第三十六話 炎天下の魔法少女
7月中旬──土曜日の朝。
今日、私は私自身を含んだ魔法少女達五人と、泊まり込みで海に遊びに行く事になっている。
宿泊先は風歌さんの親戚の方が経営してるというホテルで、なんとタダで泊めてくれるらしい。
夏休みでお客さんも多いはずだし流石にタダというのは申し訳ない、と私達も最初は遠慮したのだが、そのホテルは夏休みの時期なのに宿泊客の予約が少なく、部屋がかなり空いているので問題ないらしい。
それならばと、私達も素直に風歌さんの親戚の方のご好意に甘える事にしたのだった。
しかし、夏休みに宿泊客が少ないホテルって……。
それは問題ないどころか問題しかない気がするんだけど、風歌さんの親戚の方のホテルの経営は大丈夫なのだろうか?
ともかく、そういうわけで私はいま、バスの停留場でベンチに座りながら巴達を待っているのだが────
「暑い……」
そう、暑い……猛烈に暑い……。
初夏の日差しは容赦なく停留所に降り注ぎ、ベンチに座っている私を蒸し焼きにしていた。
路面のアスファルトも日差しによって熱せられ、さながら火にかけたフライパンのようだ。
そのせいで遠くの路面のアスファルトもゆらゆらと揺れて、陽炎が見えている。
きっと、うだるような暑さとはこの事を言うのだろう。
「うぁ~……」
死ぬ……死んでしまう。
暑さで頭の中が茹で上がって、もうどうにかなってしまいそうだ。
《夏だからね~。今年は例年よりも暑いって、ニュースで言ってたね~》
ヒカリは夏の暑さなどどこ吹く風と言った様子で、いつも通りの呑気な喋り方でそんな事を言う。
いいよなぁ……ヒカリは。実体化してない今はこの暑さを感じずに済むんだから……。
ちなみにこのバスの停留場に屋根はない。
なので、ヒカリと違って私にはこの殺人的な日差しから逃れる術はない。
「ああ、もう……喉がからから……」
私はうんざりした気持ちになりながら鞄から水筒を取り出し、汗をかいて失った水分を補給をした。
「あぁ、早く着すぎた。待ち合わせの時間までまだ二十分もある……。こんな事なら待ち合わせ場所を別の場所にするか、もっと早朝にするんだった……」
今の時刻は朝八時四十分。
待ち合わせ時間の九時より二十分も早く着いてしまった私は、そのせいで夏の朝の日差しによって苦しめられていた。
私は少しでも日差しから逃れるために、麦わら帽子を目深に被り、ベンチの裏にしゃがみこんだ。
しかしベンチの裏に入って夏の日差しから逃れた所で、やはり暑さからは逃れられない。
今度は熱せられた地面のアスファルトの熱が、私を蒸し焼きにしようとしている。
「あぁ~……もう!」
暑さに耐えかねた私は、着ていた白いワンピースの胸元を少し空け、手で扇いで風を送り込んだ。
けれども胸元に送り込まれるのは生暖かい風ばかりで、私の体は一向に涼しくはならなかった。
《ちょっと~? 胸元開けすぎだよ~!?》
「あ、ごめん……」
ヒカリに咎められ、私は慌ててワンピースの胸元から手を離した。
《いま、胸を見てたでしょ~!?》
《いや、見てないよ……》
実際、見ていない。
普段なら思わず見てたかもしれないけど、そんな余裕が無いほど暑い……暑すぎるのだ。
《ほんとに~?》
まだ疑ってる……。私はヒカリの念話を無視して、再び手で扇いで風を顔に送る。
だけど、やはり生暖かい風が顔に送られてくるだけで、全く涼しくはならない。
むしろ手で扇ぐ動作のせいで、余計に体が暑くなってしまった。
そして、大量の汗が頬を伝って、顎先から滝のように流れ落ちていく。
「うぅ……」
足元を見ると、私の汗で水溜りが出来てしまっていた。
まずい……このままじゃ脱水症状でほんとに死んでしまいそうだ。
私は急いで水筒を取り出し、また少し水を飲んだ。
「んっ……ぷはぁ……」
────ああ、冷たい。水筒の保冷機能と、中の氷のおかげだ。
この水筒の中の氷を口に放り込めば、きっととても気持ち良いだろうなぁ……。
けど、そうすると今度は生ぬるい水を飲むことに────いや、待てよ?
