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第十五話 本拠地にて

 ――拓馬家本拠、瀬野(せの)城。


 ここでは、三次川の戦いの報告が行われていた。

 上段の主は拓馬家当主、拓馬茂利(たくましげとし)である。

 あの拓馬光貞の甥、光信の従兄弟に当たる。

 歳は三十六歳、壮年ながらすでに老人のように気の抜けた印象を受ける。


「そうか、光貞殿も光信殿も討ち死になされたか。お(いたわ)しい」


 戦の内容を告げた武将が頭を垂れる。


「我ら一同、まことに面目ございませぬ。されど、敵があのような奇術を用いてこようとは」


 そうだそうだ、と擁護する声が周囲から上がる。


 三郎の見せた機動用兵は常軌を逸してるように見えたのだ。人は理解の範疇を超えたものをまず認めようとせずに拒絶する。そうしてなかったことにしてしまうのだ。

 だから、今回の敗戦を『素人が考えた愚策がたまたま当たってしまった』つまり、運が悪かったということで流そうというのだ。

 だが、この場において一人だけ異なる思考をしていた人物がいる。


 鹿嶋長政(かしまながまさ)、一六歳。

 切れ長の目に黒真珠の瞳を宿し、やや幼さを残しながらも精悍な面持ちは好青年と言えなくもない。だが、抑えきれぬ覇気を全身からたぎらせ、余人を寄せ付けない雰囲気を持っていた。


 ……なにが奇術だ、バカバカしい。この老いぼれ共は目や耳だけでなく、思考でさえ霞がかっているのか。

 運が悪かったから負けたのではない、頭が悪かったから負けたのだ。それがわからぬようでは、この拓馬家も先が見えているというものだ。

 俺があの軍を指揮していたら、このような惨敗はしなかった……。いや、合戦に勝つだけではない、そのまま敵国を蹂躙し、滅亡に追い込めたというのに。


 長政は心中で周りの連中を罵倒し続けた。それだけの自信もあった。だが、長政は家督を継いでまだ間もない若輩者である。それだけでなく、日頃から着崩した格好で街を練り歩くなどの奇行が目立ち、躾のなっていないクソガキだと侮られていた。


 ……今はまだ雌伏の時だ、どうせこいつらに先はないのだ、焦ることはない。


 それにしても――、


「一つ、よろしいかな?」


 長政は報告した将に問いかけた。


「これは、鹿嶋殿。まさか、戦に関心があるとは思いませんでした、なんでもお答えいたしますぞ」


 このお人好しめ、と悪態が口から出そうになったが、グッと堪える。


「その、奇術とやらを用いた敵将は誰か?」

「何を言うかと思えば、あのような愚策を用いる将など取るに足りませぬ」


 小馬鹿にした将であったが、


「ヒッ――」


 とその笑いを引っ込めてしまった。

 長政が恐ろしい眼光で睨みつけていたのである。ただのクソガキが、まるで龍虎でも乗り移ったかのような、雄々しい獣の目をしているのだ。


「……たしか、先だって還俗して八咫家を継いだ者と聞いております。名前は……三郎朋弘だとか」

「八咫……三郎、朋弘」


 さて、コイツが真に優れた慧眼の持ち主であるか、それともただの素人に過ぎないか。


 長政は不敵に笑った。


 ここにいるような連中ばかりでは面白くないからな、期待させてもらうぞ、八咫三郎朋弘!






「ふぇっ……ふぇっ……ふぇっ、ふぇえ”え”え”え”え”え”え”っっっぶしょおおおおん!!」


 山間に凄まじい爆音が幾重にもこだまする。三郎のくしゃみであった。


「……その情けないくしゃみはなんとかならぬのですか、三郎様」


 馬に同乗する舞耶が問いかける。心底呆れ果てている。


「誰かが私のことを噂してるな。どうせ鎌瀬のバカ狐辺りが陰湿な悪口をほざいているに違いない。……いや、待てよ、本当に風邪を引いたかもしれない。そうだ、私は風邪を引いたんだ、大事を取って休まなくちゃ、そうだろう舞耶、早速帰って寝支度を――」

「何ふざけたことを言っているのですか、それよりも着きましたよ」


 峠を越えて視界が開ける。

 谷間に広がる平野に所狭しと家屋が建ち並ぶ。川沿いの街道には行き交う人も多く、街は活気にあふれている。そして中央には山全体に曲輪(くるわ)を配した大城郭がせり立っていた。


 勢良国を治める戦国大名・南斗家の本拠地、気吏(きり)城とその城下町である。






「やっぱり気吏の街はすごい……」


 街に入ってすぐ、舞耶はその人の多さに目を奪われた。

 八咫の里も同じように山間の集落ではあるが、やはり流通量が違いすぎる。

 舞耶は気吏の街を訪れたのは初めてではないが、人混みの多さは見慣れるものではなかった。


「我らの里も、これぐらい栄えさせたいですね、三郎様! ……あれ?」


 舞耶が振り返ると、後ろの方で三郎が幾人かの町人となにやら話し込んでいる。

 すると、三郎が急にはしゃぎだして懐中からなにかを取り出した。

 それを見た町人が驚きふためき、ついで小躍りし始めたのである。

 双方がっつりと握手した後、三郎が満面の笑みで戻ってきた。


「あの、三郎様、一体何を……」

「見てよ、舞耶! さっき交換してもらったんだ!」


 三郎が見せたのは藁の紐で括られた、銅銭である。

 銅銭とはこの時流通していた貨幣であるが、いかんせん三郎が手にしているのは形が不揃いでところどころ欠けている。いわゆる「悪銭」であった。


「やっぱこの頃って鋳造技術も未発達だったんだねー。ホラ見てよ、これなんか額面がつぶれてもう全然読めない」


 嬉々として語るさまは五歳児となんら変わりない。


「あの、それより交換って……」

「ああ、珍しかったから、銀貨と換えてもらったんだ」

「全然釣り合ってませんから!!」


 あああああああああ、と舞耶は頭を抱えた。


 そう、三郎のまさに悪癖だった。昔から「これは珍しい!」とか言ってガラクタを持って帰ってきては部屋いっぱいに拡げて楽しんでいたのである。いや、独りで楽しむ分にはいいのだが、ガラクタに途方もない金額を提示して交換してくるので、家の者としてはたまったものではなかったのだ。


「何度言ったらわかるのですか!? さっさと交換し直してきてください!!」

「ええ、ヤダよ。こんな珍しいものないんだから。館に持って帰る」


 玩具を手にした子供のように駄々をこねる。


「ホラ、宴が始まってしまうから行くよ、舞耶」


 そう言って、何一つ気にせず城へと向かった。

 舞耶はこれまでになく大きなため息をついたのであった。

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