異世界に常識は通じない
稚拙な文章ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
微睡みから抜け出すと、そこは寒かった。
真夏から真冬に反転したかの様な凍える感覚に、身体が引き締められた様にに震える。
急激な温度変化に、俺は混乱を禁じ得ない。
「っ・・・」
床が固かった。
先程までベッドに居た筈の俺は、いつの間にか床に落ちたようだ。背中が少し痛む。
しかし、この寒さはエアコンの設定温度を間違ったとしても低過ぎだった。何故ここまで冷え込んだのかが理解不能。今にも凍りつきそうだ。
それにしても、妙に潮の匂いがするな。
なぜだろう?
「ううっ・・・」
目を開けると、空だった。
快晴だ。
「知らない天井どころか・・・天井が無いし?!」
俺は思わず叫んだ。
目を覚ましたら、家の天井が無くなったのだ。
なるほど。意味が分からない。
「・・・え? 海?」
身体を起こして周囲を見回した。
360度、海だった。
俺の家は?
つか、ここはどこ?!
「ん?ここ、どこかで見た事がある様な・・・あ!」
それは、写真で見た光景だった。
大小様々な島々。
軍都と呼ばれた街。
現代日本の様な高層ビルは一つも無い。
それが空襲前の、戦時前の姿で残っているのだ。
戦艦『陸奥』が爆沈し、戦艦『榛名』、航空戦艦『伊勢』『日向』が大破着底し、空母『天城』が左舷大傾斜し、重巡洋艦『青葉』が艦尾切断及び右舷傾斜着底し、『利根』が大破着底し、駆逐艦『梨』が空襲により轟沈した場所・・・
ググったら出てくる写真で見た光景だ。
江田島、倉橋島、柱島等の島々が並ぶ”瀬戸内海”である。
「呉だ。広島県だ・・・」
そして、その情景は軍都と呼ばれるのに相応しい戦力を有していた。
「戦艦だ」
それは、堂々たる雄姿だった。
大日本帝国海軍が誇る、超弩級戦艦、長門型戦艦・扶桑型戦艦・伊勢型戦艦が鎮座していたのだ。
八八艦隊最初の艦である長門型戦艦は、建造当初は世界最大だった。それが分かる程の威圧を八門の主砲が放っている。当時の日本国民の象徴であり、堅牢な主楼はユトランド沖海戦の戦訓を取り入れたものである。
長門型の前級であり、後に航空戦艦に改装される伊勢型戦艦は、艦首側のみ乾舷の高い短船首楼型船体を採用している。目の前の『日向』は五番砲塔事故前の姿である。居住スペースが最悪だったらしい。
伊勢型の前級である扶桑型戦艦は、設計上問題があり、改修を重ねた艦である。元々は伊勢型戦艦も扶桑型の計画であった艦であるが、先程述べた設計上の問題で、新たに伊勢型戦艦が設計された。海外では『扶桑』は意外と人気があるらしい。
その、戦艦『長門』『扶桑』『山城』『日向』『伊勢』が堂々の姿を保っているのだ。
41cm砲、35.6cm砲の大迫力がそこにあるのだ。
そして俺は、空母の甲板に居た。
艦橋が無く、足元には大きく『づほ』と書かれている。
どうやら、艦尾に居る様だ。
え? 『づほ』?!
「け、軽空母『瑞鳳』だと?!」
「貴様! 何者だ!」
俺が驚いていると、背後から女の声がした。
あれ? 女の声? 帝国海軍に女とは、何が起きているのやら・・・
そう思っていると、軍靴の音が急速に近づく。
「はっ! 何者だ! 貴様!」
「え? ちょ! へぐぉぅ・・・」
嘘・・・一瞬で柔道技で投げられた・・・
なんか足をひっかけられたし。
肺の空気が抜ける・・・
息ができない・・・
あっと言う間に目隠しをされ、固く縛られた。
「おっかしいな~。さっきまでは、この人居なかったのに・・・」
「泳いで来たにしては、服が濡れておらんしな・・・」
更に、他の女の子の声が聞こえる。なにやら、人が集まってきている様だ。
「おい貴様!名を名乗れ!」
「へぐ・・・と、とーどーでだどぅどー、でつ」
ダメだ。全然喋れない。語尾の「です」すら「でつ」と聞こえる始末だ。
名を名乗ったつもりなのだが、これでは多分伝わってない。誰かの肘が俺の頬を的確に突いており、顎は飛行甲板に張り付いている為、呂律がかなりよろしく無い。しかも、徐々に首が絞まって・・・
「瑞樹ちゃん。離してあげなよ。この人、苦しんでるよ?」
「山田中尉殿。こやつは怪しい者です! それでは・・・」
「でも、死んじゃうよ?」
「え?」
その時、俺は泡を吹いていたらしい。
顔がずれてうつ伏せ状態になり、自分の脂肪が呼吸を塞いでしまったのだ。
