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3話 引き籠りの逆鱗

 その声が聞こえてきたのはもう日も傾いて空が茜に染まり始めた頃だった。窓の外には大きな太陽が見えている。

「アンネ!どこだ!?」

 外から聞こえる自分を探す声に数人の男に囲まれているにも関わらず大声を出すために息を静かに、深く吸い込む。口が封じられていない今しかチャンスはない。

「リオ!通りの東側よ!レンガ造りで二階建ての・・・!」

 ほんの、ほんの少しだけのヒントだがこれだけ言えれば十分。たった今得た空の状況とこの部屋の造りしか分からないが、外から聞こえたリオの声は確かに西の窓から入って来たのだ。

 が、それだけのことをすれば当然口を封じられる。焦った男が反射的にアタシの横顔に前蹴りを入れる。今度こそ両手両足を縛られているアタシは受け身も取れずに石床に倒れ伏した。

「あんまり傷をつけるなよ、高値で売れなくなる」

 前蹴りを放った男が猿轡を噛ませながらそれを見たもう一人の男が言う。

 やっぱり、と心の中で呟いた。こいつらは奴隷商と繋がっている。言わずもがな、人身売買という奴だ。

「悪ぃ、ついだよ、つい」

 男はガシガシと頭を掻いて誤魔化した。

 リオが、ついに来てくれる。でもあいつが来たところで、この集団に勝てるか?無理だ。私にだって無理だった。腕の立つ兵士だって苦戦するかもしれない。そんな状況をあの引き籠り一人でひっくり返せるの?

 リオが返り討ちに会い、血まみれで倒れ伏す状況を克明に目の前に見る。絶対にこうなるという予感に肌が泡立つ。今まで感じなかった恐怖がどんどん大きくなる。来たら、死ぬ。私はたぶん生きられる。人間という権利を捨てて、道具となるか、愛玩動物となるのかはわからないが、とにかく死ぬに等しい苦痛を受けるけど、生きていられる。でもリオは、来たら終わっちゃうんだ・・・。

 それを思うと恐怖が倍々に膨れ上がっていく。冷や汗が流れ落ち、鼓動が信じられない早鐘を打つ。さっきまでとは違って、リオがここに来ないことを切に願っていた。

 しかし、その時は来てしまう。


 俺とリリィがカクタス=ゴールド邸に着いたのは約束の時間を大幅に遅れた頃だった。

 領主邸、つまりリリィの実家はそれはもう豪奢な造りだった。床や柱は大理石。両側の壁には巨大な絵画がその枠をぶつけんばかりに密着して飾られている。

 廊下にしては広すぎるその通りを突き進み、正面玄関から直線でいける部屋に入った。

 俺は領主邸の謁見の間に駆け込むとまず己の目を疑った。

 豚だ!豚が金の装飾を身に着け玉座のごとく豪奢な椅子に腰かけている。

 次に疑ったのは耳だ。

「パパ・・・」

 リリィが俺の隣で呟く。マジか、マジかマジかマジか・・・!

 こんなことが、こんなことがあっていいのか!

「おぉ、リリィ、どこに行っておったのだ?心配しておったのだぞ」

「え、えっと・・・」

「うぉい領主!この子をどこで拾ってきた!!」

 俺の気も知らず、金豚はリリィに声を掛ける。領主はどもるリリィを一瞥して、怒声を上げる俺に視線を移す。と言っても俺は宝箱の中だが。

「・・・なんだお前は、なぜ宝箱に入っている?」

 領主の質問はもっともだが、俺にはもっと重大な問題がある。

「そんなことは些細な問題だぜ。その前にアンタ、この子をどこで拾ってきた?」

「拾って来たぁ?貴様、わしの娘が実子ではないとでも・・・?」

「あったりまえだ!あんたみたいな人間からこんなかわいい子が生まれる訳ないだろう!」

 俺は力説する。いくら異世界だからって遺伝子を無視した家族構成は納得できねえ!

