連合艦隊〜トラトラトラ〜
午前8時、第一艦隊の各司令官・参謀が連合艦隊旗艦『扶桑』に集まった。
艦隊は柱島を出撃した。雄大な戦艦群が穏やかな瀬戸内海を切り裂いてゆく。
出撃任務は機動部隊収容擁護の為である。
連合艦隊旗艦である戦艦『扶桑』を筆頭に、戦艦『山城』『長門』『伊勢』『日向』、軽空母『瑞鳳』『鳳翔』、駆逐艦『三日月』『夕風』『若葉』『子日』『初春』『初霜』『有明』『夕暮』『白露』『時雨』の計17隻が艦隊を組んで海を進む。
連合艦隊司令長官嶋田彌生大将、連合艦隊参謀長山本六花中将や第一艦隊司令長官高須志乃中将といった首脳部が座乗する戦艦『扶桑』も、軽空母『瑞鳳』から見えた。
俺、東郷治三郎は軽空母『瑞鳳』の艦橋で参謀連中に混ざって居る。うん。かなり緊張するな。
「ここあちゃん。本当に第一航空戦隊は空母『赤城』と『天城』なの?」
「そうよ。何かおかしいの?」
参謀らに開けた会話が聞こえると不味いので、コソコソと話をする。
「・・・俺のいた世界とは違うんだ」
「?」
それにしても、解せない。この世界の歴史は、所々で俺が居た世界と違うのだ。
そして、違和感全開なのが空母『天城』なのだ。
この世界には、空母『天城』が居る。しかも、雲龍型航空母艦ではなく、"天城型"巡洋戦艦の改装空母としてなのだ。つまり・・・
「関東大震災は?」
「関東大震災? 元禄の? 江戸時代でしょ?」
この反応から、関東大震災が起きていない事が分かる。
まあ、あんまり江戸の事を言い過ぎても勘違いされて変な目で見られるから止めておこう。
「そう言えばさ、石油はパレンバンとかバリクパパンのを取っているのか?」
俺は思い付いた事を取り敢えず聴きまくる。
「東郷君、何言っているの? パレンバンもバリクパパンもオランダ領よ? 秋津皇国は輸入した残りを切り詰めているのよ」
「あ、ちょっとボケてた。でも、開戦すれば取るんだろう?」
パレンバン・バリクパパンとは、インドネシアにある石油精製所である。大日本帝国の一大石油産地であったのだ。
と言うか、オランダの名前はあるのかよ。ネーデルランド的な名前かと思ったわ。日本の名前は無いのに。
「確かにそうね。早くて二ヶ月で取れると思うわ」
ここあちゃんは大きく打って出たな。合衆国領のフィリピンとかも取らないといけないのに。
「じゃあ、大慶油田はあるの?」
「え??」
「黒竜江省だ」
「中国北東部ね。あそこに油田がない事は、調査済みよ?」
「知ってる。あれ、見つかるのは1959年だから」
それがあれば、日本の資源事情が変わるのだ。
いや、秋津の資源事情か。パラフィン質なので、航空機は別としてだが。
「何? 東郷君は予言者なの?」
おっと、つい知っている事を喋ってしまった。
まあいいや。この際、すべて話しておこう。
「俺、ついさっきまで別世界に居たんだよ。男と女が大体同じくらい居る世界にね」
「「・・・え?」」
「その世界は21世紀で、秋津が敗戦した世界に居たんだよ」
「「東郷君、今すぐ病院に行こう」」
「・・・」
だよね。その反応、思った通りだ。
二人とも、俺を変な目で見ている。説明するにも大変だし、どうしようか・・・
「・・・でも、辻褄が合わない事はないね」
「え? 桑原少将。本気ですか?」
あれ? 桑原少将が信じたぞ? 驚いた。思わず軍医ちゃんが聞き返したくらいだ。
いや、当時の海軍のエリートは現在の東京大学以上のエリート集団だ。司令は少将の階級でありその中のエリートと言って良い。こんなに軍人っぽくなくても。
まあ、そんなエリートさんだけに、分析力も並大抵では無いのは確かだ。
「だって、男の子が居る時点で何があっても不思議じゃ無いわよ」
「「な、なるほど」」
とうやら、納得の理由らしい。
「でも、検証はさせてもらえる?」
「検証ですか?」
おっと、やはりまだ、完全には信じてもらえてはいない様だ。一体、どんな検証をしようと言うのか・・・
「ずばり、連合艦隊は何処に行くでしょうか?」
「連合艦隊? なら、小笠原沖まで出て、反転だろ?」
「・・・それは違うよ」
狐々阿ちゃんが残念そうに呟いた。
あれ? 何か間違えたか?
