マジカル・ステラ ─魔法少女と卵と俺─

第三章 取材編

第二十話 恋する魔法少女

「それじゃあ、俺はこれで────」

「待って……」

　同人誌を渡して立ち去ろうとする俺を、美月がとても小さな声で呼び止めた。

「あの……その……」

　もじもじとしながら言い淀む今の美月の姿からは、正体があのマジカル・ノクスだなんて想像もつかない。

「えっと、何かな？」

「あの……ステラに助けられた事があるって本当？」

「え？ ああ、うん。マジカル・ステラという存在に助けられたのは本当だよ」

　本当は違うけれど、まったくの嘘でもない。

　俺はヒカリに出会って魔法少女になったあの日から、ある意味でマジカル・ステラという存在に救われている。

　ステラという存在は何の力も無い俺に、人々を守る力を与えてくれたからだ。

「じ、じゃあ……写真……」

「え？」

「ステラの生写真……見せて……あと私にも写真を送ってほしい……」

「ええ！？」

　頬を赤く染め、うつむきもじもじとしながら写真が欲しいと美月は懇願する。

　ステラの同人誌を大地と取り合った件といい、まさかとは思うがこの子は……。

「……そんなにステラが好きなの」

「ち、違う！ 写真を貰うのも、この本もその……資料……だから」

「資料……？」

「そ、そう資料！ 私は取材で魔法少女について調べてるの……」

「資料って……」

　いや、その言い訳は無理があるだろう……ネットや聞き込みで目撃情報とか集めるのならともかく、アニメショップでグッズを買い漁って、それを資料と言い張るのは。

　大体、一緒に買ってるマギキュアのグッズは、魔法少女とは関係ないと思うのだが。

　そんな事を思いながら美月のカゴの中をのマギキュアグッズを見つめていると、彼女はまた慌てて言い訳を口にし始めた。

「あるの！ マギキュアも魔法少女にちゃんと関係がある！ ……まず、マギキュアは7年も続く人気アニメシリーズ。とくに初代マギキュアは圧倒的な人気を誇っていた。そして、魔法少女達はおそらくほぼ全員が十代前半の少女達。つまり年代的に、彼女達は初代マギキュアを見て育ったと言っても過言じゃない。だからそのマギキュアが、魔法少女達が思い描く魔法少女像そのものに、大きな影響を与えているのは間違いない。ということはマギキュアを詳しく調べる事は、今いる魔法少女達のルーツを調べる事でもあるわけなの。例えば、最近コンビの魔法少女として有名になりつつあるマジカル・ローズとコスモスの衣装は、あきらかに2年前のブロッサム・マギキュアの主人公二人を参考にしているし、他にも有名な魔法少女では────」