 領主は顔を赤く染めながら怒りを露わにする。

「なっななな・・・なんだとぅ!?おいこの怪しい奴を追い出せ!!」

 大声で飛ばされた指図に、傍らに控えていた数人の兵士がやってくるが、それを止めたのはリリィだった。

「このミミックさん私のお友達なの!ひどいことしないで!」

 その言葉に兵士もたじろぐ。どうすべきですか?と領主に目で訴えれば、領主も唸る。

 どうやらリリィの声はここでならそれなりの力を持つらしい。

「リリィの友達だとぉ?」

「正確には今日彼女に出会って、彼女の探し物を手伝い、彼女をここまで護衛してきたものです」

 嘘ではないと思う。ちょっと綺麗にしただけさ。

 そして領主は俺の言葉にほうと呟き、目を少し見開いた。どうやら少し見直してくれたらしい。

「して、探し物とは何だったのだ?」

 この領主にはまだ事情が入っていないのか、部下が気を利かせて、ということだろうか。

「ペンダントだよ。リリィがこの邸宅からこっそりと持ち出したもんだ」

「な、なに!?」

 さすがの領主もこれには思わず椅子から立ち上がっていた。

「これなんだけど」

 俺はリリィからここへ来る直前に預かったペンダントを箱から突き出す。「確認して」と兵士に頼みながら。

 兵士は黙ってそれを受け取り、静かに領主の元まで持って行った。

「うむ・・・確かにわしのペンダントだ」

「しかしなぜリリィがこれを・・・」

「友達に渡すって言ってたかな?詳しくはわからないけど、流石にまずいと思ったんで、連れて来たんだ。ちゃんと反省してるしあんまり怒らないでやってくれ」

「むぅ・・・まぁリリィが言うならくれてやらんこともない」

 親バカだな。

「よかったな、リリィ、ペンダント譲ってくれるってさ」

「ほんとに!?ペンダントあげていい?」

 兵士が返しに来たプレゼントを嬉しそうに受け取るリリィの笑顔を見れば、その場の空気がふにゃりと緩む。見れば領主も、兵士も皆俺のように腑抜けた微笑みを浮かべていた。

 リリィの笑顔、それはもはやとてつもなく強力な魔法だ。

「お兄ちゃん!」

 リリィがぺちぺちと宝箱を叩いている。

「どうした?」

ひょこりと頭だけ出してそれに応じる。あんまり人前で顔を出したくはないのだが、ことリリィが呼ぶなら仕方あるまい。

「あのね、これお兄ちゃんにあげる」

「えっいいのか?」

 以外、の一言に尽きるだろう。てっきり友達とやらに挙げると思っていたものだから、続く俺の言葉もそのことの確認となった。

「友達に渡さなくてもいいのか?」

「いいの!私、ミミックさんが大好きだから!」

 ペンダントを俺の手に押し付けながら、リリィの柔らかくて小さな唇が俺の頬に触れる。

「えへへ、お返し!幸せになる魔法なの!」

 ああ、もうすでに俺の心は幸せで満たされてるよ。だけど、ちょっと時と場所がまずいかな。

「きっきき、きさ、ま!今、何を!?」

 落ち着け領主、喋れてないぞ。

「まぁまぁ、領主さん、落ち着けって」

「これが落ち着いていられるか、貴様さては、リリィに良からぬ呪いでも掛けたのではあるまいな!?」

 ほう、ご名答。流石は領主様だ。と思いつつリリィが何か言い出しはしないかとドキドキしていたが、彼女は頬を少しだけ染めながら微笑むに留まった。それはそれで怪しい雰囲気だが。

 と、話が一通り決着したところで、この場に居揃っていない面子の話題に移動する。

「ところでここにアンネ・・・アンネリーゼっていう女の子が来てると思うんだけど、どこに居るんだ?」

 「来たか?」とカクタス=ゴールドが隣に立つ兵士に問いかける。兵士は首を振った。

「いえ、来客があったという報告は聞いておりません」

「そういうことだ、そのような女、来ておらん」

 あれ、なんでだ?俺の頭の上には疑問符が。道にでも迷っているのか、でもあいつは正確に地図を描けている風だったし、そんなドジを踏むとは思えないな。

 そこに、一人の兵士が駆け込んでくる。

「領主様、先ほど民間の者より、この邸宅の付近で赤髪の少女と数名の男性による小競り合いが発生し、少女が拉致されたとの報告がありましたが、いかがなさいましょう?」

 心臓が跳ね上がって一気に血の気が失せる気配がした。

 気が付けば俺は箱の中から飛び出して報告をもたらした兵士の胸倉に取り付いていた。

「それいつどこでだ!?今その子の居る場所は!?」

「な、なんだ君は」

領主様の前だぞ、と叱りつける兵士もお構いなしにまくしたてる。

「俺の仲間なんだよ!昨日野盗をとっ捕まえた女の子だよ!そのことで話が合って呼ばれたんだろうが!」

 俺の言葉に、領主も兵士も疑問符を浮かべる。

「おい貴様、何を言っておるのだ、わしはそんなことで使いを出したりなんぞしておらんぞ?」

「・・・え?」

 どういうことだ?俺たちは領主から誘いを受けてここへ来たのに、領主は使いを出したりはしていない・・・?

