南方作戦1
誤り・ご意見などありましたら、言って頂けると幸いです
1941年12月4日未明、秋津皇国海軍南遣艦隊は海南島三亜基地を出撃した。
南遣艦隊はマレー・インドネシア方面攻略のための艦隊であり、南方作戦の主力の方翼である。
南方作戦のもう一つの主力であるフィリピン部隊については、後ほど語るとしよう。
南遣艦隊は先任である第二艦隊司令長官近藤信奈中将の指揮下に加わり、南方作戦に於ける海上戦力として組み込まれていた。
南遣艦隊司令長官大河内傳那中将は、計15隻の艦艇と共に皇国陸軍のマレー上陸船団護衛を担っていた。
元々の南遣艦隊の兵力は、第26戦隊所属の練習巡洋艦『香椎』『鹿島』を基軸とする弱小艦隊である。これと第二艦隊の一部が合流し、皇国陸軍船団を護衛する。
南方作戦の主力としては、第二艦隊より重巡10隻と、第2水雷戦隊、第18駆逐隊が投入された。
第二艦隊は南方部隊本隊とし、第二艦隊司令長官近藤信奈中将が指揮をとることになる。
近藤中将麾下の本隊は、重巡洋艦『高雄』『愛宕』『鳥海』『摩耶』『最上』『三隈』『鈴谷』『熊野』、軽巡洋艦『神通』、駆逐艦『村雨』『夕立』『春雨』『五月雨』『嵐』『萩風』『野分』『舞風』『朝雲』『山雲』『夏雲』『峯雲』『海風』『山風』『江風』『涼風』の戦力である。
また、第二艦隊所属の艦艇で、重巡洋艦『浅間』『浪速』、駆逐艦『霞』『霰』『陽炎』『不知火』が南遣艦隊と合流し、陸軍輸送船団の護衛に就いている。
護衛対象である陸軍の輸送艦は27隻だ。
また、サイゴンとツダウムには松永市香海軍少将率いる第二二航空戦隊の零式陸上攻撃機(史実の一式陸攻)144機、一式艦上戦闘機(史実の紫電)12機が進出している。
一方、敵となる大英帝国は、トロシア・フィリップス海軍大将率いる東洋艦隊が進出している。
主戦力は戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』、巡洋戦艦『レパルス』の二隻である。これに駆逐艦が四隻である。
"東洋のジブラルタル"と謳われるシンガポール基地では、その二隻の巨艦が皇国軍との戦いを今か今かと待ちわびている。
戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』は英国の最新鋭戦艦であり、秋津皇国の巡洋艦と当たると、間違いなく秋津側が多大な被害を被る事になっただろう。
最悪、皇国艦隊の壊滅もあり得る。
だが、引き下がる訳には行かない。
これから始まる開戦劈頭のマレー攻略は南方作戦の存立基盤となる戦いであり、その護衛を担う南遣艦隊は重要な位置づけであると言えた。
ーーー決して侮る事は出来ない相手。頼みの綱は皇国の技術の結晶である航空戦力。そう、22航戦ね。果たして、航空隊で戦艦を沈めるのかしら……
大河内傳那中将は不安な素振りを一切見せず、心の中で呟いた。
この時の世界の一般論では、航空機で戦艦は沈める事が不可能と言われていた。
カラブリア海戦を始め、地中海ではイタリア機動艦隊と英国機動艦隊の双方が航空戦での攻防を繰り広げているが、未だに航空機による戦艦撃沈は叶わずにいた。
精々がイタリア戦艦『ジュリオ・チェザーレ』を大破せしめたくらいであり、静止目標である戦艦への爆撃(タラント空襲)に於いても戦艦撃沈は叶わなかった(ヴェネツィア王国は戦闘機の直掩隊で防空した)。
ーーーいざとなれば、夜戦も辞さない・・・
少なくとも、何かしらの損害は与えられるだろう。それが皇国南遣艦隊と英語東洋艦隊の差をどれだけ埋めることができるかにかかっている。
ーーー痛手を受けた戦艦なら、巡洋艦で対処できるかもしれない。いや、必ず対処してみせるわ! 伝統の水雷戦でね。
それは、大河内中将の密かな覚悟であった。
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12月8日午前1時30分、対英戦の開戦である。
これが本当の太平洋戦争の始まりであり、対費戦の開戦である真珠湾攻撃は、この数時間後であった。
「左舷砲戦用意!」
英国植民地であるマレー半島東岸に位置するコタバルに上陸するのは山下文香陸軍中将率いる第25軍麾下第18師団歩兵第56連隊、通称拓海支隊である。
海軍参加艦艇は第26戦隊の練習巡洋艦『香椎』『鹿島』、第12戦隊の重巡洋艦『浅間』『浪速』、第18駆逐隊の駆逐艦『霞』『霰』『陽炎』『不知火』の8隻と、臨時で投入された軽巡洋艦『由良』『鬼怒』であり、陸軍を乗せた輸送艦『淡路山丸』『綾戸山丸』『佐倉丸』『時津丸』、揚陸艦『あきつ丸』『熊野丸』を護衛しつつコタバルに接近した。
