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第一話 三郎、戦国の世に転生する

 八咫三郎(やたさぶろう)は転生者である。


 転生前は日本のごく一般的なブラック企業に勤め、よくある社畜として生活を送っていた。

 仕事に追われて朝早くから夜遅くまで働き詰めだった。徐々に身体が蝕まれていたことにも気づかず、来る日も来る日も眼の前の仕事を片付けるのに精一杯だった。会社との往復に明け暮れる毎日で、苦しいとか悲しいとか、そういうものも含めたあらゆる感情はすでに麻痺していた。

 ただ、せめて趣味の歴史を研究したい、その思いだけが鬱屈とした日々の中で募っていた。


 そんなある日、彼はぽっくりと逝ってしまったのである。いわゆる過労死だった。

 彼は死の間際、己の人生を呪いはしなかった。ただただ、無念で仕方なかった。


「こんなことなら、仕事なんか辞めて、歴史の研究をしておけばよかった……」





 ――舞台は変わって、戦国の世。


 八咫(やた)家という小さな武家に三人目の男児が生まれた。

 三郎と名付けられたこの赤ん坊は、両親が老いてから産まれたため、当初はたいそう可愛がられて育った。

 しかし、言葉を話すようになってからは、とたんに気味悪がられるようになった。


「いやー! 働きたくない!!」


 これが三郎、三歳の言葉である。


 あまりに奇妙なことばかり言うので、心配した両親は陰陽師にお願いして診てもらった。


「この子は呪われておりまする。前世でよほどの悪逆非道を行ったに違いありません」


 高名な陰陽師が両親を脅すように言うと、わずか四歳の三郎は明朗な言葉で反論した。


「ハア、こいつバカだろ。私ほど勤労精神に溢れた聖人はいなかったわ。むしろ私を働かせた人間のほうが地獄に落ちるべき」


 その後の舌戦で四歳児に論破されてしまった陰陽師は「この子は憑き物が憑いております!」と逆上して帰っていった。両親が途方に暮れたのは言うまでもない。


 三郎が明確に「私には前世の記憶がある」と自覚したのは五歳のときである。

 これまで混濁していた前世と今世の記憶が、明らかに別の人生のものであると気づいたのだった。

 同時に彼は両手を挙げて喜んだ。


「やった! 憧れだった歴史の世界に、今、私は生きているんだ!!」


 それからは家の中にある、ありとあらゆる書物を読み漁った。

 読書するだけでは飽き足らず、たびたび屋敷から忍び出ては街中を徘徊してあらゆるものを手に取って調べた。


 そうこうする内に、どうやらここが前世とは異なる歴史を歩んできた世界であること、時代としては前世で言う一六世紀半ば――いわゆる戦国時代であること、地形に多少の差異はあるものの場所は三重県北部であることがわかってきた。


 前世とは異なる歴史であるため、例えば織田信長のような偉人は存在しないし、これから何が起きるかという未来予測もできない。

 また、前世で調べていた歴史の知識は引き継いでいたが、その他の知識については何故か欠落していた。

 だが、三郎はまったく意に介さなかった。


「いいよ、いいよ、それより歴史の知識が残っててホントに良かった!」


 文明レベルが違うのだから、さほど役に立たないであろう現代知識なぞ必要なかった。

 それよりも、戦国時代の人たちが、どのように食し、働き、考え、生きているのかに、直に触れられることがなによりも嬉しかったのである。

 三郎は歴史の実地調査にのめり込む一方で、家から課せられた武芸の修練は徹底的に無視した。


「せっかく戦国時代に転生したんだ、研究以外のことなんてやるもんか」


 三郎は十歳の頃、そのあまりに横柄な態度に眉をひそめた父によって、蔵の中に放り込まれたことがあった。五日後、流石に懲りただろうと父が蔵を開けてやると、ケロッとした顔で三郎が出てきたのである。彼は蝋燭と数冊の書物を密かに持ち込み、空腹すら忘れて読みふけっていたのだった。