「貴様、本当にわしの兵士から連絡を貰ったのかぁ?」

 領主の訝しむ声にハッとする。もしかすると、誰も兵士なんて見ていないんじゃないのか?誰かが兵士に成りすまして、宿のおっちゃんに言伝たとか。そしてそれをする意味がある連中と言えば・・・!

 俺の中で、全てが繋がった。つまり、全部罠だったわけだ、仲間が囚われたことに怒りを覚えた連中が領主との謁見を餌に俺達をおびき寄せて待ち伏せする算段だったといったところだろう。

「やばい・・・やばいやばい・・・俺はこのあたりの理知に疎い、しかも別れてからどれだけ時間が経った?わかんねーけど、とにかくやばい・・・女の子一人くらいどうとでもできてしまう程度の時間は過ぎちまってる!どこだ?相手は何人?ナターシャやハーネリアスを呼びに戻るか?いや、やっぱり早いうちにアンネを探しに・・・いやダメだ場所が分かんねえんだった!やっぱ走り回るしか、でもこの町を一人でなんて不可能だろ!やべえ・・・どうする!?わかんねえ!俺があそこで選択肢をミスったのか?二人ならアンネ一人を逃がすくらいできたかもしれねえのに!ってバカ、もしもの話をしたって仕方がねえんだよ!」

 一人とにかくテンパっている俺の頭にカクタス=ゴールドの持っていた杖が振り下ろされた。

 ゴンという音を立てて激痛が走る。杖は純金製だと思われる。

「馬鹿者、何を一人で喚いておる、そんなことをしておる暇が有ったらさっさと行かんかい!」

 領主が叱咤する。

「でも居場所が・・・」

「西へ行け!そこにスラムがある。確実な特定はできんが、場所は大幅に絞れる、そういう奴等が隠れるとすれば間違いなくそこじゃ、わしも兵士を送っちゃる!さっさと行けい!」

 カクタス=ゴールドは杖を持たない手を大きな身振りで動かしながら戸惑う俺の背を押した。

「・・・あ、ありがとう金豚!・・・じゃねえ、間違えた、領主さん!」

「貴様!今わしを金豚と呼んだな!?」

 そう言い残し駆け出そうと踵を返した途端領主の声が後方から聞こえた。

領主を見れば、彼は「魔法使いが居ればペンダントを使え!」と声を張り上げた。なんだ、なかなかいい人じゃないか、と俺も領主の評価を改めつつ、ペンダントを握りしめその足で邸宅を飛び出した。

 日は徐々に西へ。

 俺の足も西へ向く。

 通りは丁度人が混み始める時間だった。

 吐き気と目眩と冷や汗がピークに達する中、街中を靴下で疾駆する。この世界へ来て、初めて地を踏んだ瞬間だった。

「どいてくれ!」と声を張り上げながら全力で疾走する。普段の運動不足がたたってあっという間に息が上がり、足がもつれ始めるが、それでも速度は落とさなかった。

大きな通りを抜けるとすぐに辺りは暗くなってくる。家明かりが無いだけでずいぶん様変わりするものだ。

「どこだ!?アンネ!」

 叫び続けながら、まだ舗装もままならない道をひた走る。ボロボロな建物の中から時折こちらに視線が向けられる。

「アンネ!アンネ!!」と何度も狂ったように叫びながら走り続ける。声が聞こえてきたのは西の空が赤く染まり始めて幾何か経ってからの事だ。


 確かに聞こえたアンネの声、しかし一度きりで、その後何度呼びかけても返答は無かった。

 東、東の建物・・・!

