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第十六話 宴という名の舞台

「よく参った、八咫殿」


 上段から幼い声が通る。

 気吏(きり)城の御殿、その大広間である。末席で頭を下げた三郎の正面奥、上段に年端もいかない幼君が座っていた。

 南斗家当主、南斗秀仁(なんとひでひと)。まだ十歳にも満たない、子供である。


「こたびの戦働き、見事であった。褒めてつかわす」


 言葉としては威厳があるが、その口調はまだ辿々しい。大方、後見人である豚の頼高あたりが原稿を作って読ませているのであろう。


「ハッ、恐縮至極に存じます」


 よそ向きの顔で三郎は答えた。まあ、あえてこの場を荒らす必要もなかった。

 そこへ側近の一人が寄ってくる。手に抱えていた盆を三郎の前に置いた。


「恩賞である、受け取るが良い」

「有難き幸せ」


 三郎は頭を下げたまま盆を持ち上げた。盆の上には銭袋が乗っているのだろう、重みが感じられた。しかし――


 ……少ないな。いや、土地の加増がないことは予想していた。なにせ今回は攻め込まれたのを防いだだけだったからな。だから、金銭での報奨だとは思っていたが、それにしても少ない。


 今回の戦では八咫家は戦功第一である。全軍崩壊の危機を救ったばかりか、敵の大将首を取り勝利をもたらしたのだ。これ以上にない働きをしたのに、恩賞が少なすぎる。


「八咫殿、なにか不服でもおありかな?」


 当主の傍に座った嘉納頼高が声を掛ける。この男、幼君の後見人という立場を利用して、南斗家の家政のほとんどを牛耳っていた。恩賞に関してもおおよそ頼高の意向が含まれてると見て間違いない。


「いえ、有り難く頂戴致します」

「ウム、さもあろう。これで足りぬと言うならば、貴殿の軍だけで城でも落としてみるのだな」


 汚らしい笑いをしてふんぞり返る。

 三郎は言い返したいのをグッとこらえた。ここは争うべき場ではなかった。さんざん行きたくないと駄々をこねながらも、はるばるここまでやってきたのだ、恩賞だけでも持って帰らねば腹の虫が収まらなかった。

 そこへ、室内から別の声が上がった。


「それでは嘉納殿、こういうのはいかがでござろうか?」


 鎌瀬満久であった。三郎は嫌な予感がした。このクソ狐が関わるとロクなことがない。


「八咫殿はもっと恩賞が欲しいご様子。であれば、活躍の機会をお与えになられてはいかがでしょう? 例えば、そう、岐洲(きず)城の攻略など!」

「なに、岐洲城だと?」


 その場に居合わせた全員が驚きの声を上げる。

 三郎は顔をしかめた。


 岐洲城とは天下の堅城として名高い拓馬家の要害(ようがい)である。

 三本の大河に挟まれた中洲の上に造られ、城の周囲は湿地に覆われるだけでなく、二重の空堀を巡らせた難攻不落の城塞だ。

 城の防備が固いだけでなく、東西の街道を繋ぐ渡し船の中継点であり、また東国一として栄えている岐崎湊(きさきみなと)も近く、陸上・海上双方の交通を抑える要衝でもある。

 故に海上交通の権益を争点とする南斗家としては是が非でも抑えたい土地であったのだ。南斗家と拓馬家、双方の五十年に及ぶ戦いは、この岐洲城を巡っての争いであったとも言える。

 この五十年間で、南斗家は七度に渡ってこの城を攻め立てた。そして、ただの一度も成功したことがないのである。

 その絶対攻略不可の堅城を、八咫家単独で攻めろと言うのだ。


「なるほど、それは妙案だ!」


 ざわめく一同を制して頼高が膝を打つ。


「先の戦いで奇策を用いて敵を破った八咫殿なら、間違いなかろう!」

「ぜひとも、あのとき見せた奇術とやらをまたお目にかかりたいものですな」


 豚と狐が代わる代わるに言う。

 ――コイツら、と三郎は気づいた。


 予め企んでいたな。いや、もっと言えば、この宴そのものが仕組まれた舞台だったのか。

 三郎は室内を見渡した。この場に同席している者のほとんどが、いやらしい目つきで三郎を眺めている。

 やれやれ、今度こそ失敗を理由にウチの領地を管理下に置くつもりだな。

 なにが祝勝会だ、これじゃまるで、私へのリンチじゃないか。出しゃばった日陰者を相手に「大人しくしておけ、さもなくばこうなるぞ」と吊るし上げて、見せしめにするつもりだな。……出る杭は打たれるということか。

