第十四話 ブラックにも程がある
第二章、始まります!
まどろみの中、三郎は声を聞いた。
「何度言ったらわかるんだ、こんなことも出来ないのか!?」
どうして、そんな醜い顔ができるんだろう。
三郎は怒り狂う相手をまじまじと見ていて、疑問で仕方なかった。でも、そんなことを口にすれば、火に油を注ぐことになりかねない。
だから、別の言葉を口にした。
これではお気に召しませんでしたか、ではどうすればよろしいでしょうか。
「そんなことは自分で考えろ、この能無しが!」
考えた末がこれなのですが、何が気に入らなかったのか教えて頂けませんでしょうか。
「なんだその顔は、不満があるのなら言ってみろ!!」
……いっそ、正解を教えてもらえませんか。そのほうが、時間もエネルギーもムダになりませんよ。
「つべこべ言うな!! やれと言ったらやるんだ!!」
……これだから、これだからバカは嫌いなんだ。この世の中はバカだらけだ、こんな世界なんていっそなくなってしまえ――
三郎は目を覚ました。
呼吸を整える。
焦点があってくると、目に入ったのは見慣れた天井だった。
八咫の館、その三郎の居室である。
……そうだ、館に帰ってきたんだ。
三郎は身を起こした。
……そうか、夢か。
前世の夢であった。思い出したくもない。
前世の自分が死ぬ、何日前のことだったのだろう。
やれやれ、久しぶりに見たな。それもこれも、戦場で働きすぎたからに違いない。
「まったく、新人にいきなり実戦やらせるなんてブラックにも程がある!」
前世だったら超過勤務手当を貰えるのにな! いや、ほとんど貰えなかったからめちゃくちゃ苦しかったんだけど!
ええい、こうなったらふて寝してやる! そうだ、わざわざこんな早くに起きる必要なんてないんだ。私がこの家で一番偉いんだから私は惰眠をむさぼる権利を有しているはずだ!
さあ、レッツ睡眠!
その時だ、寝所の障子が激しく音を立てて開け放たれる。
「三郎様! もう昼時です、いつまで寝ているのですか!!」
三郎側近の舞耶である。
「知らん! 私は寝る、おやすみ!」
「何を言ってるんですか、三郎様には当主としての責務がございます!!」
「じゃあもう当主返上するから寝かしてくれー」
舞耶の怒りが頂点に達する。
「こ、この、穀潰しがああああああああああ!!」
三次川の戦い、と後に呼ばれることになる南斗家と拓馬家の合戦は、南斗軍の勝利に終わった。南斗軍は六千の動員に対し五百の兵を失ったが、一方の拓馬軍は動員された八千の内、二千もの兵を失い、さらに大将の拓馬光貞・光信親子までもが討たれてしまった。
まさに稀に見る大勝利と言っていいだろう。
そして、その勝利に貢献したのが、穀潰しで刀も振れない戦のど素人である八咫三郎朋弘である。
「――で、こたびの戦勝を祝して祝賀会を開くから、南斗家の本拠まで来いと?」
勝利の立役者であるはずの三郎が仏頂面で問うた。頬にはひっかき傷が残っている。
「そうです! しかも祝賀会は明日の昼からなのですから、今日の内に出なければ間に合いませぬ!」
「じゃあ今から出ればいいじゃないか」
「昼過ぎまで寝ていたのはどこのどなたですか!!」
ん、そうなのか、三郎はあくびをしながら頭をかいた。
寝起きで髷を結っていないため、ボサボサの髪がだらしなく拡がっている。
刀を帯びていなければ、どこぞの物乞いに間違われてもおかしくない。
「まあまあ、飯を食う時間くらいはあるだろう、お、この松茸クソうまいな」
三郎が食べているのは薄く切った松茸を煎って出汁をかけた代物である。その大ぶりな様は現代日本では高価すぎてとても手が出るようなものではない。
八咫の里は山間の街道沿いにある集落である。ましてや、ここは現代日本でも赤目マツタケの産地として名高い三重県北部。土地開発が進んだ現代とは異なって、到るところに高品質な松茸がわらわらと生えているのだ。
……いやあ、これを好きなだけ食べられるんだから、転生してきた甲斐があったってもんだな!
三郎は満足気に平らげ、次いで空の茶碗を舞耶に差し出した。
「あ、舞耶、ご飯おかわり」
「なにを……」
「ん、どうした?」
「なにを呑気に食っているのですか! 間に合わないと言っているでしょう!?」
「なんだよ、そう怒鳴るなよ。若いときから怒りぐせがついてると、眉間のシワが取れなくなるぞ」
「なっ、誰のためを思って――」
「だいたい、どうして本拠まで行かなきゃいけないんだ。そんなもの勝手にやってればいいじゃないか、ウチが参加する義理なんてないだろう。そもそも、私は酒が飲めないんだし、あんな連中と一緒に飯なんか食ってみろ、バカが伝染って二度と立てなくなるぞ。あ、仕事しなくて済むならそれもありか……」
ブチッと舞耶の堪忍袋の緒が切れる音がした。
「つべこべ言わずさっさと支度しろ、この引きこもりの甲斐性なしがああああ!!!」