 通りの東側に目を配り、少し上を見上げた時だった。建物の二階部分に人影を見た。その影は一瞬で奥へと引っ込む、今まで見て来た視線のどれとも雰囲気が違う。ここだ、と確信して表のドアを開け放つ。目の前に人影があって再び心臓が大きく跳ねた。待ち伏せは読んでいたが、ここまでガッツリ構えているとは思わなかった。

 その男はすでに鉄のパイプを横薙ぎに振れる体制で待ち構えていた。放たれる鉄パイプの強烈な一撃を左腕で受け止める。腕が『メリ』という音を立てながら激痛を訴える。こちらはスウェット一枚なのだから、骨が逝っても不思議はない。

 右腕を回して無理やりその鉄パイプを剥ぎ取り、反撃に打って出る。男の側頭部を思い切り殴る。男は短い呻き声と共に沈んだ。

 そのまま階段を見つけ、上階へと駆け上がり、部屋のドアを開け放つ。

 部屋の中の視線が一斉に俺に注がれる。一瞬怯みそうになるも、部屋中央の床の上、横たわったアンネの潤んだ瞳が俺を見据えているのを見つけて、己の心が奮い立つ。

「てめぇら、アンネに何をした?」

「なにって、仲間をやられたお礼だろ?当然の仕打ちってやつだよ」

 品のない笑いが部屋の中に響く。

 そんなとき、アンネの頬あたりが腫れているのに気付く。

「仕打ちって、手出したのか?男が寄ってたかって女の子一人に」

「手というより足だけどな、どうでもいいだろうがこんなブス、知ったこっちゃねえっての、勇者気どりかよ」

 男がわざとらしく掌を仰がせる。

 再び沸き起こる下品な笑いの渦。

 誰の事を言ってやがる?確かにアンネは八方美人ってタイプでもねえし、時々すげえ怖い顔してっけど、絶対にブスじゃねえ、俺のことを言われるのは別にどうだっていいんだよ。けどな、俺は大事に思ってるやつのことを傷つけられるのが、一番胸糞悪いんだよ!

 気づけば俺は手近な男の前に躍り出ていた。右腕に渾身の力を込めて男の頭部に鉄パイプを振り下ろす。頭から血と髪が散る。 態勢を立て直そうとする男にすかさずもう一発。今度こそ男は顔面から床に倒れ落ちた。

 アンネの呆気にとられた瞳が俺を見ている。

 けれど俺はそんな事すでに眼中には無かった。激昂し、向かってくる男に向かってただひたすら乱暴に鉄のパイプを振り下ろし続けた。何度も、何度も赤い血飛沫が散る。アンネに近づく男が居れば真っ先にそいつを叩き伏せ、自分に降りかかる攻撃は受け身も取らずに、殴った相手と同じようにその身体を赤く染めていく。すでに動かせない左手をだらりと垂らしたまま、鉄パイプを右手にひたすら、何度も、何度も殴りつける。

 目に見えているのは現実か、それとも幻か?そこに広がっている景色はいつか見た自分の姿とぴったりと重なっていた。

 後姿が見える。制服に身を包んでいて、床は木製、机と椅子がセットになってきちんと整列していて、どこにでもある学校の教室の風景だった。ただその光景は異常で、後姿の男は教室の椅子を一脚振り上げていた。

 振り下ろされる椅子。その光景に、鉄パイプを振り下ろす音が重なる。いつの間にか、目の前にいた薄汚いゴロツキの姿は昔のクラスメイトの姿になっていた。夢か、現実か、わからないが、どうでもよかった。とにかく、自分の怒りを相手にぶつける。すでに腰を抜かして床にへたり、ズルズルと後ずさる奴にも容赦なく鉄パイプを叩きつける。計算も計画性も理性さえも失った一撃は重く、男を一人、また一人と昏倒させる。

 また椅子を振り下ろす。クラスメイトの男子の頭から血が流れ落ちた。響く悲鳴に俺の怒声が被さって不協和音を生む、ただひたすら乱暴に、狂ったように獲物を叩きつけ気付けば・・・辺りは紅に染まっていた。

「ハァッ・・・ハァッ・・・!」

 肩で激しく息をしながら状況を把握しようと辺りを見渡す。

 「なんだ、これ・・・?」あの時もそう呟いたような気がする。いつの間にか俺一人が血の水溜りの中に佇んでて・・・ものすごい血の匂いに吐き気を催すところまであの日のリプレイのようだった。

 右手に持った鉄パイプはいつの間にか中ほどから折れ曲がり、左腕の上腕には果物ナイフが刺さったままになっている。

 周りに転がる数人の男。皆、酷い傷を負っている。それもこれもこの鉄パイプ一本でやったのだ。

「また・・・やっちまったのか・・・?くそっ!なんだよ、あの日から俺は・・・何も変わってねえ!!」

 鉄パイプを思い切り床に叩きつけたところで、その怒りは静まらなかった。怒りの矛先はすでに野盗の仲間から自分にシフトしていて、自分を殺したい衝動にすらかられていた。


 アタシは目の前で起こった惨劇が信じられなかった。

 リオが助けに来てくれたと喜んだのもつかの間で、アタシは、リオに恐怖すら抱いていた。だってそうでしょ、あんなの、リオじゃないよ、血走った眼、乱暴な、乱暴すぎる戦い方。相手はおろか、自分の事すら眼中にないかのような無茶苦茶な力の振るい方、まるで魔王の様な荒れ狂い方だった。