「撃ち方、始め!」
海上の一斉に砲声が轟いた。
一瞬の間、昼間のような強い光量が艦上を照らし、それが連続して響き渡る。
艦砲射撃が開始されたのだ。
陸軍兵力上陸前の砲撃支援である。
最大の火力を持つのは、第12戦隊の重巡洋艦2隻だ。大型艦橋が特徴的な改高雄型重巡洋艦は20cm連装砲5基10門を備え、最新式の電探と連動した艦砲射撃を加える。その照準は正確そのもの。
更に、四隻の軽巡洋艦と練習巡洋艦が追い打ちをかける。四隻の14cm砲、合計22門が海岸線に砲弾を放ち、敵陣地に着弾する。
「我々も行くぞ!」
砲撃に呼応したのは、其々の輸送艦に分乗した拓海支隊5300名だ。
作戦としては、砲撃戦で海岸線に張り巡らされたトーチカを攻撃し、敵が怯んだ隙にトーチカが並ぶ敵陣地を一点突破する作戦だ。
「砲戦終わり!」
「上陸! 開始!」
「第一群、突撃!」
艦砲射撃が終わると、秋津の歩兵が海岸線に躍り出た。
海岸線では英印軍第8旅団、6000名との交戦が始まる。
「撃てっ!」
「突撃!」
「大岩本中隊長、戦死!」
戦いは熾烈を極めた。
それは、死に向かって突撃する様なものだった。
「第3小隊、壊滅!」
「第2大隊、山崎大隊長戦死!」
突撃に際し、大隊長以下多数の将兵が倒れ、それでも尚、敵軍の攻撃は止まる事を知らない。
トーチカからの銃撃に、三重に張り巡らされた鉄条網が秋津皇国陸軍の行く手を塞ぐ。
浜辺は死屍累々といった様相を呈し、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「第一群では突破できません!」
「第二群、用意よし!」
「よし! 第二群、突撃!」
それでも、第二群が突撃を敢行する。
その時、後方で爆炎が上がる。
「各員、消化にあたれ!」
英国空軍の攻撃により輸送艦『淡路丸』が大破炎上したのだ。消化活動も虚しく、輸送艦『淡路丸』は鋼の軋む音を立てながら沈んでゆく。
更に、練習巡洋艦『鹿島』に至近弾を受ける。
しかし、被害はそれまでであった。
航空支援隊が到着したのだ。陸上基地から飛来した陸軍の零式戦闘機18機、海軍の九九艦戦18機だ。海上を航行できない陸軍の戦闘機を海軍が誘導したのである。
そして、航空支援を得た秋津は強かった。
墜落してゆくのは英国機のみであり、遂には撃退に成功する。また、敵トーチカへの機銃斉射までも遂行した。
だが、機銃斉射でトーチカは破れない。
「拓海閣下! このままでは!」
「くそっ! やはり爆撃の航空支援が必要か!」
指揮官の拓海美琴少将が眉間に皺を寄せて言い放った。
その時、敵トーチカからの砲撃が止んだ。
「味方、敵陣地突破!」
「攻撃が止まりました!」
吉報であった。
友軍による決死の突撃により、敵トーチカの制圧に成功したのだ。
「ナニッ?! よし! この好機を逃すな!」
秋津陸軍はトーチカ二つを制圧しており、そこから砲撃された鉄条網を突破しにかかる。しかし、鉄条網は砲撃には滅法強い。皇国軍はワイヤーカッターを使い手作業で突破を図る。
しかし、いくらチマチマした作業でも、トーチカが沈黙していては訓練と然程変わらない。
拓海支隊は苦戦しながらも進撃し、日が明けてからは揚陸艦からの航空支援を受ける事ができた。
揚陸艦『あきつ丸』『熊野丸』の艦載機として、陸軍零式戦闘機20機がある。これが防空を担った。
その日の正午には敵飛行場を制圧。午後四時頃には市街地をも制圧した。
拓海支隊はその後、翌年1月3日までに要所であるクアンタンを制圧し、第25軍主力に合流した。
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結論から言うと、英国軍東洋艦隊は航空支援が得られなかった。
「何故よ?! 我々は同じ目的で動いていると言うのにっ!」
艦隊司令官であるトロシア・フィリップス大将は机を叩くと顔を顰めた。
英国東洋艦隊司令部は秋津皇国軍輸送船団を撃滅することで軍の機先を制し、日本軍が態勢を立て直す間に味方の増援を待つという方針を立てていた。
ところが英国空軍司令部は、コタバル飛行場から撤退したこともあり、フィリップス提督に対し哨戒と艦隊上空警戒を約束できなかった。
『遺憾なるも、戦闘機による護衛不可能』
との連絡が空軍から来た事に、フィリップス提督は怒りを露わにしたのだ。
