蜘蛛とナッツとライムグリーンの閃光
情報量の多いラノベって読みにくいよね。
実際のコウモリは羽音なんてしません。
黒い翼は雑踏から逃げ、朝日が昇る寸前の街には吐息が行き交う。男は小さな蜘蛛の巣に向かい、ブツブツと自らの野望を語りはじめる。
「私は昔から英雄になりたかったんだ……。民衆が崇め、自分の価値を認められるほどの……!」
『それが貴様の願いか?』
「あぁ、悪はこの手で断ち切らねばならん……」
東から昇る光はビル街の喧騒にかき消されて歪な陰影を形作る。垂らした糸にぶら下がった蜘蛛は、英雄志望の冴えない男に力を与える。
夕方。学校帰りの少女はリビングで寛いでいる。
『ハル〜、冷蔵庫のカシューナッツ食っていい?』
「たまに憑依解除したと思ったら、そんなん食べてんの? ……ってかディークって人間の食事も摂れんの?」
『ディークは雑食だからな……!ほら、どこぞの地縛猫だってチョコ○ーをドカ食いしてるだろ?』
力弁するミューズを軽く受け流し、ハルはTVニュースに目を移す。
「〈刑務所内で集団不審死 遺体には蜘蛛のマーク〉ねぇ……。全員絞殺体で見つかってるらしいよ……」
『どこの世界にもキラは居るんだな……。世も末だよまったく!』
「付きまとうのはやめてくれ! なんなんだ一体!」
「違法献金を立件した検事に金を握らせ、証拠不十分で不起訴……。なるほど、お前は確かに“悪者”だなぁ……!!」
高架下のトンネルで威張り散らす小太りの男に、もう一人の男が覆いかぶさる。細く透明な糸を首に巻きつけはじめたのである。
「何をする! 私はアルカトピア議会元議長だぞ……ッ……!?」
小太りの男の声は、高架を通る電車の音にかき消される。スーツの男は、息絶えた元議長の首に巻かれたピアノ線のような糸を噛み切り、喉元に血で蜘蛛の烙印を押す。
白目を剥いて絶命している男を一瞥しながら、蜘蛛のディークは呟いた。
『これで二十人目、か。世間では〈蜘蛛の英雄〉なんて呼ばれてるぞ……?』
「ハ、ハハハハッ……! やっと、やっと私も評価される……尊敬される……英雄になれる……ッ!!」
『なぁ、これで満足だろう? 貴様の願いは叶ったな。よし、契約は終了だ。報酬を頂こう。お前の精神をなッ!』
午後九時。ハルたちの仕事が始まる。
『ハル! ディークの気配!!』
「わかったわかった……」
向かったビル群の路地裏、そこにあるものに少女は言葉を失う。
蜘蛛の巣。それも四メートルを優に越えようかという巨大なものだ。巣の中心には二メートル程のピンク色の蜘蛛が、獲物を求めてガシャガシャと鋏角を動かしている。
『ディークノア:タイプスパイダーッ! うわっ……地獄からの使者じゃんッ……!』
「何こいつ……何こいつ……!?」
『カラーリング気持ち悪すぎだろ!! 翼が欲しいとか言い出しそう……』
蜘蛛はハルの姿を感知し、こちらに向けて糸を飛ばす。そして、粘ついた糸をフックショットのように操り、ハルに突進する。
『おい! こんな動きする蜘蛛、この前モンハンで狩ったぞ!』
メギャン
ハルは緋銃を召喚し、指先を少し噛む。そこから流れ出す鮮血の紅を二つの指で丸め、装填する。
突進してくる怪物に向けて射出される弾丸は、その柔らかい腹に届かず糸で巻き取られる。
『オーマイガッ! 惜しい……!』
ドガガガガ!!
