ドリップ
時間になり、カフェを訪れると、朝の行列が嘘の様に静まり返っていた。場所は市街地とはいえ、少し外れ、住宅街との狭間に位置するため、オレンジに染まる看板が哀愁を感じさせる。
「ミホさんは、こっちで待ってて貰える?」
私はスタッフ室に通され、カスミさんはホールで取材をするらしい。
「三十分位で終わると思うから」
することもなく、私がいつもの様に本を開くと、ホールの方から怒号がする。どうやら、声の主は件の相楽カズサの様だ。
「オーナーは俺だ」
的なことを言っているのが目に浮かぶ。話を通していなかった様だ、あのスタッフは。
しかし、予想外にいざこざはすぐに収まり。カスミさんのカメラのシャッター音が店内に響いた。苛立ちがこちらに飛び火しないかが私は心配だった。
「おい、リュウ。また変なのがいるんだけど」
スタッフ室のドアを開けるなり、私を変なの扱いするカズサ。
「雄一郎さんの紹介で来た娘だよ」
「そんなの聞いてねえぞ」
「え? 言ってなかったっけ?」
カスミさんといい、リュウというスタッフといい、何か適当。
「面白い娘だから、バイトで雇ってみたらどうかって、言ってたよ先週」
「あのジジイの感性アテになんねえんだよ」
というか、当人差し置いて何勝手に話進めてるんでしょ御三方。
「あんた、飲食店のバイト経験は?」
「ない……ですけど」
「コーヒー淹れたことは?」
「ありますけど……」
「じゃ、やってみて」
言葉自体は優しいのだが、期待していない感が溢れていて、少々腹が立った。といっても、バリスタ志望とかじゃない私は、昔本で読んだカリタ式の方法を試してみた。
「センスねえな」
「不気味な味だね」
「ストレートに不味いって言ってください。っていうか、不気味って酷くないですか!?」
「ごめん。不思議って言おうとしたんだよ」
ニコニコと笑顔を向けるリュウさん。すっごい胡散臭い。
怒られるのを覚悟していた私だが、自分の淹れたコーヒーがこれ程不味いとは思わなかった。
「まあ、熱入れすぎだな。視線で豆焦げるんじゃないかと思ったぜ。こーんな寄り目になっちゃって」
「そんな顔してません」
「動きはそれっぽいんだけどね」
リュウさん、フォローになってないです。っていうか、今度は笑ってるよこの人。
「まあ、淹れるのは俺とリュウ居ればいいし、雑用係やってくれんなら雇ってやる。金も余ってるしな」
「雑用係って……」
「皿洗いに、ホールの掃除全般。制服の洗濯に整列指導と、メニュー取り位か」
「私、高校生なんですけど」
「平日は朝と夕方以降しかやってないから大丈夫だよ。土日はあんな感じになっちゃうけど」
指差したキッチンの洗い場はカップで溢れかえっていた。
「一体何人来てるんですか?」
「千人位か? リュウ」
「そうだねー、レジのペーパー足りなくなる位」
どう考えたって二人で捌ける量じゃない。三人にしてもだ。
「あのー、それなら別な人雇った方が良いんじゃないですか?」
「誰がこんな職場で働くと思う?」
リュウさんがちょっと暗い、黒い顔をして言う。
「あんた暇そうだし、皿さえ割んなきゃ文句言わねえよ。ま、客から何言われても知んねえが」
「暇そうって……」
「ジジイの店行く位だから、多少は味の違いわかんだろ。つーことは暇人だろ、あんた」
間違ってはいないけど、認めたくない。
「お願い、ミホさん。流石に最近二人じゃ厳しくてさ、それに取材入ったから、来週以降お客増える可能性もあるしさ。受験とかするなら、こっちも諦めるけどさ」
「別に、大学行くつもりはないですけど」
「一々、反論するな。コミュ障って呼ぶぞ」
「は、何行ってんですか!? カズサさんだって、少女漫画のキャラか何か気取ってるのか知らないですけど、そんな上から目線だと、お客さん来なくなりますよ!」
「ごめん。それ俺のせいだわ」
突然しおらしそうに語り始めるリュウ。
「昔、記憶喪失になった時に、俺が暗示をかけたんだ。お前はこんな人間だったって」
「おい、リュウ。そんな話聞いてねえぞ」
「カズサは小さかったからね。僕と出会った頃の記憶ないだろう」
「そういや、思い出せねえ」
「ごめんね。カズサ。今まで辛かったよね」
「謝るなよ、リュウ。友達だろ」
リュウさんは泣いてるフリをしながら、お腹を抱えて小刻みに震えている。というかカズサさん、素直過ぎて、ちょっと可哀想。
中々、酷い関係だ。まあ、この状況、一部の女子には大ウケなんだろうが、私は賞味期限を過ぎたものは捨てる主義だ。