「くそっ! 使えないわね! 何が最も歴史のある空軍よ!」
提督はコーヒーを口に含むと悪態をつき、音を立てて乱暴にカップを机の上に置いた。
東洋艦隊は空軍の援護を受けられなかったが、それでも12月8日20時25分には、シンガポールを出撃した。
事前に東洋艦隊の存在があまりにも宣伝されすぎたため、また極東英国連邦国民に『危機になれば東洋艦隊が出撃する』と長年にわたって約束していたため、面子の関係からも出撃しないわけにはいかなかったのだ。
マレー半島とアナンバス諸島の間に秋津皇国軍が機雷を敷設していたため、Z部隊はマレー半島沿いに北上することが出来ず、同諸島東方を迂回して秋津軍輸送船団に向けて進撃する。
進撃方向に居たのは、南方部隊本隊であった。
南方部隊本隊の戦力は、重巡洋艦『愛宕』を旗艦に第四戦隊、第七戦隊、第二水雷戦隊である。
マレー沖の海域に突入した両艦隊は戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の射程圏内まで近付いた。
しかし、英国戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』搭載のレーダーからも、秋津皇国重巡洋艦『高雄』搭載の電探からも捕捉できなかった。
わずか25マイルの距離だったにも関わらず。
そんな訳で、12月9日になっても『特に敵情に変化無し!』という事で本隊はカムラン湾で燃料補給の為に引き上げた。
また、南遣艦隊も同様にカムラン湾へ引き返していた。
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「敵『レパルス』型戦艦二隻見ユ! 地点【フモハ26】、針路三四〇度、速力20節、一五一五」
12月9日午後3時15分。潜水艦『伊65』が英国軍Z部隊を発見し、上記の電文を打電した。
その地点は、マレー半島プロコンドル島から"196度225浬"の場所である。
「至急、二十二航戦司令、松永少将に連絡しなさい!」
「はっ!」
「近藤中将に連絡! 『直チニ集結ノ上、南下サレタシ』」
「はっ!」
潜水艦『伊65』からの報を受けた南遣艦隊司令長官である大河内傳那中将は、基地航空隊にZ部隊の捜索と攻撃を命令した。
更には、南方部隊本隊に直ちに集結の上、南下するよう命令した。
一方、第二艦隊司令長官近藤信奈中将麾下の南方部隊本隊にも、午後5時25分に『レパルス型戦艦二隻、重巡洋艦二隻、駆逐艦三隻』という情報が入った。
「全艦、集合しつつ、南下を開始するわよ!」
南方部隊本隊はこれを受けて反転、南下した。
潜水艦『伊65』はその後も接触を続けたが、Z部隊を見失ってしまう。
それでも、午後6時22分に再度発見した。
しかし、上空に水上偵察機が出現したため、『伊65』は潜航を行った。これにより、目標を完全に見失ったのだった。
代わって水上偵察機がZ部隊との接触を継続した。そう、潜水艦『伊65』が捉えた水偵は友軍であったのだ。
それからは第七戦隊に所属する最上型重巡洋艦一番艦『最上』、二番艦『三隈』、三番艦『鈴谷』、四番艦『熊野』に艦載されている九九式水上観測機が日没まで触接を続けた。
この内、熊野2号行方不明、未帰還となる。
「他は合流できないの?」
「はい。これが限界かと思われます」
第二艦隊偵察機による接触を続けつつ、散らばった艦隊の合流を急いでいた。そして、以下の艦艇12隻が集結し南下を開始していた。
重巡洋艦『高雄』『愛宕』『最上』『三隈』『鈴谷』『熊野』、軽巡洋艦『神通』、駆逐艦『夕立』『春雨』『五月雨』『嵐』『萩風』だ。
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「全機、発進せよ!」
「帽振れ〜!」
皇国海軍第二十二航空戦隊司令官松永市香少将は南遣艦隊を掩護すべく、悪天候を承知で陸攻隊の出撃を下令した。
陸攻部隊は爆弾を装備し、3波の攻撃隊を発進させが、天候悪化にて引き返すように命令する。
その命令前、攻撃隊である美幌空第二中隊は艦隊を発見していた。
『敵艦隊見ゆ。オビ島150度、90浬」と報告して吊光弾を投下する。
「よし! 仕留めるぞ!」
しかし、これは友軍の重巡洋艦『浅間』『浪速』であった。仰天した大河内中将は松永少将あてに電報『照明弾下ニ在ルハ味方也!』を連送信して攻撃中止と陸攻隊全機帰投を命じる。