　さっきまでもじもじとしていたのに、マギキュアについて語り始めた途端、美月は饒舌に語りだし始めて、しかも止まる気配が全くない。

「わ、分かったから！」

　このまま放っておいたら延々と語り続けてそうだ──そう思った俺が慌てて会話を止めると、まだ語り足りないのかすごく不満そうな顔で、渋々美月は会話を止めてくれた。

　色々言い訳しているけど、どうみてもただのマギキュアオタクだこの子……。

「……とにかく写真は資料として欲しい。そういうわけだから」

「あー……えっと写真はパソコンの方にデータ移しちゃったから今は無いかな」

　そもそもステラの写真なんて無い。

　そんな写真がスマホにあったら、俺は変身して自撮りしてるただの痛い奴だ。

　……実は自分で撮った事はあるけど、保存はしていないから俺はギリギリ痛い奴じゃない。

「じ、じゃあ連絡先交換して……家に帰ったら即、写真を送って！」

「うわっ！？」

　写真が無いと言った途端、美月はすぐに鼻息を荒くしながら俺にそう迫ってきた。

　正直、今の美月はかなり残念な感じで、さっきの大地と大差ないレベル……は言い過ぎか。

　さすがにそこまでじゃないが、それでもちょっと必死過ぎて怖い。　　

「いや、まだ写真あげるとは一言も……」

「そんな……」

　俺がそう言うと、美月はこの世の終わりのような表情で呆然とした。

　そして、そのまま膝から崩れ落ちて、店内の床に手をついて落ち込んでしまった。

「え？ 何してるの、あの子……」

「さっきも誰かと騒いでたけど……」

「痴話喧嘩か何か？」

　うわぁ……まずい。せっかく、うるさくしていた大地が立ち去ったのに……。

　美月が四つん這いになっているせいで、また周りの人たちの注目を集めてしまっている。

　しかも、周りの人達には俺が何か酷い事を言っていると思われたらしく、非難めいた視線が俺に向けられてしまっている。

「分かった、分かった！ あげるから！ だから、早く立って！ ほら！」

「ほんと！ ありがとう……！」

　これ以上注目を集めたないので、俺が仕方なくそう返事をすると、美月はすぐに顔を上げてパッと顔を輝かせて感謝の言葉を口にした。

「ありがとう！ 本当に……ありがとう！」

　よっぽど嬉しかったのか、美月は俺の手を握って満面の笑みで感謝の言葉を口にしている。

　……こうして見ていると、今の美月は本当にマギキュアと魔法少女が好きなだけの、普通の……いや、ちょっと変わっているだけの女の子にしか見えない。

　この子が本当にあの魔法少女達を襲って、変身能力とギフトを奪っていたあのマジカル・ノクスなのだろうか……。

「あ……」

　考え込む俺を見て、今の自分の行動にドン引きされていると勘違いした美月は（正直、勘違いでもないけど）慌てて手を離し、俺から距離を取った。

「じゃあ、よろしく……写真は必ず送って」

　顔を少し赤くしながら、上目遣いにこちらを見つめて念押ししてくる美月。

「ああ……必ず送るよ」

　俺は美月にそう約束し、後で写真を送るためにスマホで互いの連絡先を交換した。

　しかし、凛々花ちゃんに優愛ちゃんに巴、そして今度は美月か……。

　女子の連絡先なんて幼馴染の茜と妹の日和ぐらいしか載っていなかった俺のスマホも、最近は随分と充実してきた気がする。

　別に充実させたかったわけじゃないけど。

「その……。改めてありがとう……えっと……」

　美月はまた俺にお礼を言いながら、スマホのアドレス帳に乗っている俺の名前を確認していた。

「俺は勇輝。日向勇輝」

　俺は美月が名前を確認するよりも前に、自分の名前を告げた。

　美月はこくりと頷き、彼女もまた自分の名前を告げた。

「私は星空美月……。写真もだけど、さっきの同人誌の事も本当にありがとう……」

「どういたしまして」

「それじゃ、その……さようなら」

「うん、さようなら」

　互いに別れの言葉を口にした後、美月は俺に向かってもう一度小さく頭を下げ、足早に店の外へと飛び出していった。

　そして、美月の姿はすぐに見えなくなり、代わりに物陰から巴とヒカリが現れ、ニヤニヤとしながら俺をからかい出した。

「先輩、やりますねー。友達をダシにして上手いことあの子の連絡先ゲットしたじゃないですかー」

「ヒカリ知ってるよ～？ あれってナンパって言うんだよね～？」

　絶対そんな風にからかってくると思ったよ……。

　たしかに、傍から見ているとそんな感じだったかもしれないけど。

「しかし、少し様子を見に来るだけのはずが、思いがけず直接話す事になるとはな……しかも男の姿のままで」

「せっかくだし、このまま攻略したらいいんじゃないんですか？ 最終的に、愛する先輩の言うことならなんでも聞くようにしちゃってですねー」

「仮にも自分の友達を攻略しろとかお前……」

　またふざけた事を……と思っていると、巴は意外な事に真面目な顔をしてその話をさらに続けてきた。

「いや、結構真面目に言ってますよ？ そりゃまあ、先輩じゃ口説き落とすなんて無理でしょうけど、話し相手ぐらいにはなれるでしょ？ あの子は私以外に友達いないし私とも疎遠になってるんで、今回の事をきっかけにして、先輩があの子の話し相手になってあげてくれませんか？」