蜘蛛は雨のように連射され続ける弾丸を強靭な糸で防ぎ、魚卵のような複眼でハルたちを睨みつける。
「緋銃じゃ効かないッ……!?」
『どうするッ!? 詰みかけてるぞ……?』
トドメとばかりに吐く糸は、ハルの足を絡めとろうとする。
シュンッ
一つの閃光と共に切り刻まれた糸をハルは視認する。その場に現れたライムグリーンの髪の少年は、流れるような一太刀で蜘蛛を叩き斬る。
「君たち、狩りの邪魔だよ……」
柔らかい腹に斬撃を浴びせられた蜘蛛は、突如現れた乱入者に剥き出しの警戒心を抱く。
「まだ流石にやられないかぁ……」
カーキのナポレオンコートを着た少年はそう言い、小さく息を吐いた。
「もう一度行くぞ……奏剣ッ!」
シュゥン!
少年の背丈の倍はあろうかというロングソードが、鳴動するように輝く。曇りのない白銀に、彼の華奢な腕が映える。
ザッ!
一歩踏み込み、脚を斬る。
ズバッ
複眼を斬る。
ザシュッ!
腹を斬り刻むッ!
蜘蛛は斬られた複眼を刮目させる。その下腹部が袈裟斬りされ、真っ二つになっていることに気づく。
『グォォォォ!!!!』
大きな苦悶の叫びを上げた怪物は、瘴気を噴出しながら徐々に人間の姿へ還っていく。そこにいるのは血を流し倒れている生身の人間だ。
「倒したんだよね……?」
『あぁ、気配は消えた。それよりそこのお前!無視すんなお前だって……。〈素質持ち〉のディークノアさん!』
狩りの時間を終え何処かに去ろうとする少年は、ミューズに呼ばれ振り向いた。まだあどけない顔立ちに、冷めたような眼を持った少年だった。
「どうしたの……? うるさいコウモリさん……」
『うるさくない!! シャバドゥビタッチヘンシーン! とか言わない!』
「まぁまぁミューズ……。助けてくれてありがとう、助かったよ! それで……アンタは一体何者?」
『そうだよ! なんでライムグリーンの髪? 書き分けの下手な漫画家かよ!』
「そこ!? ……アンタもディークノアでいいんだよね? 名前は?」
少年はハルの方を向き、値踏みするような視線を向ける。
「助けるつもりじゃなかったよ……。ただ、僕の狩りの邪魔されそうになったから……。あと、名前は名乗りたくない。僕は〈サイレント・ノーブル〉だから……」
『ラン様、そろそろ帰りましょう! 夜風がお身体に障ります!』
「ソルグ、ガキ扱いしないで……!」
ラン様と呼ばれた少年は欠伸を一つすると、従者を置いて帰ろうとする。
「待って! 君は味方なの?」
『女ァ! ラン様に話しかけるな貴様ァァ!!』
「あっ、ハイ、ゴメンナサイ……」
「ソルグ、うるさい……。ほんとに置いてくよ?」
『お待ちください、ラン様~!』
パートナーのディークを無視して歩く少年に向かって、ミューズは深々と溜息を吐き、呟く。
『なに?あのク○ウドみたいなショタとモンペディーク……』
『そうか……。動き始めたか……』
鎧を着たライオンが電話越しに答える。
『今度こそ、お嬢を殺せるようなディークノアならいいが……』
地縛猫:言わずもがな社会現象になったあの猫。ゲラゲラポー。
キラ:漫画〈DEATH NOTE〉の登場人物。未開封のポテチに細工をする。
ピンク色の蜘蛛:hideさんの名曲〈ピンクスパイダー〉から。ほんとに怒られそう。
地獄からの使者:東○版スパイダーマッ!から。許せる!
蜘蛛の動き:ネルスキュラ。うざい。
シャバドゥビタッチヘンシーン!!:〈仮面ライダーウィザード〉のうるさい変身音。おもちゃでもかなりうるさい。
ク○ウド:チョコボ頭。