……氷が無いなら、作ればいいじゃないか!
「よし! ジャック・フロストのカードを使おう。使う機会の無かった修行の成果を今こそ使うべきだ!」
《ええ!?》
私は魔宝石を輝かせ、変身せずに魔法杖とジャック・フロストのカードだけを取り出した。
────そう、今から私は生身の体のまま魔法を使う。
生身の体内に魔力を循環させる訓練の成果──そのおかげで、私は変身せずに魔法やギフトを使う事が出来る。
もちろん生身のままなので、魔法少女の概念体と違って通常の物理攻撃は効いてしまうが、このままでも身体能力の強化などはある程度までは使うことができる。
当然、ギフトについても同様だ。
《あのね~。それはもしもの場合、緊急事態に備えて教えたんであってそういう事に使うために教えたんじゃないんだよ~?》
「……今がその緊急事態なんだよ、ヒカリ。私はいま死にかけてる」
そう、これは緊急事態だ。
たしかに魔法を私利私欲のために使うのはよくないかもしれないけど、いまの私は熱中症で死にかけている。
だから、その事態を避けるために私が魔法を使うのは、これはもうやむを得ない事態と言える。
それでも文句があるなら、ヒカリも実体化してこの暑さを味わってからにしてほしい。
「よし! 頼んだよ! ジャック・フロスト!」
私は魔法杖にジャック・フロストのカードを挿入し、その能力だけを開放した。
「ふぁ……」
そして、ひんやりとした空気が停留所を包み込んでいく……あまりの気持ちよさに、変な声が出てしまった。
日差しはどうにもならないけど、ジャック・フロストの力のおかげで、停留所はまるでクーラーの効いた一室のようだ。
「生き返ったぁ……」
《もう~。人が来たらすぐ止めるんだよ~? 不自然に思われるから》
「はいはい、分かってるよ……んっ」
暑さの問題が解決して一息ついた私は、また水筒の蓋を開けて少し水を飲んだ。
さっきから何度も飲んでいるせいで、水筒の中の水がだいぶ減ってしまっている。
なので、私はジャック・フロストの力で水筒の中に氷を作り、中の水を補充をした。
これでまだまだ水を飲む事が出来る。
《さっきから飲み過ぎじゃない? 大丈夫~?》
「こう暑いと仕方ないよ。それはそうともう八時五十分か……。そろそろ誰か来るかな?」
すっかり快適な空間になった停留所のベンチに座りながら、私は遠くを見つめた。
すると、立ち昇る陽炎の向こう側から、長い黒髪のポニーテールを揺らしながら歩く人影が見え始めた。
《ねえ、あれってもしかして~》
「ああ、間違いない」
巴だ──巴が私の座っているベンチまで歩いてきている。
風歌さんに相談して巴と話し合うと決めたが、こうして実際に会うとやっぱり緊張する。
最初に何を言えばいい? やっぱり、ここはまずは謝るべきだろうか? それとも普通に挨拶をまずは交わすべきか?