「あーっ! 死ぬなー! 死ぬんじゃなーい! 尋問できぬだろ!」
俺は医務室に運ばれた・・・らしい。
ーーーーー
そこは、知らない天井だった。
と言うか、天井があった。
「ぐっ・・・」
寝心地は最悪だった。
尻を打ったのか、ズキズキと痛む。ベッド自体もかなり硬いくて辛い。辛過ぎる。
体は怠く、気分も最悪だった。
「あら、気が付いたかな?」
「え?」
その言葉と共に、軍服を着た黒髪のお姉さんが俺の顔を覗いてきた。歳は30代後半だろうか。黒髪美人の大和撫子である。その人が優しそうな表情を俺に向けてくれている。
少し、心が和らいだ。
「その、ごめんなさいね。若い者は血が多くて・・・」
「は、はあ・・・」
この人は、俺に柔道技をかました女の事を言っているのだろう。恐らく。
本当、一瞬死ぬかと思ったよ。若者の指導をちゃんとしてもらいたいものだね。
「私は桑原狐々阿。今は第三航空戦隊司令をしているわ」
「ど、どうもご丁寧に。東郷治三郎です・・・え? 航空戦隊司令?!」
【ここあ】って可愛い名前だなって思ってたら、この美人さんは"航空戦隊司令"らしい。戦隊司令は海軍少将や中将が就く事になっている。彼女も海軍少将や中将である可能性が高い。
よく見ると、彼女は二種軍装だ。しかも、普通に将官飾緒を付けており、襟首の階級章は星が一つ付いてる。肩章も"少将"を表していた。
あー、提督ですね。この人。
「そうですよ。えっと、小沢治子中将の同期って・・・分かるかしら?」
江田島の37期ってやつだろう。
知ってる。知り過ぎている。
「閣下は寺内幸子海軍元帥大将の姪さんなのです!凄い人なのですよ!」
話を割って来たのも、黒髪の美人だった。
白衣を着ており、如何にも軍医って感じだ。白くて綺麗な足が色気を感じる。
「紹介するわ。彼女は軍医中尉の佐藤岬よ。君の打撲を確認させたわ。骨折はしていなかったから、安心して良いわよ」
「あ、ありがとうございます・・・」
「ふふん。これくらい楽勝よ♩」
軍医さんは無い胸を張った。
無駄に威張るな。
「それで・・・さっきの話は本当なのか?」
「え? さっきの話って?」
桑原少将が軍医に尋ねた。それに俺が尋ねる。
すると、軍医さんは俺を訝しげに見て、こう答えた。
「・・・東郷さんが、男だと言う話ね」
「え? 俺は男ですけど?」
「「え? ええ?!」」
俺が男だと認めると、二人は俺に迫る様にして驚いた。いや、どうにも話が読めない。何故、男だと聞いて驚くのだ?
「待って下さい、東郷さん。貴方・・・男なのですか?」
「だから、そう言っているんだけど?」
桑原少将が頭を押さえながら、俺に尋ねた。
「貴方、男だって自覚があるの?」
「いや、あるでしょ普通・・・」
軍医さんも頭を押さえて聞いてきた。男がそんなに変なのか?
「貴方・・・今までどうやって生きてきたの?」
「いやいや、桑原司令。普通に生きてきましたよ?」
いや、そんな驚きの表情で見られても・・・
「お前、一体どこで常識を忘れて来た?」
「軍医ちゃんも酷くない?!」
うん。なんで? 二人の質問が酷い。
俺、馬鹿にされてる?
「貴方、生まれはどこ? 年齢は?」
「え? 愛媛県の東予市ですよ。年齢は・・・」
「え? 私も東予よ?」
おお!軍医ちゃんも東予生まれなのか。
「奇遇だね」
「東予に男が生まれたなんて、聞いた事が無いけど?」
「・・・え?」
今度は俺が驚く番だった。男が生まれたなんて、聞いたことが無い? そんな馬鹿な。
「そもそも、この秋津皇国に、そして全世界に、男が生まれたなんて話は聞かないわよ?」
秋津皇国? 何だそれは?
「そう。この世界に男がいる筈が無いのよ」
「いやいやいや、そんな馬鹿な・・・」
・・・二人とも、どうしてそんな残念な顔で俺を見るんだ?
「・・・本気で言ってる?」
「それはこっちのセリフよ」
そう尋ねると、軍医ちゃんがそう言って俺を睨んでくる。マジな顔だ。
だが、よくよく考えれば、彼女の言う事は辻褄が合っている。投げられた時もそうだが、空母『瑞鳳』に男の姿を見なかったのだ。
そう。軍艦に男が居ないのだ。
普通に考えれば異常だ。
と言うか、俺の状況が普通の地球じゃないよね。うん。急に不安になってくる。
「大丈夫?」
「え? ああ」
どうやら、顔に出ていたらしい。桑原少将に心配された。
よし、しゃきっとしよう!
