異世界転移
とある休日、部屋の時計の針が朝七時を示す頃、俺はそっと目を開き天井の一点を見つめていた。
「早く起きなさい。 学校遅刻するわよ」
どこにでもありがちな母親の声が、リビングから二階の部屋まで聞こえてきた。だがこれは、決して俺に向けての言葉ではない。
「あと五分だけ」
隣の部屋にいる妹のロレンが、返答する声が聞こえてくる。
学校へ行く準備をするロランとは違い、俺は床に落ちた枕を元の場所に戻し、二度寝の体勢に入ろうとしていた。なぜなら、今日はバイトが休みだからだ。
有意義に一日を過ごせる日なのだ。この幸せを朝から噛みしめるこの幸せはまさに祝福の一言に尽きる。
「ロレン起きなさい! ロレン!」
母親の声が、徐々に怒り混じりの声になるに連れボリュームの大きさも増していく。
どうやら怒り数値が上がってきている。
「何度同じこと言わせるつもりなの、ロレン」
二度寝を決め込む俺からすればこの声は邪魔でしかない。これで寝れるわけがない。
母親のデカい声を朝から聞かされ、黙れと言わんばかりの不機嫌オーラが一気に俺の部屋を包み込む。朝食の準備をしている母親の声が、何度も聞こえ二度寝どころではない。
あぁもう! うるさいな。
このままでは二度寝が出来ないと察し、嫌々ベットから離れ、隣のロレンの部屋へと向かいノックする。
「なぁロレン、母さん怒ってるぞ。 早く行ってやれ」
「わかった。 今行く」
そう答えた数秒後のことだ。急いで制服に着替えたのか、慌てふためいた顔がそこにはあった。
山田ロレン。
今年から高校三年生になる俺の妹。
髪色は、俺よりも透き通るような明るい金髪、背は高いわけでも低いわけでもない。眉毛の上で切り揃えられた前髪は、今時の女子高生を思わせる。性格は俺と違って正反対。とても明るく、友達からの信頼もとても熱い。
「おはよ、お兄ちゃん」
「お、おはよう」
久しぶりにロレンの姿を目にした。ロレンの身長が前よりも高くなっている。
そんなことにすら気づかない俺は兄失格なのだろう。心から最低の兄だと実感する。
「なんだか久しぶりだね、こうやって話すの」
「そうだな」
「お兄ちゃん、引きこもり治ったの」
その一言が俺の負の歴史を思い出させる。一年前まで俺は家に引きこもり無職だった。母親をマミーと呼び、頭が逝かれて異常なハイテンションだった黒歴史を思い出させる。
「これでも引きこもり無職を卒業して早一年。去年からまたバイト始めたんだ」
だからあの頃の俺を思い出させないでれ。思い出しただけで、発狂寸前にまでおいこまれる。
「仕事が忙しいし、今日だって久々の休みなんだぜ」
「そっかぁ…」
鬱むき、なんだか悲しげな表情をするロレン。
何故だろう。何か嫌なことでもあったのか。
「ロレン、今度2人で遊びに行くか」
何故かはわからない、特に理由などない。だけど、不意にロレンをデートに誘った。
「うん。 行きたい」
そう言うと、ロレンは喜んだ。
屈託のない目を細くして、罪もなく無邪気に微笑んだ。
そして数日後の午前、俺たちは二人で兄妹みずいらずでお出かけという名目でデートをすることになった。といってもドライブに買い物が中心になるだろう。
同じ家に住む妹とドライブ。少し緊張しながら準備を終わらせロレンの部屋へと向かう。
「準備できたか」
そう尋ねると、準備万端な格好で意気揚々と部屋から出てきた。そこには、上下赤いワンピースの短い洋服を着て髪をツインテールにしているロレンはまるで子供のようだ。
「似合わないかな」
顔を赤らめ、恥ずかしそうに聞いてくる。
「似合ってるぞ」
そう答えると、気まずい空気に包まれ沈黙する。まるで付き合いたてのカップルのような時間が過ぎ去っていく。
落ち着け、目の前にいるのは妹だ。
気まずさに耐えきれず窓の外を見ると、雲行きが怪しくなっていた。
先ほどまで晴れていた青空は見る影もなく、鉛を張ったような曇り空が一面を覆い、パラパラと小雨が降り始めていた。
慌てて玄関前に停めてある車の元へと急ぎ出発する。
しばらく車を走らせる毎に天候が悪くなる一方、ロラン自身の心もこの天気と同様になっていく。あいにくの雨で気分は乗る気になれそうにないが、久々の妹と一緒にいる時間を潰させはしない。
事故を起こさないよう安全運転に集中し続けてけた結果、車内にいる二人の会話も少なく、窓から見える目まぐるしく変わる景色と時間が無情にも過ぎ去っていく。ロランの隣には、掠れた笛のように小さな寝息をたて心地好さそうに座席シートで眠っているロレン。
