第二十七話 岐洲城の戦い・第八次攻略戦 伍
いよいよ、岐洲城の戦い、終結です!
「へえ、アンタやるじゃん!」
京は舞耶の肩を叩いた。
ちょうど、舞耶に射抜かれた三宅継信が、川面にその身体を伏したところであった。
京は舞耶の弓の腕前を初めて目の当たりにしていた。噂には聞いていたが、側で見ていればその凄さがよくわかった。
「当たり前だ! 某がぬかるわけないだろう!」
舞耶がぷいっと横を向く。
もっと可愛げがあればいいのにと思う一方で、これだから可愛いのか、とも思い直す京であった。
ふと見れば、拓馬の軍船が次々と舳先を返していく。
「あーあ、大将がやられたくらいで逃げちゃうなんてねえ。情けないったらありゃしない」
「いや、これでいいのだ」
「どういうことだい?」
「三郎様が言っておられた通りだ」
そう言う舞耶はとても誇らしげである。
それを見た京は、へえ、とまた呟いた。
「なあ、舞耶姫。アンタ、あの殿様のこと、どう思ってんのさ?」
「殿……? ああ、三郎様のことか」
「そうそう。で?」
「どうって、ただの主従……、――!?」
ボンッ、と舞耶の顔が瞬間沸騰する。
「え、主従? うん、主従! いや、主従? そう、主従! ええ、主従!?」
「ちょっと、落ち着きなよ」
「そそそそそそそそそそそそそそそそそれがしはああああああああ!!」
「はいはい、わかったよ」
お手上げとばかりに、京は腰に手を当てた。
そして、んー、と少しばかり唸った。
「まあでも、あの殿様はちょっと甘いんだよねえ」
「甘い……?」
少しばかり余裕を取り戻した舞耶が聞き返す。
「そう。今回にしたってさ、大将を討つだけで、あとの兵は逃しちゃうんだもん。それに、岐洲城に残ってた三宅継信の女たちも、人質にせずに解放したんだってね。甘いよ」
「そ、それは!」
「でも、そこが面白いんだよねえ」
そう語る京はニコニコしている。まるで新しい玩具でも見つけたようだ。
「お主……」
「うん。嫁になるのも、面白いかもね」
「よ、嫁!?」
舞耶は己が十年前に言った言葉を思い出す。
『三郎お兄様が戻ってこられたら、舞耶を嫁にしてください!』
「いやいやいやいやいやいや、ないないないないないないないない!!」
「さっきから、なんだい……」
「お、お主が適当なこと言うから!!」
「適当?」
「そ、そうだ! またよくわからぬ冗談を言って!!」
冗談か、と言って京はまた笑い出した。
「さあて、どうだかねえ」
京は楽しそうに甲板上で踊りだした。
「――おわっ!?」
三郎は思わず短い叫びを上げていた。なにやら底しれぬ冷気を感じたのだった。
……なんだなんだ? また、誰かが私のことを噂してるのか? それにしては、身の危険を感じるけど……。
身体を震わせながらあたりを見回す。当然、誰の姿もない。
ふと、眼下を見やると、継信軍の船が散り散りになって逃げていた。
大将が討ち取られたのであろう。誰だって無為に死にたくなどないのだ。
「そうか、舞耶はやってくれたか」
やはり、舞耶に任せて正解だった。ホントに舞耶がいてくれて助かる、まあ、あれでもう少し知恵が回ってくれたら、全部任せて私は館でのうのうとしていられるのにな。
「やれやれ、仕事なんてしたくないんだけどな」
んー、と伸びをする。身体の緊張が解けていく。
今回の戦いだってうまくいく保証なんてなかった。三郎に絶対の自信なんてないのだ。それでも、周りを動揺させてはいけないと、そんな素振りを見せてこなかったのである。
なかなか、私も役者じゃないか。あるいはとんだ嘘つきだな。
三郎は長い息を吐いた。
「まあ、これで一段落だ。ようやく、研究を再開できる……」
三郎は星空の照らす戦場で、束の間の安堵を噛み締めていた。
「八咫……三郎朋弘、か」
鹿嶋長政は己の館の縁側から、天を見据えて呟いた。
……奇術、奇策を用いるというが、一体どれほどのものか。
ちょうど、岐洲城が攻められていると聞くが、果たして八咫であればどう攻めるというのか。
仮に岐洲城が落ちるようなことがあれば、その実力を認めてやってもいい。
「そうだ、それぐらいの相手がいなければ、面白くないからな」
長政は天に己の右手を掲げた。
「俺はすべてを手に入れる。俺の力で。貴様は俺の相手に相応しいかな? 八咫三郎朋弘!」
長政の瞳は星空の光を受けて、いっそう黒く深みを増して輝いた。
これにて、第二章完結です!
次回から第三章に突入します!
面白いと思っていただければ、ブクマ・評価などいただけると、泣いて喜びます!