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第二十三話 岐洲城の戦い・第八次攻略戦 壱

さあ、いよいよ城攻めです!

 ――拓馬家、岐洲(きず)城。


「なに、南斗家が中入りを考えているだと?」


 岐洲城の城主、三宅継信(みやけつぐのぶ)は不機嫌そうに聞き返した。

 継信は控えていた妾を下がらせた。これからたっぷりと可愛がってやろうと思っていたところを、家臣に邪魔されたのである。不愉快極まりなかった。


「はい、なんでも今度は一万の大軍を船に乗せて、この岐洲城の側を抜けて直接国内を攻めるつもりだと、通行人が申しております」


 『中入り』とは、前線に敵軍が出てきている時に、虚を突いてガラ空きになった本拠地を直接襲おうとするものである。

 南斗軍は難攻不落である岐洲城の攻略を諦めて、岐洲城の海側を素通りして本拠の近くにいきなり上陸して攻め込もうというのだ。


「フン、南斗の奴らめ、この岐洲城が落とせんと見て、方針を変えてきおったか」


 それにしても、一万とはまた大軍を集めたものである。

 前回の三次川の合戦では南斗軍は六千だったと聞くが、それから間もないというのにそれほどの軍を整えるとは。今回の戦いはどうやら南斗家としても雌雄を決する覚悟なのだろうか。


 だが、と継信は笑った。


「この岐洲城を無視して中入りしようが、拓馬軍の本隊は残っているのだ。たとえ一万の軍で上陸しようとも、本隊と我ら岐洲城の軍で挟み撃ちすればひとたまりもないわ」


 確かに、と家臣は頷いた。


「では、この件は……?」

「構わん、放っておけ。……いや、本拠に連絡だけは入れておくのだ」

「かしこまりました」


 継信は手で追い払った。早く妾とまぐわいたかったのである。

 家臣もそれを察して引き下がった。方針は決まったのだから、これ以上に上司の機嫌を損ねる必要もなかった。


 これが、三郎の策略の第一手であることは、まだ誰も気づいていない。

 岐洲城の戦い、第八次攻略戦はこうして静かに始まったのだった。






 それから五日間、継信は同様の報告を受け続けた。最後の方は聞き飽きて、「もうそれはよい!」と聞き流していた。

 そして、次の日、また報告しようとした家臣をついに怒鳴りつけた。


「しつこい! もうそれはよいと、何度言ったらわかるのだ!!」

「い、いえ、違います! 敵です! 敵が対岸に着陣しました!」

「何、敵が対岸に!? 敵は中入りするのではなかったのか!?」

「いえ、それが、わずか三百ほどの敵が、対岸に着陣しているのです」

「たった、三百だと!?」


 継信は確かめるべく高矢倉に登った。確かに、対岸に少数の軍勢が陣を敷いているのだ。

 しかも、どうもこちらに攻めかける様子もない。


「いかがなさいますか?」


 家臣の問いに、継信は唸った。

 あんな小勢で落ちるような岐洲城ではない。逆にこちらから攻めることも出来るが、仮にアレが(おとり)で南斗家本隊が中入りを準備しているとなると、うかつに軍は動かせなかった。


「仕掛けてこぬと言うなら、相手にすることもあるまい。いずれにせよ、我らが城にこもっている限り、奴らは手が出せぬのだ、放っておけ」






 だが、その日の夜、継信はけたたましい音を耳にしたのである。


「なんだ、騒々しい!」


 家臣を呼びつけると、予想外の答えが帰ってきた。


「て、敵が、宴を始めました!」

「なにい!?」


 再び高矢倉から見てみると、敵は陣のなかでどんちゃん騒ぎをしているのである。

 篝火(かがりび)を煌々と焚いて、末端の兵に至るまで呑めや食えやの大騒ぎである。

 しかも、その本陣の辺りでは、大将と思しき軟弱そうな若者が、二人の美女を侍らせて優雅に食っちゃ寝をしているではないか。


「ぐぬぬ、奴らめ! 一体何を考えているのだ!!」

「いかがなさいましょう……?」


 怒りに震えている継信だが、一方で冷静な部分が働いていた。


「……そうか、あれは罠だ! あのようにふざけて見せることで、我らを城から誘き出そうというのだ!」

「なるほど!」

「そうと分かれば、その手には乗るまい! 全軍に命じよ、決して城から出てはならんと!」


 かしこまりました、と家臣が下がる。


「どうせ奴らはこの城には手が出せぬのだ、城にこもっている限り、奴らに勝ち目はないわ!!」






 そうして籠城を決め込んだ継信軍だが、それに対して八咫軍は三日三晩続けて宴会を開いていた。

 真っ昼間から酒に明け暮れ、夜を通して食い散らかしていたのである。

 甲冑も脱ぎ捨て、酔いつぶれて素っ裸で寝転がっている者が続出した。

 兵の一人がひっくり返りながら上機嫌で言い放つ。


「ういー、ひっく。今度のお館様はいい人だなあ! おらぁ、こんなしこたま酒を呑んだのは初めてだぁ」


 それを受けて、側にいた二人が反論した。


「だけどさあ、こんなことしてて勝てるのか? 俺たちゃ、あの岐洲城を攻めなきゃいけないんだろ?」

「そうだそうだ、なにせお館様は刀も振れない弓も引けない馬にも乗れないときたもんだ、そんな軟弱者が大将で、しかもこちとらたったの三百足らずだ、これであの天下の堅城なんて落とせるわけ無いだろ! 呑まなきゃやってらんないぜ!」

「およ、そうか。なんだか、おらぁ、おっかなくなってきた」


 三人が意気消沈として、黙り込む。

 でも、と傍からその様子を見ていた若い兵が口を開いた。


「でも、前の戦は勝ったんだよな」


 そうして、三郎のいる本陣のほうを見やる。

 釣られて三人も目を向けた。

 それらの眼差しには、期待と不安がないまぜになっていた。つまり、三郎が自分たちの主として信ずるに足りるのかと、値踏みをしていたのだった。






 一方の継信軍も、こうもふざけた真似を見せつけられてはたまったものではなかった。

 しびれを切らした家臣が注進する。


「殿、敵は油断しております、今叩けば必ず勝てますぞ!」

「馬鹿者! それが奴らの狙いだとわからんのか!?」


 叱りつけた継信だが、彼自身相当ないらだちを必死に抑えていた。

 昼間からあの醜態を見せつけられ、しかも夜に至っても宴の騒ぎが聞こえるのである。

 女と愉しもうとしても、どうもその声が耳に入って集中できないのだ。

 まして、敵の大将のそばに二人の美女が寄り添って、常に相手をしているという。

 女好きの継信にとって、そのことが一番腹立たしかった。


「今動けば奴らの思う壺だ……。城にこもっていれば、負けることはないのだ。こうするのが正しいのだ……」


 そう自分に言い聞かせることで、感情の昂ぶりをなんとか鎮めていた。

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