 八咫家の人間は、この時を境に三郎に武芸を教えるのを諦めた。

 三郎自身の資質も原因ではあったが、彼には歳の離れた優秀な二人の兄がいたのである。

 どうせ家はどちらかの兄が継ぐだろうし分け与える土地もないから、三郎はいなかったことにしよう。

 そういう方針が家中でまとまり、三郎が十四のとき、ついに寺に預けられることになった。


 この時代、寺に預けられる、つまり出家(しゅっけ)とは世間から切り離され、寺の中で一生を過ごす事を意味していた。つまり、働かなくてもよい代わりに、死ぬまで僧侶として修行を続けなさいとそういうことであった。

 三郎は十四歳で『要らない子』認定されたのであった。


 だが、三郎はこの決定に大歓喜した。


「えっ、働かなくていいの? 武芸の練習もしなくていいの? 本ばっか読んでも怒られないの? なんだ、ただの天国じゃん!」


 かくして三郎は十四歳にして武士から僧侶へとクラスチェンジしたのであった。


 寺に移った三郎はまさに水を得た魚であった。

 当時の寺は修業の場であると同時に、現代で言う大学のような教育・研究の場でもあった。仏教に関する書物だけでなく、さまざまな古典や実用書などを取り揃えていたのである。もちろんその中には兵法書も含まれていたのだが、これが三郎を数奇な運命に導くことになる。

 三郎は狂ったように本を読み続けた。ここに揃えてある本がすべて歴史の研究に繋がっていたからだ。

 五年も経つと、寺にある本はあらかた周回を重ねてしまい、近隣の寺から本を借りたり、実家に頼んで珍しい書を仕入れてもらったりした。

 おかげで兵法だけでなく、医術、薬学、天文、法律、和歌、能楽などの各分野についても知識だけはマスターしてしまったのである。いずれも戦国時代基準ではあるが。


 そうして知識欲を際限なく満たしてる間、修行と名のつくものは全力で回避し続けたのは言うまでもない。頭を剃ることすら拒んだのである。

 領主の息子であるため住職も強硬な態度に出られず、「アレはそういう星の下に生まれた御仁なのだ」とか言われて見放された。


 こうして、三郎は十四歳から二十四歳という「二度目の青春時代」を、仲間と一緒に何かに打ち込むわけでもなく、ライバルと競い合うわけでもなく、甘酸っぱい恋をするわけでもなく、ただ本との対話にそのすべてを捧げてしまったのである。本人にその罪深さの認識がないばかりか、それで幸せだと思いこんでいるのが、まさに救いようのない点であった。


 『ハッピーヒキヲタニート人生』


 三郎は己の日々をこう呼んでいた。


 このままこうして幸せに一生を過ごしていくのだろう、と思っていた二十四歳の春、ついに三郎の元へ不幸の元凶とも言うべき一通の手紙が舞い込む。


 曰く、『父君・八咫家当主・朋宣(とものぶ)様、長兄・朋道(ともみち)様、次兄・朋寄(ともよせ)様、お討ち死に』と。


 なんと、当主の父だけでなく、家督を継ぐはずだった二人の兄まで同時に死んでしまったのである。

 さすがに驚いた三郎であったが、まだこのときは鼻をほじっている余裕があった。


 戦に出ているからには死ぬことはあるだろう、まあ当主だけでなく跡取りまで死んでしまったあたり、よっぽどこてんぱんにやられたんだろうが。


 刀も振れない軟弱者、クソムシがと散々に罵った二人の兄や、奇妙という一言のもとに育児放棄した父がいくら死んだところで、三郎には涙を流す感慨などこれっぽちも覚えなかったのである。

 ところが、手紙の末文を読んだところで、三郎は危うく卒倒しかけた。


 曰く、『かくなる上は三郎様に還俗(げんぞく)いただいて、家督を継いでいただきたく(そうろう)』と。


 還俗とは、出家した人間が僧籍から外れて俗世間に戻ることである。つまり、要らない子扱いした三郎に、戻ってきて家を継げと言うのである。


「ふざけんなああああああ!! あのバカ親父にクソゴミ兄貴共があああああ、勝手に死に腐りやがって!! さんざん人のことバカにして放逐したくせに、死んでなお迷惑かけるとか、むしろ生き返れ!! てか、私のハッピーヒキヲタニート人生を返せええええええ!!」


 そう言い放って、断りを申し込むべく勇んで館に向かったのが半年前のことであった……。

次回から本編です!

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