 リオは、覚束ない足取りでアタシの傍に歩み寄ると、上腕に刺さったナイフを抜いて、アタシの手足のロープを切った。その間も顔を上げることなく、目を合わさず、口も開くことなく黙々と、アタシは自分の両手が自由になった時点で猿轡を外していた。

「・・・リオ?」

 怖れとか驚きとか色んな感情が綯い交ぜになって、何を言えばいいかわからず、結局中途半端に何を言うかも考えずに名前を呼んだ。

「・・・怖いか?」

 その応答に全てを悟られているとわかってゾクリと肌が泡立った。その瞬間リオが自嘲の様な笑みを浮かべたのを見てしまった。

「違うのよ、リオこれは」

「いや、いい。その反応は・・・正しいよ」

 リオは呟く。そんな事無い筈なのに、仲間に恐怖を覚えることが正しい事なはずないのにアタシは何も言えなくて、ただ黙りこくった。でも、お礼くらい言っておかないと、そう思って口を開きかけたとき、数刻前に見たのと同じ輝きを見た。

 部屋の奥の死角にあの魔法を使う男が隠れていたのだ。二人纏めて仕留める算段らしい。こちらが無手であればそれも可能だろう。だが今はそうではない、リオが相手に向かって銀色のペンダントを開いている。光はペンダントにまっすぐ向かってきて、そのまま反転し、来た方へと逆再生の如く帰っていく。

「んなっ!?」と男が叫んだ次の瞬間の断末魔は雷の音にかき消された。

「・・・あいつで全員、だな」

「リオ・・・今のは?」

 「反魔の鏡ってやつかな」リオはすでに閉じられたペンダントに目を落とす。

 魔法道具、そんなものをどこで・・・否、ペンダントってことは、あの子の探し物がそれだったってことか。

 どこまでも冷めた様子のリオ。

らしくない。全然アンタらしくないよ、あの様子からして、何か過去にあったことは想像に難くないけれど、何があったのか聞くことはどうしても躊躇われた。

そこに、兵士が数人駆け込んでくる。誰もが驚きに言葉を失っているようだった。ただただ彼らは目を見開いて、口を半開きにしたまま、アタシと、その隣に幽霊のように生気を無くして立つリオ、そしてあたりに倒れ伏す数人の野盗を凝視していた。


結局、アタシたちが領主様の館に着いたのは日も暮れてしまってからの事。と言っても、領主様との約束は野盗がでっち上げた嘘だったのだけど。

 で、今は事の成り行きを領主に説明しているところ。

「ふん、結果的には貴様らと野盗が痛い目を見ただけ、ということだな」

「そりゃずいぶんな良い様だな?金・・・領主さん」

「貴様、また金豚と呼びよったな!?」

 「まだ呼んでねーよ。それに、あの時の事はもう謝っただろ?」リオは宝箱に収まり、顔も見せることなく領主と話をしていた。その姿はいつもと変わりないように見える。

「生意気なガキじゃわい。まぁよい、リリィの事と野盗を懲らしめた事でチャラにしてやる。結局わしは得しておるしな」

 というのも、領主も件の野盗には迷惑を被っていたのだとか。

 そういうと領主はさっさと行けと追い払う身振りをした。噂取り、心象の悪い領主だが、どういうわけか憎めないところもある。ような気がする。

「お兄ちゃん、またね!」

 リリィちゃんが元気よく手を振っている。リオは、箱の中から手だけを出して、手を振り返していた。

 らしくない、かな。うん、らしくないよ。出会ってからそんなに長く一緒に居たわけじゃないけど、そのくらいアタシにもわかる。今アンタがどんな気持ちで、どんな顔してるかがね。