「機動部隊収容の為に出撃するのよ?」
機動部隊とは、真珠湾攻撃を行う第一航空艦隊の事だろう。
確かにそうだった。表向きは。
「でも、結局は対潜哨戒を行って帰途につく。世界が違う様だから、一概には言えないけど、連合艦隊は同じ日時で動いているんだ。確率は高いと思うな」
「・・・なるほど。無いとは限らない。可能性は零では無いわ。判断するのは連合艦隊司令長官だからね。その言葉、確かに聞いたわよ?」
少なくとも、信じてもらえる可能性は増えた。
後は、この艦隊の2日後の反転まで、どうなるかだ。
「で、この格好、する意味ある?」
「無論ね」
軍医ちゃんに即答された。
俺の格好は二種軍装だった。下はズボンであり、桑原少将のスペアである。参謀飾緒は付けていない。代わりにカツラを被らされている。
階級は少尉だ。何故、少尉の階級章を持ってる?!
「これで、東郷君も東郷ちゃんね。見た目は女の子よ」
「・・・まあ、医務室から出れるなら、良いか」
何故、この格好をしているのか、それは、ここから出る為だ。俺は桑原少将の客人扱いになる。しかも、女と言う設定でだ。
ここあちゃんは『バレたらマズいけど、バレなければ問題ないわよ』と言う。なんとびっくりの適当さである。
「さて、行こうか」
「何処に行きたいの?」
「そうだな。飛行甲板かな? 艦首側だな」
俺は桑原司令に連れられ飛行甲板に向かう。部屋を出ると看護婦が俺を訝しげに見てきたが、スルーした。堂々とすればバレない、と思う。
ーーーーー
軽空母『瑞鳳』は高速給油艦『高崎』を改装したものである。
高速給油艦『高崎』は建造途中で潜水母艦に計画変更され、更に航空母艦に再計画されたものである。
基準排水量11200英t、満載排水量14000英t、全長205.5m、全幅20m、飛行甲板長さ180.0m x 幅23.0mの大きさである。1944年に改装を受けて飛行甲板が195mに延長される事になる。
エレベーター(12x13m)1基、(12x10.8m)1基、二軸推進、出力5200馬力、速力28.2ノット(時速52km/h)、乗員785名、重油2,363t(満載)、航続距離8935.9海里/18.31ノット、航空搭載兵装,九五式魚雷6本・爆弾 250kg72個・60kg180個・飛行機用軽質油200トンである。
兵装は40口径12.7cm連装高角砲4基、25mm連装機銃4基、搭載機零式艦上戦闘機18機、九七式艦上戦闘機9機の常用27機と補用3機である。
「東郷君。君の世界の『瑞鳳』の性能をツラツラ言うのは良いけど、零式艦上戦闘機じゃなくて、九九式戦闘機だよ?」
「マジで? 開発、早くない?」
「逆に、貴方の世界は遅いわよ・・・」
と言う訳で、以後"零戦"を『九九艦戦』と表記する。
「あと、九七式艦上戦闘機なんて旧式機、空母『瑞鳳』には載せていないわよ?」
「と言うことは、海軍では九九艦戦の配備がかなり進んでるのか・・・」
「そう。空母『鳳翔』には九七艦戦が載ってるけど、後は中国戦線で使っているくらいよ?」
ほう。これは秋津皇国海軍が有利か?合衆国軍も空母開発が早ければ、戦況の推移は変わってくるが・・・
「で、東郷君はなんで飛行甲板に来たの?」
「ん? 一号艦を見る為だよ」
一号艦。それは、世界最大の大和型戦艦一番艦である。
「世界最大の戦艦だからね」
あと8日後に就役する、戦艦『大和』だ。大日本帝国が誇る、大艦巨砲主義の具現である。さて、この世界は建造されたのだろうか。
「一号艦が戦艦? あれ、航空母艦よ?」
「そうか。空母か。それは重畳」
桑原少将の言葉に俺は頷いた。
「・・・え? なんですとーーー?!」
え? まじか。うそだろ? 信濃化早っ!
と言う事は、連合艦隊旗艦は戦艦『扶桑』のままなのか?
いや、そうだった!