そんな風に迷っている間に巴はどんどん近づいてきて、とうとう私の前にまで来てしまった。
「あ、その……」
何から話せば──こうして、巴を目の前にしても私は迷っていた。
そのせいで私はもごもごと口を開くが、肝心の言葉が出てこない。
「……おはようございます、先輩」
そうしているうちに、巴が先に挨拶をしてきた。
普段の明るい雰囲気は影も形もなく、どこかよそよそしい固い声だった。
「ああ……おはよう、巴」
そんな巴の様子に釣られてしまったのか、私もまた固い声で挨拶を返してしまった。
「はい……」
巴はそれに力ない声で返事をして、停留所のベンチに腰を下ろした。
……そんなに大きいベンチじゃないのに、私と巴の座っている場所は微妙に距離が空いている。
その距離はまるで、今の私と巴の心の距離を表しているかのようだ。
駄目だ。このままじゃ何も変わらない。
なんでもいいから、まずは私から話しかけないと……そう思うのに、やはり何を言えばいいのかが分からない。
結局、挨拶以外で巴に話しかける事が出来ず、そのまま会話が完全に途切れてしまった。
私も巴も一言も喋らないせいで、蝉の鳴き声だけが余計に大きく聞こえてうるさい。
《ちょっと、勇輝~! なんか話かけなよ~! 仲直りしなと~!》
そんな私達を見たヒカリが、念話でやかましく騒いでいる。
ヒカリに言われなくたって、何かを話しかけないといけないのは分かっている。
《分かってるよ……けど……》
けど……一体、どんな風に話しかければいいのかが分からない……。
前はもっと自然に話す事が出来たのに……。今は巴とどんな風に会話をしていたのかすら、もう思い出せない。
どうすれば……会話の糸口すら掴めないまま、無情にも時間は過ぎていく。
どのくらいが過ぎてしまったのだろうか? 腕時計を確認すると、集合時間の約五分前になっていた。
もうそろそろ、他の誰かが来てもおかしくはない。
「……んっ」
私は緊張して乾いた喉を潤すために、また水筒の蓋を開けて少しだけ中の水を飲んだ。
《水飲んでる場合じゃないでしょ~! ……って、飲み過ぎじゃない?》
そう言われても、喉が乾くんだから仕方ないじゃないか。
私は水をごくごくと飲みながら、横目で隣の巴を様子を窺う。
やはり、今の巴には以前のような快活さは見る影もなく、不安そうな顔で俯いてる。
目に映る空は快晴なのに──まるで、私と巴の間にはあの夜のように分厚い雲が空を覆い、雨が降り注いでいるような……そんな重い空気が漂っている。
《もう! なんかポエミーな事考えてないで! 勇輝! 話しかけようよ~!》
《誰がポエミーだよ……》
でも……そうだ。ここで尻込みしてもしょうがない。
風歌さんも、ちゃんとお互いどう思ってるか話し合えって、そう言ってたじゃないか。
よし……とにかく何でもいいから話しかけるぞ!
「あ、あの! とも────」
覚悟を決めた私は、巴に話しかけるために勢いよく振り向き、口を開いた。
……だが、
「────おっはよー! 沙希ちゃん! 巴ちゃん! 今日も暑いねー!」
振り絞った私の声は、後ろからやってきた風歌さんの元気な声によって、あっけなくかき消されてしまった。
……風歌さんが悪いわけじゃないのだが、巴に話しかけるタイミングを失ってしまった。
「あ、はい……おはようございます」
「おはようございます……」
私と巴は風歌さんに挨拶を返した……が、その声は暗い。
まるでお通夜か何かだ。自分でも、ここまで暗く元気の無い声になるとは思わなかった。
「…………あれ? 何、この空気? ……ひょっとして私が来るタイミングが悪かった!? いま、仲直りしようとしてとか!? 私、空気読めてなかった!?」
風歌さんは私と巴を交互に見ながら、すごく申し訳なさそうな顔をしている。
私達が暗い声で挨拶を返してしまったせいだ。
「い、いえいえ! 全然、そんな事ないですよ! だよね!? 巴!?」
私は慌てて否定しながら、巴にも同意を求めた。
「ええ……まあ……」
巴は暗い声のままだけど、頷いて私に同意してくれた。
……実際、今のは風歌さんが悪いわけじゃない。単純に間が悪かった。
というか、さっさと話しかけなかった私が悪い。
「そっか……なら、いいんだけど……」
そう言うと、風歌さんはしょんぼりとしながら、私と巴が中途半端に明けたベンチの間に座った。