これは大河内中将が本海戦で発した数少ない命令の一つとなる。
「南遣艦隊より電報! 『照明弾下にあるは味方なり』です!」
「ナニッ! 至急、攻撃中止! 全機に帰投命令!」
なんとか誤爆は防ぐ事ができた。
ーーー
その頃、Z部隊ではスコールにも恵まれ順調に航行を続けていた。
戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』のレーダーは秋津皇国軍の水上偵察機を捉えていたが、フィリップス提督は船団攻撃の決意を変えず、以下の命令を出した。
【我が目標はシンゴラ沖にして、秋津軍上陸部隊支援部隊中主力艦は巡洋艦複数なるものの如し。愛宕級4、加古級1、最上級4、神通級3の各型巡洋艦と駆逐艦多数あり。
本長官は明早朝、敵の航空攻撃を受ける以前に敵上陸支援部隊を奇襲せんとするも、これに先立って敵艦隊と遭遇するときは優先的にこれと戦い撃滅せんとす。
1800(東京時間午後7時30分)信号を待ちて針路を320度とし、さらに1930(午後9時)280度に変針し、24ノットに増速すべし。その後は10日1600(午後5時30分)C地点(アナンバス諸島付近)に於いて集合し得る如く行動せよ。
明日0745(午前9時15分)を期しシンゴラ突入を決行す。攻撃後は東方に避退す。
10日未明以前に駆逐艦3隻を分離帰投せしめ、その後は戦艦のみにて突撃す。全軍の武運を祈る】
フィリップス提督は駆逐艦『テネドス』が燃料不足気味だったため、午後6時30分に艦隊から分離、単艦でシンガポールに引き返させた。
その際、駆逐艦『テネドス』艦長に対し、10日朝に無線封止を解除し、アナンバス諸島東方に連合国軍巡洋艦・駆逐艦を集結させるよう求めた。
その後もZ部隊はシンゴラ沖の秋津軍上陸船団を目指したが、午後9時45分頃にZ部隊前方5マイルに青い閃光を確認した。
これは皇国零式水偵が投下した吊光投弾であり、シンガポールのパリサー参謀長から受信した「本日午後の航空偵察によれば、コタバル付近の海面に『愛宕型巡洋艦2、駆逐艦11及び輸送船多数集結中なり』との報告を検討した結果、針路をシンゴラから南東のコタバルに変更した。
この時、Z部隊と第二艦隊の距離は23マイルに接近しており、戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』のレーダー(25マイル)が重巡『高雄』を捉えなかったのは不思議としか言いようが無かった。
午後10時30分、フィリップス提督は作戦中止とシンガポール基地に戻り戦力再編を行うことを伝達した。
翌10日午前1時、Z部隊はパリサー参謀長より皇国軍がクアンタンに上陸したとの入電があり、フィリップス提督はシンガポールの帰路中に皇国軍輸送船団を砲撃することを決意する。だがクアンタン皇国軍上陸は誤報であり、Z部隊はかえって皇国軍空襲圏内にとどまることになった。
午前1時22分、同じく同海域でZ部隊の動向を見張っていた潜水艦『伊58』が、右20度600メートルの至近距離に駆逐艦のようなものを発見し潜航した。
直後、針路180度で航行中の戦艦を発見し、以下のように打電した。
【〇一二二 敵主力反転 針路一八〇度】
この電文は全軍に向けて打電されたはずだったが、第三水雷戦隊が受信を確認したこと以外は第二艦隊司令部も含めて受信が確認されなかった。
潜水艦『伊58』は以後も接触を続け、午前1時45分戦艦『レパルス』に向けて魚雷5本を発射したがZ部隊の変針が重なり命中しなかった。
潜水艦『伊58』は浮上航走しつつZ部隊を追跡、以下の3通の電文を打電した。
【我地点「フモロ」45ニテ「レパルス」ニ対シ魚雷ヲ発射セシモ命中セズ 敵針路一八〇度 敵速二二節 〇三四一】
【敵ハ黒煙ヲ吐キツツ二四〇度方向二逃走ス 我之ニ触接中 〇四二五】
【我触接ヲ失ス 〇六一五】
6時15分に打電された電文を最後に、Z部隊の動向は全くつかめなくなった。
電文から推測するに、Z部隊は真南(180度)の方向に航行していると見られる。その為、追撃を断念せざるを得なかった。
「打電『水上部隊ノ追撃ヲ断念ス』」
第二艦隊司令長官、近藤信奈中将は燃料不足の懸念から、午前8時15分に上記を打電した。
南遣艦隊(馬来部隊)司令長官、大河内傳那中将も潜水部隊による追跡を諦め、松永少将指揮下の陸攻部隊にZ部隊への攻撃を託すことになった。