「ねえ、リオ・・・その、ありがとね、助けに来てくれて」

 月並みだろうか、でもそれ以外に言い様はないような気がした。

「・・・怖かっただろ」

 箱の中から、小さいながらも一応返事が返ってきて少し安心する。

「そりゃあ、あんだけの男に囲まれたら、なにされるかわかったもんじゃないわよ」

「俺がだよ」

 息が詰まる。やはりリオはアタシの気持ちを感じ取ってたんだ。

 そこから先はしばらくの間、お互いに無言で歩いていた。

 もうそろそろ宿にも就こうかというタイミングだったけど、アタシはやっとの思いでこの無言の時間で考えたことを言葉にしてみた。

「少し・・・話さない?」

「・・・少し、ならな」

 数秒の間で色々と考えていたのだろう。アタシは途中で二人分の晩御飯を買い込んで、宿のすぐ下の軒に立ち止った。

「食べる?」

「いや、いい」

 簡潔な答えが返ってくる。これはよっぽど重症だな。やっぱりアタシがなんかしなきゃだよね、あいつらに不覚を取ったアタシの責任でもあるんだから。

 時間もあんまりないし、ここは直球で勝負するしかなさそうだけどね。

「リオ・・・元の世界で、何があったの?」

 それはつまりリオが引き籠ることになった要因を聞き出すこと。そして、リオの心の闇に踏み込むこと。正直怖い。アタシには人があそこまで変貌する要因なんて想像がつかない。だけど、だからこそ、確かめておかなくちゃ。リオに何があったのか、それと、アタシの事ももう少し知っておいてもらわないと。

「・・・いずれされる質問だと、覚悟はしてた・・・まさかこんな形で話す羽目になるなんて思わなかったけど」

 リオは言う。その声は小さくて今にも消え入りそうな声だ。

「イジメに遭った、学校で」

「イジメ?嫌がらせされたってこと?」

「ああ、この世界でもそんなのがあるのかどうか知らないけど、謂れのない仕打ちを山ほど受けた。外靴で頭ぶっ叩かれるわ、机は無くなってるわ、教科書はズタズタになるわ・・・そりゃもう、酷い有様だった。でも、やり返さなかった。やればあの連中と一緒になる。そう、言い聞かせて、ひたすらその仕打ちに耐えてた」

 どのくらい続いたの?と尋ねてみた。そのイジメと言うのがどんなものなのか、なかなか想像は難しかったが、それが壮絶なものだということは何となくわかった。

「二年以上続いた」

「二年・・・!?」

 よく、精神が持ったものだ、と関心さえしてしまう時間だった。その間彼はただひたすら、じっと耐えていたっていうの?

「そのせいで、外に出なくなった?」

「・・・正確には、違う。原因は、引き籠った原因は俺にある」

 アタシは「どういうこと?」と相槌を打つけど、心臓の鼓動はどんどん早くなっていた。できれば、聞きたくない。嫌な予感がしていた。

「あいつらが俺の大切に思ってる奴まで悪く言い始めた時だ。何言われたのかはっきり思い出せないけど気付いたら、殴ってた」

 今日の光景が重なる。

「気が付けば辺りが血の海になってて、三人が病院送り、一人・・・死んだ」

 心臓が一際大きく脈打った気がした。丁度今日、電撃に撃たれた時の様な感覚だった。

「死ん・・・だ?」

「ああ、そうさ、人殺しなんだよ俺は、社会に出ていい人間じゃない。だからと言って自分から死のうとも思えないし、結局現実逃避ばかりさ・・・だから、こんな事になっちまったのかもな」

「そんな・・・そんなことない!リオはいつだって被害者じゃない!なんで加害者みたいな顔してるの!?そんなのおかしいよ、やられたらやり返す、その手の奴らの常套句じゃないの!?それにリオが従って何が悪いのよ!」

「それが嫌だったんだよ!」

「あ・・・」

 そうだ、リオは確か、奴らと同じになりたくなくて、やり返さなかったって言ってたのに、それをアタシは・・・。

「ごめん・・・」

「いや、いいんだ、悪かったな、怒鳴ったりして」

 ほら、また加害者の顔してるじゃない。アタシ、怒鳴られて当然の事したのに。

「・・・優しいね、リオは」

「嫌われるのが怖いだけさ、優しくしてれば嫌われることは少ないから」

 けれど、その優しさに付け込んでくるやつはいる。たとえリオが世界を超えても、そういう奴はどこにでも蔓延ってる。ほんと、嫌な現実。

「優しさを知ってないと、優しさの真似事だって、きっとできないわ」

「そういうもんかな?」

「そういうものよ」

 幾分か、雰囲気も穏やかになって来て、ようやくアタシはさっき買ったけどすでに冷めつつあるリンゴパイに口を付けた。甘さと酸味が口の中で程よく絡み合って美味しい。その時だ、箱の中から変な音が聞こえてきたのは。