せっかく、風歌さんが来てくれたのに……。また、重い沈黙が停留所を包み込んでしまった。
そして、そのまま集合時間の九時になった。
風歌さんに続いて、凛々花ちゃんと優愛ちゃんも停留所へとやって来た。
「あ、おはようございます……。あの、何か……ありました?」
「えっと、九時集合ですよね? アタシ達、少し遅かったですか?」
二人は案の定、停留所に包まれている重苦しい雰囲気に戸惑っていた。
「いやいや! そういうわけじゃないよー! 暑さでみんなぐったりしてたんだよー! うん! それだけ!」
「なるほど……。たしかに今日は暑いですもんね。あれ? でもなんだかここは涼しいような……」
炎天下にも関わらず、停留所だけが涼しい事を優愛ちゃんが訝しんだ。
「あ、ほんとだー!? なんで!?」
多分、沈みきった暗い空気を吹き飛ばそうと、風歌さんは気を使ってくれたのだろう。
若干わざとらしいぐらいの高いテンションで、優愛ちゃんの話題に乗ってくれた。
────ありがとうございます、風歌さん。
私は心の中で風歌さんに感謝しながら、二人の質問に答えた。
「ああ、それは私のギフト──魔獣カード『ジャック・フロスト』の冷気の力で涼しくしてるんですよ」
「ええ!? 変身していないのにギフトが使えるんですか?」
「ほんとに!?」
私の答えを聞いた三人は目を見開いて驚いていた。
「うん。ちょっとしたコツさえ掴めば、変身せずに魔宝石から魔力を引き出して魔法やギフトを使う事が出来るんだよ」
「すごい……そんな事が……。それって私達にも出来るようになりますか?」
「魔力操作の訓練を応用すればすぐ出来るようになると思うよ」
「変身せずに使えたら便利だよねー! 私も風のギフトで家で扇風機いらなくなるし!」
変身せずに魔法を使う方法を聞いて、沈んでいた停留所の空気が少し明るくなった。
だけど、もう巴に謝罪する空気でも、あの日の話題を口にする雰囲気でも無くなってしまった。
仕方がない……後でまた巴に話しかける機会を伺うか。
「あ、そろそろ時間だねー」
そうして、みんなで話が盛り上がっている間に、バスがやってくる時間が近づいてきた。
私達はベンチに置いていたそれぞれの荷物を手に取り、バスに乗り込む準備を始める。
「あの、先輩……」
「え、巴?」
突然、巴が挨拶以外で初めて私に話しかけてきた。
まさか、今? 今ここであの日の話の続きをするのか?
巴に話しかけられて戸惑うを見て、風歌さん達も微妙な空気を察していたのだろうか。
雑談をしていて、私達の話は聞こえていないという態度を取ってくれた。
「あー……キョウハアツイネー……」
「デスネー……」
「……ちょっと、凛々花ちゃん。風歌さん。もっと自然に……」
まあ、こうして私が察している時点で、バレバレなんだけど……。
しかも、すごく棒読みだし……。
ともあれ、みんながせっかく気を使ってくれているので、私は巴が次に何を言うのかを待つ事にした。
巴は伏し目がちに私を見つめながら、少しずつ話し始めた。
「実は今日、ですね……」
「うん……」
「風歌さんにも事前に許可は取ってあるんですが……もう一人、来るんです」
「え? もう一人?」
この五人以外にもう一人──それって、もしかして……。
「……おはよう」
巴の話を聞いて、私がある少女を連想していると、後ろから小さくささやくような挨拶が聞こえた。
この声は、やっぱり……。
「君は……」
声の方へと振り返ると、思った通り見覚えのある黒髪の少女が立っていた。
「え? 誰……?」
「えっと……沙希さん達のお知り合いですか?」
突然現れた黒髪の少女に、凛々花ちゃんと優愛ちゃんは困惑している。
「いやぁ……多分、聞いたら驚くと思うよー」
一方、風歌さんはどういうわけかその黒髪の少女の事のを知っているようだった。
風歌さんの親戚のホテルに泊まるから、もしかしたら事前に巴が連絡したのかもしれない。
「えっと、私から言ってもいいのかなー……」
風歌さんは二人に黒髪の少女の正体を口にするのを躊躇っていた。
困った時の癖なのか、指先で毛先をくるくると巻いている。
風歌さんが言い淀むのも無理もない。
だって、彼女は二人にとって────
「彼女は星空美月。魔法少女──マジカル・ノクスです」
