第二十四話 岐洲城の戦い・第八次攻略戦 弐
さて、八咫の陣。宴会を始めてから四日目の昼である。
「やれやれ、ただ食っちゃ寝するのもラクじゃないな」
三郎は陣中にこしらえた畳の間に寝転がって岐洲城を眺めていた。
もちろん、甲冑も身に着けず、髷もほどいたラフな格好だ。
「三郎様! いつまでこのようなことをお続けになるおつもりですか!?」
舞耶が甲冑を身に着けたまま怒鳴る。相変わらず真面目で融通がきかない。
「いいじゃないの、アタシはこういうの好きだよ」
京が三郎の頭に覆いかぶさる。視界を埋め尽くす豊満な乳房が迫ってくる。
あ、ダメだ、これ以上は色んな意味でマズイ!
「京、ヤメッ、もういい! 離れろ!」
「なんでさ、女好きの敵の大将に見せつけるのが目的なんだろ? じゃあ、こっちだって迫真の演技をしてやらなくちゃあ」
「京は演技じゃないだろ!?」
どうだかね~、とはぐらかされる。
「ええい、やめぬか! この淫乱女め!」
舞耶が立ち上がってキャンキャン喚く。ちょっと目を逸らしながらなのが絶妙にかわいい。
「アンタも『美女二人』のうちの一人なんだから、ちゃんと加わんなさいよ、舞耶姫?」
京の言葉に舞耶が瞬間沸騰する。
「び、美女!? って、某は姫ではござらん!!」
「そう固いこと言わずに、ホラ」
京が舞耶の手を取って引き寄せる。体制を崩した舞耶が躓いて三郎に倒れ込む。
「うわっ、舞耶!?」
「三郎様、危ない!」
舞耶の固い胸板――じゃなかった、甲冑が顔面に直撃する。
「三郎様、大丈夫ですか!?」
慌てて起き上がり、下敷きになった三郎を見る。
「うーん、やっぱり厚みが欲し――」
三郎の言葉は舞耶の無言のビンタによって遮られた。
アッハハハハハ、と笑った京が立ち上がる。
「さて、それじゃあ、アタシはそろそろ行くかねえ」
「ああ、頼んだ、大戸水軍の頭領さん」
「任しときな、お礼は身体で払ってもらうからね?」
そう言い残してこの場を去る。
……まったく、本気か冗談かさっぱりわからないな。
三郎がため息をつくと、舞耶が真面目な顔になって問うてきた。
「三郎様、そろそろですか?」
舞耶がふと岐洲城を見やった。その物憂げな表情に思わず見とれてしまう。やはり、舞耶はいつ見てもきれいだった。
「……三郎様?」
「え、ああ、そうだな。三宅継信のイライラも限界だろう、恐らく今夜の内に仕掛けてくる」
「では――」
「ああ。次の段階だな」
岐洲城内ではピリピリとした雰囲気が漂っていた。
連日連夜、どんちゃん騒ぎを目の前で見せつけられたのだ、羨ましいと思って当然である。
それだけでなく、大将の継信自身も苛立ちを隠せないでいるのだ。
必然と、下々の者にもそれは伝播していた。
今夜も八咫の連中は散々に騒いだ挙げ句、先刻になってようやく寝静まったのだった。いまだに篝火は焚かれているが、八咫軍はそろって眠りこけているのだろう。
「ええい、あの憎たらしい八咫の穀潰しめ! 戦場で会えば捻り潰してくれる……!」
継信が怒りを全身にたぎらせている所へ、家臣が駆け込んでくる。
「殿、殿ぉっ!!」
「ええい、うるさい!! ワシは今気が立っているのだ!!」
「そ、それが、河口を敵の軍船に封鎖されました!!」
「なにぃ!?」
岐洲城のすぐ南は勢良湾と繋がる河口になっている。
岐洲城はその立地故に勢良湾への警戒任務も請け負っている。南斗家中入りの情報を得ていた継信は配下に命じて、拓馬家の軍船およそ百艘をもって河口から湾内へと警戒させていたのである。
そこへ、京率いる大戸水軍およそ二百艘が宵闇に乗じて一気に襲いかかった!
二倍の敵に奇襲を受けてはたまったものではない、拓馬家の軍船はあっという間に敗退してしまったのである。
そうして、河口を完全に封鎖したのだ。
「味方の船は何をしておったのだ! 夜討ちに警戒するのは当たり前であろう!!」
「それが、敵はこちらより数も多く、さらにあの大戸水軍が敵に加勢したようで……」
「なに!? あの大戸水軍だと!?」
大戸水軍は操船技術に長けていることで有名であった。三津半島の南は大洋であり、普段から激しい波に揉まれて船を行き来させているのだ。湾内の穏やかな波しか知らない拓馬家とは経験が違うのだ。
「申し上げます!」
と、別の家臣が注進する。
「南斗家の本隊が、港を出発したとの噂です! その数、一万五千!!」
「なにぃぃぃぃぃいいい!?」
継信は焦った。南斗の本隊が海側から来ることに備えて、河口付近を警戒させていたのである。それが、大戸水軍によって敗退させられてしまっては、羽支国内へ素通りしてしまうではないか。
しかも、その数が一万から一万五千に増えているのだ、これではたとえ敵が上陸したところを挟み撃ちにしようとも、壊滅に追い込むのは難しいかもしれない。なにせ、本拠には一万と報告しているのである、一万五千の敵と戦う準備はしていないのだ。
こうなっては、仮に南斗軍を撃退しようとも継信は責任を追求されるだろう。岐洲城の城主は、国境警備の責任者であるのだから。
そして、継信は気づいた。
「しまった、奴らに騙された!!」
「殿、いかがしました?」
「八咫の連中に騙されたのだ!! あの宴は我らをおびき出すためではなかったのだ、我らを疑心暗鬼に陥らせて城に閉じ込めるための策略だ!!」
「なんですと! では……!?」
「すべては我らの注目を引きつけ、本隊の中入りを成功させるための演技だったのだ!!」
一同は黙り込んだ。たった三百の兵に、しかも穀潰しの軟弱者の引きこもりのあの三郎にまんまと踊らされてしまったのである。これ以上の屈辱はなかった。
「では、いかがなさいますか? 中入りした敵を背後から襲うために出陣なさいますか?」
「いや、それではガラ空きになったこの岐洲城を八咫の兵共が襲ってくるだろう」
「なるほど、では……?」
継信は思案した。失敗を取り返したいという焦る気持ちと、三郎に対する憎悪、そして三郎のそばにいる美女たちを手に入れたいという願望。それらが入り混じった結果、一つの案を閃く。
「そうだ、まずあの八咫軍を全軍で襲うのだ!」
「八咫軍を、ですか?」
「我らは二千、八咫軍はわずか三百足らず。七分の一の敵など、すぐに蹴散らしてくれよう! その後すぐに引き返し、上陸してきた本隊を討つのだ! そうすれば、岐洲城を攻略される心配もなく、全軍で心置きなく戦える」
「なるほど、妙案ですな! さすがは殿!!」
「そうと決まれば、全軍に出撃命令だ! それから、本拠にも援軍の使いを出せ! 急げ!!」
ハッ! と頭を下げて、家臣が駆け出す。
フフフ、見ておれよ、八咫の小倅め。策を用いて我らを手玉に取ったつもりだろうが、その策ごと食い破ってくれるわ!!
次回は、三郎の大逆転!
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