この世界の連合艦隊旗艦は戦艦『扶桑』になっているのだ。その理由は、戦艦『扶桑』の火力にある。
戦艦『扶桑』『山城』の二隻は、近代化改装を受けていたのだ。前部に41㎝連装砲二基四門、後部に41㎝三連装砲二基六門の計十門である。
戦艦『長門』よりも二門多く、速力も24.9ノットまで引き上げられた為に、旗艦を『扶桑』に移したのだ。
話を戻そう。
「一号艦は戦艦の計画だったのだけどね、起工直後に空母へと計画変更されたらしいわよ」
「マジか」
成る程。秋津皇国海軍は大艦巨砲主義を抜け出している様だ。これは素晴らしい。
それに、正規空母『大和』も捨て難い。と言うか、そっちのほうが使える。
でも、そうなると戦艦『大和』・・・じゃなくて空母『大和』の公試の性能も違うかもしれないな。
「そして、来ないわよ? 第一航空艦隊の第六航空戦隊所属ですから?」
「俺の世界ではすれ違っているのだが・・・え? 就役済み?」
「・・・貴方の居た世界と私たちが居た世界、全てが同じじゃないのね」
「・・・ですね」
第一艦隊、小笠原で反転するよね?
「一号艦は真珠湾攻撃に参加しているのか・・・」
「ええ。真珠湾攻撃には・・・真珠湾を攻撃するの?!」
あ、そう言えば、真珠湾攻撃を仕掛けた第一航空艦隊でも、直前まで公表されなかったらしい。
ここあちゃんが知らなくても、仕方がないのかもしれない。
「真珠湾攻撃は今日だ。だから、もう終わってる筈だ。歴史的な開戦がね。なにせ、連合艦隊はその部隊の収容に向かうのだから」
「た、確かにそうよね」
「成功したなら、7時52分に『トラトラトラ』と言う通信を、連合艦隊旗艦『長門』が受信した筈だ。淵田中佐機の『ワレ奇襲ニ成功セリ』と言う意味の通信。いや、連合艦隊旗艦は戦艦『扶桑』か?」
なにか、色々と史実と違いが多いな。
「・・・後で確認するわ」
「合ってるかは分からないけどね」
「あら、二号艦じゃない?」
「え? 武蔵?!」
俺は思わす叫んだ。狐々阿ちゃんが言うには、近づいてくる船が二号艦らしい。
どうやら、史実の一号艦のスケジュールに二号艦が当てはまっているみたいだ。
もし『武蔵』なら、建艦スピードが凄い事になっている。
今の『大和』は、大和型戦艦三番艦である空母『信濃』を見ている気分だ。そして、空母『信濃』が二隻。しかも、開戦初期にあるのは秋津国が有利と言う事になる。
「恐らく二号艦ね」
「マジか」
その言葉を聞いて、俺は言葉が出なかった。
「貴方の世界では、一号艦は戦艦だったのよね? どんな戦艦で、どんな戦果を得たの?私はすごい興味があるわ」
お、良い事を聞くね。
そう。確かに重要な事であろう。
「戦艦『大和』は全長263m、最大幅38.9m、公試排水量69100t、満載排水量72809t、重油搭載量6300t、航続距離16ノットで7200海里、速力27ノット、軸馬力前進153400馬力、乗員数2500人、主砲45口径46cm3連装砲×3、副砲60口径15.5cm 3連装砲×4、高角砲12.7cm 2連装×6、機銃25mm 3連装×8 / 13mm連装×4って感じだな」
「それは凄いわね。戦艦『長門』よりも大きい砲。戦果も大きかったのでしょ?」
「ところが、戦果は駆逐艦一隻だけだ」
「そう、駆く・・・え? 一隻? たった? たった、駆逐艦一隻? いや、そんな訳・・・」
だが、それが事実だ。
戦艦『大和』はレイテ沖海戦で護衛空母の砲撃行っているが、戦果は無い。その時に撃沈させた駆逐艦『ジョンストン』すらも、戦艦『長門』『金剛』『榛名』主砲弾や第五戦隊の重巡洋艦『羽黒』『鳥海』、第七戦隊の重巡洋艦『利根』『筑摩』の攻撃の可能性で撃沈した可能性もある。
確実な戦果は駆逐艦一隻なのである。
「まあ、大艦巨砲主義は終わったって事だな」
「・・・それが事実なら、一号艦は空母に計画変更されていて、心底良かったと思うわ・・・」
「俺もそう思うね」
