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第二十話 おんな海賊

 三郎と舞耶、二人は大戸水軍の居館、その広間に通された。

 二十人は入ろうかという広間だ、八咫の館と同じくらいはあるように見える。


「お待たせ」


 小気味の良い声が通る。

 障子を開けて先刻の少女、いや大戸水軍の頭領、大戸京(おおとみやこ)が入ってくる。そして、幾人かの男が続いた。

 京は広間の奥ではなく、障子を背に三郎と向かい合った。対等の立場で臨むということだ。

 そうしてあぐらをかいて座り込んだ。服装は先程と変わりないが、頭巾を取り髪は下ろして三つ編みにしている。なかなかどうして美人だった。いや、その豊満な肉体と合わせるなら、美女と言ったほうがいいか。


「まさかアンタが噂の当主だとはね。てっきり、そっちの姫様に仕える従僕かと思ったよ」

「ああ、普段から従僕のように怒鳴りつけられてるからな!」


 三郎様! と傍から怒鳴りつけられる。

 その様子を見て、また京が笑い出す。


「……それで、戦功甚だしい八咫殿が、我ら大戸水軍に何の用?」


 社交辞令もなしに切り出してくる。

 嫌いじゃないな、と三郎は笑った。


「大戸水軍に助力を願いたい」


 三郎も率直に言った。京相手には駆け引きなしのほうがいい。


「助力と言っても、内容によるよ」

「そうだな、具体的に言うと、岐州(きず)城攻略のために拓馬家の水軍と戦って欲しい」


 岐洲城、という言葉を聞いて、大戸の連中がざわめく。

 岐洲城は全国的にも名の知れた城なのだ。五十年間、落ちたことのない無敵の城塞だと。

 だが、京は楽しそうに三郎に問うた。


「へえ、面白いこと言うねえ。で、そんな無茶を頼むんだから、それなりの対価を用意してくれてるんだろうねえ?」

「対価は三つ。一つ目は木材輸出の売買権」


 え? と驚いたのは舞耶だ。


 八咫の里は土地が狭く農作物の収穫量が少ない。そのため、流通量は多くないものの街道の関所における通行税や、付近の温泉での入湯税が貴重な収入となっている。

 だが、主な収入源は山地であることを最大限に活かした商品、つまり木材の輸出であった。

 材木輸出は八咫家の財政に置いて、収入の過半数を占めていた。そして、その売買権を手放してしまうと、三郎は言うのである。


「もちろん、売買権をすべて譲渡するわけじゃあない。ウチが売ってるのは勢良国内だけでね、流通量は多くないんだ。そこで、余分に切り出した木材を大戸に格安で譲渡する。そうだな、ウチが赤字にならなければいい。そこから先はどこにどれだけ売りさばこうとそっちの自由だ」


 八咫の材木は品質が良いことで有名である。あの気吏城も、改築の際にはわざわざ八咫産のもの取り寄せて使ったほどだ。

 格安で手に入るなら、船を使って他国へ売りさばけば大儲けになる。悪い話ではなかった。

 実際、京の傍で男たちが顔を見合わせて話し込んでいる。


「二つ目は、――これは岐洲城を落としたあとになるが、勢良湾における関税権」


 京は不思議そうな顔をした。


「? 関税ならすでに取ってるけど?」

「ああ、言葉が足りなかった。勢良湾『全域』だ」

「『全域』だって!?」


 確かに大戸水軍は三津半島から勢良湾にかけての関税権を有している。

 だが、勢良湾の北部にかけては拓馬家の岐洲城が睨みをきかせているため、大戸の勢力圏外になっていた。岐洲城が落ちれば、東国一の港として商船の往来が絶えない岐崎湊(きさきみなと)まで含めた関税権が手に入る。税収の大幅増加は間違いない。


 なるほど……、と京が思案しだした。

 最後の一手だ、と三郎はダメ押しする。


「三つ目は、南斗家中における政治工作」

「?? なんのことか……」

「『熊瀬(くませ)水軍』」

「――!?」


 京が大きく目を見開く。他の男達も、その身を固くした。

 それを見て、舞耶が不思議そうに尋ねる。


「あの、三郎様、『熊瀬水軍』とは……?」

「ああ、舞耶は知らなかったか。三津半島の西を本拠とする水軍さ。昔はもっと西の方にいたんだけど、最近こっちのほうまで勢力を伸ばしてきてる」

「それが、どうしたのです?」

「彼らと嘉納殿や鎌瀬殿が通じている」

「なっ――!?」


 元々、南斗家は大戸水軍と縁が深かった。勢良湾の関税権は南斗家に公認されたものなのだ。

 だが、大戸水軍と関税権を争っていた熊瀬水軍は、南斗家中で専横を始めていた嘉納頼高や鎌瀬満久に接触し、多大な贈答品を送る代わりに大戸水軍の優遇措置を取りやめるよう訴えていたのだ。

 頼高や満久としては、協力関係という大したメリットもない大戸水軍よりも、自分たちだけに利益をくれる熊瀬水軍のほうがよっぽど有用であり、そのため大戸水軍の優遇を取り消し、熊瀬水軍を厚遇するよう南斗家の方針を変更していた。


「さっき浦の中を見させてもらったけど、けっこう舟が残ってたね。ひょっとして、熊瀬水軍に漁場も取られてしまったんじゃないかな?」


 舞耶は驚いた。一緒にいながら、途中で三郎はそんな素振りを一切見せていなかったのだ。そう、ガラクタを見つけてはしゃいでいただけなのに!

 一方、京は腕組みをして思案していた。


「……岐洲城攻めを手伝えば、熊瀬水軍への援助をやめさせてくれるのかい?」

「確約は出来ない。だけど、岐洲城を攻略すれば、私の発言権も多少は改善するはずなんだ。それに心強い味方もいるしね」


 三郎は豪放な笑い声の勇将を思い出す。


「……本当は政治工作なんて死んでもやりたくないんだけど、この際だ、引き受けるよ」


 京は押し黙った。

 傍らの男たちがそれを見かねて説得し始める。


「お頭、悪い話じゃねえ、熊瀬の連中にこれ以上デカイ顔させたくねえよ!」

「そうだ、この前なんか、取った魚まで奪っていきやがった!」

「もう、我慢ならねえ! アイツら、許せねえよ!」


「いや、ダメだね!」


 京は目を据えて三郎を正視した。


「……これでも、ダメかい? ウチの精一杯なんだけどな」

「ああ、ダメだ! 岐洲城はそんなに甘くない、皆を危険に晒すわけにいかないのさ」


 京は立ち上がった。交渉はここまでということらしい。


「はるばるここまで来たんだ、寝床を用意するから、今日は泊まっていきな」


 そう言い残して、広間から出ていってしまった。

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