言い淀む風歌さんの代わりに、巴が黒髪の少女の正体を口にした。
「はあ!?」
「ノクスって……あの!?」
美月がノクスだと聞いた途端、凛々花ちゃんと優愛ちゃんはとても驚き、凄い勢いで距離を取った。
まるで苦手な動物や虫に遭遇した時のような反応だけど、、二人はノクスに襲われた事があるのだから、この反応は仕方がない。
「風歌さん! なんでこんな奴を呼んだんですか!?」
凛々花ちゃんは美月を指差し、風歌さんを問い詰め始めた。
優愛ちゃんも何も言わないだけで、とても不満そうな顔をしている。
指を差された方の美月も、不愉快そうに凛々花ちゃんを睨んでいる。
ここがもし魔獣結界の中だとしたら、そのまま戦いが始まってしまいそうなぐらい、一触即発の空気だ。
「いやー……巴ちゃんがどうしても一緒にって言うし、魔法少女同士仲良く出来たほうがいいかなー……って」
「でも、だからって!」
「まあまあ! ここはお姉さんの顔を立てると思ってさー。お願い! ね?」
そう言いながら、風歌さんは凛々花ちゃんと優愛ちゃんと両手を合わせた。
「まあ、風歌さんがいいなら、いいですけど……」
風歌さんの説得に、渋々といった様子で凛々花ちゃんは納得し、美月も視線をぷいっと逸した。
よかった……海に辿り着く前に喧嘩をしてこの場で解散──なんて事態は避けられたようだ。
風歌さんのおかげだ。私はほっとして、緊張で乾いた喉を潤すために、また水筒に口をつけた。
しかし、巴のやつ……本当に美月を呼んでいたとは驚いた。
海に遊びに誘われても来なさそうな美月が、本当にここに来た事にも驚いたけど。
前は馴れ合うつもりはないみたいな事を言っていたのに、一体どういう風の吹き回しで────
「あなたがマジカル・ステラ──日向沙希さん?」
そんな風に美月の事について考えいたら、その当の本人が私に話しかけてきた。
「え、そうだけど?」
「ふーん……そう」
なんだろう……やけにジロジロと見てくるな。
この姿で会うのは今日が初めてのはずだけど、一体どうして……。
《勇輝! もしかして、その沙希の姿だからじゃない?》
《あ!》
そうか! この『沙希』の姿──これが美月の姉『マジカル・ルクス』の生身の姿だからか!
姉と同じ姿をした私の正体が気になるから、こうして今もジロジロと観察しているのだろう。
あの夜の遊園地で、巴からルクスの変身前の名前が『沙希』だと聞いた時にそうなんじゃないかと思っていたが、やっぱり正解だったようだ。
《でも、それにしてはなんだかあまり驚いてないよね~……。普通、いなくなったお姉さんと瓜二つの人と出会ったら、もっと驚くよね~?》
《……もしかしたら、どこかでこの姿に戻るのを見られていたのかも》
それだけならいいけど……もしかしすると、私の正体が男だいう事も知られているかもしれない。
もしそうだったら──最悪の事態を想像して、私の背筋がぞくりと震えた。
そんな風に私が怯えていると、美月がゆっくりと顔を耳元に近づけてきて、
「今日はあなたが何者か……私が見極めさせてもらうから。覚悟しておいて」
底冷えのするような声で、そう囁いた。
やっぱり、正体を知られている?
いや、今の口ぶりからするとまだ確信には至っていない?
一体、どっちだ?
「あ、みんなー! バスが来たよー!」
考え込んでいるうちにバスが到着してしまった。
「よーし! みんなー! 乗り込めー!」
「…………」
風歌さんは無理にテンションを上げているが、みんなは無言のままバスに乗り込んだ。
どうみてもこれから海で遊ぼう! というテンションじゃない。
凛々花ちゃんと優愛ちゃんは美月に不信感を持っていて、すごく警戒しているし、二人に警戒されている美月も、私の正体を探ろうと私をジロジロと観察している。
当然、観察されている私も、自分の正体がバレるかもとビクビクと震えて怯えている。
こういう時にフォローしてくれそうな巴も、私と仲直り出来てないせいか無言で窓を見つめたまま、何も言ってくれない。
────今日は海に遊びに来たはずなのに……。
どうして、こんなにも気まずい空気になってしまったのだろう……。
この空気のせいで、いつの間にか緊張でまた喉がからからになってしまっている。
「……んっ」
私は喉を潤わせるために水筒の蓋を開けて、また水分を補給した。