「まあ、話を聞くぐらいなら……」

　なるほど……どうやら巴は、美月の事を友達として真面目に心配しているようだ。

　ステラの写真を送った後も、美月が俺に会ってくれるか分からない。

　けど、やるだけはやってみよう。

　彼女の話を聞く事で、戦って止める以外の解決の道筋が見えてくるかもしれないし。

「じゃあ、とりあえず先輩。変身して写真、撮りましょうか」

「え？」

　巴がニヤニヤしながら、突然そんな事を言いだした。

　俺は一瞬、何を言われているのか分からず、口をぽかんと開けたまま固まってしまった。

「先輩の友達と美月、二人に送る写真ですよ」

「あ……」

　そうだった……考えないようにしてたけど、ステラの写真が今手元に無いから、俺は改めて自分で写真を撮って二人に送らないといけなかったんだ。

　まあ、でも適当に自撮りしたのを送れば……と俺は考えていたのだが、

「可愛いのを撮って、二人に送ってあげようね～」

「先輩、安心してください！ みっちゃんと先輩の友人が大喜びするような、素敵な写真を撮って見せますから！」

　巴とヒカリはニヤニヤとしながらそんな事を言ってきた。

「ええ！？ いや、適当でいいから！ 適当にパシャっと撮って送れればそれでいいから！」

冗談じゃない！ 何が悲しくて大地と美月相手に、そんなに気合入れた写真を送らなきゃならないんだ！

「駄目だよ、それじゃ～。二人共、ステラのファンなんだからちゃんと可愛くポーズも決めたのにしないと～」

「そうですよ！ どうせなら私の家に移動して、使ってない空き部屋を簡易撮影スタジオにして、それから……」

　ヤバイ……なんかヒートアップしている。

　このままじゃ、どんなポーズの写真を撮らされるかわかったもんじゃない。

　────よし、逃げよう！

　俺は早速、二人が相談している間にこっそり移動し、そろそろと店を出る事にした。

　だが、　

「さあ、行きましょう、先輩♪」

「可愛く撮ってあげるからね～」

　店の外に出た瞬間、いつの間にか追いついていた巴に肩を掴まれてしまい、俺は逃げ切る事が出来なかった。

「いいから！ 本当にいいから！ やだ……やだー！」

　────その後、俺は抵抗虚しく巴のマンションまで連れて行かれてしまった。

　そして、空き部屋でステラに変身させられて、本当に撮影会が始まってしまった……。

「駄目、駄目～！ 全然、気持ち籠もってないよ～！」

「笑顔か硬いですよー！ もっと自然に……そうそう！ そんな感じ！」

　巴が用意した高価そうなデジカメで、俺は何度も何度も……本当に何度も撮り直させられて、最後は半ばヤケになりながら、二人の要求に応じてポーズを撮った。

　撮影会は日が落ちて辺りがすっかり暗くなった頃、二人が納得する最高の一枚を撮り終えてようやく終わった。

「最ッ高ですよ、先輩！ これならみっちゃんも先輩の友達の人も大喜びですよ！ 大興奮間違いなしですよ！」

「本当だよ～！ すごく可愛く撮れてて、きっと二人もメロメロになるに違いないよ～！」

「…………」

　大喜びする巴とヒカリを死んだ目で見つめながら、俺は取り終えた写真を大地と美月に送信した。

　そして後日、二人の言う通り興奮して大喜びの大地に俺は感謝され、自分が送ったステラ(自分)の写真の良さについて、大地に一時間近く語られる事になるのだった。　

　口は災いの元とは、まさにこの事だ。

　写真をあげるなんて、あんな事言うんじゃなかった……。

───────────────

　アニメショップで出会った少年──日向勇輝にステラの写真を貰える事になった私は、足取りも軽やかに自宅の屋敷前へと帰宅した。