 ぐぎゅ~、と腹の虫が鳴く音。

 思わずパイの粉を噴き出してしまった。

「ちょっと!リオ、何よ真面目な話をしてるのに!」

「うるさい!お前がいい匂い漂わせてるのが悪い!」

 そう言いながら、箱の蓋を勢いよく開けてリオが飛び出してくる。

「うわっ出て来た」

 にしても、酷い恰好ね。血まみれだし、服はボロボロだし。

「辛気臭い話は終わりだよ、終わり!で、俺の分は?」

「食べちゃった」

 アタシは自分の親指をぺろりと舐める。要らないっていうんだもん、食べちゃうよね?

「うおい」

「ね、リオ今度はアタシの話を聞いて?勇者になり損ねた勇者の話」

 リオは「今度な」と呟いた後、こういった。

「そろそろ左腕、限界だわ」

 正直、忘れてた。慌ててナターシャを呼びに行くつもりで踵を返したとたん、リオに呼び止められてたたらを踏む。

「な、なに?」

「ナターシャには言うな、ハーネリアスにもだ」

「・・・心配させたくないから?」

 黙って頷くリオ。元の世界でも、そうやって誰にも痛みを見せずに一人で背負ってきたの?この世界でもそうなの?

 アタシは黙って部屋に戻ると、布団の中のナターシャを叩き起こした。

「ふえ!?なんですか、どうしたんですか!って、アンネさん?」

「落ち着いて、リオが酷い怪我なの、治療して」

 そう伝えると彼女の表情は俄かに厳しいものとなった。

「わかりました。向かいます」

「ありがと、お願いね」

「任せてください」

 こうして二人でリオの元へ。

「アンネてめぇ、裏切ったな!?」

「うっさい!なんでもかんでも一人で背負い込もうとするな!」

 つい鞘を振り上げようとして、手が空を切る。「あっ」と漏れる声。そうだ、剣は結局アタシ元へと戻ってはこなかったんだ。

すでに別の人間が持ち去っていたのだろう。

もうすでに売り裁かれてるだろうなあ。

長い間付き添ったものには物の価値以上のモノが宿っていると思う。どうしてもそれがいい。それじゃなきゃ嫌、なんだけど・・・。

「仕方ないよね・・・」

 何も掴んでいない掌を眺めながら呟く。

 ナターシャは回復魔法を使いたくてうずうずしているようだ。彼女、自分が編み出した魔法をとにかく試したいという喜来がある。

 リオは身振りでナターシャに魔法を使わせながら「明日、買い物にでも出るか?」と言った。

 うん、そうだね。それがいい、気分転換も兼ねて新しい出会いを見つけに、そういうのも悪くない、丁度リオも服を新調しないといけないしね。


 リオが丁度自分の過去を話し始めた頃だろうか。ハーネリアスは入れ違いに一人、カクタス=ゴールド邸にいた。

「久しいですね“師範”」

 わざとらしく含みのある言い方をして見せるハーネリアス。

 謁見の間に、カクタス=ゴールドとハーネリアスのただ二人だけが見えていた。カクタスはいつものように金の装飾だらけの金の服を纏っている。ハーネリアスは黒一色の質素とも取れる服に身を包んでカクタス=ゴールドをきつく睨み付けている。