 まあ、それもこれも、ここにいる連中が揃いも揃ってバカだらけだからだ。私を出る杭と認めることは、己の無能を認めることと同じだということさえわかっていないんだから。


 三郎は息を吸って思考を落ち着かせた。


 ……やってやれないことはない、だが仮に成功させてしまえば私への締め付けがより強くなるだけだ。ここは、耐えるしかなさそうだ。


「どうかな、八咫殿。流石に自信がないと申すか?」


 満久が下品な笑みを浮かべる。もはや存在そのものが汚物である。


「いえ、先の戦いで兵が消耗しているので、今回はお断り――」

「お受けいたす!!」


 三郎の後ろで声が上がる。

 振り向くと、舞耶が鬼の形相で正視していた。


「お、おい、舞耶、なにを――」

「ほう、先の戦で大将首を取った武藤殿か、引き受けるというのだな?」

「武士に二言はございませぬ! 謹んで、お受けいたす!!」

「いやいやいやいや、何言ってんの!?」


 三郎は焦った。

 この場は無駄に荒らす必要はなかったのである。

 舞耶が一緒にいればまたプッツンを起こしかねないから、別室に控えてもらおうと考えていたのだが、


「三郎様の身にもしものことがあればいかがするのです! 三郎様は、刀も振れぬのですよ!」


 と問い詰められ、渋々同席を許していたのだった。

 だが、案の定のプッツンである。


 ああ、もう! やっぱりめんどくさいことになった、勘弁してくれよ!


 三郎が頭を抱えていると、


「三郎様も三郎様です!!」


 舞耶がきっとなって、今度は三郎を睨みつけてきた。いつもに増して怖い。


「あれだけ侮辱されて悔しくないのですか!? 黙って聞いていれば、我らを侮るばかりで、奇策だの奇術だのと、三郎様が必死に知恵を絞って、我らを導いてくれた妙案をコケにされて、悔しくないのですか!?」


 最後の方は涙混じりになっている。


「い、いや、私は……」


 悔しくないわけないだろ! だがこの場は、私が耐えれば済む話なんだ。


「聞き捨てなりませんな!」


 と言ったのは狐の満久だ。


「武藤殿、アレを奇術と言わずしてなんと言うか! そうだ、『遊軍』であるはずの八咫軍が出しゃばりおって、誰が大将首まで取れなんて言った。だいたい、援軍に来いと言ったのに、救けにも来ずに勝手なことばかりしおって! 本来なら恩賞を頂けだだけでも有り難いものを、そのようなことでは恥知らずも良いところですな!」

「なっ、戦に勝ったのは、我らの働きあってこそ――」

「フン、そもそも、小娘ごときが戦場に出ること自体間違っておるのだ。あまつさえ、当主である秀仁殿が開かれるこの祝いの場に列するなど、分をわきまえぬにも程がある! そうだな、顔は良いのだから、遊女にでもなったほうが稼げるのではないか?」


 舞耶が目を見開いて顔をひきつらせる。

 そして、罵倒の言葉を繰り出そうとしたその刹那、


「わかりました、お受け致します!」


 澄みきった声がこの場を制した。

 その場にいた全員が、息を呑んで声の主を注目した。三郎である。

 およそ普段の三郎からは想像もつかない、凛々しい声であったのだ。


「そ、そうか、受けるというのだな、八咫殿?」


 豚の頼高がおどおどしながら受け応える。満久はキョドって固まっていた。


「私は刀も振れませんが、これでも武士の端くれ。二言はありません」


 三郎は顔を上げて頼高、次いで満久を見やった。

 満久は目を逸らせて唇を震えさせている。


 ……あーあーあーあー、もうバカには付き合ってらんないよ。


「それでは、戦の準備がありますので、これにて失礼します」


 三郎は悠然と立ち、舞耶に呼びかけた。


「行くぞ、舞耶」


 すると舞耶は無言のまま、ぎこちなく立ち上がった。

 目を伏せる舞耶、歯を食いしばり、目尻には堪えた涙が滲んでいる。

 悔しさでいっぱい、という感じだ。


 ……やれやれ、だから連れてきたくなかったんだよ。はあ、仕方ない。


 三郎は振り返って、室内に言い放った。


「そう言えば、鎌瀬殿。こたびの戦で貴殿は首をいくつ取られましたか?」

「な、なにを!」

「いくつ敵の首を取ったのかと、お伺いしております」

「雑兵の首だが、一つ取っておるわ! フン、八咫殿はどうせ、一つも取っておらぬのであろう?」

「そう、よくご存知で! ……しかし、私の軍に大将首を二つも取った者がいましてね」


 途端に、満久の顔色が悪くなる。自分の失言に今更気付いたようだった。


「その者はどうやら小娘と呼ばれるのが相応しいようなのです。……となれば、それに及ばぬ私も鎌瀬殿も、小娘以下のクソガキだということですな! 間違いござらんか?」


 ぐぬぬ、と満久が黙り込む。握った拳が震え、顔は青白くなっている。


 ……まあ、こんなところかな。


 今度こそ三郎は踵を返した。


「では御免!」

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