　周囲を確認し、誰も見ていない事を確認した私は魔宝石(オーヴァム・ストーン)を輝かせ、生身のまま強化された身体で二階の自室の窓まで跳躍し、中へと入る。

　別にお父様に禁止されているわけじゃないけど、アニメショップでグッズを買っている事は恥ずかしいから隠したいので、こうして自分の家に忍び込むように出入りをしている。

　私は鼻歌を歌いながら、早速今日手に入れたグッズを机に広げて確認する。

　今日は狙っていたステラの同人誌も無事手に入ったし、なかなか良い収穫だった。

　達成感に、私は思わず笑みがこぼれる。

「なんだか上機嫌だね、美月。ステラの写真が手に入るのがそんなに嬉しいのかい？ ステラの写真なんてネットにいくらでもあるじゃないか」

　そんな風にしばらく机の上でニヤニヤしていると、部屋の中に二本足で立っている黒猫が現れて、私に問いかけた。

　この黒猫の名前はバロン。お姉様が自分の好きだったアニメ映画から付けた名前だ。

　私──マジカル・ノクスの妖精で、かつては始まりの魔法少女であるお姉様──マジカル・ルクスの妖精でもあった。

「……別に上機嫌じゃない。それに今回のはネットには上がっていない写真の可能性が高いし。宿敵の資料を少しでも集めるのは当然の事」

「宿敵、ねえ……」

　私がそう言うと、バロンはため息をつきながら机の方へと視線を向けた。

　机の前の壁に貼られたコルクボードには、印刷して張り出されたステラの写真が何枚も貼られていた。

　そして、机の上にも今日買った以外のステラや他の魔法少女の同人誌、そしてマギキュアのグッズなどが大量に置かれている。

「資料かぁ……」

　それらを見ながら、「これのどこかが資料？」とでも言いたげにバロンがこちらをジト目で見つめてきたので、私はいつも通りの言い訳を口にした。

「何度も言ってるけど、この写真やグッズは胆を嘗めて報復の志を忘れまいとするようなもの……いわば臥薪嘗胆。私の邪魔をした邪魔なステラへの敵意を常に忘れないようにしてるだけ」

　そう、だから私が実際にステラを見て、そして戦った事で、彼女の美しさと強さに一目惚れをしたなんて事は絶対に無い。

　絶対に────

「あ、写真が送られてきたみたいだよ、美月」

「え！？」

　バロンに言われてスマホを確認すると、たしかに誰からメールが送られてきていた。

　確認すると、送信相手はあの日向勇輝だった。

　どうやら、約束通りにステラの写真を送ってきてくれたようだ。

　私は素早くスマホを操作して添付ファイルの写真を確認して、

「……っ！？」

　思わず息を呑んだ。

「ああ────なんて、綺麗……」

　きっと、あの日向という少年に写真を求められて、照れながら撮影に応じたのだろう。

　写真には、こちらに向かってやや恥ずかしそうに、困ったような微笑みを浮かべているステラが写し出されていた。

　戦いの時に見せる覚悟を決めた凛々しい顔も素敵だけど、優しく微笑む顔も魅力的で抱擁力のようなものを感じる……。

「あのー……美月？ なんか顔赤いし、陶酔しちゃってるけど……美月？ おーい……」

　ステラの写真のあまりの美しさに私は見惚れてしまい、呼びかけてくるバロンの声もどこか遠くから聞こえてくるように感じた。

　同じ力を持ちながら私と対立して魔法少女を庇うステラは、いずれ倒さなければいけない宿敵だ。

　敵意以外の感情を彼女に持ってはいけない。そう心に決めていたのに……。

　────けれど、もうこれは認めるしかない。

　私は彼女の──マジカル・ステラの美しさと強さに、どうしようもなく心を奪われてしまったのだと。