第二十一話 臥所の語らい
「ハア、ダメだったかー」
三郎は布団の中でボヤいた。
慎ましい宴会に招かれた後、この寝室に通されたのだった。
あーあ、と天井に向かってため息を投げる。
岐洲城の攻略には水軍の協力が不可欠だった。
八咫は山間の土地だ、確かに木材はあるから舟は作れるだろう、だけどそれを作る技術者も操る水夫もいなかった。
攻略全体の構想はあっても、それを埋めるピースが足りなければ、まさに絵に描いた餅だ。
ここで大戸水軍の協力が得られないとするなら、一から戦術の見直しをしなければならなかった。
「めんどくさいなあ……」早く終わらせて読書に没頭したい。
「三郎様、起きていますか?」
舞耶の声が襖越しに聞こえる。
舞耶は隣室に案内されていたらしい。
「なんだい、起きてるよ?」
「三郎様は、いつもいろんなことを考えておられるのですね」
いつになくしおらしい。げっ、明日は雪が降るぞ!
「どうしたんだ、唐突に」
「いえ、普段は何を考えているのかわからないのに、今日の会談や、戦においても、それからあのときも……」
舞耶の言うのは気吏城でのことか。
声がいつもより弱々しい。姿は見えないが、べそでもかいているのだろうか。
「私は大したことはないよ、周りがバカばっかだからな!」
「……そうやって茶化すのも、我らを心配させたくないからでしょ?」
どうも、調子が狂う。んー、と三郎は唸った。
「ホントに、私は大したことないんだ。いまだに私が当主なんかでいいのかと思ってるよ。皆に頼まれたとは言え、断るべきじゃなかったか、他の誰かが継いだほうが皆が幸せだったんじゃないかって」
「そんな、三郎様でなければ、先の戦は勝てませんでした!」
「あのときは、運が良かった。相手がバカだったし、想定外のことも起きなかった。本当に運が良かったんだ」
「また、そんなことを!」
「本当だよ? 前回はうまくいったけど、次もうまくいく保証なんてないんだ。自信がないんだよ。失敗したくないから、勝負なんてしたくない。単なるヘタレなんだ。だから――」
だからこそ、せめて皆のことを守れるようにならないとな。
「何を言うかと思えば、そんなことですか!」
舞耶の口調が戻ってきた。
「三郎様が石橋を叩いて叩いて叩き割るほどの慎重なことは知っております! それから、常に皆のことを考えておられるのも。昔から、三郎お兄様はそうでした」
そうでもなければ、舞耶だってこの場にはいない。
あれだけ、穀潰しだの甲斐性なしだの破廉恥だのと罵っていようが、なんだかんだでずっとそばにいるのだから。
部下のことを常に考えている上司がどれほどいるものか。それを大したことないなんてこの朴念仁は言ってのける、そういうのを器が大きいと言うのだ。
舞耶は襖の取っ手に手をかけた。
この向こうに三郎がいる。三郎の顔が見たかった。いつもの間抜けな顔をしているだろうか、それとも舞耶を見て驚くだろうか。
「……三郎様、そちらに――」
「静かに! 舞耶、足音が聞こえる!」
「!? 賊ですか!?」
「わからない……、私は寝たふりをする、もしもの場合は頼んだ、舞耶」
「承知……!」
舞耶は刀を引き寄せた。
冷静になってみれば、さっき自分は何をしようとしたのか。思い出しただけでも恥ずかしい。
相手は三郎様なのだぞ!? そうだ、さっきのは気の迷いだ、うん、そうに違いない。
深呼吸して息を整える。そうして、刀を手に顔を引き締めた。
一方の三郎は足音にずっと聞き耳を立てていた。舞耶の葛藤など露程も知らない。
……特に音を隠そうという意図もない。よほど腕に自信があるのか、それとも……?
そうして、おもむろに障子をあけて部屋に入ってくる。続けて衣擦れの音がした。
うん、甘い香り……?
賊はそのまま三郎の腹に馬乗りになった。
三郎が細目を開けて見てみると、長い黒髪が目についた。
女……?
「この間抜けな顔のどこに、あんな知恵が詰まってるのかねえ」
と、いきなり頬をつねられる。って、いたいいたい、いやなんなんだ!?
そして、賊は三郎の上に重なってきた。
押し付けられる二つの弾力! もっちりもふもふのじわーっ……
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「なんだ、起きてたのかい」
そう、大戸水軍の頭領、大戸京である。
「な、な、これは一体!?」
「なにって、夜這いだよ、よ・ば・い」
いやいやいや、意味がわからん。だが気持ちいい。
お互い寝巻きのため、薄い布越しに体温が伝わる。
夜這いというのなら、このまま雰囲気に流されても……
「はうっ!?」
だが、三郎は凍てつくような殺気を感じた。
襖の微妙な隙間から、恐ろしい眼光が三郎を突き刺しているのだ。
ヤバイ……、舞耶だ……。三郎は初めて死の危険を感じた。
ここはなんとしても状況を変えなければならない。三郎は意を決して叫んだ。
「おっぱい気持ちいい!!」
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