「フン、途中退学しておいてよくものこのこと顔を出せたものだな、ハーネリアス?」

「お陰様で駒は揃いましたので」

「駒か、まさかあのミミックとは言うまいな?」

 「そのまさかですね」と答える。その声はただ平坦だ。

 それを聞いたカクタス=ゴールドは笑い始める。

「あの小僧と、徒党を組むとな!?ワハハハ!ハーネリアス、冗談もほどほどにしておけよ」

「笑っていられるのも今のうちだ、私はいずれ必ず成し遂げる。この手で、必ず・・・!」

「無理じゃ」

 カクタス=ゴールドの声が急にトーンダウンする。

「お前の魔術では・・・魔王に挑むなど・・・無理じゃ」

「貴方の物差しで私を測るな!!」

 突如として響く怒声。普段のハーネリアスの口調からは想像もつかない。激しい怒りの発露だ。

「わしにとて無理じゃった、お前に何ができる?」

「私と貴方は違う!いつまでも生徒の頃と一緒だと思うな!」

 謁見の間を照らす蝋燭が一際激しく揺れる。この蝋燭が消えればたちまちこの空間は闇に飲まれるだろう。

 二人の剣幕は収まらず、言い合いはさらに激化する。

「黒の魔法使いであるお前にはどのみち無理じゃ。奴は闇を吸収する・・・下手を打てば、お前諸共吸収されかねんぞ?」

「私が死のうがどうしようが関係ない、結果的に奴が死ねば私の目的は達成される。私の使命はそれに足る人物を魔王の元まで導くことだ」

「それがあの小僧だとでも?」

「私はそう思っている」

 今度はカクタス=ゴールドも笑うようなことはなく、じっとハーネリアスの瞳を見据えていた。その漆黒の瞳には強くも危なっかしい意志の炎が揺れている。

「フン、そこまで言うなら見届けよう。くれぐれも深淵を覗こうとして足を滑らすなよ?」

 意味は直に理解できた。

「・・・銘じておく、時に元師範に聞きたいことがある」

 む、とカクタス=ゴールドが聞き耳を立てるように顔を傾けた。

「なぜ、魔王と手を組むような真似を?」

「魔王と手を組むか・・・んっふっふっふ・・・」

 カクタス=ゴールドは椅子から立ち上がり不敵な笑いを漏らし始めた。訝しげに見つめるハーネリアスの視線も全く気にすることなく、彼は小太りな腹を揺らしながら笑い続ける。

「そうか、そうか、お前もそうじゃったか!」

「なんだ?何が可笑しい?」

 ハーネリアスの眼光には次第に怒りの色が滲んでいく。

「ふっふ・・・なあに、金の力というものよ・・・と言っても、この町の犠牲を他に移したにすぎん」

「それは、どういう・・・」

「自分で考えい!いつまで師を頼っておる!変わったのではなかったのか!?」

「っ・・・そうする、失礼した」

 彼女はその時のカクタス=ゴールドにかつてと変わりない、恩師の面影を見た。

 ハーネリアスは外套に着いたフードを深くかぶり、踵を返した。その口元は厳しく閉じていたが、どこか笑いを堪えているようでもあった。

「出来の悪い弟子じゃて・・・」

 謁見の間後方のドアから大臣が姿を見せる。話は全て聞かせていた。

「打ち明けてもよかったのでは?」

 と大臣が訪ねるも、彼は「何をバカなことを」と言って、顔を赤くする。

「よその町から人を買って魔王に売っておるなど、奴には言えん。まだ正義や悪を一方からしか見ておらん。それでは本当に終わらせることはできぬ、奴には、奴等にはまだ早い」

 その瞳はどこか自分の過去を懐かしむようでもあった。同時に、過去の教え子の行く末を心配するようでも・・・。

 我ながら、嫌われたものじゃな、まぁ、無理もないか。魔王を魔導学校に呼び寄せたのはわしのようなものじゃからな。

 わしにはもはやこの町一つ守るので精一杯じゃが、奴らはどこまでやってくれるものか。


「・・・こんな所で群がって何をしている?」

 私が戻ると宿の軒先で何故かアップルパイパーティらしきものが開催されていた。

「あっ、ハーネ!どこほっつき歩いてたのよ?アンタも食べなさいって」

 こちらの質問には全く答えずアンネが勢いよく私の手を引く。そんなに強引に引っ張らずとも、来いと言われれば行く。丁度甘いものが欲しかったところだ。

「今日はもうほんとに大変だったんだから」

 アンネが愚痴をこぼし始めて、リオがそれを止めにかかる。

「皆まで言うなって!心配するだろーが」

「いいの、それで。心配かけて、心配して、それが仲間ってもんでしょ?」

 賑やかだな。これじゃあ考え事もろくにできやしない。

「あ、そうですハーネさん、明日買い物に出るそうなんですけど、どうなさいます?」

「買い物か、いいだろう、一緒に出よう」

 偶には群がって賑やかしくするのも悪くない。偶には、だがな。

 その後、表で騒いでいると宿の宿主が出てきて全員青ざめていたが宿主の「誰が主犯か」という言葉に、三人が揃ってリオを指さして彼が代表として殴られることで決着が着き、残りのパイを早急に片付けて眠りにつくことになった。

 また、大切にしたいものが増えてしまう。増えれば増えるほど失うのが怖い。やはり大切なものは自分で守れる範囲に留めるべきだな。これ以上増えてほしくないものだ。そんなことを考えながら私は眠りについた。結局、師範の言っていたことはわからず仕舞いだな・・・。


今回も後書きは活動報告にて

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