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12月10日6時25分、まず松永少将は元山空第四中隊の九六式陸上攻撃機9機を索敵任務に投入した。
「如何程で敵を発見できるか?」
「予想では4時間後です」
索敵機の発進の後、攻撃隊も発進させる。
索敵機からの報告を手がかりに、進路は決まっている。あとは、敵艦隊発見時に即座に対応するだけである。
「紫電には増槽を付け、どの程度航続するのだ?」
「およそ、2600kmです」
「ギリギリだな」
まず、7時55分にサイゴンから元山航空隊(零式陸攻54機・魚雷装備36機、爆弾装備18機)が出撃。
続いて8時14分にはツドゥムから鹿屋航空隊(零式陸攻27機・全機雷装)が出撃。
直後の8時15分にツドゥムから美幌航空隊(零式陸攻63機・雷装36機、爆装機27機)が出撃した。
計144機の大軍三波には、それぞれ新型の"一式戦闘機『紫電』"が12機つき、万全の態勢であった。
最後の機が離陸したのは9時36分のことである。元山航空隊の雷装零式陸攻1機がエンジン故障のため引き返したが、その他の異常は無かった。
ーーー
一方、情勢を注視していた連合艦隊旗艦の戦艦『扶桑』では連合艦隊幕僚が集結し、マレー沖海戦に於る戦果を予想していた。
「そうね。リナウン(レパルス)は撃沈できるけど、キング・ジョージV世は大破ね」
山本立花連合艦隊司令長官はそう予想した。これに対して三和作戦参謀は反論した。
「我が軍は2隻とも沈めます!」
「なら、私はビール10ダースを賭けるわ!」
これ以上に無い、ドヤ顔で山本は答えた。
これに三和は目を細め……
「長官……私は1ダースを賭けます!」
「結果が楽しみね!」
「長官。楽しそうなのは良いですが、(賭けが)外れて拗ねないで下さいね」
結果は史実と同じであった。
ーーー
一方でZ部隊は、朝になってから皇国軍のコタバル上陸を知らされ、針路をコタバルに向けた。
日の出は午前7時57分(現地時間0627)だった。
「レーダーに反応! 四隻です!」
Z部隊はレーダーで4つの反応を探知して接近したが、敵ではなく貨物船であった。
午前8時15分、Z部隊はスーパーマリン・ウォーラス偵察機を発艦させ、クアンタン方面を偵察した。
しかし、同方面は平穏で皇国軍は存在しなかった。
駆逐艦『エクスプレス』も海岸を偵察に駆り出したが、皇国軍は存在せず、誤報にふりまわされたZ部隊は午前10時30分頃にシンガポールへの帰路についた。
Z部隊は機雷原を避けるため、一旦北東へ向かい、それから南東に針路をとってアナンバス諸島の東方をまわってシンガポールへ向かう。
これを皇国軍偵察機が「針路60度-30度-160度」と逐次報告している。
ーーー
皇国軍も本命の東洋艦隊はなかなか発見できなかった。
旧式の九六陸攻に比べ、速力の出る零式陸攻部隊はシンガポール付近まで進出していた。
11時13分、サイゴンに引き返す途中の4番索敵機が帰還中の駆逐艦『テネドス』を発見した。これは、Z部隊より東南東130マイルの地点であった。
零式陸攻は60kg爆弾2発を投下したが命中せず、英駆逐艦の位置を発信したのみに終わる。
午後12時14分、800kg爆弾を装備する元山航空隊第三・第四中隊の零式陸攻18機が戦艦『レパルス』と見誤って攻撃した。
「艦艇一隻見ユ!」
この攻撃で零陸攻八番機が撃墜されたが、駆逐艦『テネドス』に命中弾一発を叩き出し、撃沈せしめた。
ーーーーーーー
午前11時45分、3番索敵機が東洋艦隊主力を発見し、約15分の間に司令部に以下の3つの電文を打電した。
『敵主力見ユ、北緯四度、東経一〇三度五五分、針路六〇度、一一四五』
『敵主力ハ三〇度ニ変針ス、一一五〇』
『敵主力ハ駆逐艦三隻ヨリナル直衛ヲ配ス、航行序列、キング型、レパルス、一二〇五』
司令部はすぐさま各攻撃隊に電文を転送し、各攻撃隊は東洋艦隊主力めがけて殺到した。
英国軍東洋艦隊上空に最初に到達したのは、美幌航空隊の爆装陸攻隊の一部9機と元山航空隊の雷装陸攻隊27機だった。
Z部隊は突如出現した9機の皇国軍機に対空砲火を浴びせた。
英軍にとっては不運なことに、対空火器として期待を集めたポンポン砲は頻繁に故障を起こした。この海戦でも、それは例に漏れず、対空戦闘に際し効果は皆目であった。
午後12時45分、美幌空陸攻隊9機は戦艦『レパルス』を目標に各機4発搭載した250kg爆弾による水平爆撃を実施する。
「目標、敵戦艦!」
「第一弾、投下!」
「投下よし!」
ガガッ!
