表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

友達

ヨウコは珍しくスニーカーだった。この「砂糖の違いのわからない喫茶店」で、手持ちの文庫小説に読むのに集中していた私は、彼女が到着したことに気付かなかった。サンダルのヒールが床を鳴らす不快な音がしなかったのもあるが、何より、彼女の纏う空気が違ったからだった。

「お待たせ」

例えるならそう、恋をした「乙女」の様な、そんな雰囲気。何をするにも気恥ずしさが付きまとい、自分の胸の高鳴りを誰かに話したくて仕方がない、そんな様子。

その姿が男の心を捉えたことをいさ知らず、多くの女の子が、厚化粧に走ってしまうなか、彼女は一本のラインだけで、その、刺々しい女と、華やかな少女とを両立させていた。

「何かあった?」

こういうときは私から話し掛けるべきだと思った。案の定、ヨウコはいつもは見せないはにかんだ様な笑顔を向け、自慢の黒髪を弄んだ。

「わかる?」

わかるも何も、喫茶店のマスターですら、薄い目を開いて、こちらを見ている。自身の変化に気付いていないのはヨウコだけ。だからこそ私は、この先起こりうる可能性について、注意を与えなければならないと確信した。

「綺麗になったよねヨウコ。『恋』ってやつですか〜?」

「うん」

はっきりと認めるヨウコを見て、私は思わず目を細めた。

「何よ、その出来ない弟子の成功を喜んだ師匠の様な顔は」

「いいえー、そんな顔してなーいでーす」

今までの私は、「普通の人に見せないヨウコを知っている人間」でしかなかった、そんな気がした。

「そんなことより注文したら?」

「そうだね。マスター、チャイナブルーちょーだい」

マスターがずっこけた。私はヨウコが熱で壊れているんじゃないかと心配した。本人は相変わらず笑顔のまま。

「もしかして、ヨウコお酒飲んでる?」

「わかんなーい」

「『わかんなーい』って……」

どうやらヨウコは笑い上戸らしい。夏の暑い道を歩いて、一気にアルコールが回った様だ。ヨウコはいつも香水をつけているからお酒の匂いに気が付かなかった。


「これ、サービス」

マスターはカップをテーブルの上に置く。

「有難うございます」

ヨウコは「わかんなーい」の後、ひとしきり笑って眠ってしまった。一人残して帰る訳にもいかず、私は文庫小説片手に、ヨウコが目が覚めるのを待っていた。

「ヨウコちゃん変わったね」

マスターはヨウコの頭を撫でようとして、手を引っ込める。確かに、セクハラともとれる行動だが、マスターなら私は何も言うつもりはなかった。

「だいぶ飲んでたみたいですね」

「まあ、飲んでたのは確かだけど、眠っちゃったのは君に会えたからかな」

周りを見渡すと既に店内に客はおらず、陽も暮れていた。

「多分君はお酒とか飲まないから解らないと思うけど、一人酒って結構寂しいんだよ。特に、恋をしてたらね」

「友達になれたってことなんでしょうか?」

「君はずっと前からヨウコちゃんのお友達だろう?」

私は何も言えず、渦を巻くコーヒーを眺めていた。

「ああ、ごめん。今砂糖持ってくるから」

そう言って、マスターは店の奥へと歩いていく。

「『友達』かあ……」

私は手に持っていた小説を閉じる。この小説も「友達」がテーマの本だった。紆余曲折の末に二人が友情を誓い合う物語。

私とヨウコの間に、そんなドラマチックな物語があった訳ではない。ただ、真逆であり、同族であり、二人が出会うことは必然だったのかもしれない。私はそんな確信めいた思いを抱き始めていた。

「好きなの選んで」

両手に抱えた砂糖の瓶を一つ一つ並べていくマスター。どうやら先月の話を聞かれていたらしい。

「あの、コーヒーはグラニュー糖とかでいいと思いますよ」

私は慌てて告げる。

「私、紅茶には甘い砂糖はあんまり使いたくないだけなんですよ。渋みが強調されちゃって、飲みづらくなるので。ヨウコはそれを例え話に使っただけなんですよ。何かすいません」

「いやいや、うちもね、そろそろ時代に合わせなきゃなーと思ってたんだよ。最近は常連さんばっかりになっちゃって。だからね、どうせなら若い子の意見を反映させてみようと思ったんだよ」

マスターといえば頑固なイメージがあるが、意外にも饒舌だった。普段が聞き上手に徹している為に、喋る機会を失っていた様だ。私と同じタイプかもしれないなこの人。

「じゃあ、そうですね。色付き砂糖メインでテーブルに置く様にしたらどうですか? 若い子メインで考えるならカロリー少なめの黒砂糖とか……。ここのコーヒーなら黒砂糖合いそうですけど」

「黒砂糖か……。うん、今度試してみるかな」

少年の様に想像を膨らませるマスターを見て、私は思わず顔を綻ばせる。

「行くわよミホ」

「ちょっと、マスターに御礼言わなきゃ」

ついさっきまで寝ぼけていたヨウコは、私のコーヒーを飲み干すと、普段の調子に戻り、私を連れてそそくさと店から出ようとする。多分、内心恥ずかしさで一杯なんだと思う。

そんなヨウコに手を引かれながら、私は、夕闇に紛れていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