって走り出した。






「市中で刀を抜くことを躊躇いもしないだなんて、エグいことするねえ、一体なにやらかしたのさ?」


 走りながら京が問うてくる。


「だから、なにもしてないって!」


 まあ、物別れみたいになっちゃったけど。でも、それで癇癪を起こすようなやつじゃなさそうだったしなあ。


「浪人、とか言ってたけど、どこの誰さ?」

「知らないよ! こっちが聞きたいくらいだ」


 私は名乗ったのに、向こうは言わないなんて、よくよく考えたら不公平だな!


「そうだな、京と変わらない年齢で、自分は有能で周りはバカだと信じてるようなやつだったよ!」


 すると、京はへえ、と言って微笑んだ。


「もしかすると、()()()かもね」


 一体どういう、と言いかけた三郎だが、声にならなかった。

 膝に力が入らなくなり、ガクンとスピードが落ちる。


「ちょっと、どうしたのさ!」

「……ダメだ、……もう、……息が」


 三郎はぜえぜえ言って息も絶え絶えである。


「みやこ……、さき……、いって……」


 なんのことはない、単なる運動不足であった。


「なんだい、まだ半町(はんちょう)も走ってないよ!」


 (ちょう)とは当時の距離の単位である。一町がおよそ百十メートルであるから、半町とはおよそ五十五メートルだ。

 小学生でも走りきれる距離で、三郎はぐったりと膝に手を付き、げえげえと吐き気をもよおしていた。


「あ~あ、世話が焼けるねえ」


 京が豊満な体を揺らしながらも三郎を置いて駆けていく。

 すでに、三郎は一歩も動けなかった。


 ひ、引きこもりに全力疾走はキツイ……! こんなことなら、舞耶の訓練をサボるんじゃなかった。……いや、そんなことはない、私は武士になんてなりたくなかったんだ、研究さえできればそれでよかったんだ、それに不得手なものをやるなんて非効率じゃないか、そんなものは得意な人がやっていればいいんだ、主君の責務は適材適所に人材を配置することなんだ、だから私が武芸なんてやる筋合いはないんだ!


 そうやって、詭弁を朦朧とした頭の中で垂れていると、


「! 後ろ!!」


 先を走っていた京が振り返って叫んだ。

 すぐ後ろに、一人の侍が迫っていた。

 三郎の背めがけて、袈裟斬りに刃を振り下ろす。

 だが、


「――あいた!」


 足がもつれて躓いた三郎は、見事に地面に向けてダイブ、間一髪で刀を避けていた。


「いてててて……、げっ!」


 起き上がろうとした三郎だが、侍がじりじりと寄ってくるのを見た。

 三郎は丸腰である。持っていても役に立たないからと言って刀は置いてきたのだ。

 実際、仮にこの場で刀を持っていたとしても、なんの役にも立たなかっただろう。

 そんなものを、三郎は始めから信頼していない。信頼しているのは己の知識と、それから――。


 侍が大上段に構える。そして、刀と共に、その手が振り下ろされる。

 三郎は思わず目をつむった。


「ぎゃあああああああああああああああああ!!」


 侍の叫びが響く。

 三郎が目を開けると、侍は手をかばってうずくまっていた。

 地には、刀を握った手が落ちている。

 そこへ、凛とした声が響いた。


「命までは取らぬ、()ね」


 黒髪を揺らした美しい女武士が、侍を鋭く睨みつけていた。舞耶である。

 侍が手を抱えながら、走り去る。

 それを見届けてから、舞耶は三郎の元へ寄った。


「ご無事ですか?」

「ああ、助かったよ、ありがとう」

「ええ、危ないところでした! これだから、武芸を習いましょうと、言ったではありませんか!」

「いや、これでいいんだ」


 はあ? と、舞耶が顔をしかめる。

 三郎は笑ってごまかした。


「追手はあれで全部かい?」

「いえ、五人は倒し、四人は逃げました、残りは……」


 はたと気付いた舞耶が三郎をかばうように立ち上がる。

 三郎も立ち上がって見てみると、十を超える男が二人の前に立ち並んでいた。逃げた連中が残りと合流し、一斉に押し寄せたようだった。


「……三郎様、お逃げ下さい。この者たち、ただの武士ではありません、かなりの手練です」


 手合わせした舞耶が言うのだから間違いないだろう。実際、長政が差し向けたのは彼の親衛隊である、家中でも選りすぐった精鋭であった。それでも、舞耶は相手が一人であれば打ち負かしてしまうのだが。


「舞耶はどうするんだい?」

「今度は斬ります」


 十余人に一斉にかかられては、流石に手加減をする余裕はないということらしい。

 三郎もさっきは自分が狙いだから舞耶に集中することはないだろうという算段のもと、舞耶にあの場を任せていた。だが、今度は敵も舞耶から排除しにかかるはずであり、たとえその間に自分が逃げ出しても、敵は二手に分かれてこちらにも差し向けるだろうから、逃げおおせるかは危うい。

 それに、逃げ切ったとしても、舞耶は無事では済まないだろう。それは、三郎の望むところではなかった。


「大丈夫、舞耶にそんなことはさせないさ」

「しかし!」


 端にいた一人の男が一歩を踏み出す。

 舞耶が構えて刀の柄を強く握ったその時だ。

 踏み出した男の胸を、矢が穿った。


「喧嘩しようってんなら、アタシたちも混ぜてくれよ!」


 舞耶が振り向くと、そこに立っていたのは大戸京である。

 そして、その後ろに二十人以上の屈強な男たちを従えていた。京の配下、大戸の水軍衆である。

 しかも、全員手に得物を携えており、うち三人は弓を構えていた。

 追手の男たちは狼狽した。多少の数的不利ならまだしも、相手に飛び道具があるとすれば話は別であった。もはや、これは斬り合いではない、小競り合いである。

 やがて、中心の男が合図を送り、引き下がっていった。戦争をするには、分が悪すぎたのだ。


「あらら、戦わずに逃げるのかい、情けない奴らだねえ」


 京が囃し立てると、大戸の衆も大声で笑い出した。

 頭領に似て、あけっぴろげな連中であった。


「京、助かったよ。大戸の皆も、ありがとう、礼を言うよ」


 三郎は頭を掻きながら、頷いた。


「三郎様、もしかして、ここに逃げたのは……」

「ああ、京に大戸の皆を呼んでくるよう頼んでたのさ」


 京が来ているということは、十中八九、船で乗り付けたということだ。

 ならば、当然水夫が同伴しているはずである。先日の岐洲城攻めでも十分な働きをしてくれた水軍の衆だ、陸でもそれなりの戦闘力を有しているだろうと思っていたのだ。

 やはり、大戸水軍は、京も含めて頼りになる。


「敵が十人程度なら、舞耶一人でなんとかなるとは思ってたんだけどね、それ以上になったら流石に危ないだろうから、ちょうど京もいることだし助けてもらったんだ」

「ホント、人使いが荒いんだから、今回は高く付くよ! そうさね、今度こそ、身体で払ってもらおうじゃないか」


 京がニヤニヤしながら寄ってくる。


「ええ、いや、それは……」

「身体って、三郎様、どういうことですか……!」


 舞耶が睨みつけてくる。


 ああもう、二人が揃うと、これだ!


「あ、そーだ! 京、あいつらが誰の手の者か目星を付けてるんじゃないか? さっき、()()()がどうのって言ってたろ」


 三郎は強引に話題を転換した。京の与太話にも舞耶の潔癖症にも付き合ってられない。


「ああ、それなら、きっとここの元領主じゃないかねえ」


 京はニコニコと笑った。


「――鹿島長政さ」

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