第三十三話 相容れぬもの
店を出ると、陽キャが声をかけてきた。
「残念であったな」
「仕方ないさ、ないものはないんだからな」
「違いない。だが下郎、何故鉄砲など欲しがる。一体、なにが目的だ?」
「ああ、さっきも言ったけどさ、私は歴史の研究が趣味でね。鉄砲がこの時代の最先端をいくモノなら、それを研究してみたかったんだ」
すると、陽キャが笑い出した。
「ククク……、相変わらず奇天烈な事を言う。研究のために、鉄砲が欲しいだと!」
「うん、まあそうなる」
あとは戦で使えるか試したかったってのもあるけど。
「おぬしは下郎ではあるが、無能ではないようだな。武士であれば出世も出来たであろうに」
「いやいや、武士になんてなるもんじゃないよ、もう仕事はこりごりなんだ」
陽キャが不思議そうな顔をする。
欲のないやつだ、と半分呆れて言った。
「……この世は無能が多すぎる。自分の頭で考えようともしない、考えても己のことばかり。愚かな因習に思考まで拘束され、それを疑いもしない。それでは結果も残せずして当たり前ではないか」
「お、アンタもそう思うかい!」
初めて共感できるところが見つかった。
「ほんと、バカばっかでやんなっちゃうよな。付き合う方の身にもなってほしいよ!」
「ああ、無能共は仕事が出来ないばかりか、逆にこちらの仕事を増やしてくれるからな、これを罪だと言わずしてなんと言うか」
「そうそう!」
なんだ、話せばわかるじゃないか!
撰銭の話のときから、なかなかに分別のあるやつだと思ってたけど、まさかバカに対して同じように感じていたなんてな。
いやあ、陽キャだなんだって言って悪かったなあ、やっぱり人は見かけで判断しちゃいけないな!
「だから、そう言った無能を根絶やしにせねばならない」
「うんうん、根絶や……え?」
「無能は生きていても害悪でしかないのだ。無能には何を話しても無駄だからな、それを理解する頭もなく、他人に迷惑をかけるばかりなのだから、救いようがないではないか。いっそ、死を与えてやるほうが、救いになるというものだ」
三郎は陽キャの顔を見た。陽キャは先刻から表情を変えていない。怒っているわけでも、嘆いているわけでもない。それが当然であると信じているのだ。
――コイツ。
三郎は、違和感を覚えた。
「おぬしもそう思うであろう?」
「いや」
「……なに?」
「私は、そうは思わないね」
陽キャが眉をひそめて睨みつけてくる。
おお、おっかない。
「どういうことだ」
「バカがバカなのは仕方ないさ、今までそれで生きてこれたんだもの。まあ、それじゃあ通じないときがやってくるんだけどね」
「何も考えずにのうのうと生きてきたのだ、報いが来て当然ではないか」
「そうだなあ、バカは身を持って思い知らないとわからないからなあ」
鎌瀬の狐野郎なんかは、死んでもわからないだろうけど!
「でも、そうやって、バカを切り捨てるのは違うと思うな」
「なぜだ、害虫を駆除して何が悪い!」
「害虫を害虫たらしめているのは、人間の独善だよ」
「……」
「私はたしかにバカは嫌いだが、かと言って自分が誇れるような人間でもないことは自覚してるつもりだ」
なんせ、穀潰しの引きこもりの軟弱者の甲斐性なしだからな!
「だから、私にバカを裁く権利なんてないし、まあせいぜい会話できる範囲で忠告するぐらいが相応だと思ってるよ。もし仮にアンタが自分で有能だと思っているのなら、バカにでも全く理解できるように、噛み砕いて教えてあげればいいんじゃないかな」
「ふん、理解できぬから無能は無能なのだろう」
「いや、それが出来ないようじゃ、自分もその程度だということさ」
――なっ!! と、陽キャが絶句する。
三郎は陽キャに正対した。
二人は暫時互いに見つめ合った。
「下郎。どうやらおぬしとは相容れぬようだな」
「どうやらそうらしいね」
ククク、とまた陽キャは喉を鳴らした。
「惜しい、惜しいぞ下郎! それだけの知恵を持ちながら、なんとも惜しいことだ!」
三郎は肩をすくめた。
「恐縮だね、私はそんな大層なものじゃない、アンタの言うようにただの下郎さ」
「うそぶくのはもうよせ、おぬし、どこの者だ? 名を名乗れ」
陽キャが凄んでくる。
ええ、もう、めんどくさいなあ、適当なこと言って逃げようかな。
三郎が逃げる算段をし始めたときだ、
「三郎様ー!!」
後ろから舞耶の叫びが聞こえた。
しめた、とばかりに三郎は踵を返した。
「連れが呼んでるから、私はここでお暇させてもらうよ」
「待て!」
陽キャが追いすがる。
しょうがないなあ、もう聞かれちゃったから、名前だけは言っとくか。
「ああ、案内してくれて礼を言うよ。あと、名前だっけ? 私の名は――三郎だ」
「なにッ!?」
驚愕する陽キャ。
一方の三郎は、わけがわからない。
三郎なんてありふれた名前だと思うけどなあ。どこかに有名人でもいるのかな? まあ、こんなダサい名前なんだ、どうせ大したことないだろうさ。
「それじゃあ!」
三郎は立ち尽くす陽キャを置いて、舞耶のほうへと向かった。
残された陽キャの元へ、どこからともなく現れた一人の侍が近づく。
「……長政様」
陽キャ、いや、鹿島長政は目だけで促した。この侍、長政の側近である。
長政は身分を偽ってこの岐崎湊に訪れていたのだ。
父の代から鹿島家が管理、統治してきたこの地を、改めて視察するために。
だが、それはあくまで道中に立ち寄っただけである。本来の目的は別にあった。
「先方が密談に応じると言っております。場所はこちらの指定した庵にて」
そうか、と短く答える。
「卑しい狐が餌にかかったか、なるほど相応しいではないか」
だが、と長政は三郎の消えた先を見やった。
不思議に思った側近が尋ねる。
「あの、みすぼらしい下郎にございますか? あのような卑小な輩、なにをお気になさるのか」
「おぬしにはそう見えるか?」
は? と、側近が怪訝そうにする。
「おぬしにはそう見えるか!」
長政の言葉には怒気が含まれていた。側近が慌てて頭を垂れる。
……なにが下郎なものか、とんだ切れ者ではないか、そしてなにより危うい思想を持つ男だ。もしあやつが将として一軍を率いるなら、拓馬の家の者では歯が立たぬ、そう俺を除いてはな……。
勝てぬとは毛頭思わんが、芽は摘み取っておくに限る。
そうだ、あやつ、三郎と名乗ったあの男が、あの八咫三郎朋弘ならば、ここで生かして帰すわけにいかぬ。
「今、ここに何人控えている?」
「は、供回りが二十人」
「すべて向かわせよ」
長政は顎で示した。三郎の向かった方である。
「斬れ」
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