「ところで東郷君。さっき佐藤ちゃんが聞いたけど、歳はいくつなの」
「俺ですか? 歳は18です」
「む、若いわね」
軍医ちゃんが拗ねる様に言った。貴女も十分に若いでしょう。
「私は54歳よ」
「え?ここあちゃん54歳?!」
「「ここあちゃん?!」」
あ、つい本音が・・・
「は、ははははっ!司令が、ここあちゃん。ウケる」
「ちょ、ちょっと、佐藤ちゃん。なによその反応・・・」
「あはは、司令の威厳が・・・はははははっ」
俺の言葉が軍医ちゃんのツボに嵌ったらしく、彼女が爆笑する。笑顔が可愛いな。
「それで、軍医ちゃんは何歳?」
「ん?私は24歳だ。まだまだピチピチでしょ?」
軍医ちゃんはそう言って、色っぽい表情で足を組んだ。ミニスカなのに中身が見えなかった。
「何よ。なんで反応しないのよ? 何か言いなさいよ! 私の足が汚いの?! 男は女に反応するって言ってたのに! まさか、私がピチピチじゃないって言うの? ババアなの?!」
「いや。見惚れてた」
「えっ?!」
ミニスカチラリズムに、だが。
軍医ちゃんはあわあわしながら頬を赤く染めた。
素材が良いため、その表情はとても魅力的に感じる。
「で、東郷君は男の子なんだよね?」
「はい。そうです」
桑原少将が改まって聞いてきた。
そんなに改められたら、何故か緊張する。
「じゃあ、子作りした事ある?」
「ぶっ!」
思わず吹いてしまった。急にその話?! 何? この世界の男は、すぐに子作りをするのか?!
いや、男居ないんだっけ?
「そうよね。無いわよね」
「う、無いですけど・・・」
童貞で悪かったです・・・なんか、悲しくなっちゃうね。
でも、急に子作りとか、そういう事を男に聞いてきて、桑原少将は一体、何を考えているのだろうか。男が居る実感がないのだろうか。俺は男だと思われていないのではないだろうか?
「・・・この世界の男の価値観って、何なのだろう?」
「国の宝だよ」
「え?」
「例えだけどね」
俺の呟きに、軍医ちゃんが驚愕の事実を述べた。宝? 男が? なんで? あ、そうか。男が居ないから、子供が作れないんだ。え? 人類絶滅の危機?!
「なんで?」
「それは、男が絶滅したからですよ」
「・・・」
衝撃の事実!
人類滅亡間近!
時、既に遅し!
「お、男って、いつから居ないんだ?!」
「100年くらいだよ」
「私達は植物で増えるからね」
100年もか。しかも、植物で増える・・・人類はいつの間に不思議生物になったのだろうか?
「どんな植物だ?」
「おち○○キノコよ」
「卑猥極まりないネーミングセンスだな」
うん。このネーミングセンスには唖然だね。しかも、植物言っている割には菌類だしね。
「おち○○キノコから、アレが出て、それを中に入れるのよ」
「交尾ってやつね」
桑原少将が卑猥な発言をするのがシュールに感じる。軍医ちゃんは医者として発言している雰囲気なので、違和感が少ない。
「で、東郷くんが良ければ、佐藤軍医中尉と"えっち"して貰おうと思ったんだけど・・・」
「「え?!」」
ちょっと待って。童貞卒業フラグか? 童貞卒業フラグなのか?!
「な、なんで私が?!」
「たって私、54歳よ? 51の時に閉経したわ」
わお。めっちゃリアルな理由。
「それに、佐藤中尉は"えっち"な本、大好きでしょ?」
そう言って、桑原少将が官能小説をベッド下から数冊出して来た。なんと言う平成の王道。
絵が昭和だけど。時代も昭和か。
だが、挿絵では男が女を押し倒している。わお・・・
「あーっ! なにしてるのですかっ?!」
「ベッドの下に隠すとは、なんて王道な・・・」
「やめて! 返してっ! お願いします!」
「だーめ♡」
ふたりがユリユリしてる。
ほう。軍医ちゃんは白か。しかと見届けたぞ!
「佐藤ちゃん、実は東郷君に期待してるでしょ」
「し、ししし、してないわよっ! じゃなくて、していません!」
美人熟女司令官と美人白衣軍医とのいちゃいちゃ。艶やかな黒髪が動く度に靡く。
俺もあの中に入りたい。
「東郷君も、佐藤中尉を"えっち"して良いですよ?」
「い、良いんですか?!」
「良いわけないでしょ?!」
思わず聞き返した。
それにしても、このやりとりは違和感だらけだ。男の居ない世界とは不思議なものだな。
「それに、佐藤中尉は昇進の機会よ?」
「え?」
「19世紀で初めて、男と"えっち"をした人物として、歴史の教科書に載る程の事よ!」
マジで?!教科書載るの?!"えっち"で?!
「嫌がっても、上官命令で"えっち"してもらうけど」
「そ、そんな事が可能なのですか?! 桑原少将?」
「勿論よ。東郷少尉!」
「し、職権乱用よ!」
てか俺、いつの間に少尉?!
「ねえ。佐藤中尉。ぶっちゃけどうなの?」
「え?」
「ぶっちゃけ"えっち"」
「・・・し、したいですけど・・・」
したいんかい!
「東郷君! やっちゃって!」
「え? あ、はい!」
俺はその場のノリで軍医ちゃんを襲った。
軍医ちゃんはノリノリだったと述べておこう。
東予市は現在ありませんが、そこはパラレルワールドと言う意味を込めた設定です。
ちなみに、当時もありません。