噂とナイフとコウモリ
お待たせしました!待望(笑)の続きです!
広がる夕闇はビル群の喧騒を隠した。姿の無い声が男に尋ねる。
「貴様の願いはなんだ?」
男は答える。「血が欲しい!」
「知ってる? あの変な噂の話……」
「何それ!? 聞いたことないよ?」
「ハルちゃんってホント流行に疎いよね……」
「ユウがそういうのに強すぎなんだよ……!」
放課後の通学路。二人の少女が仲睦まじげに談笑している。“ハル”と呼ばれた少女は愛想笑いを向け、黄昏はそんな二人を暖かく照らす。
「知らないの? 夜のアルカトピアに現れる魔物!」
「えー、なにそれ怖い」
「一昔前からこの街に現れるんだけど、なんか願いを叶えてくれるらしいよ!」
「あーあー。どうせ都市伝説の類でしょ??」
ハルは声を上げて笑った。高校生にもなってこんな物を信じてるのか。くだらない。
ハル――北条遥は今時の女子高生である。ただ、世間一般の『そのタイプの人種』と同じように流行に敏感ではなかった。特に、噂や都市伝説の類はもれなく信じないリアリズム溢れた女子高生だ。
「やばい、今日塾なんだよ……。ハル、ちょっと先に帰るね!」
そう言って早足で帰った彼女の友達と別れ、通学路であるいつもの路地裏を歩く。ハルがここを一人で通るのは珍しい。心做しか少し速い日没がコンクリートの壁を暗く染める。表通りの喧騒なんか関係ない、とでも言いたげに。
お腹の虫と共鳴するように、五時のチャイムが流れだす。
「私もそろそろ帰らないと!」
家まで残り2km。夜の帷に包まれた路地裏は、月の光を浴びて輝いている。
ハルはそこに見覚えのある姿を見つける。さっきまで一緒に歩いていた友達である。ユウと呼ばれた彼女は、見知らぬ男性と話し込んでいる。
「なんでこんな場所に……?」
そんなハルの疑惑の念は、刹那の衝撃にかき消された。片側の男が銀色の物体を振り上げたのだ。
「あれは……ナイフ!?」
鈍色の切っ先が赤く染まった瞬間、夜道に悲鳴が響く。ハルは咄嗟に友達の手を引き、走った。
男は高笑いを上げ、返り血に染まった腕を舐める。
「逃がさねェ……」
ハルは、狭く入り組んだ路地裏を友達と共に必死で走る。夜風がショートボブの黒髪を撫で、小さな足音を届ける。彼女は確信した。誰かが追跡していることを。
ハルは意を決して、振り向いた。彼女が視認したのは“ヒト”ではなかったのだ。
『血、血の匂いだ……!』
声はあの男と同じである。ただ、姿はがらりと変わっていた。虎頭で二足歩行する醜悪な獣の姿は、ハルから逃げる勇気を奪った。丸太のような腕は、持っている大ぶりのナイフが小さく見えるほどだ。
「あれが……アルカトピアの魔物?」
そう呟くように口に出た言葉も、返されることのないまま虚空に消える。
その瞬間、彼女は天から誰かの声を確かに聞いた。
『答えろ、お前の願いはなんだ?』
「願い……? この魔物をなんとかしたい! どうにかしてユウを守らないと!」
『なるほど、面白い……。まったく、人間って最高だ!』
コウモリの羽音が路地裏に広がる。漆黒の影が少女と重なり、暖かい感触が彼女の身体を包み込む。
『さぁ、反撃開始と行こうか!』