突如、機体に異音が走る。
「どうした!」
「被弾! 第ニ弾、投下できません!」
第二小隊の二番機は第一弾投下直後に被弾したため第二弾を投下できず、別の1機も故障で投下ができなかった。
そのため、250kg爆弾は計29発が投下された。
「命中、1発!」
「よし!」
このうち、最初の爆撃で連続して"2発"が戦艦『レパルス』の右舷後部カタパルト付近に命中した。これが陸攻上からは1発が命中したように見えたのだ。
2発の250kg爆弾は右舷後部飛行機格納庫甲板・海兵隊員居住区甲板を貫通し、装甲を施した下甲板で爆発した。
爆風でダメージコントロール班員が多数死傷、副長は消火隊5隊を投入した。しかし、艦内の火災は鎮火の目処は立たず、飛行機格納庫ではカタパルト上の水上機1機が炎上し、海中投棄を行っていた。
最大の被害は、命中箇所直下の罐室で高圧蒸気管が破裂したことだった。このような事態になってもフィリップス提督は空軍に掩護を求めず、バッファロー戦闘機はシンガポールでの待機を続けた。この攻撃の後、戦艦『レパルス』は25ノットで航行した。
水平爆撃を行った美幌航空隊中隊が退避する中、雷装した元山航空隊零式陸攻隊36機が東洋艦隊上空に到達する。
フィリップス提督は皇国軍機が"雷撃"を行えるとは夢にも思っておらず、戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の反応は遅れた。
皇国軍航空隊は、第一中隊18機と第二中隊17機(第二小隊一番機はエンジン故障で帰投)の二手に分かれ、それぞれ戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』『レパルス』の二戦艦に雷撃を行った。
「三番機、撃墜!」
「くそっ!」
零式陸攻が落ちてゆく。
この時、いくら英艦艇搭載の対空砲である"ポンポン砲"が使えなかったからと言って、対空砲火は甘くは無かった。
巨艦から放たれる"死の矢"が弾幕を張り、意地でも雷撃隊の魚雷投下を阻止してくる。
第一中隊二番機の大武菜花一飛曹は戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』が転舵を止めたため、目標を見失い、直後に右旋回中の戦艦『レパルス』に目標を変更した。
この後を3機の零式陸攻が追った。
一方、第二中隊は艦型が似ている巡洋戦艦『レパルス』と皇国海軍『金剛型戦艦』の区別がつかず、英国国旗を確認してから雷撃を行った。
これは、戦艦『金剛』が同じ英国産の戦艦だからであった。
零式陸攻隊は雷撃を敢行するも、戦艦『レパルス』は艦長の巧みな操艦で12本の魚雷を全て回避した。
午後1時14分、戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』に15本の魚雷が接近、左舷後方と左舷中央に魚雷3本(英軍記録魚雷2本が左舷後方)が命中した。
副長は右舷中央の魚雷は命中ではなく自爆と推測、水圧により浸水が発生したが被害は限定的だった。
これに対し、左舷後方に命中した魚雷は『プリンス・オブ・ウェールズ』に重大な損傷を与えた。
「左舷中央の魚雷による被害は軽微です!」
「左舷後方、被害甚大!」
「大量の浸水を確認!」
「速力低下!」
魚雷命中による損傷に加え、衝撃で湾曲した左舷外側推進軸は回転する太鼓のバチの様に周囲を殴打し、破壊の限りを尽くしたのだ。
この時に隔壁が大きく破壊されたため、戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』は早くも多量の浸水を見るに至る。
左舷に10度傾斜し、右舷2軸運転となり、速力は19ノットに低下した。
「傾斜10度!」
「速力20ノット!」
「電力供給途絶!」
「後部両用砲、旋回不能!」
艦内では推進機軸管を伝って各所に浸水が広がり、最下層甲板中部(Y缶室、Y機関室、中央機関科指揮所、ディーゼル発電機室)などにも浸水が及び、電力供給が途絶した。
また、後部4基の両用砲が旋回不能になり、対空射撃等に甚大な影響が出た。
「機械室、高温により病人多数! 熱射病です!」
「排水装置が停止! 排水不可!」
艦内電話は通じなくなり、通風が不十分となって機械室では熱射病で倒れる乗組員が続出、応急注排水装置が故障、操舵機も電力を絶たれ人力操舵となる。
後部指揮所にいた士官も、戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』が致命傷を受けたことが分かった程のダメージを受けていたのだ。
「誰が不沈戦艦と名づけたんだ……」
たった、二本の魚雷で受けたダメージの大きさに、甲板に居る誰かがぼやいた。
それだけ、誰も予想していなかったのだ。
この時、戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』は重大な損傷を受けたにも拘らず、戦艦『レパルス』に被害を報告せず、『レパルス』の艦長は旗艦の動きと傾斜から損害を推測した。