ん…眠っているのか。隣にいるロレンが眠っているか確認するため、そっと小さな小声で呼びかける。
「眠たいのか」
「うぅ…どうしたのお兄ちゃん」
目をこすりながら、目を覚ますロレン。
「すまん。起こすつもりじゃなかったんだ。眠かったら寝ててもいいんだぞ」
「大丈夫だよ」
ロランの目には、妹のうとうとしている姿はからは、大丈夫な姿には見えない。
「学校の課題が多くて……。別に兄ちゃんといとも退屈ってことじゃないから」
大きく手を横に振りながらドライブが退屈だと思わせない為、急に慌てふためくロレン。
「そっかぁ……やっぱり高校って大変なのか」
高校に通ったことがないロランからしてみれば、少し興味がある内容だった。高校とはどんな場所で、どんな人がいて、何をしているか。そう頭の中で考えるだけで、ロランは昔の自分に対して後悔の念が募る。
「基本的には中学の頃と変わらないよ。 担任の先生は進路を決めておけってしつこいし」
確かに担任の言う通りだと実感するロラン。
もし目標もなく生活していたら、自身の二の前になるだろう。今のうちに進路を決めておくことがとても大事な事だ。
そんな事を中卒のロランが妹に言える訳もなく、そっと隣で頷く。
しばらくの間、たわいもない話に夢中になっていると、突然不幸は二人の身に降りかかった。
ロレンとの会話が弾み、雨で視界が悪くなったことが相まって不意に事故が起こった。
突如、対向車線をはみ出した一台の車が二人の運転する車の目の前に、猛スピードで接近してきた。
普段なら難なく避けることができるが、スピードが出ている上、雨の視界の悪さが相交わりブレーキが一瞬遅れた。
「くそっ交わせない」
このままでは正面衝突する。
慌ててハンドルを路肩限界まで寄せ急ブレーキを踏むが、遅かった。
対向車の車は既に目の前に迫っていた。
車と車がぶつかる瞬間、ロランには自分が死ぬとい恐怖や不安というものは一切ない。
「あぁ俺死ぬのかな」
「きゃあぁぁぁ」
まるで一瞬という時間が何秒にも感じられ、全てがスローモーションの動画のように感じた。
死ぬ前に不思議な体験ができた、これも運命なのか。
そっと隣のロレンに顔を向けると、両腕で頭を覆い隠し叫んでいた。
「うっ、眩しっ」
対向車のヘッドライトとは違った強烈で黄金に輝く光が、何処からともなくて目に差し込んできた。
「これが死ぬ寸前に見ると言われる走馬灯なのか」
呑気にポツリと声に出し、そっと目を閉じる。
助手席からのロレンの叫び声を聞きながら、最後にロレンに謝る。
「ごめんなロレン」
一一一一一一一一一
「………」
恐る恐る目を開けるが何も見えない。
暗闇そのものと化した静寂の空間。
「ここは…どこだ」
辺り一帯暗闇の中、天国なのか、地獄なのか自分がどこにいるのかわからないが、死んだのは間違いないだろう。
現状のロランが優一理解している事実はその一つのみだ。
しばらくするとこの暗闇にも目が慣れ始め、ロランがとある部屋らしき場所にいることを知る。
その部屋には、外からの光を全て遮断するかの様にカーテンで窓を頻り、薄暗くい闇に閉ざされた空間。部屋の広さは、自分が暮らしていた部屋と比べてもはるかに広い。
足元に目を向けると、子供の落書きとも思える怪しい字が床一面にぎっしりと埋め尽くされている。
壁際には図書館や漫画喫茶を思わせる程の大量の書物が、本棚の中に並べられている。
部屋の中央には、古びた木でできた木製の机と椅子が二つ。その内の椅子に腰掛けながら、ロランは何かを考えふけっている。すると扉の開く音がした。
「成功させましたわ」
ゆっくりと部屋の扉を開けた先にいたのは、一人の女性。扉の向こう側から少しばかりの光が差し込むが、部屋全体を覆い尽くす程の眩しさではない。
扉の奥からの光により、少し暗さが改善された薄暗い部屋に女は入って来た。
色白い肌に赤く光る目が、この暗闇で一層ルビーの様に煌めいている。チョークで描いたような白い前髪をかき分けながら、嬉しそに駆け寄ってくる。純白の真っ白いドレスに身を包みながら微笑む姿に、ロランは心を奪われそうになった。
だが、二人の男女がこの薄暗い空間にいるのは、少し気まずい。
「ついに成功したわ」
とても可愛らしい声だ。
目の前の女が、高らかに両手をと広げ、天を仰いで喜んでいる。
「可愛らしい姿をした貴方様。よくぞ私たちの元に来てくれました」
可愛いだと……この俺がか。目は大丈夫なのか。
異常なほど礼儀正しく、明らかに年下な俺に対して膝をつき忠義を掲げる。
「えっ…この現状はなんだ」




