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第三十話 岐崎湊

 岐崎湊(きさきみなと)、それは東国一の港として隆盛を誇る港町である。

 海外との交易こそ少ないものの、全国に向けてひっきりなしに商船が往来し、港を出入りする船は日に百を数えるという。

 港に隣接する市は年中人でごった返し、羽支国内部だけでなく、他国からも買い付けにやってくるという。


「すごい……、これが岐崎湊……!」


 舞耶は感嘆の声を上げた。市で往来する人の多さに目を奪われたのだ。気吏城下の街でも驚いていたのに、岐崎湊の盛況ぶりは比べ物にならなかった。


「アンタは初めてかい?」


 と、後ろから声をかけられる。その声の主とは、


「なっ、大戸京!」


 大戸水軍の頭領である。思わず舞耶は身構えた。


「なんだい、連れないねえ。一緒に戦った仲じゃない?」

「なんでお前がここに!」

「岐崎湊は大戸水軍の庇護下に入ったからねえ、視察に来たってなにもおかしくないじゃない」


 京は腰に手を当てて抗議する。相変わらず浅葱色の着物を着崩し、はだけた胸元からはみ出んばかりの豊乳が覗く。着物の丈が短く、膝上で裾がヒラヒラと遊んでいる。髪も三つ編みにして下ろしているため、女性としての艶やかさを一層引き立てていた。

 一方の舞耶は完全に武士の出で立ちである。桃染の着物に濃紺の袴を履き、腰には大小の刀を差し、髪はいつものように頭の上で括っている。だが、いつもと違う点が、一つあった。


「あれ、舞耶姫。この(かんざし)どうしたんだい?」

 京が興味津々で寄ってくる。


「こ、これは……!」

「もしかして、殿様から貰ったのかい?」


 途端に舞耶は赤面した。


「これは、恩賞で頂いただけだ!」

「へえ、恩賞ねえ。あの殿様もただの朴念仁ってわけじゃないのか」


 京は一人で納得する。舞耶としては心を弄ばれたようで気が気じゃない。


「それで、その殿様はどこだい?」


 えっ、と舞耶は振り向いた。さっきまでそこにいた三郎がいないのである。


「三郎様!? ああもう、また勝手にうろつかれて……!」

「アハハ、お守りするアンタも苦労するね!」


 しばらく笑っていた京だが、ふと思い出したように言った。


「拓馬家にも若い殿様がいるらしいんだけど、あっちは血筋も素行も良くて、なかなかの切れ者らしいよ。あと、顔もいいって話だね!」


 顔と言われて、舞耶は三郎を思い出した。

 毎朝見る、ボサボサの頭を掻きむしるあの朴念仁の姿である。

 顔立ちが悪いわけではないが、あの情けない立ち居振る舞いはどうにかならないものか。

 はあ、と舞耶は額を手で抑えながらため息を吐いた。


「お、恋煩いかい?」

「こっ、こここここ、ちがっ!!」


 キャンキャン喚く舞耶を京は宥めた。


「あーでも、その若様はお偉いさんからは嫌われてるみたいなんだよね。どうにも生意気で周りのことをバカにしてるって」


 舞耶はまた己の主人を思い出す。

 頬を手について、つまらなさそうな顔をしながら、口をとがらせて愚痴る主人の姿だ。

 似ても似つかぬ二人だが、そこだけは似てるな、と思わず舞耶は笑った。


「なんだ、恋煩いかい?」

「だ、だから、違うっ!!」


 さっきから京に弄ばれっぱなしである。すでに舞耶の頭は混乱しっぱなしだった。


 三郎様とは単なる主従なのだぞ、それ以上でもそれ以下でもない! ……うん、そのはず。

 いやいやいや、何を迷うか!

 だいたい、あの三郎様となにかあるはずないではないか! 三郎お兄様ならまだしも!

 そ、そうだ、それもこれも、あの穀潰しの甲斐性なしの破廉恥が好き勝手歩き回っているせいだ!

 こうなったら蔵書の予算を半額にしてやる、だいたい、ガラクタと書物で部屋が埋まって、あぶれたものを蔵に入れていたらついに蔵まで満杯になってしまったのに、これ以上増やされたらたまったものじゃない!


 舞耶が怒りで手を震えさせていると、京が笑って言った。


「やっぱり恋煩いじゃないかい」

「ちがあああああああああああああああううううううううう!!」






 三郎は嬉々として市の中を遊び回っていた。

 なにせ、ここはまさに宝の山のようなものだったのだ。


「うわー! この漆塗りの盆いいなあ! もうこんな蒔絵を施す技術があったんだね! ああ、この鉄製の燭台の装飾すごいな! 普通にウチに欲しいわ! げっ、こっちは白玉の彫刻じゃないか! 前世じゃ博物館でしか見たことなかったからなあ! ねえ、見てよ、舞耶! ……あれ?」


 三郎が辺りを見回しても、舞耶の姿が見えない。

 物色している間にどうもはぐれたらしい。

 しばらく思案した三郎だが、


「……まあ、いいや!」


 こんな極上品を目の前にしてはしゃぐなって言う方が無理があるよなあ。どうせ、どっかで会えるだろうから、もうちょっと見て回ろうーっと。


 そうして、隣の店に移ろうとしたときだ、


「おい、そこの下郎」


 と背後から呼び止められた。

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