また、魚雷2本が駆逐艦『エクスプレス』に命中し、撃沈せしめたが、大型艦に対して微々たる戦果だった。
午後1時20分、美幌航空隊第四・第五中隊の零式陸攻18機が戦場に到達した。
第四中隊も元山航空隊と同じく『レパルス』と『金剛』の見分けがつかず、攻撃を受けてから英軍と確信した。
午後1時27分、1機故障で魚雷投下に失敗した高橋機を除く17機は魚雷16本を投下した。戦艦『レパルス』は艦首に一発が至近で自爆した他、全ての魚雷を回避したために被害は無かった。
午後1時28分、戦艦『レパルス』の艦長は独断で無線封止を破った。
『発レパルス、宛関連全友軍艦艇。我敵機の雷爆撃を受けつつあり、至急空軍の援助を乞う、位置134NYTW22X09、時刻1158』
午後1時46分、11機のF2Aブリュースターバッファロー戦闘機がシンガポールを発進したが、到着見込みは午後2時30分以降であった。
午後12時30分までに英国空軍が出動しなければ、皇国軍航空隊の空襲までにバッファローがZ部隊上空に到達できない計算だったのだ。
午後1時37分、鹿屋航空隊の零式陸上攻撃機27機は積雲の切れ間から右方向に水上偵察機を発見した。この水上機は、戦艦『レパルス』から発進したスーパーマリン・ウォーラス水上偵察機だった。
これに護衛の一式戦闘機『紫電』が駆けつける。最新鋭戦闘機相手に偵察機は手も足も出ずに四散していった。
午後1時48分、鹿屋航空隊の陸攻27機は雲下に出るとZ部隊を発見した。
『我れ航行の自由を失えり』の信号旗を掲げた戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』は推進軸損傷のため、16ノットにまで速力を下げつつ緩慢に左旋回していた。
戦艦『レパルス』は28ノットに増速すると、右に急速転舵した。これにより、戦艦『レパルス』を目標にした第二中隊の内4機は目標を戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』に変更した。
鹿屋航空隊第一・第二中隊13機が戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』を攻撃した。右舷に1本、左舷に1本の命中を得たことにより、甚大な被害をもたらした。
第二・第三中隊14機は戦艦『レパルス』に向かい、左舷に魚雷2本、右舷中央部に魚雷2本を命中させて左舷機関室に浸水を生じさせた。
これにより、戦艦『レパルス』は機関部に浸水し、追い討ちをかけるように後部に魚雷一本が命中した。
対水雷防御に欠ける巡洋戦艦である『レパルス』は浸水が激しく、被雷から4分を経た午後2時3分(イギリス軍時間12:33)、左舷に転覆して沈没した。
全乗員1309名のうち、生還者は529名である。
一方、皇国の航空隊も対空砲火で3機が撃墜され、11機が被弾損傷していた。
鹿屋空雷撃隊総指揮官は『敵戦艦1隻撃沈、1隻は攻撃続行の要あり』と打電して帰途についた。
午後2時、美幌航空隊の零式陸上攻撃機二個中隊(18機、各機800kg通常爆弾装備)が、雷撃を受けて炎上する英戦艦2隻上空に到達した。
最初に攻撃を行ったのは第四中隊である。しかし、この水平爆撃は何もない海面を誤爆して帰還した。
戦後、『プリンス・オブ・ウェールズ』を狙って水平爆撃を行おうとしたが、初陣の爆撃手のミスにより、英戦艦のかなり手前の海面に投弾したと証言している。
英戦艦乗組員が安堵したのも束の間、第五中隊は『プリンス・オブ・ウェールズ』に水平爆撃を行い、午後2時13分に艦体中央部に命中弾一発を叩き出した。
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戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』には午後1時50分ごろ魚雷1本が艦首右舷に命中、2本目が艦橋右舷付近に命中、3本目は後部三番砲塔右舷付近に命中、4本目は右舷外側推進器軸付近に命中し、船体の傾斜は回復した。
しかし、1軸運転・最大発揮速力は8ノットとなっていた。
美幌第五中隊が命中させた爆弾は『プリンス・オブ・ウェールズ』の最上甲板を貫通して艦内で炸裂、同艦の船体中央部の飛行機甲板は全体が盛り上がるほどの損傷を受け、さらに通称「シネマデッキ」に収容されていた負傷兵に多数の死者が出たほか、火災の煙が罐室に逆流・機関兵は退去した。
鹿屋空指揮官は戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』がシンガポールに帰航する可能性を考慮し、皇国軍潜水艦により『プリンス・オブ・ウェールズ』にとどめを刺すよう要請して戦場を離脱した。
もっとも、爆撃により英戦艦は最後の罐室を放棄したので、航行能力を完全に失っていた。
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「大分と傾いたな」
