親友
「これ……だよね。多分」
朝の十時。私は市街地にある、一件のカフェを訪れていた。白を基調とした表看板に、大量の行列。そして、その殆どが、言わずもがな、女性であった。
「並ばないと入れない感じかな……」
こんなことならヨウコを連れてくれば、と一瞬考えもしたが、呼ばなくて正解だったかもしれない。
「ミホちゃん?」
場に不似合いなスーツ姿の女性が後ろに立っていた。
「あ、カスミさん。おはようございます」
「おはよ。ミホちゃんって、ミーハーだっけ?」
「そういうこと言ったら、他の人に睨まれますよ、カスミさん」
短く切り揃えられた髪と、ヒールの低い靴。仕事の出来るっていう女が板についている。ちなみに、鞄からは栄養ドリンク数本が覗いている。
「仕事なんですか?」
「うん、最近転属あってさー、女性誌に変わった訳さ」
「の割に嬉しそうじゃないですね」
「入社してから三年、女捨てて生きてきたからねー、こんなおばさんにもう『女子力』とか解らないよ」
「大変なんですね」
雑誌編集者にはならないでおこうと私は心に誓った。
「で、ミホちゃんは何しにここに?」
「えっと、ここのお店のオーナーのお父さんから、行ってみてくれないかって」
「何、ミホちゃん。カズサ君パパと知り合いな訳?」
「本町の方に『チェシャ猫』って喫茶店あるんですけど、そこのマスターですよ」
「それ、名前的に大丈夫なの……?」
「私は知りません。あと、記事にはしないで下さいね」
「大丈夫、大丈夫。うちはゴシップ誌じゃないし、私の上が『プライベートは書くな』って五月蝿いし」
またこの人は、恨まれそうなことを平然と言う。
「それにしても、捌くの早いですね」
「一回の入店で十分って決まってるらしいわよ。ファンの間で」
「何ですか、それ。既にカフェじゃなくなってますね」
「『会いにいけるアイドル』が今人気でしょ」
間違ってはないけど、何か間違ってる気がする。
「いらっしゃいませ」
店内には男のスタッフが二人。店の奥で淹れているのが相楽カズサだろう。立ち姿がマスターに重なるものがある。
「あの、どうかしましたか」
もう片方のスタッフが怪訝そうに尋ねてくる。
「あの、相楽雄一郎さんに行ってみてくれって言われたんですけど」
「あー、君がミホさん? ごめん。今忙しいから、そうだな……、今日の夜は平気?」
「大丈夫です」
「じゃあ、六時過ぎに来てもらえるかな?」
「解りました。連絡せずに訪ねてしまってすいませんでした」
「こっちこそ、ごめんね」
謝るスタッフをよそに、ここぞとばかりにカスミさんが口を挟む。
「私、雑誌ciselの編集者なんですけど、取材させて貰えないでしょうか!?」
「あ……はい。良いですよ。じゃ、そちらも六時で構いませんか?」
「どーんと来いです」
この人、本当に社会人としてやっていけてるのか心配になってきた。
「親友かあ……、まあ、そんなの一人いれば充分よね。後は数人の友達と、ただの知り合いで良いの」
彼女は高校時代、友人に囲まれている印象があった。
「集団での無意識って、結局どこ行っても同じなのよ。それが表面化するのが、ミホちゃん達の世代で、あたし達位になったら、互いに干渉しなくなってく」
土曜の昼間は、やはり私達位の世代で溢れかえっている。何かしていないと落ち着かないのだ。皆に取り残されて行く感覚。男を知らない。友情を知らない。でも、そんなありきたりな経験は、真に迫った想像だけで体験出来る。結局、同じ場所で、同じ様な考えの人にしか出会えないのだから。
「だから、自分と共感出来る人より、同じ思考回路を持って、違う結論に至る人を探さないといけないの。頼み事をしたり、遊びに行く人なんて『知り合い』で良いのよ」
多分、ヨウコとは、こんな話はしないだろう。互いに友達はおらず、何れのグループにも形ですら属していない私達は、そのグループからあぶれかけた人達の模範となる、いや、それは自意識過剰だ。多分、他の人とは違う、そういった無意識が存在するのだろう。あぶれた人こそ本当の大人になり得るのだ。私達はそれを模範としながら互いを高め合っていくのだ。
「ごめんね。私も最近職場で上手くいってないんだ。やっぱりファッションとか、そういう業界になると、どうしてもね」
「いえ、良いんですよ。あんまりこういう話する機会ないので」
「まあ、今時は『お悩み相談室』みたいなのもネットにあるしねえ。どう考えたって、宗教団体予備軍だけど。信者は自分のことで手一杯。教祖は人の役にたつのが嬉しいと思ってる勘違いヤローか、自分の言葉の重みに気付いてない馬鹿か。酷い時なんか回答者が小学生とか。酷い世の中だよねえ」
「やったことあるみたいな口振りですね」
「うーん? いや、友達がそういうのにはまっちゃっただけだよ。何で相談してくれなかったの、って言いたい気持ちもあるけど、頼りなかったんだろうねえ、私が」
「そんなことないと思いますよ。多分、大した相談じゃなかったんですよ。けど、繰り返すうちに……」
「解ってはいるけどね」
カスミは目を押さえている。
「ごめん。昨日から寝てないから、少し寝かせて」
「どうぞ」
最近、話相手に寝落ちされてばかりな気がする。