「貴方の世界の過去で秋津皇国が負けたのは、大艦巨砲主義が残っていたからじゃないの?」
「よく分かったね」
確かに、それは一理あるだが、それだけでは無いのだ。
「大日本帝国・・・秋津皇国と似た国が負けたのは、補給線を軽視したからって事もある・・・」
「兵站を軽視? あり得ないわ。皇国海軍は海防艦を多数建造している。対潜警戒に抜かりは無いわ」
「だが、慢心は禁物だぞ?」
ミッドウェー海戦では、慢心が敗戦を呼び寄せたとも言える。だが、他にも敗因要素がある。
「ミッドウェー海戦はな、セイロン沖海戦と同じ過ちを犯したんだ」
「ミッドウェー沖? セイロン沖? 秋津に似た国はそこまで善戦はしたのね。えっと、そのセイロン沖海戦はどうなったの?」
セイロン沖海戦は開戦半年目の1942年4月初めに起きた戦いで、イギリス海軍相手に戦ったインド沖での出来事である。
「セイロン沖で英国東洋艦隊を攻撃たしたんだ。秋津皇国側は空母六隻で航空攻撃を行ったんだけど、艦載機の兵装転換を甲板で行ったんだ」
「その時に攻撃されたら、甲板にある爆弾に誘爆して、撃沈してしまうわよ?」
「ああ。それで、それは危ないから止めましょうって会議も開かれたんだ。だけど、二ヶ月後のミッドウェー海戦でも、それが行われたんだ」
「まさか・・・」
「結果は言わずもがな。正規空母三隻が誘爆により撃沈。そこから一気に敗戦に傾いた」
「・・・過去に学ばなかった。自業自得ね」
それが、この世界で起こらない事を願うだけだ。
「あと、南方作戦も上陸するのが今日だな。イギリス領マレーへ侵攻するやつだ」
「それも重要な戦いよ。秋津の生命線なんだからね」
バリクパパンの戦いも、南方作戦である。
石油は秋津の生命線なのだ。
「南方作戦は成功する。計画よりも早くな。だが、フィリピンのバターン半島で苦戦するし、バリクパパン沖海戦で戦術的敗北を喫する」
「え? 戦術的敗北?」
「まあ、上陸作戦中に駆逐艦に攻撃されて、損害を受けたって話だ。駆逐艦四隻に第四水雷戦隊が翻弄されたんだ」
第四水雷戦隊自体は喪失しなかったが、輸送艦が五隻も撃沈されている。
「まあ、既に上陸した後たったから、バリクパパンは占領できたよ」
「・・・我が軍も警戒しないとね」
桑原少将はボソッと呟いた。
「ま、それも貴方の言葉が当たったらの話ね」
「あ、賭けで思い出したんだけど、2日後、軽空母『鳳翔』が行方不明になる」
「え? 行方不明に? ま、まっさか〜・・・」
桑原少将は疑わしそうに、こちらを見て言ってきた。だが、俺は真面目に話している。
「哨戒機を回収する時に、空母『鳳翔』が風上に向かい、そのまま護衛の駆逐艦三隻と消えたんだ。翌日になっても現れないよ」
「・・・なんで?」
「空母『鳳翔』のアンテナが波浪で流されるんだ」
「・・・それも、君の言葉が合っているかどうか、実験しましょう」
「え? 鳳翔に忠告して助けないの?」
空母『鳳翔』が可哀想だよ?
「連合艦隊司令長官には連絡しておくわ」
「本当にそれだけで良いのだろうか?」
俺は疑問に思った。
ーーー
結局、連合艦隊は小笠原沖で反転した。連合艦隊司令長官が嶋田でも、変わらなかったらしい。
また、12月10日には予想通り『鳳翔』がいなくなり、起倒式アンテナが波浪でもぎ取られていた。
12月13日、空母『鳳翔』と合流した連合艦隊は豊後水道を通過する。軽空母『鳳翔』の入泊を護衛していた駆逐艦『早苗』(旧第六駆逐艦)が米潜水艦を発見して爆雷攻撃を開始する。
後に、東郷治三郎が『潜水艦は存在しない』と発言した事により、これは誤認だと分かる事になる。
呉到着後、空母『鳳翔』艦長菊池知子大佐は山本六花連合艦隊司令長官から「水雷戦隊司令官になった気分じゃない? どうだった?」と笑顔で迎えられた。
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