「左舷艦尾の浸水が甚大です…」
合計5本の魚雷が命中した戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』は航行不能になり、左舷艦尾から沈み始めていた。
速力は5ノットに満たず、惰性で進んでいるだけであった。
「負傷者は退艦させよ」
「了解!」
駆逐艦『エクスプレス』で乗員救助のため戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の右舷に横付けし乗組員の収容を始める。
艦長は負傷者のみ、駆逐艦『エクスプレス』への移乗を許可し、残る乗組員には戦闘配置につき『プリンス・オブ・ウェールズ』をシンガポールへ回航させると演説した。
「提督、既に後部が沈んでいます。中央と後部の火災も手に負えない状況に陥っています。この艦はもう持ちません」
「……仕方ない。総員に退艦命令を」
「提督も退艦しましょう」
この幕僚の退艦要請に対しトロシア・フィリップス大将は「ノー、サンキュー」と拒み、退艦する将兵に手を振った。
やむなく、幕僚達は艦長と共に退艦を行った。
そして、大将一人が艦橋に残った。
「……空軍の支援無しで勝てるかっての!」
彼女は怒りに任せ、机を叩きつけた。
「何が、『遺憾なるも、戦闘機による護衛不可能』よ! 空軍だけで戦争している訳じゃないんだからね! そうそう! 本国も『危機になれば東洋艦隊が出撃する』とか言い出しちゃって、宣伝につぐ宣伝で出撃しない訳にはいかなくなっちゃってるし! 何で私が尻拭いしなきゃいけないのよ! こんなの、負けの内に入んないもん! 認めないもん!」
そういうと、彼女はどこからか救命胴衣を引っ張り出してきて、艦内を猛スピードで走り出した。
「逃げてやる! 海軍なんて辞めてやるーっ!」
彼女は英戦艦の艦腹から海に飛び込んだ。その姿が数人に目撃されていた。
その後、彼女は皇国の捕虜となった。
一方、「艦長が艦と運命を共にするのは無益だ」と公言していたリーン艦長は戦闘があった付近の海面上で目撃されたが、生還しなかった。
なんとも皮肉なことだ。
この時、最後の攻撃である美幌航空隊の雷装の零式陸攻18機が駆逐艦『エレクトラ』『ヴァンパイア』への攻撃を行い、駆逐艦『エレクトラ』を撃沈している。
日本時間午後2時50分(現地時間13時20分)、戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』は左へ転覆し艦尾から沈没した。
皇国三番索敵機は『レパルス型1420ごろ、キング・ジョージ型1450ごろ爆発沈没せり。駆逐艦レパルスの救助作業につとめたるも、わずかに収容せるのみ。キング・ジョージ型は総員艦と運命をともにせり』と報告し、大本営発表もこれに準じている。実際のウェールズ戦死者は士官20名、下士官兵307名(全乗組員士官110名、下士官兵1502名)、であり、またバッファロー戦闘機隊指揮官は沈没寸前に火焔と黒煙が上がるも大爆発はなかったと証言している。
午後2時45分、オーストラリア第453飛行隊のブリュースターバッファロー戦闘機11機が戦場に到着、完全に転覆し、艦尾から沈んでいくプリンス・オブ・ウェールズを目撃した。
皇国偵察機はバッファロー8機を視認して積乱雲に退避。午後9時20分にサイゴン基地に着陸して13時間の索敵任務を終えた。
また、駆逐艦『ヴァンパイア』は無事にシンガポールに帰還した。
英戦艦2隻撃沈の戦果は天皇に報告され、天皇は「ソレハヨカッタ」と喜んだ。また「聯合艦隊航空部隊ハ敵英國東洋艦隊主力ヲ南支那海ニ殲滅シ威武ヲ中外ニ宣揚セリ 朕太タ之ヲ嘉ス」の勅語を示した。 戦闘の数日後、第二次攻撃隊長だった壱岐春奈海軍大尉は、部下中隊を率いてアナンバス諸島電信所爆撃へ向かう。途中、両艦の沈没した海域を通過し、機上から沈没現場の海面に花束を投下して日英両軍の戦死者に対し敬意を表した。
この後、宇垣連合艦隊参謀長は、イギリス戦艦2隻を引き揚げ修理した上で皇国海軍への編入を計画する。
軍令部も戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の引き揚げと調査のため、サルベージの手続きをとることになる。
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この海戦で、大英帝国海軍は戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』、巡洋戦艦『レナウン』、駆逐艦『テネドス』が撃沈された。
秋津皇国側の損害は、零式陸攻5機(内、不時着大破1機)、軽巡洋艦『由良』艦載の九四式水上偵察機1機を喪失したのみであった。
大艦巨砲主義が廃れ始めていた時代ではあったが、この海戦で航空戦力の優位を決定付け、戦艦時代の終わりを告げる戦いとなった。
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